◆やんばる対談・経過・解題(2010〜2016〜)◆

            *沖縄研究フォーラム1(2005〜)→■  
             沖縄研究フォーラム2(2016〜)→■

蔓草庵(島袋正敏主宰)120329



◆やんばる対談(第1回)   
             
TOAFAEC 年報『東アジア社会教育研究』第15号・所収
 2010年5月30日 会場
:名護青年の家
 やんばるの地域活動・社会教育と2010年名護市長選
      対談者:島袋正敏・小林文人
      記録・解題:山城千秋・山口真理子



左より山城千秋、島袋正敏、小林文(名護青年の家、20100530)

 やんばる対談の思い−解題
 本対談は『おきなわの社会教育』(エイデル研究所、2002年)の共編者である小林文人と島袋正敏の「ゆんたく」である。この8年の「やんばる」は、普天間基地の辺野古移設問題で大きく揺れ、2010年・名護市長選にいたる激動の歳月であった。基地受け入れ問題をめぐって地域は二分される中、人々の暮らし・集落活動・地域づくりの格闘が続いてきた。これらの、ありのままの地域実像を振り返りつつ、自由な語らいの「対談」が企画された。そのなかから、沖縄本島北部・やんばるを中心とした社会教育や住民運動の歩みを再確認し、名護・やんばるの地域づくりの課題をさぐり、さらに日本の社会教育に向けて新しい展望を模索していこうという「ねらい」も含まれている。
 同書『おきなわの社会教育』“まえがき”で、小林は「…その“沖縄らしさ”の故に、日本各地の社会教育との質的な交流や相互評価はこれまであまり深まりをみせなかった」と述べ、沖縄の社会教育や公民館を評価する日本の物差しの短さを指摘している。発刊から既に8年が経過し、また2年後には沖縄復帰40年を控えた今、沖縄の社会教育や地域づくりの胎動をもう一度丁寧に掘り起こし、新たな「おきなわの社会教育」の方向を再構築しようという思いで語らいは始まった。
 対談の具体的な内容は、島袋正敏と周りの人たちがこれまで取り組んできたこと−やんばるの自然を守る会、博物館・図書館づくり、島酒之会、黒豚、リュウキュウアユ、字誌、ものづくり、青年会活動など−を手がかりに、やんばる文化を育んできた人々の共同性・ユイマール(支え合い)の心に触れるものとなっている。
 島袋正敏は、1943年久志村(現名護市)に生まれ、復帰前の1970年に合併当初の名護市社会教育主事を務め、1973年から博物館づくりの資料収集を始めている。1981年の博物館準備室設置に関わり、以後1984年に同館長、1991年社会教育課長、崎山図書館長を経て、1999年に新設の中央図書館長、そして2002年に市教育委員会教育次長を歴任した。生涯の多くをやんばるの社会教育に尽くした人である。退職後も、精力的に島酒之会や「ものづくり」塾などに携わり、やんばるの地域文化の発展を担ってきたことは衆目の認めるところ。2009年には琉球新報活動賞を受賞している。
 やんばる地域の人々の共同性は、集落自治や祭り、字誌づくりなど、生活文化を持続可能にしてきたと同時に、時には国家の安全保障問題と対峙する市民運動の高揚となって表れてきた。1995年に発生した米兵少女暴行事件を発端とした普天間基地移設の問題は、1997年に名護市辺野古のキャンプ・シュワブ地域を移設候補地とする施策へと具体化された。名護市では、この基地移設問題にどう対応するかという緊迫した政治課題に直面しつつ、これからどのような地域づくりを目指していくか、市民一人一人が問われ続けてきた13年であった。
 2010年1月25日、普天間飛行場移設問題を最大の争点にした名護市長選挙は、前市教育長の稲嶺進氏が勝利し、「辺野古に基地をつくらせないという信念を貫く」と述べた。海上基地建設の是非を問う1997年12月の名護市住民投票では「反対」が過半数を占めたが、今回の市長選で、13年前の住民投票で示された「基地反対」の民意が改めて確認された。
 名護市では、厳しい基地問題に対峙しながらも、地域の伝統文化を愛し育む実践が蓄積されてきた。その中心的役割を担っている島袋正敏やその仲間の実践に学びながら、日本社会が失いつつある家族や地域の共同性・ユイマールの心、そして外部に依存しない住民自治の原点を読み取っていきたい。 
 やんばる対談の第1回は、2010年5月30日(会場:名護青年の家)に行われたが、皮肉にもその二日前に鳩山首相による普天間基地の名護市移設を容認した日米共同声明が出された直後であった。そして、三日後に鳩山首相は辞意を表明した。このような複雑な政治状況を背景に、去る1月の名護市長選挙の具体的な経緯を中心に、それに至る名護の草の根の市民運動や博物館・図書館づくり等にみられる社会教育実践の歩みを回顧するところから対談は始まった。(山城千秋)
対談終了後のビール、蔓草庵(底仁屋)庭にて (20100530)




