TOAFAEC 定例研究会・案内・報告(記録11) 
        
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78, TOAFAEC定例研究会(第267回)
        山口真理子(Mon, 4 Nov 2019 11:45)
 <第267回(2019年11月)定例研究会・ご案内 ―北京フォーラム報告会−>
 11月やっとお天気も落ち着き、爽やかな秋を感じる季節となりました。東京では朝晩に冷気も感じ、北海道では初雪の便りも。10月は激甚災害に指定された台風19号はじめ大雨が水害をもたらしましたが、皆様のまわりはご無事だったでしょうか。被災された方々にはお見舞い申し上げます。
 さて、11月の定例研究会については、次のような北京フォーラムの動きから、その報告プログラムとして開催することになりました。
 黄丹青さんのお知らせ(風・前号)によりますと、今年の東アジア生涯学習研究フォーラム(北京・第5回)が、この11月23・24日を中心に北京で開催されます。2010年に上海で始まった国際的な生涯学習研究フォーラム。当初、中日韓の三国で2年に1度開かれる予定でしたが、その後の東アジアの政治状況で中断。2016年(上海・第2回)に再開して、その後は台湾も加わって毎年開催されるようになりました。この間の曲折については『南の風』に6回(4086号〜95号)に亘って連載されていますので、ご参照ください。
 今年の北京・東アジア生涯学習研究フォーラムの集会テーマは「高齢者教育」です。このテーマでは、台湾における「楽齢学習」が年報『東アジア社会教育研究』に登場したことがありますが、年報特集としてはまだテーマになったことはなかったと記憶しています。今回は日本から、牧野篤、石井山竜平、江頭晃子、上田孝典の皆様が発表者として登壇される予定です。東アジアの各国・地域からの報告と論議が楽しみです。とくにアンティ多摩の江頭晃子さんが、多摩地域のさまざまな高齢者のNPO活動・実践例を紹介されます。東アジアの拡がりでどのように論議が展開されることになるか、期待されます。
 29日の第267 回定例研究会は、北京フォーラムに参加された皆様にご出席いただき、北京での論議を受けながら、江頭晃子さんのお話を中心にフォーラム報告をお願いしています。北京からの帰国直後の日程、皆様お疲れもあるかと思いながら、参加した方々からも北京での感想や課題などお願いできれば幸いです。
 更に定例会でのこの報告は、来年の年報25号に向けての編集作業につながる側面もあるかと思われます。25号編集についても検討が始まれば幸いです。中国・韓国そして台湾の新しい動きも紹介いただくことにもなりましょう。当日は、関心おもちの方々、多数のご出席をお待ちしています。
◆日時:2019年11月29日(金)19:00〜20:50頃(開室は18:50)
 内容:北京・東アジア生涯学習研究フォーラム(第5回)報告
 報告・話題提供:江頭晃子さん(アンティ多摩)、北京フォーラム参加の皆さん
 場所:東京杉並・高井戸地域区民センター・第3集会室
  (〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5)京王井の頭線「高井戸」駅下車、徒歩3分
 懇親・慰労会(21:00頃〜):レストラン「イーストビレッジ」電話 03-5346-2077 
  (東京都杉並区高井戸東2丁目29-23-108)
 *京王井の頭線 高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り、左にガードをくぐり、
   神田川の横、大きな茶色のマンションの裏1F。徒歩2〜3分。

◆記録






77, TOAFAEC定例研究会(第266回)
     李 正連(Fri, 4 Oct 2019 12:15)
 <10月定例(TOAFAEC・第266回)研究会のご案内>
 『東アジア社会教育研究』第24号の合評会(9月定例研究会)は、皆様のおかげでとても有意義な時間でした。特集の東アジア社会教育法制についての話が主でしたが、とりわけ日本と韓国、台湾、中国の社会教育法及び生涯教育(学習)法、自治体条例等の制定年表を比較することで、新しい発見やその意味について議論できたのが最も興味深かったです。ありがとうございました。
 10月の定例会では、日本の植民地だった中国・朝鮮・台湾の教育史研究の大家である阿部洋先生にお越しいただき、近代東アジアの教育についてお話を聞くことになりました。阿部洋先生は、植民地研究がまだ進んでなかった時代に研究を始められ、植民地期の教育関連史料を多く発掘・研究され、植民地期教育研究の土台をつくって来られた方です。
 阿部先生は、小林文人先生と九州大学の同級生ですが、教育史と社会教育とで専門分野が異なることもあって、これまで研究交流をする機会が多くはなかったかと思います。しかし、お二方は、それぞれの分野で長年東アジア研究をされてきており、また今も東アジア諸地域からの留学生のために研究会や研究指導を行なって来られているなど、共通点も多いです。
 そこで、第266回定例研究会では 阿部先生の研究についてお話を伺うとともに、文人先生との対談も行いたいと思いますので、社会教育のみならず、近代東アジアの教育を研究する方にも是非お越しいただきたく思います。1世紀に1度あるかどうかというくらい歴史的な研究会となると思いますので、奮ってご参加いただきますようお願い申し上げます。
◆日時:2019年10月25日(金)18:15〜2時間程度(*通常より早く始まります!)
 内容:ゲスト:阿部洋氏(国立教育研究所・福岡県立大学名誉教授)
    タイトル:「我が教育史研究を振り返るー近代東アジアの教育をめぐってー」
 場所:東京杉並・高井戸地域区民センター・第3集会室
  (〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5)京王井の頭線「高井戸」駅下車、徒歩3分
 歓迎会(20:30〜):レストラン「イーストビレッジ」
   電話 03-5346-2077 (東京都杉並区高井戸東2丁目29-23-108)
 *京王井の頭線 高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り、左にガードをくぐり、神田川
   の横、 大きな茶色のマンションの裏1F。徒歩2〜3分。
中列・右より二人目に阿部洋さん 、後列右端に山口香苗さん (高井戸、20191025) *松尾有美さん撮影


