2019〜2020年       TOP
TOAFAEC・ぶんじん記録




1、TOAFAEC活動・2019〜2020年記録 
  (■総覧(1995〜2018)  http://www.bunjin-k.net/toafaec.htm)

定例研究会(258回〜268回〜)
韓国生涯学習研究フォーラム(85回〜)、
沖縄やんばる対談(第12回)
南の風発行(4016号〜4117号〜)、
総会開催(6月1日、東京大学)→総会記録■ 運営体制に大きな異動なし。
年報『東アジア社会教育研究』(第24号→■ 目次・編集長・李正連)
 →編集委員会記録→■
年報発行・維持会員(36会員+1団体)

2019総会(6月、東京本郷)


2020年記録








2、TOAFAEC 年報「維持会員」制度について、お願い・お誘い
         
山口 真理子(TOAFAEC 事務局長、南の風4057号、6月18日)
 前号「南の風」4056(6/10発行)に、TOAFAEC 総会のご報告を掲載させていただきました。あらためて皆様のご支援、ご協力、総会への参加について御礼申しあげます。いくつかお尋ねもありますので、今回は「維持会費」制度について、経過などをご説明し、ご協力のお願いを申しあげます。すでに維持会員になっていらっしゃる方々には、既に「会費納入のお願い」(上野景三代表名)を別便で差し上げているところですが、会員以外の方にも、この機会をかりてご説明し、ご理解ご協力を賜れば幸いです。
 TOAFAEC(東京・沖縄・東アジア社会教育研究会)は、会の創設(1995年)翌年から毎年、研究年報『東アジア社会教育研究』を発行してきました。東アジア・沖縄を含む社会教育・生涯学習等に関する独自の編集方針による年報の発行、今年で第24号を数え、四半世紀にちかい蓄積が海をこえて静かな注目を集めてきました。発行努力をこれまで蓄積してきたことには、同時に発行に必要な経費をどう確保していくかの課題にも取り組んでいく必要がありました。初期の段階では個人・有志による個別の努力に頼ってきましたが、号数の定着とともに、会として可能な範囲での集団的な発行体制が模索され、2003年度より「維持会員」制度への規約改正を行い、心ある方々に維持会員として参加・支援いただいて今日に至っています。
 維持会員は本年度6月1日(総会)現在、個人会員34名、団体会員1団体です。年報の発行には、ページ数等によって毎号異なりますが、約50万円かかります。当初は、少数の維持会員のため、お一人の維持会費・負担が一律2万円でしたが、2015年度より、1口1万円の維持会員費をお願いしています。しかしまだ一部の古いメンバーには以前からの2万円(2口)拠出をお願いすることで、必要な50万円を確保できております。維持会員が50人となれば、皆さん全員1口にできます。
 1万円というのも、他の会の会費に比べて決して安い金額ではありませんが、本会・年報のの趣旨にご賛同いただける方には、ある程度継続して「維持」会員となっていただきたく、重ねてお願いいたします。まわりの方々にもお誘いくださるよう、お願いできれば有難く存じます。これまでの年報編集烏委員会、「維持会員」経過そして各年報「目次」等の詳細につては、次のTOAFAEC ホームページに詳しく掲載していますので、ご覧ください。
→■ http://www.bunjin-k.net/1-10kenkyu.htm
1、会の目的・年報発行の趣旨 
 規約第2条 この会は、東アジアにおける社会教育(成人教育,生涯教育,文化活動を含む)の研究調査、資料刊行、研究者・実践者の相互交流等の活動をおこない、新しい時代に向けての社会教育の発展に寄与することを目的とする。
 あわせて、編集方針(1)もご参照を→■http://www.bunjin-k.net/1-10kenkyu.htm
2、お名前と所属を研究年報に掲載します。掲載を望まれない場合は、お申し出のとおりにいたします。
3、1口5冊(2口10冊)を限度として、年報の最新号あるいはご希望のバックナンバーをお送りいたします。周りの機関・団体・市民などに年報を広めてほしいという思いからですが、どう販売されるか、寄贈されるかは、もちろんご自由です。
4、維持会員には各年報の編集への積極的な参加、各テーマにかかわる投稿、執筆を歓迎します。 
*お問い合わせ等は、年報編集委員会、TOAFAEC事務局・山口真理子までお寄せください。
Email:IZK07252@nifty.com  