◆やんばる対談(第2回・第3回)
 2011年2月〜5月 
会場:1,天仁屋「黙々100年塾 蔓草庵」準備小屋2,名護博物館中庭
やんばる対談 A在来資源・生きもの復活ー島袋正敏、
          Bリュウキュウアユを呼び戻す運動の歳月 島福善弘(2011年)    
 記録・山城千秋、山口真理子   
 年報「東アジア社会教育研究」 16号に収録


この日、やんばるは冷たい雨が降っていた。(蔓草庵 110211)

解題
 私たち(TOAFAEC)の沖縄社会教育研究は1976年から始まり、すでに35年の歳月が経過したことになる。当初は、那覇を拠点に戦後アメリカ占領下「琉球政府」時代の社会教育史(八重山・宮古・奄美を含む)資料調査や証言収集の作業が中心であった。『沖縄社会教育史料』(全7集、東京学芸大学社会教育研究室)、『民衆と社会教育−戦後沖縄社会教育史研究』(小林・平良共編、エイデル研究所刊)等にその成果が収録されている。
 その後、次第に(沖縄社会教育の戦後史研究にとどまらず)現代の沖縄社会教育の動向、沖縄独自の集落(字)公民館の取り組み、青年会活動、地域づくり実践などに関心が拡がった。とくに名護を中心とする「やんばる」地域の社会教育や公民館活動についての継続的な研究調査が重ねられてきた。共同執筆『おきなわの社会教育−自治・文化・地域おこし』(小林・島袋共編、エイデル研究所)は、「やんばる」地域についての報告が多く掲載されている。
 周知のように2010年1月、普天間米軍基地の名護・辺野古移設問題を大きな争点として名護市長選が行われ、激闘の末、「名護に基地は造らせない」を公約とした稲嶺進氏が当選した。稲嶺進氏はかって社会教育主事の時代(1980年代)があり、当時の出会いから30年が経過している。
 その後は名護市の総務部長、収入役、教育長等の要職を歴任した人である。いま市長として、日米安保体制と基地(辺野古)問題に奮闘中であることは周知の通り。しかし同時に名護市の市政全般にわたって「基地のない」地域づくりを前進させていく大きな課題に挑戦中である。
 本「やんばる対談」の企画は、名護・稲嶺市政の取り組みについて、これからどのような地域づくりが展開していくか、社会教育と住民自治の立場から追跡していこうという思いから始まった。昨年の第1回「やんばる対談」は、「やんばるの地域活動・社会教育と2010年名護市長選」をテーマとして、稲嶺市政実現にも深く関わった島袋正敏氏(名護市社会教育課長、同市博物館長、同市中央図書館長、教育次長等を歴任)と小林文人(TOAFAEC)の対談として行われた。その趣旨、背景、注目点等については、山城千秋(熊本大学)による「解題」の通りである。
 今回の「やんばる対談」はその第2弾である。一つは「やんばる在来資源・生きもの復活運動と社会教育−名護・稲嶺進市政1年を振り返りつつ」、島袋正敏氏との(昨年に続く)対談Aである。
 名護市では「やんばる」の風土・地域に根ざしながら、1970年の名護市誕生以来、やんばる型ともいうべき社会教育・公民館活動が取り組まれてきた。その背景には1972年の沖縄日本復帰前後からの(海洋博開催を含む)大型開発、環境破壊、地域流動等に対する強い危機意識があったという(島袋正敏)。あらためて「やんばる」の伝統的文化を再発見し、集落自治を守り、在来文化資源を保存し復活する視点から、字公民館を拠点する活動や字誌(地域史)運動が取り組まれ、とくに1980年代の名護博物館の個性的な活動が注目されてきた。
 島袋正敏氏は、「やんばる」型社会教育の中心的リーダーとして力動的な役割を果たしてきた人である。とくに在来家畜・黒豚(アーグー)の保存運動をはじめとして、博物館活動とも連動し、豚だけではなく馬、山羊、猪、琉球犬等への“生きもの”たちへの取り組みには驚かされるものがある。いわゆる文化財資料の収集保存とも連動して、在来動物保存運動は次第に市民たちの共感を呼び、子どもたちに拡がり、高校教師の積極的な支援を得て、地域の文化運動そして、また産業活動として位置づいてきた。対談を終わり記録を読み直しながら、あらためて社会教育における“生きもの”の発見、とも言うべき“やんばる”独自の実践を実感させられた。