◆記録:山口香苗・早稲田大学(Sun, 27 Oct 2019 13:39)
〇10月定例(第266回)定例研究会・報告
日時:10月25日(金)18:15〜20:30、終了後:歓迎懇親会
ゲスト:阿部洋先生(国立教育政策研究所名誉所員、福岡県立大学名誉教授)
テーマ:我が教育史研究を振り返る:近代東アジアの教育をめぐって
参加者(敬称略):阿部洋、小林文人、李正連(司会)、森田はるみ、孫佳茹、金亨善、呉世蓮、
 小田切督剛、包聯群、中篠雫(包先生の娘さん),松尾有美、入江優子、江頭晃子、山口真理子、
 モモ、上田孝典、長岡智寿子、山口香苗(記録)
〇内容: *阿部先生補筆済み
 今回は、東アジア教育史研究の第一人者で、文人先生の九大教育学部時代の同級生でもある阿部洋先生をお迎えして、これまでの研究人生についてお話をお聞きしました。阿部先生は、(1)福岡(九大)時代、(2)国立教育研究所(以下、国教研)時代、(3)福岡県大時代、(4)横浜時代の四時期に分けて、取り組まれてきた研究についてお話してくださいました。
 (1)阿部先生は、九大教育学部の学生の時、ミッション・スクール研究者で教育学研究  の大家・平塚益徳先生(生涯の師)と出会い、ここから研究人生をスタートさせます。 朝鮮総督府とキリスト教学校についての研究を始めますが、当時(1953年前後)、日本 は韓国との国交がなく、多くの資料が手に入らないことから、中国の清末から民国期に かけての教育改革、つまり教育政策における「中体西用(日本でいう和魂洋才)」の研 究を始めます。そして研究に社会的な視点を入れたいと思い、清末の農民たちが近代学 校をどのようにとらえていたのか分析していきます。ここには、農民たちによる近代学 校の打ち壊しがあり、このことに先生は大きな衝撃を受け、この理由を解明したいとい う思いが芽生えたということがあります。「なぜ研究を始めた最初が朝鮮だったのか」、 「なぜ大学院に進学したのか」という文人先生からの質問には、学生時の自主ゼミでフ ランスのアフリカでの植民地教育政策に関する英文雑誌論文について報告した時に、植民地の教育問題に興味を引かれ、そこから朝鮮の場合についての研究を思いついたということ、植民地研究をしても就職がなかったため、「大学院にでも行こうか」と思い進学したということをお話くださいました。また、戦後、新制大学となった九大に新しく教育学部なるものができた時のことも興味深いお話でした。
 (2)1967年に上京し、国教研での研究生活が始まります。なんと文人先生の上京(東京学芸大学)年も1967年。ここにも深い縁を感じました。国教研では、当時ユネスコが行っ ていたアジア諸国への義務教育普及について、特に東南・南アジアで見られる、小学校に入学しても、一二年のうちに退学してしまう「wastage(損耗)」の実態について研究を始めます。その後、アジア教育研究室を主宰し、全国各地の研究者に呼びかけて文部省科研費による共同研究を続けて行くことになります。その中で、日本への留学生や日本人教習について、戦前期の『外務省記録』を用いた史的背景から現状分析までカバーしていきます。江頭さんから「教育史研究と留学生研究が先生の中でどのようにつながったか」という質問があり、阿部先生は「つながっていない。暗中模索。」と答えました。研究に真摯に向き合う姿を見たような気がしました。もちろん、清末・民初期の教育史の研究も進め、日本型教育からアメリカ型教育への移行、そこでの中国農村社会との不適合現象、さらには毛沢東時代になりプラグマティズムを取り除き、社会主義思想をどう入れるかという変化についても分析し、多くの研究成果を発表していきます。
 (3)1993年には福岡に戻り、福岡県大の立ち上げに携わります。研究では日中教育「交流」に加えて「交流と摩擦」にも関心が広がり、また南京師範大学との科研による共同研究も開始し、これは3期・6年間続きました。
 (4)2000年に横浜に戻り、戦前日本が中国に対して行った大規模な文化事業・「対支文化事業」についての著作を執筆し、さらに80年代から引き続き、植民地教育政策資料を、200巻を超える資料集(朝鮮篇・台湾篇)としてまとめていきます。まさに、「後に続く人たちに、大きなものを残している」(上田孝典先生の言葉)のです。台湾の植民地資料となる隈本繁吉文書の発掘エピソードや、解読作業の苦労話も大変興味深いものでした。長い年月をかけて膨大な資料を収集し、これを読み解き、まとめていく力量と根気、88歳の現在でも研究会や院生の論文指導を行っておられ、変わらずご活躍されていることに敬服しました。さらに文人先生から清末民初、つまり辛亥革命の頃の「社会(society)」という新概念、社会教育概念はどのようなものだったのかという問題提起がなされたことで、教育史といった歴史研究に興味が掻き立てられる時間となりました。

 個人的な感想ですが、阿部先生は、教育学会がアジアの問題に注目していなかった時代から東アジアを研究してきた、いわばパイオニアですから、自らのアイデアのみで研究の道を切り開いてきたとばかり思っていました。しかし、阿部先生が語る姿からは、師匠への尊敬の思いや、多くの研究者から様々な視点や手法を常に学び、それを尊重し、自身の研究関心に引き付けて試行錯誤してきた様子が伝わってきました。阿部先生が切り開いてきた道には、個人の努力やアイデアだけでなく、先人たちへの尊敬や、研究に対する誠実な姿勢というものが存在していたということがわかりました。
 個人的な感想ですが、阿部先生は、教育学会がアジアの問題に注目していなかった時代から東アジアを研究してきた、いわばパイオニアですから、自らのアイデアのみで研究の道を切り開いてきたとばかり思っていました。しかし、阿部先生が語る姿からは、師匠への尊敬の思いや、多くの研究者から様々な視点や手法を常に学び、それを尊重し、自身の研究関心に引き付けて試行錯誤してきた様子が伝わってきました。阿部先生が切り開いてきた道には、個人の努力やアイデアだけでなく、先人たちへの尊敬や、研究に対する誠実な姿勢というものが存在していたということがわかりました。
 阿部先生という大先生でも、ひたすら地道なことを続けてきたということに気付かされ、先生のお話を聴きながら、研究に誠実に向き合っていこうと、気持ちを改めていました。とても貴重なお話を聞かせてくださった阿部先生、このような研究会を企画してくださった皆さまに感謝申し上げます。ちなみに、阿部先生は文人先生を「小林くん」と呼んでいました。文人先生を「君付け」で呼ぶ方をこれまでお見かけしたことがなかったので、なんだかとても新鮮でした。
ゲスト・阿部洋先生 (高井戸、20191025)

歓迎会。左列より孫佳茹、中篠雫、松尾有美、金亨善、阿部洋、李正連、右列に呉世蓮、入江優子、包聯群、
小林文人、上田孝典、後方に山口真理子、マスター夫妻(敬称略、イーストビレッジ:20191025)*江頭晃子さん撮影



