【南の風2018】 4001号〜4050号  
各号目次・後記(ぶんじん日誌)
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【南の風2018】4001号〜4050号・目次一覧(進行中)

4001号【11月11日】大阪/夜間中学、こんばんはU、対談どう読む6、自己決定権、4001発行
4002号【11月15日】2009年上海、秋の遠足、対談どう読む7、沖縄青年団史、中国社区教育
4003号【11月18日】近畿夜中生徒会、中国「社区教育」、やんばる対談8、1枚の写真から
4004号【11月21日】
韓国図書館視察団、やんばる対談どう読む/最終、11定例会、出版機能
4005号【11月24日】夜間中学要請(北海道)、町田、ダブリン会議、青空に映える実践協議会
4006号【11月27日】11月定例会、竹富島種子取祭、やちむんの里、我が家は松花江のほとり
4007号【11月30日】近畿夜間中学生徒会署名お礼、石垣・自衛隊配備問題、再び病室にて
4008号【12月 3日】11月定例会報告、頭越しの帰属論、内モンゴルより、バースディケーキ
4009号【12月 6日】「こんばんはU」、町田とびたつ会、学習の自由/研究会、昆虫学者の怒り
4010号【12月12日】2019新年会、名護、ツワブキ、戦後沖縄青年団運動史証言、無事に退院
4011号【12月16日】12月定例会案内、沖縄の水、沖縄青年団運動史証言はじめに(2)、表紙
4012号【12月19日】東京フォーラム、沖青協70周年、沖縄青年運動史(3)、琉球弧の青年群像
4013号【12月25日】12月定例会(再)、沖縄青年運動史4、奄美復帰65年、「平成」の時代に
4014号【12月28日】板橋SDGフォーラム、琉球弧青年群像1、1997クリスマスイブ、年末研究会
4015号【12月30日】12月定例会報告、琉球弧青年群像2、5年前の年末、大田堯先生の訃報

2019年
4016号【 1月 5日】名護メッセージ、上海・フフホト・大分から、北海道の仲間に、明日は新年会
4017号【 1月 9日】2019新年会、東京多文化共生社会、1週間の昭和64年、今年のやんばる対談
4018号【 1月14日】1月定例会研究会、日韓学術交流(10回)、地域の未来を、ムーチービーサ
4019号【 1月17日】



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南の風・各号後記(ぶんじん日誌)


4019号【2019年1月 17日】




4018号【 1月9日】
■≪ムーチービーサ≫
 年が明けて早くも2週間。温暖化と言いながら、東京は真冬らしい寒さがやってきて1月の季節感を味わっています。ほんの少し初雪も舞いました。昨日13日は旧暦12月8日、沖縄ではこの日ムーチー(鬼餅)行事。こう書いただけで、お餅を包んだ月桃の香りが漂ってくるようです。かって正月休みに沖縄ゼミ旅行をした1時期あり、市場でムーチーを買って土産にしたものでした。亡妻・富美が喜んだことを想い出しています。
 1989年1月、平成の元号が発表された日も沖縄を旅していました。まさに30年前のこと。今帰仁あたりで「平成」のニュースを聞きました。「天皇崩御」で本土ではすべて自粛ムード、歌舞音曲・行事が停止される中で、名護では普段の通りマラソン行事が催され、賑やかに打ち上げ、その席に私たちも招かれました。中国留学生が強い泡盛を一気飲みして急性アルコール中毒の症状にちかく、ひやりとした思い出もありました。
 ムーチー「ビーサ」(寒さ)やトゥンジー(冬至)「ビーサ」という言葉も覚えました。最近の温暖化で「昔ながらの暦に合わせ、折り目正しくやって来た寒さも、最近は律義さに欠ける」と沖縄タイムス[大弦小弦]がムーチーの日(1月13日)に書いていましたが、それでもこの時期の沖縄は「ビーサ」、きっと寒い季節。ムーチーを包む月桃の香りが路地にただよっていることでしょう。
 TOAFAEC定例会・1月25日の研究会案内が届きました(上掲→■)。題して「じんぶんヒストリー(第2回)」。皆様、お出かけください。テーマの「ジンブン」は誤植にあらず、沖縄で日常的に使われる言葉です。暮らしのなかの「智慧」「分別」などの意。2002年に名護で開かれた第42回社会教育研究全国集会の大会テーマは「じんぶん寄せ合って社会教育の未来を創ろう」といった表現でした。中村誠司さん(名桜大学)の解説では「じんぶん」はおそらく「人文」から来た言葉であろうと。

4017号【 1月9日】
■≪今年の「やんばる対談」は・・・≫
 新しい年、東京は晴れの日が多く、まだ雪は降らず。しかし1月らしい寒気・寒風の日が多く、6日の新年会の日もそうでした。今年のスケジュールは賑やかな新年会で始まった感じ。ご参加の皆さん、お元気で何より。ご欠席の連絡メールも紹介されましたが、たとえば胡興智さん(日中学院)は当日、NHK「まいにち中国語」講座にゲスト出演とのこと。ご活躍を期待しています。富美は写真で参加、何人かの方のお花に包まれました。
 勝冶(飯沢)美樹さん(東京江東区、和光大学OG)から当日の報告を送っていただきました。美酒少量の会の様子、有難うございました(上掲)。小生へのご注意も。心して新しい1年の歩みを始めたいと思います。喜寿の会の企画案など、沖縄名護「トーカチ」の祝いとの関連もあり、皆さんのご配慮ありがたく、涙こぼれる思い。
 名護・島袋正敏さんより「山原島酒之会20年の歩みーすべての家庭の床の間に古酒甕を―」(2018年11月、美装版32頁)を送っていただきました。セイビンさんの添え文あり。「今年4月?のやんばる対談」について、「今年のテーマは何にしましょうか。『やんばるの図書館の歩みと課題?』、難しい状況ですが『青年たちの今とこれから』、あるいは『やんばるの社会教育は・・社会教育主事たちのゆんたく』など。」 こちらからの提案をとのこと。併せて「トーカチの祝いも予定しておりますので・・・」と。
 山城千秋さんや農中至さん、去年の「対談集」刊行を積極的に提案された上野景三さん(TOAFAEC 代表)、東京の定例研究会メンバーや事務局の皆さんのご意見など頂ければ幸いです。日程はまず4月を第一候補とし、テーマによって細かな日程を決めていきましょう。皆さんとともに楽しみながら、この1年の歩みを創っていければ幸い。

