【南の風2019】 4051号〜4100号  
各号目次・後記(ぶんじん日誌)
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【南の風2019】4051号〜4100号・目次一覧(進行中)

4051号【 5月18日】86韓国フォーラム、杉並「沖縄を知ろう」、復帰の日、岡山自主夜中、私の日教組
4052号【 5月 日】




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南の風・各号後記(ぶんじん日誌)


4053号【 5月  日】
4052号【 5月21日】




4051号【 5月18日】
■≪梅根「私の日教組」替え歌≫
 一昨日16日の夜、風の部屋でTOAFAEC(総会準備のための)事務局会議でした。佐賀から上野代表を迎え(ご苦労さま!)、山口事務局長、遠藤同次長、小林顧問と揃い踏み。資料表記のことなど細部は事務局長にお任せし、会計(維持会員拡大)や出版局(独自の本づくり)構想など、案外と大きな話(課題)も出て、ぶんじんには元気がでる事務局会議でした。各研究フォーラムから出ていただいている副代表(東京ー斎藤真哉、中国−黄丹青、韓国−小田切督剛の各氏)、ぜひ総会にはご出席いただこう、などの話も出ました。
 さて、、中野光(著)『梅根悟―その生涯としごと』(新評論、2019)にまた話を戻しましょう。ぶんじんにとって「梅根悟」のあれこれは、和光大学の仕事を通してたっぷりと聞いてきましたが、あと一つは海老原治善(国民教育研究所・関西大学→東京学芸大学)と小川利夫(社会事業大学→名古屋大学)お二人を通してでした。お二人は同年(ぶんじんより5歳上)、ともに故人となられましたが、海老原さんは学芸大学の同僚、小川さんとは日本社会教育学会や社会教育推進全国協議会(小川委員長、小林副委員長の仲)の活動を通して、いろいろと梅根像の思い出があります。
 梅根先生没後の日教組・第二次教育制度検討委員会には、生涯教育・生涯学習についての第5委員会として、小林や笹川幸一(法政大学)等が参加していました(報告書・日本の教育をどう改めるかー私たちの求める教育改革提言―、日教組「教育評論」1985年11月号、1988年4月「みんなで教育改革を」最終13号など)。微醺をおびた席で小川さんがよく歌った「梅根さんの“私の日教組”」が想い出されます。小柳ルミ子「私の城下町」の替え歌、思い出すままに再録しておきます。「格子戸をくぐり抜け、見上げる夕焼けの空に、だれがうたうのか組合歌、わたしの日教組、好きだともいえずに、歩く川のほとり、往きかう人に、なぜか目を伏せながら、心は燃えていく」(原曲作詞・安井かずみ)。
 ついでに二番も。同じ“わたしの日教組”「(略)橋のたもとにともる、灯りのように、ゆらゆらゆれる、初恋のもどかしさ、気まずく別れたの」。懐かしい小川利夫さんの声が聞こえてくるような。もちろん時代は1989年「連合」の前。「日教組」に結集していた頃の「好きだとも言えずに、心は燃えていく・・・ゆらゆらゆれる、気まずく別れたの」など絶妙の替え歌でした。息抜きにご紹介しておきます。




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