ぶんじんコメント(南の風4098号(ぶ)欄) 研究会当日、ゲストの阿部洋さんは横浜から。雨で難儀するのではと心
配しましたが、幸い夕刻には傘が要らない空模様となり一安心。それでも米寿の人、遠路はるばる高井戸まで、まことにご苦労さまでした。遅くまで賑わったイーストビレッジの歓迎・懇親会も最後までお付き合いいただき恐縮しています。当夜は、小さな研究会としては多数の参加者、皆さんもお疲れさま。
 山口香苗さん(早稲田大学)が長文の報告を書いていただきました(上掲)。丁寧な報告を有難うございました。いつもより早く始めましたから、阿部レクチャーと関連して案外とたくさんの話題が出ましたね。東アジア近代・植民地教育、もちろん清末・中華民国初期・朝鮮、日本近代教育百年史、歴史概念としての社会教育、国の研究機関の現状ないろいろ。阿部さんとブンジンは個人的な回想話も。参会者のなかには、焼酎持参で大分から包聯群さん。入江優子さん(東京学芸大)からは銘菓もいただき、阿部さんに渡せばよかったと帰宅後に思いついた時は、でに遅し。皆さま、ありがとうございました。

旧友ふたり:左・阿部洋、右・小林文人(イーストビレッジ、20191025)


76,TOAFAEC定例研究会(第265回)
           李正連(24号編集長)
 <9月定例(TOAFAEC・第265回)研究会『東アジア社会教育研究』第24号合評会ご案内>
 『東アジア社会教育研究』第24号も皆様にご協力いただき、無事発刊することができました。心から深く御礼申し上げます。今回の特集は、社会教育法制定70年を迎え、「社会教育法70年と東アジア社会教育・生涯学習法制」としました。近年躍動を見せている中国・韓国・台湾の法制とともに、日本の法制及び地方自治体(松本、貝塚、川崎)の取り組みについての原稿で構成しました。そしてもう一つの特集には、昨年韓国の公州で開かれた東アジア生涯学習研究フォーラムについて韓国からの盛り沢山の報告と、日本・中国・台湾からの意見・感想が掲載されています。
 なお、本誌発行以来初めて「香港の成人教育と生涯学習」についての論文も掲載されていますので、是非ご一読いただければ幸いです。下記のように24号の合評会を開催しますので、奮ってご参加ください。皆様からの忌憚のないご意見・ご感想をいただけますことをお願い申し上げます。
〇日時:2019年9月27日(金)19:00〜21:00
  内容:〈話題提供〉韓国生涯学習研究フォーラム・小田切督剛さん、呉世蓮さん
             各執筆者・投稿者・参加者より(24号合評)
  場所:東京杉並・高井戸地域区民センター・第3集会室
   (〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5)京王井の頭線「高井戸」駅下車、徒歩3分
懇親会(終了後):レストラン「イーストビレッジ」
   電話 03-5346-2077 (東京都杉並区高井戸東2丁目29-23-108)
*京王井の頭線 高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り、左にガードをくぐり、神田川の
  横、大きな茶色のマンションの裏1F。徒歩2〜3分。
9月定例研究会・報告、小山田さん(左)、呉世蓮さん(右) ―高井戸、20190927―

9月定例研究会・ぶんじん(高井戸、20190927)

◆記録:松尾有美、(Sat, 28 Sep 2019 12:41)
 TOAFAEC第265回研究会 テーマ:『東アジア社会教育研究』第24号合評会
 参加者(敬称略,順不同):小林文人,李正連,小田切督剛,呉世蓮,山口真理子,江頭晃子,
      武田拡明,MOMO(公民館の活動について興味があり参加,杉並区民),黄丹青,
      森田はるみ,林忠賢,松尾  計12名
 9月18日に発行された『東アジア社会教育研究』第24号の合評会が9月のTOAFAEC定例会において行われた。今号の目玉はなんといっても「特集:社会教育法70年と東アジア生涯教育法制」である。東アジア各国と日本の地域地方自治体(松本,貝塚,川崎)からの論文では,それぞれの国の法制度の経過と抱える課題について,そして社会教育とその法制度の下で行われた自治体独自の実践と展開についてダイナミックかつ繊細に描かれていた。
 報告者の小田切氏は「これから先の東アジア全体への問題提起に向けて,東アジアを横につなぐ課題が表出している」と改めて特集の意義を強調した。
 これに対して小林先生からは,「この特集は本誌だけが取り組むことができる内容であるものだった」と評価をする一方,東アジアで現在唯一社会教育法が残っている日本において,社会教育法の持つ大事な部分というものが見えにくくなっている現状への危機感をそれぞれが認識し,日本の果たすべき役割や社会教育のもつ可能性についてもっと積極的に発信していくことが必要なのではないかという指摘がなされた。松本・貝塚・川崎など自治体の独自な展開、とくに公民館(市民館)職員の専門職化への取り組み。今後の更なる東アジア研究を見据えての発言であり,社会教育・生涯学習という視点を通しての本誌の役割もまた参加者全員が再認識した場面であったと感じた。
 また呉氏の報告では,巻頭言「目覚めた市民が社会を変える」(李正連)について,緊迫関係の今の時代だからこその文章である巻頭言であり,東アジアや日韓をめぐる社会情勢とその解決のための市民一人一人の力,そして社会教育・生涯学習が果たしうる役割について明確に指摘されている,という言及が印象的であった。
 さらにその後の意見交換では,台湾社会教育法のもつ新たな発見(儒教的な思想を持ちながらも,国家主義的な性格を帯びていたこと),それを踏まえて日本社会教育法と台湾・韓国社会教育法の性格の違いなどが議論の中心となった。さらに,日本の戦後社会教育における川崎の社会教育実践ついて,当時の状況を武田氏に伺いながら旧大都市型社会教育において果たしてきた役割を改めて理解する時間となった。
 私たちの世代は,内向きで「今」という視点が強く,海外,歴史,法・政策への関心が弱い世代であるとよく言われている。国外の法制度,政策などを見ることで自国の法制度,政策の長所,課題が浮き彫りになる。そしてそれに歴史という縦軸が加わることによって,よりそれぞれの国,地域がもつストーリーに深みが増す。若者世代の一人として,本誌の役割を考えてみたとき,こういった色んなことにさほど興味を示さない自分たちの世代にとっても,少し興味が湧いた時に「そういえば東アジアの年報ってあったな」と思い出してもらえることの意義は大きいのではないだろうか。
 イーストヴィレッジでの和気藹々とした雰囲気の中で,美味しい料理とビールを楽しみながらそんなことを考えていた。
9月定例(第265回)研究会後の交流(黄丹青さんなど退出後、高井戸・イーストビレッジ、20190927)