4016号【 1月5日】

■≪明日6日・2019新年会≫
 皆さん、お元気に新年を迎えられたことと思います。2019年正月の冴えわたる冷気と陽光、1年前は病院にいただけに、ことさら印象的、幸せを噛みしめています。あらためて自らの両足で元気に歩けている自分を確かめて、新春を寿ぐ思い、ことさらです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 いろいろと新年のメッセージを頂き(メール分は上掲)、また年賀状もたくさん頂戴し恐縮しています。当方は12月に別の内視鏡手術で10日あまり入院していました(良性でまったく心配なし)ので、今年の年賀状も失礼しました。亡妻・富美あての賀状も少なからず、誠に申し訳なく、近く「寒中お見舞い」状をお送りしようかと考えています。
 年末の研究会(TOAFAEC、第257回)の余韻あり。上平さんからは「ドミニカを旅して」のエッセイ拝受。あの席で、やんばる辺野古の闘いでいま歌われている「沖縄 今こそ立ちあがろう」が話題となりました。年末に山口真理子さんより歌詞を送っていただきました。感謝! 加藤登紀子が歌う「美しきパリの五月」(1968年、パリ五月革命)の曲に載せて、次のような替え歌(原詞「紅い血を流し、泥にまみれながら、この五月のパリ、われら生きていく・・・」)。
1、沖縄の未来(みち)は 沖縄が拓く 戦さ世(ゆ)を拒み 平和に生きるため
  今こそ立ちあがろう 今こそ奮い立とう(2・3・4繰り返し)
2、辺野古の海を 守り抜くために 圧制迫るが 立ち止まりはしない
3、高江の森を 守り抜くために 力を合わせて スクラム固めよう
4、島々の暮らしを 守り抜くために 思い巡らせて 心を通わそう
 「何気なく歌っていましたが、こうやって歌詞を書き写してみると、強い決意が短い詞の中に簡潔に込められている、と思いました」(山口)と。
 明日6日は「2019新年会」(上掲・案内)。今年は例年より早いスケジュール。夜間中学の見城慶和・関本保孝の両先生も見えるとのこと。香港料理を卓で囲むかたちですから、飛び入りも可能か。例によって、終了後ご都合つく方は「風の部屋」にお寄りください。


2019年

4015号【 12月28日】
■≪大田堯先生の訃報、研究会の夜≫

 12月28日・年末のTOAFAEC 定例(第257回)研究会は、上掲・石川報告にあるように、熱気あふれる報告・論議となりました。年末多事なのに会場:イーストビレッジの椅子はほぼ埋まり、常連メンバーはもちろん、初参加の方、久しぶりの顔々、来年への期待もふくらむ感じ。いい資料が用意されて、東京・板橋20年の蓄積がしっかりと姿を見せてくれたように思いました。レポート役の(板橋区)斎藤さん、(いま川崎市)佐治さん、ご苦労さま。年輪を重ねてきた私たち研究会の歩みとも重ねて、お互いの頑張りを確かめあう機会となったような・・・。有難うございました。
 この夜、上掲・上平泰博さんの深夜メール。研究会の帰路、大田堯先生の訃報が伝えられ、驚きました。研究会の会話のなかで故海老原治善さんの想い出話がでたり、たまたま「太田堯先生は百歳、ぶんじんもこれからだ!頑張れ!」(上平)と激励を受けたばかり。しばし粛然、頭を垂れてご冥福を祈りました。若かりし頃の先生の快活・闊達なお話ぶり、あの姿に思いを馳せました。
 私にとっての大田堯先生は、時々お会いし、声をかけて頂きましたが、何よりも「ロハ台」の若者たちとの実践の話が衝撃的でした。まだ福岡で学部学生の頃、「福岡教科研」創設期(1953年)。勝田守一、宗像誠也、大槻建、周郷博、そして大田堯などの諸先生が、つまり戦後・教育科学研究会の創設メンバーが、相次いで福岡や日田(第1回九州教科研大会、1955年?)に見えました。その中で大田堯先生のお話は、当時進行中の「ロハ台」実践を(全国に先駆けて)拝聴できたのではないかと思っています。
 ぶんじんは学部から直ちに大学院へ進まず、創設したばかりの久留米市教育研究所のただ一人の所員となりましたが、まず始めたのが、故安藤延男さん(のち福岡県立大学長)等と一緒に「久留米“教育”を読む会」。油山書庫に国土社「教育」の創刊号(1952年)からのすべてのバックナンバーが揃っています。こんな話を大田堯先生に聞いて頂いた思い出。
 2001年11月、故横山宏さんが急逝され、告別式に大田堯先生や碓井正久先生がお見えになった折、大田先生は「私たち二人の写真を撮っておいてほしい」とおっしゃって、カメラにお二人の遺影が残っていました。場所は横山家応接室。探し出せたので下に掲げます。
 本号で2018年はおしまい。長期入院、この1年、退院後のリハビリと再出発の歩み、皆さんに励ましていただき、ありがとうございました。今年は「公民館の風」が病院で年越しらいい。ご快癒を祈っています。皆さま、良いお年をお迎えください。 
左・碓井正久先生(2004年10月没)、右・大田堯先生 (故横山宏氏告別式にて、20011107,横山家)