 あと一つお対談Bは、名護・源河の「リュウキュウアユを呼び戻す運動」(1985年)についての証言である。同じく“生き物”への取り組みである。運動に深く関わってきた島福善弘氏(現・名護博物館長)にお話しいただいた。すでに30年近くの歳月を重ねてきた「リュウキュウアユ」運動の歩みは、私たちに多くのことを語りかけてくる。地域の川と水への愛着、環境問題への自覚、青年運動としての取り組み、市当局への働きかけ、高校教師の専門的な支援、子どもたちの「アユ放流」、地域を越える「蘇生する会」の活動など、そこには地域にねざす本来の「生涯学習」の在り方が内包されているように思われる。源河区の出身であり、呼び戻す運動の中心として奮闘してきた島福善弘氏がとつとつと語る証言は貴重であった。
 この両対談は、2011年に入って3回の「やんばる」訪問の機会に実現した。いずれも室内ではなく、やんばるの風に吹かれながらの語りあい(@天仁屋「黙々100年塾 蔓草庵」準備小屋、A名護博物館中庭)であった。風の音、鳥のさえずり、蝉の声などを聞きながらのひととき。忌憚のない話をしていただいた島袋・島福のご両人はもちろんのこと、記録にあたっていただいた山城千秋(対談@ 熊本大学)、山口真理子(対談A、TOAFAEC 事務局)のお二人に深く感謝したい。 (小林文人)


名護博物館長・島福善弘さん(左)と小林(名護博物館にて、20110703)



◆やんばる対談(第4回) 2012
屋部の八月踊り、沖縄の民話採集の歩みなど−比嘉久さんを囲む−
出席者(語り手):比嘉久(名護市教育委員会)、島袋正敏(「山原ものづくり塾」塾長)
  (聞き手):小林文人(TOAFAEC顧問)、岩本陽児(和光大学)、金宝藍(東京大学・院)、
   武田拡明(川崎市・元市民館長)、山口真理子(調布市立図書館)、山城千秋(熊本大学)、
   鷲尾真由美(那覇市)

日時 2012328日午後2時〜5
場所 名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」(島袋正敏・主宰)
記録 山口真理子  年報「東アジア社会教育研究」 17号に収録

左・比嘉久さん(名護博物館)、右・小林 (蔓草庵, 20120328)