75、7月定例(第264回)研究会
ご案内  江頭晃子(Sun, 07 Jul 2019 06:09)
 <7月定例(第264回)研究会 じんぶんヒストリー(第3回) ご案内>
 半年に一回、開催している「じんぶんヒストリー」。今回(V)はいよいよ青年Bが学生時代の挫折と葛藤、一時は研究から離れるものの大学院に戻り、そして大学助手へ。社会学・教育社会学から社会教育研究へ出会うまでのお話を伺います。
 時代は、戦後の混乱から朝鮮戦争、その特需により地方産業も活気が戻る時代。しかし経済高度成長から農村変貌への激動へ。戦後の日本国憲法下で新たな教育制度が定着・変容するなかで、民主的な社会教育への道に希望をみた研究者たちが動きだす時代でもありました。青年Bは、どういう研究室・フィールドワークに出会いつつ、自らの研究者生活をスタートさせていったのでしょうか。
 インタビュアーには社会教育の専門家である上野さんにお願いしました。青年Bを通して、戦後1950年代から60年代への激動期、社会教育研究の草創期の熱を体感してください。
◆じんぶんヒストリー(第3回), TOAFAEC 7月定例(第264回)研究会
・日時:2019年7月26日(金)19:00〜20:50(開場18:50)
・テーマ:研究者を目ざす青年B・その源にあったもの 
・話し手:小林文人先生
・インタビュアー:上野景三さん(佐賀大学・日本公民館学会)
・会場:杉並区高井戸地域区民センター第3集会室 (〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5
      TEL 03−3331−7841) *京王井の頭線「高井戸」駅下車3分(環八を渡ってすぐ)
・定例会参加:無料
〇終了後(21:00〜)懇親会:イーストビレッジ 03-5346-2077
*京王井の頭線 高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り、左にガードをくぐり、神田川を
 渡る。大きな茶色のマンションの裏1F。駅より徒歩2分。
*当日の連絡先:山口真理子さん(TOAFAEC 事務局長) 042-482-9143
・じんぶんHプロジェクト:ringox@nifty.com(えとう)
じんぶんヒストリーV  左・ぶんじん、右・上野景三さん (高井戸・20190726)

報告
 山口真理子(Mon, 12 Aug 2019 11:55)
<じんぶんヒストリー(第3回)記録…7月定例(第264回)研究会ご報告>
・参加者:(敬称略) 江頭晃子,遠藤輝喜,小田切督剛,ハスゲレル,持田津希子、( )、山口真理子
・内容:今回ははるばる佐賀から上京の上野さんがインタビュアーとなっての「じんぶんヒストリーV」。上野さんは、前回の話を報告で読み、どうしても伺いたいことがあった由。一つは、そもそもどうして九州大学に入られたのか。もう一つは一旦就職しながらなぜ大学院に進まれたのか、社会教育に"道を踏み外した"のはなぜか、というようなこと。文人先生は、この日は1960年代から話されるつもりで、資料もその用意だったので、1950年代に戻ることで、ちょっと混乱する、とおっしゃりながらも質問へのお答え、話を始められました。
 九大に進まれたのは、経済的な事情からの条件があったそうです。その当時、戦争直後の大学進学をめぐる社会的状況を話されました。「進学適性検査」(いわゆる「進適」、受験「学力」をテストするのではない)なるものがあって、それは軍隊から帰ってきた人たちはもとより、演劇やスポーツに夢中だった人たちの救いになったこと。先生も高校時代は9人制―6人制とは違う!と強調・・・が生活の中心で、受験勉強はやっと2ヶ月だけだったらしい。そのためか、学友は復員兵,新聞記者経験者,他大学卒業生など、人生経験豊富な人も多く、バラエティに富んでいたそうです。
 教養部(文科)から教育学部を選んだのは、消去法的な理由もありますが、無着成恭の「やまびこ学校」の話(講演会が久留米であった)を聞いたのが大きかったそうです。
 ここで教育学についてのお話になります。戦前の教育学は「哲学・倫理学」と並ぶもの、国家主義的・師範教育的な流れも過去にあり、それから脱皮し「教育科学」へ、新しい教育を創ろう、「新教育への道」という雰囲気も当時満ちていたそうです。
 卒業論文は『アメリカにおける社会科教育の発展』をテーマに。この論文は評価も悪くなかったそうですが、既成の教育学への反発もあり、「やまびこ学校」など生活綴方・民間教育研究運動に魅かれていたこともあり、既成の教育学ベースの学問研究から離れようと大学を去ることに。就職した久留米市立教育研究所は設立後1年で専任が置けなくなる事情があり、また所員時代にはいろいろな先生に出会えたという刺激もあって、大学院に戻ることになったとのこと。
 大学院では、伝統的な教育学からいちばん離れた分野へ。それが教育社会学。農村社会学ご専門の喜多野清一教授(文学部)に教えを受けられます。非常に影響が大きく、多くのことを教わった、と先生はおっしゃいます。喜多野教授の下で、農村調査・フイールドワークの機会をたくさん持つことができ、体で教えてもらった、そんな訓練を受けた思い出。その後の先生の進路を決定づけたとも言える修士論文は、『都市における近隣集団の教育的機能―久留米市暁住宅調査』のフィールドワーク。その経過や修論後の研究についても述べられましたが、第2回とダブルところもありますので省きます。 
 喜多野先生の社会学ゼミ。@最初に古本屋に連れていってもらったこと。A調査地へ、その周りを回って調査村落をを選ぶ、B泊めてもらえる所(お寺など)を決める、C壬申戸籍(明治初期)を全部写して、村落の家族構成や移動、同族組織を頭に入れてインタビューへ。―エッ!壬申戸籍って閲覧できるの?−。
 とくに農村社会学的な調査、インタビューの方法を教わったそうです。face to face、ラポール、「社会調査は一人ではできない」という教えは、先生が常々おっしゃる「学問は協同・共有するものだ」に通じることでしょうか。
 上野さんからは研究者による方法論の違いなどの質問も出ましたが、当然、研究者の問題意識やテーマにもよるだろうと。デュルケームの「社会的事実」、マックス・ウエーバーの「理念型」概念、日本農村社会学の有賀喜左衛門、福武直,そして鈴木栄太郎などの古い名前が飛び出し、その学説なども説明されたり、先生の記憶は相変わらず健在でした。
 1967年以降、社会教育研究への道へ。社会教育法の法社会学的研究として「法の地域定着」研究がいわばスタートと。今回はここから話を始めたかった、とは最後の言葉。以下は「じんぶんヒストリーW」のお楽しみ。
◆「楽天の人生」 ぶんじん(南の風4069号、Mon, 29 Jul 2019 09:21) 
 26日・7月定例会(じんぶんヒストリーV)、ご出席の皆様、ご苦労さまでした。とくに遠路の上野景三さん(佐賀大学)、お疲れさまでした。話し手としては「社会教育研究への道」について、ほぼ1960年代以降の歩み(先回で1950年代「青年B」の話は済んだ・)と考えて、メモも用意していきました。ところがご質問は、むしろ大学時代にもどって、さらに大学院・「助手」時代の、屈折を含む当時の話題となりました。つまり1950年代後半に逆戻り、「じんぶんヒストリー」はほとんど前に進みませんでしたね。しかし「本当におもしろかった」(上掲・小田切メール)の感想も寄せられ、話し手も充実感あり。
 人生には、誰しも模索や反発の時代がある、挫折・混迷のつらい思い出がある、そんないきさつを少しお話しした結果になったようです。上に苦しく語る写真一枚をアップ(江頭晃子さん撮影)
 私の旧制中学(久留米・明善)の校訓に「楽天」という言葉がありました。いま企業やプロ球団の名称となってしまって、あまり口にしなくなりましたが、私なりに(友人たちも)大事にし自慢もしてきた言葉です。ただし「克己」「尽力」と並んで「楽天」。当時の“尽忠報国”などが叫ばれていた軍国主義時代に、「楽天」には独自の響きがありました。「お國のために」という流れの中に、個人の生きる思想、といったニュアンスが含まれているようです。自分なりに力を尽くせば楽天の境地が拓ける、頑張れば必ずや何かが待っている、そして天命を楽しむ、と励ましの響きもあったような。当夜のぶんじんの話には、この「楽天」について触れるべきでしたが、余裕がありませんでした。若いときだけでなく、いま年を重ねて、ときどき思い出す大事な言葉です。