4014号【 12月28日】
■≪年末研究会、活度持続へ乾杯を!≫
 今晩は本年最後の定例(12月)研究会。その後に本号を出すつもりでしたが、さきほど山本秀樹さん(帝京大学、公民館学会副会長)より、研究会プログラムに関連して斎藤真哉・佐治真由子お二人の「いたばし」に関する論文(日本公民館学会年報収録・上掲、添付)を送っていただきました。また3月の「板橋 SDGフォーラム」の呼びかけも(4011号・定例会案内号に添付失念したもの)。ご配慮ありがとうございました。
 ご厚意に追われて、当方も急ぎ本号を編集、二つの資料を添付して皆さんにお届けすることに。東京・板橋に関する報告は、一昨年『大都市東京の社会教育−歴史と現在』(エイデル研究所刊)にも斎藤さん執筆「福祉に係わる市民運動と社会教育とのつながり」を掲載しています。研究会の席で資料が配布されると思いますが、いくつかの文献資料を少しでも事前に目を通していただければ、との思いで本号をお送りしています。
 ぶんじんは、11月・韓国(東アジア・フォーラム)「マウル・学習共同体」への活発な動きを想起し、東京「いたばし」の実践、市民主体の SDGフォーラム運動とどのような異同があるのか、相互に響き合うところがあるのではないか、など考えています。
 本号には、久しぶりに農中至さん(鹿児島大学)からメール拝受。前号に紹介した沖縄タイムスに山城千秋さんと共同で寄稿された「琉球弧の青年群像」(上・下)本文が送られてきました。新聞記事・切り抜きだけでは、なかなか読みにくい、とくに本文データをとお願いしたのです。2回(上・下)に分けてご紹介します(上掲)。農中茂徳さん『だけど だいじょうぶ』(石風社刊、10月イーストビレッジで出版祝賀会)ともども親子しての活発な執筆活動、ご同慶のいたり。「琉球弧の青年群像」は魅力的なタイトル、これからの展開が楽しみです。
 今晩のの研究会では、既報・新刊「戦後沖縄青年団運動の証言」(沖縄社会教育研究フォーラム編、目次一覧・4011号)もお頒けできる? ただし部数わずか、先着順ですね。 
 本年も年末研究会まで充実した活動を持続できたこと、お互いに喜び合いたいと思います。当方は術後のため、この1ヶ月は断酒中でしたが、今晩あたり、さらに新しい年へ向けて乾杯の喜びを共有できるのでは、と楽しみです。

4013号【 12月25日】
■≪「平成」の時代に≫
 12月28日夜:今年最後のTOAFAEC定例研究会(そして忘年会)、ということは「平成」最終の12月研究会(通算第257回)。これでTOAFAEC は新年を迎えることになります。
 報告者の斎藤真哉さん(板橋区成増生涯学習センター所長)からは「ご案内」2通目の文章がきました(上掲)。報告者も(斎藤さんだけでなく)「板橋区社会教育職員集団」とのこと。今年最後を飾るにふさわしい「いたばし」の登場、楽しみです。いまの日本の地域(大都市)社会教育実践のある到達点「市民主体の社会教育運動」(研究会テーマ)の現段階を知ることにもなりましょう。
 振り返ってみれば、TOAFAEC は「平成」とともに歩いた歴史でした。創設1995年ですから平成に入って数年の助走期間がありますが、この時期、世界は大きく動きました。1989年のベルリンの壁崩壊・東西ドイツの統一へ。北京では天安門広場の民主化蜂起(しかし弾圧)、国際的に東西冷戦構造は終結・軍縮、そしてグローバルな国際交流の拡がり(研究室には留学生が群れた)という時代が動きまいた。しかし日本はバブル経済崩壊、「失われた20年」の始まり。行政が活発に動く活力を失って縮小・委託のあわれな状態に低迷してきた時期でした。
 海の外は賑やかで、国内は沈滞した1990年代。とくに東アジアの國・地域は民主化抗争を経て新しい教育改革の躍動を迎えた時期。年代的にはそれに伍してTOAFAEC は誕生したのでした。それから20年余、「南の風」も吹き続け、年報発行は23歳の年を重ね、定例研究会は今回257回目を数える(毎月1回として20年余の歳月)ことに。この歩みが何を生み出してきたのかを問いながら、年の瀬の酒を汲みたいと思います。ただしぶんじんは術後まだ1ヶ月に満たず、“心”で飲んで、論じ合いたい。
 前号の積み残し「琉球弧の青年群像」(1),(2)を添付します。