3、定例研究会 
(1995年6月〜→■経過 http://www.bunjin-k.net/kenkyukai2016.htm
2019年
1月 (第258回)「じんぶんヒストリーU」−少年Bから青年Bへ 小林文人 
2月 (第259回) 東アジアの社会教育・生涯学習の動向、24号編集会議(1)
3月 (第260回)社会教育法を考える・東アジアの動きから 小田切督剛・小林文人
4月 (第261回)
地域づくりと教育を中心に、姜乃栄さん(地域ハシリテーター)
5月 (第262回)台湾・生涯学習の最近の動向  山口香苗
6月 (第263回)沖縄・辺野古についての報告 熊本博之・小林文人
7月 (第264回)ぶんじんヒストリーV 小林文人・上野景三
9月 (第265回) 年報「東アジア社会教育研究」24号合評 小田切督剛・呉世蓮
10月(第266回) 阿部洋「わが教育史研究を振り返るー近代東アジアの教育」 
11月(第267回)北京フォーラム報告・江頭晃子
12月(第268回)野々村恵子さんを偲ぶ 谷口郁子・斎藤真哉
2020年
1月 (第269回) 年報25号編集会議 李正連
2月 (第270回)






4、







5、訃報・追悼追悼U→■

37、北田耕也さんの急逝を悲しむ(20190316)
 
南の風4035・4036号 (2019年 3月20日)⇒■



 半世紀を超える励まし       小林 文人
 戦後に雑誌「教育」が創刊され、福岡でも教育科学研究会の活動が始まるが、私には1955年から久留米で「教育」読む会を続けた一時期がある。その頃、九州各地に呼びかけ日田で教科研・作文の会の集いが開かれた歴史もあった。そして北田耕也さん(雑誌「教育」編集)との出会い(文通)が始まった。直接にお会いして話をするようになるのは1960年代後半、社会教育学会か何かの集いであったと思う。いま記憶をたどっても仔細には思い出せないほどのお付き合いが続いてきた。半世紀を超える長い歳月。間断をはさんで、時に語らい、あるいは論じ、ある日は昼から飲みながら励まし慰めていただくこともあった。
 略歴によれば北田さんには旧制佐賀高等学校に在学された一時期がある。久留米に住んでいた私にも近くの佐賀高等学校に入ろうかと思っていた青春があり、結局は学制改革によりその機会を失したが、あるとき、「佐賀の話を―」「そのうちに―」という対話があって・・・そのまま叶わぬ夢となってしまった。
 近年お会いしたのは、小川利夫さんのお別れの日(2007年7月)、そして国立で徳永功さんの出版祝賀の会(2012年3月)。その間には電話やハガキのやりとりがあるのみ。皆で取り組んだ『大都市・東京の社会教育―歴史と現在』へのご返報(ハガキ、2017年9月)が、私にとって北田さんの絶筆となった。
 「励まし慰めて」いただいたのは、国土社『月刊社会教育』編集長として格闘していた時期(1973~1975年)のことである。当時の「月刊」発行部数はわずかに上昇傾向にあったが、長宗泰造社長は初めての挨拶のときから、部数を伸ばすこと、結果が出なければ「手を引く」との厳しい構えだった。私は二度目から北田さんに同道をお願いした。北田さんがいるだけで長宗社長の表情は和らぐ。国土社を出て、目白通りの蕎麦屋で、昼から二人で酒を楽しんだ。忘れられない思い出、何よりの励ましの冷酒であった。社会教育推進協議会の運動が拡がり、全国集会の参加者数も毎年倍増の勢い、「月刊社会教育」部数も一定数の伸びとなり、臨時増刊号(1974年以降)を発刊できるようになった時期のひとコマである。
 その後、私は重い沖縄病にかかって、沖縄に通うようになった。毎月定例の研究会を開くようになって、すでに四半世紀を経過している。沖縄を知れば知るほど、友人との付き合いは深くなるが、いわゆる研究・発表など出来なくなる。それを見透かすように、北田さんは「その後、沖縄はどう?」など声をかけて、励ましていただいた。島酒アワモリの味がわかる人、「沖縄日記」(『談論始末』収録)などレポートが残されているだけに、一度「やんばる」にご一緒して、本場「古酒(ク―スー)」の杯をかわしてみたいな、と思うときがあった。北田さんを知る人たちも誘って・・・、しかし、いまはそれも叶わぬ夢。(『北田耕哉先生追悼集』 同委員会刊、2020年)