74、6月定例(第263回)研究会
ご案内  山口真理子(Tue, 4 Jun 2019 12:03)
 <6月(第263回)定例研究会−辺野古に積み重ねられた記憶について>
 5月24日の研究会に初めてご参加くださった明星大学・熊本博之さんが、早速、私たちの研究会にゲストとしてご登場、沖縄・辺野古についてのお話をしてくださいます。『南の風』前号(4054号、5/31)に自己紹介を書いてくださっていますので、ご覧ください。
 熊本さんは地域社会学のご専攻。2004年来、名護・辺野古について丹念なフイールドワークを重ねてこられました。沖縄についての著作も少なくありませんが、最近はとくに辺野古についての報告が注目されている方です。(「カギ括弧を取り外した辺野古を描き出す」『現代思想』2017年11月号、「辺野古に積み重ねられた記憶について」『世界』2019年4月号など。) “カギ括弧付きの辺野古”つまり基地反対運動やその周辺で語られる辺野古だけではなく、カッコをはずした辺野古、そこに暮らしてきた住民の具体的な生活の歩み、その地域の実像、日常の辺野古に目をそらしてはいけない、という観点から書かれています。カギ括弧を取り外した辺野古を描き出す作業から、最新の状況―2019年2月24日実施の県民投票―を加えて、最新のご報告、丹念なレポートに迫力を感じました。
 私も辺野古新基地問題については、反対の立場から国会前行動を初めとして種々の集会に参加している1人です。熊本さんが「辺野古に積み重ねられた記憶」に書いておられる経過―1996年4月12日 普天間基地の全面返還(ただし県内移設が条件)発表から23年、キャンプ・シュワブと後に名付けられる演習地使用要請が起こる1955年からの64年、この長い歳月、地元の方々が米軍基地に如何に向き合ってきたかは、反対,容認の立場を越えて知らねばならないことだと思いました。
 当日は文人先生に聞き手をお願いしました。お二人の沖縄研究、熊本さんの最新の辺野古についてのご研究、充実したお話が聞けるものと期待されます。6月の定例研究会、皆さまお誘いあわせの上、多数ご参加ください。
〇日時:2019年6月28日(金)19:00〜20:50(開室は18:50) 
 テーマ:私の沖縄研究、辺野古に積み重ねられた記憶について
 ご報告:熊本博之さん(明星大学・教授)   
 聞き手:小林文人(TOAFAEC 顧問) 
 場所:杉並区高井戸地域区民センター第3集会室
 〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5 TEL 03−3331−7841
  *京王井の頭線「高井戸」駅下車3分(環八を渡ってすぐ)
〇終了後(21:00〜)懇親会:イーストビレッジ 03-5346-2077
  *京王井の頭線 高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り、左にガードをくぐり、
    神田川を渡る。大きな茶色のマンションの裏1F。駅より徒歩3分。
熊本博之さん