4012号【 12月19日】
■≪琉球弧の青年群像≫
 前号本欄の呼びかけに応えて、早速に「東京社会教育史研究フォーラム」としての12月28日定例研究会「ご案内」(石川敬史さん、上掲)を送っていただき、有難うございました。HP・東京社会教育史フォーラム・ぺージ→■にも早速書き込みました。当日が楽しみ。また私たちの『東京の社会教育ー歴史と現在』(2016)について、学会レベルでもいくつかの書評あり、一度それらに応える議論もしてみたいもの。ご検討ください。
 また沖縄県青年団協議会(沖青協)70周年記念式典の様子についても山城千秋さんから一文が寄せられ(上掲)、あわせて記念式典についての沖縄タイムス記事2点も送っていただきました。当日の式典を報じた沖縄タイムス記事2点(添付)だけでなく、加えて奄美を含めて、アメリカ軍事占領支配下の青年団の格闘を当時の機関誌に着目して掘り起こそうとした試み(「琉球弧の青年群像」上・下2点)。山城千秋さんのメール次の通り。
 「ふたたび山城です。次は、奄美と沖縄の青年団機関誌・紙の復刻企画に関する農中至さん(鹿児島大学)さんと書いた記事です。こちらは、先生に推薦人をお願いした企画のものです。式典前に少しでも関心をもってもらおうと、タイムスにお願いして書かせてもらいました。『証言』の発刊は、多くの青年団関係者の目にに触れていただくことで、新たな展開が生まれるものと期待しているところです。東京で関心ある方々へぜひ周知していただきますよう、よろしくお願いいたします。」(Wed, 19 Dec 2018 14:41)
 このテーマは、今年10月・台風来襲下に名桜大学で開かれた社会教育学会にご両名で発表された学会報告か。70周年記念式典の記事と一緒に本号に添付したいのですが、風メンバーのなかには、添付が苦手な方が若干数あり(必ずメールが戻ってくる)、「琉球弧の青年群像」2点は、次号に添付します。面白そうなので、pdf.でなくワード・データで送っていただければ何回かに分けて「風」に紹介したいと思いますが、如何でしょう。

4011号【 12月16日】
■≪今年最後の定例会、東京社会教育史研究フォーラムの皆さんもぜひ!≫
 
前号の発行日記載が1日間違っていました。12月11日(もともとこの日に出す予定)ではなく、正しくは12月日12日でした。お詫びして訂正します。本号も2日前に出す予定のところ、別事にまぎれて遅くなり、申し訳なし。今日はすでに師走16日、あと2週で本年もおしまい、早いものです。◇捨てきれぬ思い残して年の暮(ぶ)
 本年最終のTOAFAEC 定例(第257回)研究会は、板橋の斎藤真哉さんが「SDGs(持続可能な開発)いたばしの集い」の歩みを報告していただくことになりました。斎藤さんは板橋区成増生涯学習センター所長。定年を迎え、大学で言えば「最終講義」にあたる話になるのではないかと期待しています。私たちは第4回東アジアフォーラムで、韓国「平生学習」にかかわる市民運動=マウルづくりの活気あふれる動きを見てきたばかり。斎藤さんの話は、いわば東京板橋の「持続可能な開発」をテーマとする市民マウルづくり運動の事例というにふさわしい報告か。当夜が楽しみです。
 いま開店休業中の東京社会教育史研究フォーラム。斎藤さんはその事務局長でもありますから、東京研究フォーラムの活動にも位置付け、久しぶりに関係メンバーに案内を別送してはどうでしょうか(石川敬史さん、どうぞよろしく)。年末押し詰まっての日程:12月28日夜。いつもの高井戸区民センターはすでに年末休業とのこと、会場は 19:00からイーストビレッジで開き、そのまま忘年会のかたち。皆さん、久しぶりのご参集が楽しみ。
 「戦後沖縄青年団運動の証言ー祖国復帰とアイデンティティ」(証言集)の刊行。沖縄青年団協議会(沖青協)70年式典(12年16日、那覇)に間に合って、配布されたことでしょう。反応は如何?山城千秋さんから「南の風」への一文を期待しています。本号には小生の「はじめに」をいくつかに分けて連載紹介していますが、本号にはとくに全体の「目次」一覧を収録し、あわせて表紙(江頭晃子さん提供)の写真をHPに掲げました。奄美から八重山までの南西諸島をうすいバックにいい色の出来栄え。 
「戦後沖縄青年団運動の証言ー祖国復帰とアイデンティティ」表紙(20181216)