解題

 「やんばる対談」の企画は、2010年(本誌・第15号−対談@)に始まり、2011年(第16号−対談AB)を経て、本号−対談で第4回を迎えた。この間の経過と対談企画への思いを簡単に振り返っておくことにする。きっかけは2010年1月に全国注視のもと行われた名護市長選挙に稲嶺進氏が当選したことから始まる。周知のように、市長選挙の大きな争点は普天間米軍飛行場の辺野古移設問題にあった。自民党政権下に策定された辺野古移設案を民主党政権(200 9年発足)も−迷走の末−引き継ぐこととなり、基地受け入れをめぐって名護市は二分され、混迷と葛藤のなかでの市長選挙となった。稲嶺候補は「海にも陸にも基地は造らせない」ことを公約に掲げ、激闘の末に市長に当選した。
 稲嶺進氏とは永年の友人である。彼は、私たちの沖縄社会教育史研究の初期、1980年代初頭には名護市・社会教育主事であった。地域のなかで字公民館や集落の自治活動、さまざまな学習・文化活動の展開に携わってきた経歴をもっている。その後、名護市行政の中枢に入り、さらに収入役・教育長の要職をつとめてきたが、2010年以降は、新市長としての重責を担うこととなったのである。市長立候補や選挙の経緯は「対談@」の島袋正敏氏(第15号、186〜87頁に紹介)の証言に詳しい。新市長は、基地問題の重圧にあえぎながら、基地のない地域づくりに取り組むことになる。それまでの自治体行政を刷新し、市民の目線にたった地域政策への取り組みが期待された。基地に依存しない地域づくりをどう進めるか。産業(とくに農業)振興や雇用創出、環境問題への取り組み、子育てと教育、福祉や医療、総じて地域力の再生など、具体的な課題は山積している。
 「やんばる対談」の企画について、島袋正敏と小林が予備的に話しあったのは稲嶺市政がスタートして間もない頃であった。「やんばる」という独自の風土、自然・歴史・文化に根を下ろしながら、復帰・海洋博以降の開発の流れに抗しつつ、その取り組みの蓄積に重ねて、名護市が新しい課題にどう挑戦していくことが出来るか。「基地のない地域づくり」に向けての自治体の取り組みを見守り、そのなかでの社会教育の課題・展望を考えていこう、そんな思いをもって「やんばる対談」企画が始まった。

 沖縄の方言に「ゆんたく」という言葉がある。おしゃべり、とりとめのない語らい、といった程度の軽い表現であるが、あえて積極的な言い方をすれば、自由な語らい、腹蔵のない対話、などの意味合いも含んでいると思われる。本年報の構成は「東アジア」のテーマ性もあって、比較的に研究論文や調査報告の形式が多くなるが、あわせて自由な語らい、仲間的な対話、楽しい読みもの、を盛り込んでみたい、そのなかから事実を共有しつつ、対話を通してお互いの(日本の社会教育を含む)課題や展望を探り出していきたい、そんな「ゆんたく」の思想が動いてきたのである。
 前号「解題」にも書いたことであるが、「対談」それ自体も「やんばるの風」に吹かれながら進められた。緑のそよぎ、鳥のさえずり、虫の音などを聞きながら、本対談Cも楽しい語らいとなった。昨年7月にオープンした名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」(島袋正敏・主宰)を会場として、山原島酒之会秘蔵の古酒と山羊(ヒージャー)のサシミも卓上にならんだ。願ってもない空間を設営していただいた正敏さんに深く感謝したい。
 対談@ABの語り手は、島袋・小林が中心、加えて山城千秋・山口真理子が参加してきた。今回は、これまでの常連だけでなく、少しずつまわりに拡げていこう、若い世代の参加を求めていこうということになった。そこで登場したのが、比嘉久さんである。比嘉久は、1960年生まれ(名護市屋部出身)、沖縄国際大学(文学部国文学科)卒、名護市教育委員会に勤務、文化財・博物館を担当し、現在は社会教育課長(2012年4月〜)。対談はとりとめのない「ゆんたく」から始まり、話題は多岐にわたったが、主として標題(「屋部の八月踊りと沖縄の民話採集運動」)に収斂する方向で記録はまとめられた。他に興味深い内容が語られたが、割愛された部分も少なくない。
 あらためて当日(2012年3月28日)の対談に参加した諸氏(上記)に感謝し、とくに記録起こしを担当された山斑真理子さんの労に深く感謝したい。(小林文人)

2012年やんばる対談(蔓草庵, 20120328)