報告
 入江優子 Sun, 30 Jun 2019 12:07
・テーマ:沖縄の基地問題と地方自治のゆくえ−本土が問われているもの
・報告者:熊本博之先生(明星大学・教授)   
 参加者(敬称略、順不同):小林文人、武田拡明、竹峰誠一郎(明星大学)、坂口朱音(明星大学生)、富澤由子、モモさん、山口真理子、入江優子 計8人 記録者:入江優子(東京学芸大)
◆報告概要
 6月定例会は、基地問題を抱える沖縄社会について、名護市辺野古区に深く入りながら、主に地域社会学、環境社会学の観点から考察を重ねる熊本先生のご報告でした。
「現代の防人」。
 冒頭、2014年発表の国土計画『国土のグランドデザイン2050』(国土交通省)に記されたこの表現に触れ、「国防への貢献を事実上義務付けられた沖縄」を表す同計画の基本性格と辺野古移設問題の関係性に着目するところから報告は始まります。
 次いで、1996年の普天間飛行場返還合意から現在に至る移設問題の経緯について、県政と名護市政の関係にも触れながら概観した後、辺野古が応答してきた「条件つき受け入れ容認」の背景、今日の辺野古の置かれた状況を捉え、わたしたちに何ができるか、を問いかけていきました。紙面の都合上、ここでは熊本先生の指摘する構造的問題を中心に記述します。
〇「報奨金的」振興事業(熊本氏による定義)を通した地方自治への介入
「報奨金」とは、功労・善行を為そうとする者にのみもたらされ、何が功労・善行たるかは与える側が決定するという性質を持つ。この「報奨金的」振興事業の事例として、
・「米軍再編交付金」…辺野古移設反対=米軍再編計画への「未貢献」に伴う、稲嶺市政下での未交付(2018年市長選前の渡具知氏当選の場合の交付対象発言と当選後の交付)
・「沖縄振興予算」…対前年比15.3%増閣議決定後の2013年仲井眞知事辺野古埋め立て申請承認(翁長県政以降の減額)などを挙げながら、冒頭挙げた「防人」「国防への貢献」が構造的に埋め込まれ、実質的な地方自治が侵されていく過程を指摘。
〇辺野古区「条件付き受け入れ容認」の背景
1956年の「島ぐるみ闘争」下での苦渋の選択としてのキャンプ・シュワブの受け入れ以降、基地関連雇用の創出、米兵との婚姻関係・その子や孫である住民の存在、辺野古11班(隣人としての名誉班)としてのシュワブ、軍用地料収入など、長期にわたる関係性の中で、「沖縄でもっともうまく米軍とやってきた地域」が反対の声をあげる難しさ、政権交代や反対派県政・市政をもっても止められなかった諦め、しかし軍用地増もなく交渉しなければ補償も得られない葛藤の存在を指摘。
〇今、辺野古が置かれている状況
 政府の交渉先は稲嶺市政下においては久辺三区(辺野古・豊原・久志)だったが、容認派市長誕生後は名護市に移ったことにより三区の重要性が低下。防衛省の「個別補償」不可能通達により「条件付き(容認)」が無に帰す恐れの中で、建設強行・既成事実化が図られようとしている。こうした状況下で補償を求めれば「金目当て」言説を呼び、かといって反対の声をあげるのも「今さら感」がある。その結果、県内における辺野古集落の孤立化が強まっていると指摘。
〇わたしたちに何ができるのか
@政府を翻意させる
・消極的安倍政権支持層(特に辺野古建設工事反対割合の高い女性)への訴求
・本土による沖縄の「自分ごと」としての理解(沖縄は恵まれている、基地による収入がある
という本土の意識ギャップの改善)
A辺野古を理解し、支える:辺野古を孤立させないために
 長期的には不合理な行為である条件交渉を辺野古区民がせざるを得ない構造的問題を捉える視点の重要性を指摘。
 このまま新基地建設が進めば、辺野古が戦犯扱いされてしまう恐れもある。個別補償も無くなり、辺野古にとっての短期的合理性が揺らぐ今、辺野古区民を理解し支えること、つまり長期的合理性の実現=移設計画阻止、反対の声をあげられる環境づくりが必要である。辺野古区民への非難は、辺野古区民の反発を呼び、益々孤立化に繋がるに過ぎない。
◆文人先生より
 従前より大浦湾は、重要な軍事基地としての着目が米軍にあり、韓国済州島のカンジョン村にも韓国海軍基地の港が完成するなど、アメリカ極東戦略という大きな軍事的構造と軍需産業の動向の中に、日本の政権や辺野古の問題があるということは見ていかなければならない。他参加者からは、辺野古の地域の意思決定に係る質問などが出されました。
◆感想
 6月初旬、名護十字路界隈の居酒屋で、熊本先生とゆんたく対談をしました。この重く、長く、難しい問題に外から向き合う方はどんな方であろうと思いつつ。沖縄は、長年何層にもわたって大きな構造的な不利や痛みを埋め込まされていきながら、それに向かい、より良い生を希求する人々の豊かな営みの息づく場所。その最も大きな構造的問題が圧し掛かっている辺野古に向き合われていることに、改めて心から敬意を表します。
 本定例会で熊本先生が掲げた「本土が問われているもの」という重い問い。構造的問題の中に、社会の矛盾を知る、問うという営為そのものが欠落した教育の問題も大いに含まれていると感じます。沖縄の人々の長年の経験に積み重ねられ、生活に埋め込まれざるを得なかった基地問題が、更なる選択可能性の制約となって自己決定力が剥奪されていく過程、その「蓄積」をどう学び、理解し、問うていくのか、教育の問題としても引き取りながら考えていきたいと思います。
◆終了後
 いつもの「イーストビレッジ」で懇親会。文人先生からどうやら毎度酒豪の称号が与えられている?私めですが、そんなにいただいていないはず・・・笑。昨日は明星大の学生さんも来て、皆さんで二見情話を唄って和やかな空気を楽しませていただきました。
*辺野古関連の写真(熊本博之さん提供)は、沖縄研究フォーラムのページ(最下部)に収録しました。
 →■http://www.bunjin-k.net/yanbaru2016.htm
定例会後・懇親会(イーストビレッジ、20190628)



73、5月定例(第262回)研究会
ご案内 (小林ぶんじん、2019年5月4日―五・四の日に―)
 <TOAFAEC・5月定例(第262回)研究会ご案内>
  ―台湾の社会教育・生涯学習、最近の動き―
 桜が終わってハナミズキが咲き、それも散ってツツジの季節、風薫る五月となりました。皆さん、お元気にお過ごしのことと思います。5月の定例研究会では、久しぶりに台湾の社会教育・生涯学習をテーマにお話を聞く企画となりました。
 私たちの研究会は、欧米の動向だけでなく、東アジアの動きについて知見を拡げていこうという志をたて1995年に会を創設、すでに四半世紀です。そのなかでも台湾の現代史はもっとも東アジア的な屈折をもって、社会教育・生涯学習の歴史を紡ぎ出してきた地域ではないかと関心を寄せてきました。台湾という古層の土着文化、中国からの蒋介石政権による戒厳令支配、1990年代の民主化と教育改革の胎動、そのなかでの社区大学の歩みや生涯教育の国際的な動向にも刺激された「生涯学習(終身学習)法」の成立、日本についで早期に登場した社会教育法(1953年)の廃止(2015年)など。いまどんな社会教育・生涯学が動いているのでしょうか。
 日本・社会教育の対比においても興味深い台湾。しかし研究会ではなかなか取り上げる機会がなく、記録を調べてみると、山口香苗さん(当時・東大院)が「この1年の動き」を(中国・韓国、日本と並んで)台湾について報告されたのが、2017年3月定例研究会のことでした。もう2年が経っています。ただし年報『東アジア社会教育研究』では、毎年台湾について「この1年の動き」が執筆され、最近の重要な展開が記述されています。ちなみに昨年の「台湾の生涯学習・この1年」では、主として社区大学発展法令、生涯学習専門職員、高齢者(樂齢)学習の動き、の3点が取り上げられています。山口香苗さんの執筆、興味深い内容です。
 政権はいま国民党政権から民進党政権へ。今後の激動の政治状況のなかで、社会教育・生涯学習がどんな展開をたどるのか。台湾の社会教育・生涯学習の現在の動きとともに、今後の展望・課題についてどうみるか、山口香苗さんにお話をお願いいたしました。皆さま、お誘いあわせの上、多数ご参会くださいますよう、ご案内申しあげます。なお定例日(毎月最終金曜日)ではなく、今回は1週間早い金曜日夜の開催となります。お間違いのないようにお願いします。
        記
日時:2019年5月24日(金)19:00〜20:50 (最終でなく1週間前の金曜日)
報告:山口香苗さん(早稲田大学助手)
テーマ:最近の台湾の社会教育・生涯学習の動き
会場:杉並区高井戸地域区民センター 第3会議室、 
 〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5 TEL 03−3331−7841 *京王井の頭線「高井戸」駅下車
〇終了後(21:00〜)山口さんの就職を祝う懇親会:イーストビレッジ 03-5346-2077
*京王井頭線高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り左にガードをくぐり、神田川を渡る。
   大きな茶色のマンションの裏1F。駅より徒歩2分。
262定例研究会 (高井戸、20190524)