4010号【 12月12日】
■≪自宅から出す風の楽しさ≫
 寒風のなか、小さなツワブキの花は凛として咲く、その花言葉は「困難に負けない」と八重山毎日新聞コラム「不連続線」は書きました(2018年12月08日、上掲)。それに呼応し当方のHP表紙写真もツワブキの花に差し替え。ところは福岡・油山、せまい庭の片隅、落葉のなか緑の葉は艶やか、黄色の花は健気です。→■http://www.bunjin-k.net/
 風誌上で何度も報じてきた『戦後沖縄青年団運動史の証言−復帰運動とアイデンティティ』合冊本の刊行、ようやく実現しました(上掲・江頭メール)。今年秋の『やんばる対談集』につづく“快挙”というべきか。私たち沖縄社会教育研究フォーラムの編集、「東アジア社会教育研究」12号〜19号(2007年〜2014年)に連載してきた20人に及ぶ青年団運動・日本復帰運動に格闘してきた青年たちの証言集です。とくに編集の中心となった山城千秋さん(熊本大学、もと沖青協事務局)ご苦労さまでした。千秋さんから来たメール。「・・・ご尽力くださいました皆様、本当にありがとうございました。まだ手元には届いておりませんが、来る日曜日(12月16日)の沖青協70周年式典に間に合わせて下さり、大変感謝いたしております。」(Wed, 12 Dec 2018 15:47)
 ぶんじんは本証言集に「はじめに 戦後沖縄青年団運動を担ってきた人たち」を書いていますので、数回に分けて、風誌上に紹介することにしました(その1・上掲)。この証言収集活動を始めて、まだ10年余しか経っていないのに、仲宗根悟さん(復帰協事務局長)など4人の方が亡くなられています。貴重なお話を記録することが出来たことになります。とくに中頭(なかがみ)青年会OBの皆さん(仲宗根悟さんはそのリーダー)との出会いと交流は忘れ難く、さらに資料収集と証言聞き取りを(今のうちに)続けていきたいもの。ようやく出来た証言集・希望の方もありましょう。申し込み先、販価などのご案内、山城さんか山口真理子さん、風に寄せて下さい。(沖縄関係者に配布するので部数僅少の模様)
 なお12月定例研究会(12月28日予定)の「ご案内」を待っていましたが、最終的なツメが必要の様子、次号にまわすことにします。
 本欄は自宅で書いています。昨日(点滴の針から解放されたので)退院しました。自由を回復しましたが、13日間の病院生活、ほとんどベッドの上、脚力がまた落ちてしまいました。しばらくはアルコールもダメ、リハビリに取り組む必要があるようです。

4009号【 12月06日】
■≪東アジアフォーラム・関連アルバム≫
 上掲・関本保孝さん(基礎教育保障学会)からの「北海道に夜間中学を作るための意見書〜至急ご協力お願い」メール(Tue, 4 Dec 2018 08:40)に関して、「南の風」では4005号〜4006号に札幌遠友塾・工藤慶一さんからの協力依頼文を掲載しています。「教育委員会への意見書様式@」も添付(4006号)。心ある方々のご協力よろしくお願いします。夜間中学のドキュメンタリー映画『こんばんはU』完成記念上映会(夜間中学校と教育を語る会主催、2018年12月22日(土)18:30〜20:00、会場「エデュカス東京7階ホール」、料金・無料)のご案内メールも拝受(添付チラシ)。夜間中学関連の活発な動き、課題もいろいろ、しかし取組みの大きな潮流を実感します。
 さて、本欄に連載してきた東アジア・フォーラム(第4回、韓国開催)関連の写真、一つのシリーズになりましたので、HPアルバムに新しいページを追加しました。冒頭に2010年の上海「国際シンポ」(第1回)や昨年の佐賀開催(第3回)の記念写真も入れました。ご覧ください。
→■
http://www.bunjin-k.net/albumhigasiasia.htm
 本欄に紹介する1枚は、第4回フォーラムの初日夜・懇親会、崔一先(チェイルソン)さん(慶煕大学)が「珍島アリラン」を歌い始めて、一気に盛り上がった座。この雰囲気が今回の第4回フォーラムの楽しいスタートでした。韓民と「松花江上」を合唱するという思わぬハプニングも(風4006号に既述)。崔さんの才覚と歌ごころに感謝!です。
 松田弥花さん(高知大学)からお見舞い・お祝いメールを頂戴しました。有難うございます。予定通り、4日午後に手術が終わりました。いま術後2日目。まだ点滴と食事制限のなかにあり、テレビの料理番組がことさらに羨ましい。
崔一先さんは歌う、初日の懇親会(シフン、181101) *李正連さん提供


4008号【12月03日】 
■≪数え年のバースディケーキ≫
 30日の11月定例研究会、ご出席の皆さん、お疲れさまでした。松尾有美さん(東大院)から当日の記録・写真を早速に送っていただき有難うございます。折り返し小田切督剛さん(韓国フォーラム)からきたメール。「おだぎりです^^いや〜松尾さん、いつもながらイイ写真撮ってくれるね〜〜 報告も素晴らしい!簡潔にして完璧! 誤字・脱字もありません。忙しいだろうに、本当にコマウォヨ〜〜^^」(Sun, 02 Dec 2018 10:44)
 当夜、ぶんじんは病院から自宅に立ち寄って会場に向かいましたので、少し遅刻、恐縮しながら席についたとたん、「88歳」バースデイケーキの登場、まさにサプライズ! 皆さんのお心遣い、恐れ入りました。感謝!カンサハムニダ。沖縄流の数え年ではたしかにお目出度い「88」歳。私の世代はローソクを吹き消す文化をもちあわせていないので、ただ感激するだけ。松尾さん撮影の写真の中から、その1枚を本欄ホームページに頂きました。ローソクの灯にゆらめく88の数字。病院に通いながら、なんとかここまで生きてきて、研究会にも参加できる喜び、などなど・・・妙にしみじみと、思いにふけった1枚でした。
 さて病室の暮らしは、ご想像通り規則正しい毎日。当方の日常は真逆の不規則生活、まず慣れるのにたいへん。自由な好き勝手のリズムを棄てなければなりません。昨年の病院は消灯10時でしたが、今回の病院はなんと!9時。この時間は夜が始まる時間なのに。点滴に繋がれていますから、行動は制限されて、しばらく辛抱するほかありません。ガラ型のケイタイと違って、スマホが案外と病室でのいい遊び相手。初めてゆっくりスマホ情報を見ながら、世の中の雑多情報の氾濫に困惑もしています。世の中がかえってよく見えてこない。明日午後の手術です。
11月定例会のサプライズ、88バースデイケーキ(181130、高井戸) 松尾有美さんカメラ