◆やんばる対談(第5回) 2013年  
  *年報「東アジア社会教育研究」 18号に収録
沖縄・やんばる40年―地域史づくりに関わって〜中村誠司さんを囲む〜
語り手:中村誠司(名桜大学名誉教授)、比嘉ひとみ(名護市教育委員会)
     島袋正敏(「山原ものづくり塾」塾長)
聞き手:小林文人(TOAFAEC)ほか参加者
日 時:2013年3月14日(木)午後2時〜5時
場 所:名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」(島袋正敏・主宰)
記録:山口真理子(調布市図書館)
参加者:上平泰博(協同総合研究所)・上平耀介 岡幸江(九州大学) 國吉多美子(エッセスト)、
武田拡明(もと川崎市市民館) 山城千秋(熊本大学)、鷲尾真由美(おきなわ環境ネット・那覇)

中央に中村誠司さん、右は比嘉ひとみさん(名護・蔓草庵、20130314)


経過・解題
 「やんばる対談」は、2010年(年報15号)に始まり、今回で第5回を迎えた。やんばる対談のきっかけは、全国注視の中で行われた名護市長選挙(2010年1月)、そこに立候補した稲嶺進さんが当選したことからであった。前号(2012年)で、企画の趣旨を短く書いているので、再録しておこう。略(年報17号−121頁)
 これまでの「対談」テーマは次のような経過であった。略(上掲)
 今回・第5回対談のメイン・ゲストは中村誠司さん。1970年前後から「やんばる」に深く関わり、その後、名護市職員として市史編さん事業や字誌づくりなど地域史運動の展開のなかで大きな役割を果たされた。引き続いて名桜大学に勤務し教育・研究にあたってきた人である。また加えて、現在の名護市史編さん事業を担当している比嘉ひとみさん(名護市教育委員会)と島袋正敏さんに加わっていただいた。
 中村誠司さんの「やんばる」との関わりとその後の自分史は、対談の中で明らかであるが、はじめに簡単な略歴を紹介しておくことにする。(中村誠司‐名桜大学最終講義−20130221−資料より)
○1948年:大阪市生まれ、1966年:広島大学文学部史学科地理学専攻入学、1970年:同大学院修士課程入学、1972年:博士課程進学、1975年−単位取得・満期退学。
○1975年:名護市役所就職、1977年:名護市教育委員会に異動(崎山図書館、市史編さん室)、1991年:名護市図書館建設準備室勤務、1994年:名桜大学国際学部国際文化学科助教授、1999年:同教授、2013年:定年退職。
○この間の社会的活動としては、沖縄地域史協議会(1978年〜)、沖縄文化協会(1982年〜)、東京・沖縄・東アジア社会教育研究会(TOAFAEC、1996年〜)、名護市史編さん委員(1996年〜、2009年より委員長)、新名護市博物館計画検討委員会(2010年〜)など多彩。1990年には「比嘉春潮賞」(沖縄文化協会、第12回)を受賞されている。 (小林文人)
右に中村誠司さん (名護・蔓草庵、20130314)




◆やんばる対談(第6回) 2014 
 *年報「東アジア社会教育研究」 19号に収録
テーマ:名護社会教育を担う若き群像ー合言葉は「地域を元気に!」
日時:2014412日(土)午後2時〜5
場所:名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」
進行:小林文人(TOAFAEC 顧問)、
記録:山口真理子(TOAFAEC 会計)
参加者Ⅰ・名護市:島袋正敏(「山原ものづくり塾」)座間味法子(教育委員会教育長),
  比嘉ひとみ(社会教育課長),比嘉久(博物館館長),島袋一平(社会教育係長),
  田畑晶吾(博物館係長)
糸数幸司(社会教育・羽地支所),伊波寿々歌(屋我地支所)
  
大城重浩(同係・久志支所),岸本久美子(同係・育休中),比嘉祥子(同係 新人)、
  
大嶺真人(市史編さん係)中村誠司(名桜大学)
参加者Ⅱ・訪問側:小林文人(TOAFAEC桑原重美(元NHKカメラマン), 斎藤真哉
  (東京都板橋区教育委員会大原社会教育会館館長)
佐治真由子(川崎市役所
 
