【南の風2019】 4101号〜4150号  
各号目次・後記(ぶんじん日誌)
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【南の風2019】4101号〜4150号・目次一覧(進行中)

4101号【11月 7日】11月定例研究会案内、町田とびたつ会、首里城、占領期奄美・沖縄青年団資料集
4102号【11月10日】上野英信『眉屋私記』、義務教育拡充議員連盟、沖青・機関紙発見、上野英信さん
4103号【11月14日】平久保歌碑、全国夜間中学キャラバン、なぜ明るいのか、上野英信さん33年忌
4104号【11月19日】11月0定例会(再)、映画こんばんはU集い感想、町田、英信さん記念展、上海へ
4105号【11月 日】




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《昇順》

南の風・各号後記(ぶんじん日誌)


4105号【11月 日】



4104号【11月19日】
■≪上海、そして北京へ≫
 那覇・鷲尾真由美さん、メール(上掲)と写真を有難うございました。奇しくも前号の写真と同じ上野英信さん(今回は「眉屋文庫」)をはさんでのツーショット。比嘉久さん(名護博物館)も鷲尾さんも14年の歳月を感じさせない若さ(写真下掲)。
 本欄ページには、あと一枚の写真を掲げました。上海市教育科学研究院の張JIUE(日偏に玉)副院長と朱榴芳さん夫妻のツーショット。お二人はともに東京学芸大学大学院に留学。朱さんは上海立信会計学院・外国語学部で日本語を担当されていましたが、今もそうかしら? こちらは16年前の写真。懐かしい思い出いろいろ。
 11月23〜25日に開催される東アジア生涯学習・北京フォーラムに先立って、私たち(ぶんじん、山口真理子、江頭晃子)3人は、20日より上海を訪問することにしました。古い友人や旧留学生と再会するためです。昨年の韓国公州で開かれた東アジアフォーラムで呉遵民さん(華東師範大学)にアレンジをお願いしました。1990年末に上海閘北区との合作学院づくりを夢見た(しかし実現せず)袁允偉・羅李争(同じく東京学芸大学に留学)にも再会できるようです。呉遵民さん、ご配慮ありがとうございます。
 張・朱夫妻とは、ホームぺージ収録の写真(上海、2003)以来、すでに16年が経過しています。お二人は東京から中国に帰って、揃って湖南省湘潭市(毛沢東・劉少奇の生家に近い)の大学に勤務していました。招かれて1週間近く湘潭に滞在していたことがあります。「南の風」にその回想録(「湘潭・広州への旅−1999年」南の風209〜237号)を書いています。たとえば歌ふたつ。留学生・朱榴芳さんから突然の電話−(1999年3月20日)
・夫婦して留学の労苦あまたあり いま報われしか声の明るき ・「私を憶えていますか」「憶えているとも」と叫び合いたり →■http://www.bunjin-k.net/tyugokureport97.htm
 上海は日本とそう変わらない気候。しかしこの季節、北京はどのくらい寒いのか、気になります。杖をついての「中国への旅」、まわりに迷惑をかけないよう、楽しんでくるつもりです。

15年ぶりのツーショット、中央に上野英信・眉屋文庫、右下に名護博物館・展示会ポスタ―(20191115)

上海市教育科学研究院・張さんと朱さん夫妻 (上海、20031124)


4103号【11月14日】
■≪上野英信さん33年忌≫
 訃報は突然にやってくる。療養中の義弟の通夜・告別式、寒川(茅ケ崎の隣り)まで出かけていました。すでに脚力弱く、初めての地でもあり、かなり疲れました。帰ってパソコンを開くと、名護から島袋正敏さんのメール。八重山・平久保「ぶんじん歌碑」と米盛三千弘さん(建立者)にお会いしたとのこと(上掲)有難うございました。セイビン・メールで元気をとりもどし。また本号には、長文の夜間中学増設運動の熱気あふれる呼びかけ(関本保孝さん)。すべての人の学習権保障!全国に夜間中学を創ろうとの運動、画期的な全国キャラバンを紹介できる喜びを「南の風」として実感しています。
 さて前号の続き・上野英信と「眉屋私記」について。上野英信さんとは、集まりでご挨拶する程度。筑豊文庫には一度もお伺いしたことがありません。当時は直方で教師をしていた農中茂徳さんの車で、今から行こう!という話になって・・・結局は別の事情が重り実現せず。今となっては悔やまれます。英信さんの没後、筑豊文庫の上野蔵書は三分され、沖縄(「眉屋私記」)関連は、名護・屋部公民館に寄贈されました。2004年1月に集落・自治公民館研究グループ(別記予定)で屋部公民館を訪問した折、上野文庫は2階書棚に収蔵されて、本たちも幸せそうでした。下掲写真は、上野英信さん遺影をはさんで、左・比嘉久さんと右・鷲尾真由美さん(20040129、屋部公民館2階にて)。
 私の「眉屋私記」は、東京学芸大学を離れるとき、研究室に残してきました。いつでも読める、とのんきに構えていたのですが、実際にそうはいかず。名護でそんなボヤキ話をしたところ、翌日にか、聞いていた比嘉久さんから秘蔵の1冊を頂きました。恐縮しつつ、有り難く頂戴することになりました。「眉屋私記」を開くとき、いつもあの日のことを思い出します。
 比嘉久さんレターによると、上野英信さんを偲ぶ33年忌の集い:ウワイズーコー(11月23日17:00〜20:00 、場所:屋部公民館、会費:2000円、語り:我部政男、上野朱、比嘉ゆり子 他)に、山城千秋さんが参加とのこと。当日の様子、風にお寄せいただければ幸い。なお「ウワイズーコー」とは「終わり焼香」の意とか。
上野英信さん遺影をはさんで、左・比嘉久さん、右・鷲尾真由美さん(屋部公民館、20040129)