4007号【11月30日】 
■≪再び病室にて≫
 11月最終日、例年より暖かく、東京はよく晴れています。どこかに出かけたくなるほどの上天気・・・なのに、ぶんじんは昨夜からまた病院に入りました。去年の大手術と比べれば、何とも気楽なベッド。痛みもなく、身動き自由。夏の内視鏡検査で見つかったポリーブの切除。今年中に済ませましょうという計らいで、スケジュールだけ決まっていたものです。ただし血栓症の既往症あり、手術(内視鏡)予定の数日前から点滴に入った方が安全・・・という判断からの入院。夜のTOAFAEC 定例会(高井戸)には、許可を得て点滴からはずれ、出席する予定です。ただし終了後のイーストビレッジ・懇親会は、残念ながらパス、直ちに帰院しなければなりません。これは残念至極。
 病室にパソコンをもちこみ「風」本号を編集。WiFiの環境にないので、スマホを介しての配信です。うまくお手元にとどいたでしょうか。ときにスムースにつながらないときもあり、例によって木村雅俊さんの指示を頼りながらの作業です。12月に入って数号は病室発ということになりましょうか。
 本欄で東アジア・フォーラムの写真紹介が続いていますが、小田切督剛さんから何枚もの写真をいただいています。その中の1枚、中国の2人(写真・左から上海・呉遵民、小林をはさんで、北京・韓民)と昔話を楽しんでいる場面。前号でも書いたように「松花江上」を教わった思い出を含め、積もる話題は尽きることがありません。昨年は、入院加療中のぶんじんを、お二人と黄健さん・馬麗華さんもご一緒に、中国グループが新宿の病院までお見舞いくださいました。あれからちょうど1年、いま「再び病室にて」師走に入ります。写真日時は多分、11月1日/フォーラム初日夜・始興市での歓迎夕食会。
日本留学からすでに30年余 (始興市、20181101)


4006号【11月27日】 
 
■≪我が家は松花江のほとり≫
 東アジアフォーラムの余韻とともに、たくさんの写真が寄せられています。本号には2日目夜の懇親会・二次会での懇談風景(世宗・ゲストハウス)。左から姜大仲(ソウル大学)、崔一先(慶熙大学)のお二人、右に鄭賢卿(同)さんの韓国勢にはさまれて、小林・上野・石井山・上田の日本勢。ぶんじんにとって久しぶりの、嬉しい夜のひとときでした。
 この夜の懇親会、崔さんの懐かしの♪珍島アリラン♪に始まって、小林・韓民の♪松花江上♪合唱にいたるまで、たくさんのアジアの歌をうたいました。写真の崔さんは(多分)朝からソウルに所用あり、往復して夜の懇親会に合流。進行役までつとめ、しかも何曲もうたって、やや歌い疲れか。この二次会の席に、あいにく韓民(中国)の顔はありませんでしたが、懇親会の席上、皆さんの前で、まさか!二人で「松花江上」を合唱することになろうとは、いつまでも忘れられない夜となったのです。
 この機会に「松花江上」について思い出話。北京の韓民が東京学芸大学にやってきたのは文化大革命が終わってすぐ、中国からの最初の留学生でした。私たちの研究室の「歌ごえ」を楽しんでくれましたが、自ら歌うことはなく、当初はいい歌い手とは知らず。「韓民がたいへんな歌をもっている」、そんな表現で教えてくれたのは末本誠さんでした(当時・東京大学大学院)。
 ある夜、横山宏(国立教育研究所)小川利夫(名古屋大学)のお二人が拙宅に見えたとき、国立に住んでいた韓民を電話で呼び出し、お二人に紹介し「松花江上」を歌ってほしいと所望したのです。あの日(九一八)から故郷を捨て、荒野にさまよう、ルオラン(流浪)〜、いつの日に再び老いた父母にまみえることができるか。そんな歌詞です。日本人にとってはつらい歌、彼は遠慮していたのでしょう。人柄同様、やさしい声で歌いました。それから、韓民を老師として、たどたどしい中国語ながら「我的家、在東北、松花江上」と、歌えるようになったのです。懇親会の席上、中国から参加の若い学者たちは皆さん歌えず、韓民と私だけ二人の合唱が実現しました。
 本題からはずれました。上に「竹富・種子取祭」について沖縄タイムス写真を紹介。韓国「マウル」づくりと関連してコメントを書く予定でしたが、もう余白なし。研究会当日にします。まだ沖縄タイムスの許諾を得ていないのですが、11月30日・研究会に向けて写真のページづくり(抄録)、ご覧おきください。目がさめるような祭りの写真です。
→■http://www.bunjin-k.net/181121taketomi.htm
東アジア国際フオーラム二日目夜・懇親会二次会 (韓国世宗市、20181102) *李正連さん提供
 左より姜大仲(ソウル大学)、崔一先(慶熙大学)、小林、上野、石井山、上田、鄭賢卿(慶熙大学)の皆さん