  武田拡明(元川崎市教育委員会),山城千秋(熊本大学准教授)鷲尾真由美
  (
沖縄環境ネットワーク 世話人森田はるみ(北海道置戸町教育委員会 社会教育主事)
  加藤彰彦(沖縄大学名誉教授,前学長、ペンネーム野本三吉)藤田徹(日本労働者
  協同組合ワーカーズコープ連合会センター事業団理事長)
、上平泰博(協同総合研究所)
  宇加治哲郎(同、九州沖縄事業本部)、仲兼久周子(同、名護地域福祉事務所)

山口真理子(TOAFAEC会計)


解題−やんばる対談・新しいサイクルへ
 今年(2014年4月12日)の「やんばる対談」は6回目。名護・底仁屋の会場(蔓草庵・島袋正敏さん主宰)には心地よい4月の“やんばるの風”が吹いていた。TOAFAEC・「南の風」の呼びかけに応えて、北海道をはじめ各地から14人が参集し、名護側は社会教育関係者がほぼ勢揃い、合計27人の対談となった。これまでにない規模の「対談」、いままで屋内で開かれてきたが、今年、は庭にテントを張って、笑いや涙も交え、賑やかに開催された。
 振り返ると「やんばる対談」の企画は、2010年の稲嶺市政の誕生を契機として始まった。米軍普天間基地の辺野古移設問題という大きな政治的争点だけでなく、名護の農業振興、福祉や子育て、集落や地域文化の活性化など、総じて地域づくりにどう取り組んでいくか、そこでの社会教育の役割をどう再発見していくか。そんな課題を“ゆんたく”風に自由に語りあい、記録として蓄積していこうという企画である。本年報第15号(2010年)から毎年の「やんばる対談」連載が定着してきた。各年度それぞれのテーマや背景・経過については、各号に解題を付している。大筋の流れは、本対談冒頭の島袋正敏さん「蔓草庵へようこそ」(下掲)にも触れられている通りである。
 今年の第6回「対談」は、いくつか新しい展開があった。第1は、30人近い参加者による対談というだけでなく語り手の主役が名護・社会教育を担う若い社会教育主事集団であったこと。これは稲嶺市政1年後に地域(支所)配置された4人の社会教育主事の登場が背景となっている。第2は、遠く北海道置戸の社会教育が取り組んできた生産教育・オケクラフトの話題を契機として、地域の産業づくり、たとえば第六次産業の視点からの地域づくりの課題が語られたこと。名護では道の駅「わんさか大浦パーク」の活況、民泊事業やエコツーリズムへの期待、と重なるところがあった。第3には、協同労働・地域協同をめざすワーカーズコープ関係者との対話が始まったことである。
 この第1の展開については、当初から企画したことでもあったが、第2、第3の課題は、当日の多彩な参加者によって「ゆんたく」の語りが拡がり、示唆に富む論議となり、今後の課題・展望を考えあう機会となった。視野の拡がりから、その課題を今後どう深めるか、次なる実践にどう取り組むか、そして来年の対談への期待、をも共有することとなった。「やんばる対談」は、いま新しいサイクルに入ったということができよう。
 対談のテープ起こしは、例年のように、山口真理子さんに担当して頂いた。正確かつ詳細な作業にあらためて深く感謝したい。(小林文人)
交流会、名護市長・稲峰進さん、二見情話をうたう(名護市中央公民館、140412)



◆やんばる対談(第7回) 2015 
  *年報「東アジア社会教育研究」 20号に収録
名護社会教育がめざすもの社会教育主事たちの思いと課題
日時:2015328日(土)午後230分〜530
場所:名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」
企画・進行:島袋正敏(「蔓草庵」主宰)、小林文人(TOAFAEC顧問)
参加者(名護市):比嘉ひとみ(社会教育課長・4月より図書館長),島袋一平
 (社会教育係長),糸数幸司(社会教育主事・羽地地区),岸本久美子(社会教育主事・
 名護地区),比嘉
祥子(社会教育主事・名護地区),屋良あさの(社会教育主事・屋部)、
 誌上参加:伊波寿々歌(社会教育主事・屋我地地区)、大城重浩(同、久志地区)
参加者(訪問側):正連(東京大学准教授),石井山竜平(東北大学准教授
 上田孝典(筑波大学准教授),内田純一(高知大学教授),(早稲田大学講師),
  國吉多美子(エッセイスト),桑原重美(
カメラマン),一先(韓国大学教授),
 山口真理子
TOAFAE会計),鷲尾真由美(沖縄環境ネットワーク世話人)
記録:山口真理子(TOAFAEC 会計)