4102号【11月10日】
■≪上野英信と沖縄・『眉屋私記』≫
 「南の風」はもともと「沖縄の風」。本号は久しぶりに沖縄からのニュースが2っも並んだ嬉しい風となりました。一つは前号のつづき、県青年団機関紙「沖縄青年」15号発見の記事(琉球新報)。あと一つは冒頭に掲げた名護博物館「上野英信と『眉屋私記』」展示会など(上野英信三十三年忌記念)の事業。1ヶ月ほど前に島袋正敏さんから連絡いただいていました(風4094号)。ぶんじんにも「上野英信と名護のかかわりから同記念事業の呼びかけ人に加わってほしい」とのご依頼、まことに光栄です。
 比嘉久さん(名護博物館)より山口真理子さんを介して、素晴らしいポスターとちらしを送っていただきました(感謝!)。関連企画(上野英信さんを偲ぶ33年忌の集い・屋部公民館、講演会など)盛り沢山(上掲)。しかし、日程はちょうど私たちの上海・北京フォーラムと重なって参加できず、残念至極です。盛会を祈ります。
 上野英信さんはもともと九州・筑豊を拠点に活動してきた人(筑豊文庫主宰)。京都大学中退、自ら炭坑の仕事にも入り、「追われゆく坑夫たち」「地の底の笑い」などの炭坑労働者の記録は衝撃的、注目を集めてきました。そして生涯の仕事の最後のテーマは「沖縄」。名護市屋部の「眉屋」(山入端=やまのは)家の家族史をたどって、日本・沖縄の近代史・民衆史を描きだした名作『眉屋私記』を出版(1984年、潮出版)。
 1977年から取材のため足繁く沖縄、名護へ通い、「眉屋」の長男「萬栄」の足取りを追ってメキシコにも渡りました。『眉屋私記』序章「嘉例吉(かりゆし)の渡波屋(とわや)」を読み始めると、そこはまさに名護屋部の風景。琉球・シマ(集落)の文化・芸能を下敷きにして『眉屋私記』の物語は展開します。本が出版されて、祝賀会が那覇、そして屋部で開かれたそうですが(名護博物館ちらし)、屋部区は「名誉区民」の称号を。もともと山口県生まれの英信さん、この時は「屋部区出身作家として頑張ります」と語ったそうです。「眉屋私記」戦後編は構想されながら、病のため果たせず、3年後1987年に惜しまれながら逝去、享年64歳。(続く)

4101号【11月7日】
■≪奄美・沖縄の青年団運動史
 この数日、秋らしい気候です。台風・大雨と異常が続き、災害も広域に出た日本列島でしたが。11月に入ってようやく爽やかな秋となりました。朝夕に冷気もただよう、いつもの秋。この数日は、やはり夕焼けが美しい。久しぶりに句集を開きました。「歩を進めがたしや天地夕焼けて」(山口誓子)、「ただ一歩この夕焼けにあゆみ寄る」(加藤かけい)など。秋の季語には「山粧う(やまよそう)」がありますね。先日の朝日俳壇に「ところどころ崩れし山も粧(よそほ)へる」(縣展子)、信州の人らしい。こちらも一句。「ベランダの捨て鉢負けじ粧へる」(ぶ)。ホームページ「11月スケジュール欄」に飾った小さな鉢を詠んだものです。数年前の入院中にベランダ工事あり、この鉢もどこかに捨てられて、いまは写真のみ。⇒■http://www.bunjin-k.net/yotei1909.htm
 今日(11月6日)午後、熊本大学・山城千秋さんから久しぶりの電話あり。復刻企画『占領期奄美・沖縄の青年団資料集』全4巻、付録1・別冊1)の出版がいよいよ実現するらしい(来年3月予定)。推薦文を書く約束をしていましたので、その確認の電話でした。予価10万円(+税)の大作。あわせて目次一覧のメールも来信しました。本号に若干のスペースあり、なかば私信ですが,前宣伝になるでしょうから、上掲しました。散逸しがちな青年団運動史資料の復刻企画は初めてのこと。とくに復帰運動を担った奄美・沖縄の青年団資料は貴重!企画の成功を祈ります。TOAFAECとしては『戦後沖縄青年団運動の証言』(2018)を発行したことご存知の通り。⇒■■http://www.bunjin-k.net/okiseinenunndou.htm
 琉球新報もこの1ヶ月に3回ほど記事として取り上げています。その一つでも本号「おきなわ短信」として紹介しようと思いましたが、首里城・炎上ニュースがありますので、次号にまわしす。記事では、奄美・沖縄青年団運動史に取り組んでいる山城千秋・農中至のご両人を紹介し、その談話などを載せています。山城さんが教授に昇進したこと、その記事で知りました。おめでとうございます。



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