38, 野々村恵子さん急逝 南の風4109号(12月4日)

 訃報は突然やってくる。「月刊社会教育」編集や社全協運動の事務局、縁の下の仕事、永年にわたり献身的に運動を支えてこられた野々村恵子さん(もと練馬区社会教育主事)が急逝されました。11月27日の早朝5時頃、急性心不全、自宅で亡くなられたそうです。その前日「10月26日、社全協事務所でお元気なご様子でした」と(荒井容子さん)。まさに突然の訃報、まことに残念と言うほかありません。南の風については熱心なメンバー(あまり投稿はいただけませんでしたが)、いつぞや社全協「通信」に詳細な「風」の紹介記事を書いていただいたことあり、「風」の希望者が急に増えた時期がありました。学会や月刊社会教育メンバーには「南の風」は送らない(むしろ情報弱者の留学生、海外メンバーを優先する)方針だったのです。半世紀ちかいお付き合い、いろんな思い出がよぎります。
 45年ほど前、月刊社会教育が200号を迎えた折(1974年7月号)ぶんじんは月刊編集長でした。三井為友、田辺信一、野呂隆、室俊司、横山宏、吉田昇など編集部各氏ほか、文部省や日青協、地婦連、「母と子」編集の平湯一仁さんなど多彩にお招びして賑やかな祝賀パーティ。そのときの会計・アルバム・記録など一切の事務を担っていただいたのが、大学を出て間もない野々村恵子さんでした。あの記念のアルバム、月刊編集部に保存されているだろうか。
 最近では『大都市・東京の社会教育』出版(エイデル研究所、2016年)、企画を最初に相談したのは野々村さんでした。編集最終段階では実質的な副編集長のような役割、遠慮のない評価・批判が体に充ちていた感じ。その後、ぶんじんは倒れて5ヶ月の入院。退院直後2018年1月「月刊社会教育60年の集い」に強く誘っていただいたのが、その後の社会復帰のスタートとなりました。ながいお付き合いのなかで、何度も助けていただいたのでした。ご冥福を祈りつつ、月刊「60年の集い」の席で、二人で撮った秘蔵のツーショットをご披露しておきます。

「月刊社会教育」60年のつどい、野々村恵子さん (神楽坂・日本出版クラブ、2018年1月20日)
 

*2019年12月(第268回定例研究会、東京フォーラム第44回)野々村恵子さんを偲ぶ・記録⇒■




6、小林ぶんじん:論文・エッセイ等■業績一覧 1950年代〜1995年以降〜)
  http://www.bunjin-k.net/gyouseki03.htm

 <2019年>
・社会教育法七〇年  「月刊社会教育」六月号(巻頭・かがり火)→■
・社会教育法70年と東アジア生涯教育法制(年報24号・特集のねらい)→■
・東アジアフォーラム―私たちはともに歩いているー総括にかえて(年報24号)→■
・やんばる対談12(企画と進行) 年報24号所収 →■
・奄美・沖縄青年団資料の新しい発見(不二出版、推薦文)⇒■

 <2020年>
半世紀を超える励まし『北田耕哉先生追悼集』 同委員会刊 (上掲5)




7、







                        トップページ