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<目次>
2019年7月
43, 2019やんばる対談・原稿づくり作業(南の風4060号・小林)
44, 名護のエイサー(渡口 裕、Tue, 13 Aug 2019 12:19) 写真4点
45,





43, 2019やんばる対談・原稿づくり作業(南の風4060号・小林)
                (小林ぶんじん、Thu, 27 Jun 2019 08:34)
 <やんばる対談原稿ー経過報告>
 2019「やんばる対談」参加の皆様へ・お願い
 今年四月「やんばる対談」(名護市博物館)にご参加いただいた皆様、あの節き、有難うございました。当日のテープ記録にもとづき、山城千秋さん(熊本大学)にテープ起こしをお願いしました。多忙のなか心労の多い作業、たいへんお疲れさまでした。
 その記録(添付略)に基づき、小林が小見出し、改行、小林(当日の進行)発言部分の修正・削除などの第一次原稿化への作業を行いました。諸事重なり、思いのほか時間がかかって、本状「お願い」発送が遅くなったこと、お許しください。
 私たちの年報(TOAFAEC 発行)『東アジア社会教育研究』24号(9月発行予定)に収録する最終原稿に向けて、当日の「対談」発言の皆様へ、以下のご協力をお願いいたします。「年報」原稿締め切りの直前、皆様には慌ただしい日程で作業いただくことになり、恐縮のほかありませんが、なにとぞお許しください。
<お願い>
1、添付の第一次原稿について、皆様の発言箇所をチェック(追加・修正・削除等)してください。すでに「対談」収録予定字数を超えていますので、最少部分の追加とし、全体として、削除の方向でお願いします。
2、添付原稿は、テープ起こし稿そのままです。当日の雰囲気を残しつつ、叙述的な表現(語尾など)に修正していただく。固有名詞、数字(年数は西暦)など、とくに正確に
してください。
3、小見出し、改行(第一次案)について。最終原稿ではもっと改行を増やす方向です。修正意見をお願いします。また他の方の発言箇所についても、お気づきの点あれば、ご遠慮なくご指摘ください。
4、文中のアカの部分は、テープ起こしの段階で不明、不詳、要確認の箇所です。ご確認・修正後は黒字に、また皆様の発言箇所の追加・修正部分は青字にしてください。
5、「対談」の初めのページ(出席者一覧など)、解題、必要な注記については、山城千秋さんにお願いします。
6、原稿のとりまとめは、名護側は島袋正敏、本土側は小林文人が担当します。お問い合わせは両名にお願いします。
7、修正原稿(第2次原稿)は、一週間後までにお送りください。(名護側は正敏さんへ) その後、島袋・小林両名の責任で最終原稿(第3次原稿)に仕上げ、7月12日の編集会議へ間に合わせる予定です。


44, 名護のエイサー(渡口 裕、Tue, 13 Aug 2019 12:19)
         *名護市教育委員会、城(ぐすく)青年会OB
 <南の風に参加>
 お世話になります。沖縄県名護市の渡口裕です。「東アジア社会教育研究」第24号の校正を送ります。校正箇所は・・・(略) 私はこれより15日までの3日間、エイサー地謡のため身動きがとれません。あとは責任校正でよろしくお願いします。申し訳ございません。もし、どうしても緊急ということであれば下記の・・・(略)
 さて【南の風】4063号(2019年7月9日)で記載されていた「南の風の送信を開始した新しい方は自己紹介をお願いする慣わし」のようですので、以下、こちらの風をお送りします。文人先生より自己紹介には、エイサーや地謡のことについても一言とありましたので、以下のように書きましたが、長くなってしまいました。ご愛敬と言うことで、よろしくお願いします。
◆渡口 裕(トグチ ヒロシ) 昭和50年(1975年)、沖縄県名護市城区生まれ、城区育ち、44歳。10代から城区で青年会活動をはじめ、青年会会長を約10年、現在はエイサー・村踊りの地謡(歌三線)として青年会に協力している。名護市青年エイサー祭りの復活、名護市青年ネットワーク連合会の設立に携わる。第10回エイサー祭り記念事業委員長、元名護市青年エイサー祭り実行委員会事務局長、元名護市青年ネットワーク連合会相談役、琉球古典音楽野村流音楽協会師範、琉球舞踊保存会(三線)伝承者。現在、名護市教育委員会学校教育課勤務。
 <名護の旧盆エイサー>
 今日(8月13日)から沖縄は旧盆です。県内各地でエイサーが行われます。エイサーは近世初頭、「ニンブチャー」などと呼ばれるヤマトの遍歴念仏信仰者によって沖縄に伝えられた念仏踊りが、沖縄風に発展したもので、旧盆の夜に地域内を踊りながら練り歩きます。エイサーの本来の目的は集落ごとに盆の先祖供養の芸能として行われ、家々や信仰拠点を巡って踊る「道ジュネー」が行われています。
 一言で「エイサー」と言ってもその形態はいくつかに分類され、現在ほとんどの青年会が、大太鼓、締め太鼓を中心とした「太鼓エイサー」であり、沖縄県中部が最も盛んな地域と言われています。また、太鼓を使わない「手踊りのみのエイサー」もあり、本島北部にいくつか存在しますが、これがエイサーの最も古い形ではないかと言われています。城区エイサーも手踊りエイサーです。
 現在では、結婚披露宴での余興やイベント、観光施設の出し物等で行われることも多くなり、本来のエイサーの目的とは別に発展して、アトラクションとしての側面もありので、今では年中沖縄でエイサーを見ることはできます。
 今日これから私はエイサーの地謡として3日間30箇所を歌い続けます。地謡の一口メモ。地方・地謡/(じかた、じゅうてい)は唄い手のことで、エイサーに絶対不可欠な存在です。極論を言えば、踊り手が50名いても、地謡がいなければ、エイサーはできません。また、エイサーは各地ごとに演目や演奏法が違うため、三線が弾けるだけで、すぐに地謡は務めることはできません。地謡はオーケストラでいうと指揮者でもあり演奏者でもあり演出者でもあるのです。踊る箇所の観客の様子や天気、スケジュールにあわせ、地謡は曲目の選曲、テンポ、演出を司ります。
 各団体に必ず数人の地方がおり、三線(さんしん)を弾き鳴らしながら、民謡やエイサー節を唄い上げ、踊り手のテンポをリードする重要な役割をもっています。青年会の踊り手の中には大太鼓よりも地謡、地方に憧れる若者も少なくないのですが、道のりは険しい。
 本来のエイサーを見るなら、旧暦の7月13日〜15日をお薦めします。ディープでコアな沖縄、青年の熱だけでなく、集落の雰囲気や楽しみにしている住民の様子など、イベントでは見ること、感じることができない。旧盆エイサーは独特です。機会がありましたら、ぜひお越しください。
名護市城区路地を練り歩く旧盆エイサー(2011)

名護市旧盆エイサーと地謡(2011)

名護市青年エイサー、勇壮な入場(2011)

名護市青年エイサー、フイナーレ・カチャシー(2011)



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