4005号【 11月24日】
■≪青空に映えて−韓国・平生教育実践協議会≫
 東アジア国際フォーラム4日目。一行は二手に分かれ、ソウル組は国家平生教育振興院など視察(風4000号所収・石井山メール参照)。私たち当日帰国組は、李揆仙(イ・ギュソン)さんの「平生教育実践協議会」(始興市)を訪問しました。10人あまり、どやどやとお邪魔し、手づくりの盛大な昼食を頂きました。文章で読んでいた平生教育実践協議会の4階建・事務所(3〜4階は自宅)でお話を聞きました。青空に映える白・黄の建物が美しい。黄丹青さんから写真を送っていただき、ありがとございました(ホームページ)。白と丹はそれぞれ、黄と青は同じ色・字ですね。
 イ・ギュソンさんは、2002年「韓国平生教育士協会」を創立、その初代会長へ。同じ時期に発足した「平生教育を愛する人々の会」、2年後に「平生教育実践協議会」の名称で正式に登録され、その会長となって大活躍。ぶんじんとは、2006年の社全協・全国集会での出会い。いい写真がありますが、次の機会に。
 2013年9月に日本社会教育学・国際シンポに招聘・来日された折、TOAFAEC・定例研究会(198回、9月27日)でお話を聞いたことがあります。また年報「東アジア社会教育研究」第15号(2010年)に、平生教育実践協議会の設立と活動を中心に「共に生きる共同体を夢見る人々」と題する刺激的な論文(訳・李正連)を執筆されました。日韓の社会教育・生涯学習の専門職制とその実践運動を考える上で、「東アジア」のレベルで重要な記録と言えましょう。「社会教育主事協会」(仮)のような職能団体をもたない日本(東京都・斎藤峻さんなどがチャレンジしたが、実現せず)にとって、大いに参考になる取組みです。
 土地は約100坪。青空に映える建物は、私的な空間(自宅)と社会的な活動(実践協議会)を結ぶユニークな取り組み。訪問者として、大きなノートに揮毫を求められました。「海を越えて集いし吾ら、言葉は違えど、心は一つ」と書きました。
韓国(始興市)平生教育実践協議会 (20181104)   *黄丹青さん撮影


4004号【 11月21日】
■≪TOAFAEC の出版機能≫
 11月も下旬に入りました。もうすぐ12月。そういえば、昨年今頃は二度目の大手術を目前にして、人生最後の岐路に立ったような緊迫の毎日でした。早いもので1年が経っています。なんとか歩き始めて再出発。今年にに入ってそ沖縄へ。そして韓国への旅も終わって、いまある充実感を味わっています。皆さんの声援あればこそ。あらためて感謝!です。
 さて、今年のTOAFAEC 活動として注目しておきたいことは、独自の出版機能を発見したことではないでしょうか。まず「やんばる対談」集(約250頁)の刊行、そして2冊目「戦後沖縄青年団運動」証言集(約150頁)が世に出ようとしています。関係の皆さん、ご苦労さまでした。いくつかの努力が結びあいました。年報の中にそれぞれ10年近くの対談・証言聞き取り調査の努力を重ねてきたこと。まさに継続は力なり! そしてこれらを1冊にしようとの発議、わずかではあれ「基金」蓄積の努力、これに素人の域を脱した編集技術が加わって、2冊の本に結実することになりました。熊本大学・山城千秋さん、あらためて新刊(予定)「戦後沖縄青年団運動の証言―復帰運動とアイデンティティ」(TOAFAEC発行)のご紹介をお願いします。
 ぶんじんは2冊ともに小文を書く機会を得ました。「やんばる対談」をどう読むか、の連載9回が本号で終わりました(上掲)。沖縄青年団運動史については「はじめに」を短く書いていますので、スペースがあれば、ご紹介する機会もありましょう。
 東アジアフォーラムの写真、アルバムにたくさん。今回は、日本から参加した日中韓の美女四人組。多分1日目(11月1日)の懇親会か。黄丹青さんから送っていただきました。
左より呉世蓮、李正連、黄丹青、山口香苗の皆さん(20181101) 黄丹青さん提供


4003号【 11月18日】
■≪1枚の写真から−中国「社区教育」「社区活動」の潮流≫
 前号に紹介した長春・孫冬梅さんからの1枚の写真(2009年3月)。当時の中国「社区教育」「社区活動」の潮流を想い出させてくれました。ほぼ10年前、その頃、日本では「中国生涯学習研究フォーラム」が活動を開始(黄丹青・上田孝典など、2008年12月)。中国「社区教育」の新しい動きを、現地に立ってフィールドワークに取り組もうと、これまで交流があった上海市閘北区・社区学院(旧業余大学)へ。科研費などなく、すべて自費・手弁当での現地入りでした。よく実現できたもの、思い出に残る中国行きでした。写真はその最初の夜、社区学院「行健職業学院」関係者による歓迎会。ちなみに、この中の李一群さん(東京学芸大学研究生)は中国教育部で韓民と友人だった人。
 当時中国では、国家政策が「単位社会」から「社区社会」へ大きく転換していく状況、上海だけでなく北京・天津など主に大都市部で、終身(生涯)学習・社区教育への大きな流れが生まれてきました。上海市閘北区はその先進的な地域。すでに1986年に早くも「区内15の街道に社区教育委員会が成立していた」(年報第2号、袁允偉論文)そうです。
 TOAFAEC では今世紀に入って、ほとんど毎年、中国とくに上海(閘北区)に出かけていた経過があります。羅李争さん、黄丹青さんなどの努力により「社区教育」文献・資料・新聞記事なども紹介してきました(年報「東アジア社会教育研究」創刊号、第2号等)。
 本号では、少しスペースを割いて、中国「社区教育」ホームページ・経過資料を紹介しました(上掲)。T0AFAEC サイトには15本前後の「社区教育」関連ページあり。幸い経過を一覧にした記事あり。→■http://www.bunjin-k.net/tyuugoku08.htm
 このページに入ると、すべての■印にはサイト内の別ページがリンクされ、お目当ての資料に行きつくことができます。ご参考になれば幸い。
 最近の「南の風」は韓国関連の記事が多いので、あえて中国・社区教育を取り上げました。あわせて中国生涯学習研究フォーラムの再生も願っています(小林も参加)。今回の東アジア国際フォーラムでは韓国「マウル」づくりの潮流を実感できましたが、中国の社区教育・社区活動は、これとどう関連するか、市民の動きとして類似するところあり、しかしどんな異同があるのでしょうか。次回定例会(11月30日予定)で論議したいところ。
懐かしの1枚 (上海、20090317)「社区教育」調査団。後列左から呉迪、孫冬梅、黄丹青、内田純一、羅李争、
前列は李一群、小林、
徐熾強 (行健職業学院・党書記)、袁允偉(院長)、鄭栄根(図書館長)、上田孝典の各氏