【解題】
 名護・稲嶺進市長の登場(2010年1月)をきっかけに私たちの「やんばる対談」企画は始まった。第1回対談は「やんばるの地域活動・名護の社会教育」をテーマとして年報第15号(2010年)に収録されている。その後毎年の対談が重ねられ、今回で第7回(第20号)を迎えた。
当初は島袋正敏・小林文人の二人対談であったが、テーマが拡がるにつれ人もひろがり、とくに昨年は27人の多人数となった。今年度も21人(うち誌上参加2人)を数える。今年は初めて韓国から参加(崔一先・慶煕大学校教授)があり注目された。
 稲嶺進市長は当選の翌年(2011年)、社会教育主事の地域配置・拡充策を打ち出した。中心の名護市街地だけでなく、周辺の4支所(旧村、1970年合併)に社会教育主事を新たに配置(派遣)、名護市としては6〜7名の社会教育主事体制を擁することになる。いずれも大学や社会教育主事講習で専門資格を取得した新鋭の若い世代の登場であった。
 名護市は中央公民館・市民会館を設置しているが、他に公立(地区)公民館はおいていない。地域の活動拠点は55集落の字(自治)公民館等である。各地区の社会教育主事たちは、模索し挌闘しつつ集落に入り、活動に参加し、「地域を元気に」を合言葉に、地域づくりに取り組んできた。もともと少子高齢化が続く地域は、悩みも多く課題は山積するが、新しい可能性をさぐり展望をつかもうと努力が重ねられてきた。社会教育主事の地域派遣が始まって4年の歳月が経過し、模索が続くなかで名護独自の社会教育の方向が姿を現しつつあるとみることもできよう。
 訪問者側では、日本社会教育学会・日本公民館学会の中心メンバー(両事務局長を含む)が初めて対談に参加した。学会関係者には、対談終局の挨拶にかえて、「名護社会教育への期待」などコメントを寄せていただいた。終わりに別掲している。対談のテープ起こしは、今年も山口真理子さんに担当して頂いた。正確かつ詳細な作業にあらためて深く感謝したい。(小林文人)
交流会(名護市中央公民館、150328)




◆やんばる対談(第8・9回) 2016 *年報「東アジア社会教育研究」 21号に収録
1,学校と地域と社会教育の活力 ー付・夜間中学の歩みと沖縄(対談8)
2,「名護民話の会」の活動−宮城孝子さんに聞く(対談9)

企画・進行:小林文人(TOAFAEC 顧問)、島袋正敏(「蔓草庵」主宰)
日時:2016年4月24日(日)午後2時〜5時半、25日10:00〜11:30
場所:名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」、名護博物館(中庭)
記録:山口真理子(TOAFAEC事務局)、山城千秋(熊本大学)

参加者T(名護市側) 島袋正敏(「蔓草庵」主宰)、宮城孝子(名護民話の会)、佐久川純(社会教育課長)、比嘉 久(博物館長)、島袋一平(社会教育係長)、糸数幸司(社会教育主事)、大城重浩(社会教育主事)、島袋和則(底仁屋区前区長・公民館長)
参加者U(訪問側) 小林文人(TOAFAEC顧問)、見城慶和(夜間中学・えんぴつの会)、関本保孝(夜間中学・えんぴつの会)、小林チヒロ(写真家)、新崎康文(荒川九中卒業生、オリオンビール勤務)、武田拡明(元川崎市教育委員会)、玉那覇正幸(元宜野湾市立図書館長)、鷲尾真由美(沖縄環境ネットワーク)、山口真理子(TOAFAEC事務局)記録、山城千秋(熊本大学)記録
対談後の交流会(名護中央公民館、160424)