報告  林 忠賢(Sat, 25 May 2019 05:25)
参加者(敬称略、順不同):小林文人、山口香苗、金亨善、松尾有美、林忠賢、小田切督剛、入江優子(東京学芸大学)、熊本博之(明星大学)、山口真理子、富沢由子(杉並)、 モモさん(杉並)、江頭晃子、計12人。
内容:
〇背景について
 久しぶりに台湾の社会教育・生涯学習について、山口香苗さんの報告を聞きました。まずはじめに、台湾にける社会教育・生涯学習の背景として、歴史・政治も含めて大まかな流れから話が始まりました。台湾の1953年・社会教育法は、1942年(大陸)草案からスタートし、反共産党や孫文の思想がある程度反映されていると考えられます。その後1950年
版の草案(台湾)は、多数の議員から「時代精神の欠如、社会の需要に適していない」など指摘され、1952年の第二次修正案、また第三次修正案(1953年)を経て、1953年9月に成立しています。
 1960年代に入ると、台湾は経済発展。しかし1971年の国連脱退、日本・米国と断交(一つの中国論による)などの時代、台湾としては自らの台湾「文化」内部に目を向け始めた動きもありました。1987年戒厳令が解除されて以降、初めて国民による選挙で総統が選ばれ、経済成長を遂げた成果であるアジアの「四小龍」として注目を集めました。同時に成人教育と生涯学習が提唱され、大学においても成人教育に関する学科が設置されました。1994年4月10日、台湾大学の教授がリードした「4・10」教育改革運動、1997年の香港返還、1998年にユネスコ「学習:秘められた宝」をモチーフした「学習社会に向けて」白書が教育部により打ち出され、生涯学習政策が本格化していきました。同年、台北に初の社区大学が設置されました。2000年代に入り、国民党から民進党へ政権交代。この時期の生涯学習に関しては、欧米、日本、韓国を参照しながら、2002年「生涯(終身)学習法」が制定されました。8年後また国民党へ政権は移行し、「楽齢」(高齢者)政策に重点を置くようになりました。2010年、ヨーロッパのlearning city の概念を参照した「学習型都市」建設開始。曲折を経て、2014年の生涯学習法の大改正、2015年に社会教育法廃止、翌年に再び政権交代、2018年に先述した社区大学の条例制定など現在に至ります。
 特徴として、中華民国由来の社会教育、識字・基礎教育中心→1990年代の欧米由来の成人教育・生涯学習の政策へ、また個人の発展・職業技術の向上→2000年代台湾のアイデンティティを追求する地域に根ざした社区教育への変容が指摘されます。また施設や専門職に関する動きはあまり見られないが、楽齢(高齢)関連職は大学で各自に養成が進んでいます。
〇社区大学について
 2010年前後、社区大学の法的位置が不明のため、法制定が求められました。1998年初の社区大学が設置されてから約20年後、「20歳のプレゼント」といわれる社区大学発展条例が2018年に制定されました。その後、社区大学に如何なる変化があるか、その発展にについて今後注目に値いするものがあります。
〇重点的な動きについて
 楽齢学習センターは各地に設置され、学習型都市も年々増加しています。世代間交流や学校と地域の連携について、新たな在り方と転換が見られます。
〇最後に
 去年(2018)の統一地方選挙では、主要都市で民進党の後退がみられました。2020年の総統選挙がどのような状況がうごいていくか。政権の動向が生涯学習に向けての動きに影響をもつことが予想され、既にその変化が始まっています。
〇文人先生からの感想・質問
@1990年代は東アジアでは、中国・韓国そして台湾で、大きな教育改革の動きがありました。これに対して、日本においてはバブル経済経済崩壊後の平成「失われた10年」(あるいは20年)の停滞があり、新自由主義政策(公的セクターの後退)の影響も大きく、対照的に社会教育政策は後退している経過。台湾・韓国・日本(旧琉球政府を含む)の「社会教育法」について、その経過、相互の関係について、検討してみる必要があります。
A台湾において1994年の教育改革運動をはじめ、欧米の影響を受けて1998年に社区大学が設置され、2002年生涯学習法が成立、といった一連の積極的な動きが見られました。地域の視点にたつとどうか。日本の公民館制度に見られるような地域の施設・活動の動きとの対比など、台湾と日本のそれぞれの独自性について考えると興味深いです。
〇台湾出身の留学生の感想
 台湾出身の自分は不勉強ながら日本に来るまでは社会教育という言葉が馴染みのない言葉でした。今日の発表は時系列に分かりやすく整理されていて、非常に勉強になりました。今日の話と文人先生の話を聞いて、台湾は韓国と歴史的文脈に類似しているところがかなりあると改めて思いました。実はこの前も韓国出身の金亨善さんとこのような話をして、三カ国(地域)の視座から見る社会教育という研究は興味深いではないかと思っています。
 なお、文人先生の話で日本の地域は公民館をベースにして社会教育活動が動いてきたという側面がある、それと関連するかどうか分かりませんが、来日してはじめて「町内会」「自治会」という存在を知り、びっくりしました。なぜかというと、台湾(台北)にはそういう地域の自発的な組織や概念はないと思います。あったとしても宗教イベントが盛んである地域に、自然に形成されたコミュニティに似たような組織がありますが、それ以外はあまりないと思います。
 また参加者からの質疑応答では,社区大学」は英語では「community college」を中国語に訳したもの、台湾の若者の政治意識やヒマワリ学生運動について参加者自身の台湾訪問の経験、台湾・日本・韓国三つの国の比較にあたり、大枠としての方向提供、沖縄の動きについて、学校教育の閉鎖性などについて、活発に議論されました。
〇定例研究会後の交流会、20年ほどお付き合いのある「イーストビレッジ」で美味しい食事をしながら、様々な話が聞けました。小林文人先生は今回の発表の機に「台湾研究フォーラム」を提案し、今日の発表者である山口さんに期待を寄せました。最後に入江優子さんの美声で沖縄屋嘉の歌を聞き、沖縄にいるような気分を味わうことができ、楽しい時間を過ごしました。次回のテーマは沖縄について、新しくお出でになった熊本博之先生(明星大学)「辺野古」についてのお話とのこと、楽しみしています。次回定例研究会、6月28日にお会いましょう。
後列・右2人目に山口香苗さん 左端:記録・林チュウケンさん  (高井戸イーストビレッジ、20190524)