4002号【 11月15日】
■≪中国・社区教育の研究交流≫
 TOAFAEC発行予定の上掲(山城千秋さんメール)「戦後沖縄青年団運動史への証言」編集については、いま最終段階。さかんにメールが飛び交っています。いずれも内部のやりとり、そのなかの一つだけご紹介しました。ご本人に了解なしの掲載ですが、いずれ関心ある方々へ拡げたい出版ですので、ご理解いただけると思ってのこと。すでに10月の社会教育学会時に発行された「やんばる対談集」に次ぐ2冊目の企画。TOAFAEC 出版活動として今年は画期的な展開となります。担当の江頭晃子さんは大活躍。山城さんとともにあとひとふんばり、頑張ってください。
 中国長春の東北師範大学・孫冬梅さんより、先日の韓国訪問時の写真を送っていただきました(上掲メール)。有難う! その中の1枚「台湾の先生方との写真」を下掲しました。左より張徳永(台湾師範大学)と楊碧雲(元台北市政府教育局)のお二人。その横に韓国(慶煕大学・鄭賢卿)、日本の石井山竜平、小山田督剛、そして孫冬梅の皆さん、文字通り「東アジア」研究仲間が並ぶ記念の1枚となりました。
 加えて、孫さんは2009年3月・TOAFAEC研究活動(フィールドワーク)として実施した上海「社区教育」調査の際の写真を見つけて送って下さいました。懐かしや!記憶に残る1枚。上掲(次号に)。また「南の風」(2185号、2009年3月19日)にも記録し、当方ホームページに掲載していました。ご覧ください。→■http://www.bunjin-k.net/tyuugoku08.htm
 2008〜09年当時、中国・社区教育の躍動期。新しい動きに私たちも上海(とくに閘北区)との研究交流や「業余大学」(社区大学)との合作活動に取り組んでいた時期でした。当時ぶんじんは閘北区社区大学より名誉図書館長の称号をいただいた記憶。当時の研究活動の拡がりは年報「東アジア社会教育研究」第14号に反映されています。14号から15号へ意欲的な年報づくり、TOAFAEC「東アジア」研究が一つの高揚期を迎えた年でした。孫冬梅さんからの10年前の写真、あの頃を思い出しホームページを開き、思わぬ回想を楽しむひとときとなりました。重ねて感謝!


左より 張徳永(台湾師範大学)、楊碧雲(元台北市政府教育局)。横に日本(石井山竜平)、韓国(慶煕大学・鄭賢卿)、日本(小山田督剛)、中国(孫冬梅)の皆さん。(20181105、ソウル)

4001号【 11月11日】
■≪4001号を迎えて≫
 風は4000号の大台に乗りました。本人もあらためて驚いています。1998年(2月6日)に創刊。20年間の歳月、平均2日に1号(1年に200号弱)のリズムで風を吹いてきたことになります。お騒がせして恐縮。受け取っていただいた皆さんに感謝!
 当初は研究マイノリテイ(とくに留学生)へ、それから沖縄へ。当方に届くやや過多な情報をお裾分けしようとの思い。学会等のお偉いさんには配信しない方針。一部に希望を寄せられた奇特な方のみリストに入れ配信してきました。だんだんと拡がって北京や上海など海外へも送り、国内では川崎などでローカルランが動き始めるという経過でした。
 初期の段階では配信先をさがす(当時、Eアドレスをもたない人が多かった)状況でしたが、配信が100本を超えた段階で抑制するようになり、150を超えないようアドレス帳整理(50号おき)。2002年頃から風のストックとしてホームページ更新に力を入れてきました。
 この間にはFacebookの時代が到来。風の役割は済んだかなと思うときも。ライバルの出現だと妙に対抗心を燃やしたり、おかしなものです。風1000号では同時発行してきた「公民館の風」を休刊し「南」に専心。しかし2000号や3000号では「もう、やめたい」とダダをこねるなど一波乱。思い出いろいろ。4000号では、ここまで(入院中でも)継続してきた道のりに感謝の気持、しばらく続けていこうと気持を新たにしています。ただ読まれなくなった「風」は引き取りたく、アドレス帳整理を予定。4000号までに・・のつもりでしたが、韓国行きが重なり、これからの作業です。
 さて韓国行きの写真紹介。三日目に遊んだ忠南牙山(アサン)民俗村で一緒に撮った1枚。見事な紅葉が始まって深い秋色。いつまでも忘れない思い出のひととき。ぶんじんはあまり歩けないので、休んでいたのですが、写真のときだけ仲間に入れていただきました。この写真を4001号に飾ることが出来てよかった。李正連さん提供。
東アジアフオーラム(3日目)韓国忠南・牙山(アサン)民俗村にて(20181103)  



*南の風3950号〜4000号→■
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