【解題】
 いま、やんばる東海岸(辺野古、高江など)は 米基地問題をめぐって機動隊が出動し、怒号飛び交い騒然たる状況にある。やんばる対談の会場の底仁屋「蔓草庵」は、同じ東海岸(辺野古と高江の間)にあるが、緑の風が吹き、小鳥囀り蝶も舞って、私たちを迎えてくれた。今年の「やんばる対談」には、東京から夜間中学ひとすじの見城慶和・関本保孝・小林チヒロの皆さんが特別参加されることもあり、中心のテーマとして「学校」の問題に焦点をあて、地域づくりと学校の関わり、学校支援の動き、社会教育の独自な役割、市民の活動(たとえば「名護民話の会」)について語りあうこととなった。
 沖縄のなかでも特に「やんばる」は、学校と地域が相互に近い関係を歴史的に創出してきたように思われる。景観的にも小さなやんばる型集落に寄り添うように小さな学校が位置し、両者が塀や門で過度に隔てられることのない風景。日常的にも学校行事は地域の行事につながり、地域活動の拠点として学校は機能してきた歴史があった。
 しかしこのような地域と学校の親和的な関係には、近年、大きな変化がみられるようになってきた。一つには学校側の管理的な体制、公的機関からくる制約の増大があり、他方では地域の共同体的な性格の変化、地域行事の変貌や地域形成力の後退などの流れが否定できない。全体的な動向として、学校と地域の近い距離はだんだんと離れていく方向にあることもまた事実であろう。
 加えて「やんばる」の過疎化、少子化が、小学校の統廃合や中小一貫校への動きとなってあらわれてきた。名護の東海岸・二見以北十区の場合、2012年に4小学校を統合して中小一貫校の「緑風学園」が発足した。道路をはさんで蔓草庵の前にある(旧)天仁屋小学校は閉校となり、今後の施設利用が課題となっている。子どもたちの学校は、地理的に集落から遠く離れることとなった。
 対談では、このような動向をうけて、学校と地域との新しい関わりが模索され、地域の悩みとともに、さまざまの努力が語られている。社会教育行政における学校支援事業、地域コーディネーターの取り組み、青少年育成協議会、関連して二見以北十区の集落活動や「わんさか大浦パーク」への期待など。いずれも現段階における「やんばる」型の学校と地域づくりをめぐる貴重なレポートである。
 今回とくに興味深かったのは、40年近い歴史をもつ市民活動としての「名護民話の会」についての証言であった。学校支援活動が、単なる行政事業にとどまらず、民話・昔話・紙芝居等の文化に支えられ、具体的には市民の活動として実践され日常化されている。とくに「名護民話の会」の創設に関わり、その歴史を担ってきた宮城孝子さんに対談2日目に特別の証言をお願いし、「やんばる対談9」として記録を掲載することにした。宮城孝子さんの語りを通して、あらためて名護社会教育の蓄積、博物館・図書館・市史編纂室のそれぞれの役割、学校に関わる市民・地域の実像を知ることができた。
 なお冒頭にふれたように、本対談には夜間中学関係からの特別参加があり、「やんばる」の地で日本の「夜間中宇の歩みと沖縄」について貴重な話を聞く機会に恵まれた。対談の流れにそって「対談8」後半にその記録を掲げている。今年のテープ起こし・記録づくりは、例年の山口真理子さんに加えて山城千秋さんに協力をお願いすることとなった。記して感謝したい。 (小林文人)
対談9−名護民話の会・宮城孝子さん(右)、島袋正敏さん(左)−名護博物館、160425−



◆やんばる対談(第10回)  
 TOAFAEC 年報『東アジア社会教育研究』第22号・所収
 日時:2017年3月27日 
 会場
:名護市底仁屋「黙々100年塾・蔓草庵」
 テーマ:やんばるの地域博物館  企画・進行:島袋正敏・小林文人
 記録・解題:山城千秋 *山口真理子記録→■(沖縄研究フオーラム2→31)




◆やんばる対談(第11回) 2018年  






まんそうあん入口(20140412)




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