72、4月定例(第261回)研究会
    (李 正連、Sun, 7 Apr 2019 16:46)
 韓国で地域ファシリテーターとして活躍されている姜乃栄さんの来日に合わせて、4月の定例研究会はいつもとは違って、土曜日の27日に開催することになりました。今回の来日の目的は、反貧困ネットワークと希望連帯共催の「日韓居住貧困実践交流シンポジウム」(4月26日)(詳しくは、http://antipoverty-network.org/archives/3641)での講演のためだそうです。
 姜さんは、首都大学東京で修士・博士号を取得し、帰国後は韓国で地域運動・市民運動に携わりながら、日韓市民ネットワークづくりにもご尽力されています。そこで、4月定例研究会でも久しぶりに姜さんの近況を含めて、最近の主な活動の中でも地域づくりと教育に関する活動を中心にお話を伺うことにしました。皆様のご参加をお待ちしております。
〇日時:2019年4月27日(土)19:00〜20:50 *定例・最終金曜日ではりません!
 ゲスト:姜乃栄(カン・ネヨン)氏(韓国・地域ファシリテーター)
 テーマ:姜乃栄さんの最近の活動を聞く〜韓国の地域づくりと教育を中心に〜
 場所:杉並区高井戸地域区民センター 第4集会室
 〒168−0072杉並区高井戸東3−7−5 TEL 03−3331−7841
 *京王井の頭線「高井戸」駅下車3分(環八を渡ってすぐ)
〇終了後(21:00〜)懇親会:イーストビレッジ 03-5346-2077
*京王井の頭線 高井戸駅下車。すぐ陸橋(環八・歩道橋)を渡り、左にガードをくぐり、神田川を渡る。大きな茶色のマンションの裏1F。駅より徒歩3分。
姜乃栄(カンネヨン)さん報告 (高井戸、20190427)


■報告
(金 亨善(Kim Hyoung Sun)、Sun, 28 Apr 2019 14:03)
参加者: 李 正連、入江優子、江頭晃子, 呉 世蓮、小田切督剛、金 亨善、小林文人、黄 丹青、
      富澤由子、包 聯群、松尾有美、山口真理子
内容:今回の定例会では、韓国で地域運動・市民運動に携わりながら、日韓市民ネットワークづくりにもご尽力されていらっしゃる姜乃栄先生をお招きし、姜先生の近況を含めて、最近の主な活動の中でも地域づくりと教育に関する活動を中心にお話を伺いました。
 IMF 経済危機時、韓国で貧困家庭が崩壊されて行く姿をただ見ることを辛く感じた姜先生は、困難な状況にある人達に実際に役に立つことをしたいという思いから、地域活動家としての活動を始めました。韓国の市民団体は社会問題解決のため様々な活動をしていますが、姜先生はその大半が法律・制度づくりにとどまってしまう問題を指摘しました。制度を作ってもそれを受け入れる地域の準備ができていないと実践につながらないということです。京畿道のタボクという中間支援組織では、職員が月1回の研究会を開いています。自分が研究をしたいものへの計画を共有し、組織の問題解決のための課題設定やワークショップなど行っています。そのプロセスのアドバイザー役を姜先生がしています。
 韓国では教育庁と基礎自治体が一緒に教育共同体事業を進めていますが、その主導権がどこにあるかによって事業の方向性も異なってきます。教育庁の主導になると、学校を中心に進めていこうとする傾向があり、自治体の主導になると、住民が事業活動の中心になります。大田市のハンサリム(生協)は、経済成長の鈍化に伴う生協活動の危機に問題意識を持ち、地域活動と緊密な連携を取ろうとしています。このハンサリムの活動にも姜先生が一緒にメンタリングをしながら、地域活性化に力を入れています。
 韓国の基礎自治体には区の下に、「洞」という自治単位があります。金大中政権はこの洞の事務所(役場)を「住民自治センター」と命名し、まちを住民自ら運営する仕組みに変えていきました。この住民自治センターを運営する住民自治委員会を、本来の目的である住民自治を色あせず、復活させるために、最近改めて「住民自治会」と変え、現在全国的に住民自治会への転換が行われています。
 住民自治会は自分が住んでいる地域課題を自ら解決する「洞」単位での住民自治プラットフォームであるため、住民の自治力が必要になります。特に、ソウル型住民自治会は行政に住民の意見がちゃんと反映できるように、ボトムアップ式のシステムを持っています。
 自治会員数も以前まで自治委員会に参加して来なかった人も入れるために拡大し、構成員も特定の世代や性別に偏らないように工夫をしています。住民自治会が上手く運営できるためには、もちろん支援が必要です。ソウル市は各自治体に住民自治会を支援する「まち自治センター」を置き、これを市民団体に委託して各洞に支援管が配置されています。「洞」は1万、2万人程度で構成されているため、50人の住民自治会だけでは十分ではないと思い、自治会の中に分科会も作って、その分科会には人数制限なしに住民誰もが参加できます。つまり、自治のための形式は支援しても、その実際の運営内容は各住民自治会に任せるということです。

 姜先生は、地域活動家というのは「組織家」だと、自分のアイデンティティーを語ってくれました。それは地域間のつながりを作る人であり、マニュアルに頼らず、各地域や組織それぞれの状況と課題に合う方法を一緒に探す人です。そして一番ベースになる、地域はなぜ大事なのか、という問題意識を地域住民が共有できるように手伝う人です。自分の武器、強みを探し、各地域で課題解決のための仕組みを探す作業を一緒に行う人です。今回の定例会では(時間に限りあり)姜先生の様々な活動についてすべて紹介することは難しかったですが、地域自治や住民参加のための活動の内容を聞くことができ、大変刺激を受けました。質疑応答で文人先生がおっしゃった「洞」以下のもっと小さな生活範囲での組織の必要性についても考えるきっかけになりました。そして住民自治と学習との関係や学校との関係についてももっと研究してみたいと思いました。
 報告終了後の懇親会は、いつもの「イーストビレッジ」でおいしい料理とビールを楽しみながら連休の始まりを満喫しました。そして今回は新しく入江さん(東京学芸大学)と富澤さん(杉並区、もと区議会議員)が参加し、入江さんの沖縄での思い出や富澤さんの杉並区での活動など、興味深いお話をしてくださり、もっとお二方の具体的な活動についてお話を伺いたいと思いました。
4月定例(第261回)研究会、前列右端・姜乃栄さん(高井戸、190427) *松尾有美さん撮影



*TOAFAEC 定例研究会・記録9 (第227回・2016年4月まで)→■
      同    ・記録10 (第260回・2019年3月まで)→■


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