新ぶんじん日誌(U・2023年4月〜)   TOPページ

*「南の風」最終4311号 南の風発行一覧(1998年〜)→■ 
  旧ぶんじん日誌〜全
→■  
新ぶんじん日誌T(2022〜 前ページ→■

<目次・2023>
13、
桜咲く夕べ、対面による研究会満開!(2023/3/31)
14,
  東アジアへの出版・5冊の蓄積(2023/4/26)
15,  五月薫風、エビネ蘭咲く (2023/5/5
16,  沖縄にイジュの花、TOAFAEC総会近づく (2023/5/30


 
 新【ぶんじん日誌】U

第13号(2023年4月3日):
 桜咲く夕べ、対面による研究会も満開!
 前号にも書いたように、「南の風」終刊(2022年4月11日、4311号・最終号)から1年。「風」を受け継ぐかたちで「TOAFAEC通信」が元気よく発信されてきた(事務局長・山口真理子さん発行→■)。案ずるより生むが安しとはこのこと、ご同慶の至り。もう大丈夫! さて、次は「TOAFAECホームページ」運営の譲り渡し。これが済めば当方ようやく一人前の老後を送ることになる。3月31日事務局会議で、あえてTOAFAEC組織としての対応を強くお願いした。若い世代のエネルギーで何とか一歩前進してほしいと願っている。
 
年度末の最終日(3/31)には、佐賀(上野景三・代表)、仙台(石井山竜平)、高知(内田純一)からの上京もあり、対面による事務局会議・編集委員会・定例研究会(第301回)が一挙開催された。オンライン参加では、福岡からヤンビョンチャンさん(韓国・公州大学)の顔も。久しぶりの賑わい。時あたかも神田川沿いの桜満開の季節。終了後ご存知「イーストビレッジ」では盛んにビール・ワインのグラスが乱舞した。私たちの研究会も往時を取り戻した実感あり、ぶんじんも例によってしゃべり過ぎた。終了した時刻は定かでなく、いつものことながらマスター夫妻に感謝!(下掲写真・撮影は東大院・金さん)。3会議の報告はホームページに別掲される予定(各位の報告をお待ちしている、事務局会議記録も。)。
 新しい年度が始まる。4月中旬には上海から呉遵民一家の来日あり、久しぶりに「今半」を予定(16日)。またその前日には「須恵村ー日本の村」(J.エンブリー著、田中一彦新訳、農文協刊)研究会」(Facebook、オンライン)にてゲストスピーカーとして発言を求められている。「枯れ木も山の賑わい」のつもり。
 さらに4月末・金曜日「302回定例研究会」の論議を経て、5月中旬は再び名護へ。11月下旬(予定)「東アジア生涯学習研究フオーラム」へ向けての準備が進められる。この取り組みリーダーは石井山竜平さん(東北大学)、ご声援を。
3月31日・定例研究会+28号編集員会 *撮影・江頭晃子さん

研究会終了後の交歓(イーストビレッジ、2023/3/31) *撮影:東大院・金さん


第14号(2023年4月26日):
 東アジアへの出版・5冊の蓄積
 先日(4/9)久しぶりに開かれた「韓国生涯学習研究フォ-ラム」は、数えて第97回。あと3回で100回の大台に乗ることが話題となった。何か記念の催しを企画したいものだという話も。ホームページ記録をたどってみると、第1回は2007年10月7日に開かれていた。今年で15年あまりの歳月を歩いてきたことになる。
 この研究会では、振り返ると韓国に向けて日本の社会教育を紹介する1冊(ハングル版)と、韓国「平生学習」の躍動をまとめた1冊(日本語版)を世に出している。またTOAFAEC年報には、毎年「韓国この1年の動き」を記録してきた。年々の「歩み」を重ねると、1冊の本になるほどの積み重ね。まさに蓄積は力なり!
 思いおこすと韓国研究フォーラムの前に、私たちは初めての韓国本・出版をめざして、2002年末から呼びかけを始めた歴史がある。約30回の編集会議の作業を経て、2006年10月『韓国の社会教育・生涯学習ー市民社会の創造をめざして』が出版された。このテーマでは日本で初めての仕事だ。編者の黄宗建先生は出版直前に亡くなられた無念の思い出。出版お祝いの会は、黄先生の追悼の会でもあった。あの日の記念写真(下掲)には、編集にかかわりなかった笹川孝一さんが「私に黄先生の写真をもたせてほしい」と申し出て中央に座っている。その両脇に編者の伊藤長和さんと小林。まわりに川崎メンバーを中心に皆さんの若々しい顔が並んでいる。1年経って韓国へ。黄先生の墓前に初めての韓国本を供えたのだった。
 この30回の編集会議を加えれば、韓国研究フォーラムはすでに130回の歴史を重ねてきたことになる。20年余の歳月は、そのまTOAFAEC苦節の、かけがえのない蓄積の歩み。韓国ソウルで出版された『日本の社会教育』ハングル版は、その後これを底本にして日本版が出版され(2013年)、2冊目の韓国本『躍動する韓国の生涯学習』は、これを底本として中国語版が出版された(清華大学出版社、2022年)。翻訳は王国輝・楊紅のお二人。
 韓国生涯学習研究フォーラムという小さなグループが、東アジアに5冊出版という大きな仕事をしてきたことになる。「躍動」の中国語版には、北京・韓民さんが「序」を寄せている。王国輝さんが日本語に翻訳し、TOAFAECホームページに収録している。

 →■http://www.bunjin-k.net/korea2023.html
『韓国の社会教育・生涯学習』出版記念会(川崎、2006/10/6)


第15号(2023年5月5日)
 五月薫風、エビネ蘭咲く

 ホームページ表紙の中央に載せる写真は、ほぼ1ヶ月の間隔で更新する慣わし。これまでの多野岳(名護)遠望の一枚から、一昨日、福岡油山の庭「えびね蘭」に差し替えた。前にも載せたことあり、見慣れた方も少なくないだろう。コロナ禍以降、新しい写真が少なく、古い画像が多くなってしまう。しかし「今頃はきっと可憐に咲いているだろう」との花への想い。もう3年あまり油山に行っていない。この連休には出かけようと思っていたのに、1週間後にまた名護に行くことになったので、昔のような元気はなく福岡行きはあきらめてしまった。えびねへの思いだけ、1枚の写真に託して。ホームページを開くたびにエビネを楽しむことができる。知る人ぞ知る、油山はエビネがいろいろと自生している山。
 油山に家を建てたのは半世紀前。当初は表土を少し削って工事が始まったので、土むき出しの庭だったのが、次第に笹竹も拡がり、20年ぐらい前からその片隅にエビネが顔を出すようになった。ちょうど5月連休が花の見頃、毎年楽しんできた。
 TOAFAECの定例研究会や編集会議、関連するいろんな集いに写真を撮ってきたので、ぶんじんアルバムは相当のボリュームとなっている。コロナでマスクが多くなり、会議もZoomとなってカメラの出番は少なくなっていたが、この半年、再び画像記録が並ぶようになっている。最近の記録は「新しいニュース」欄に並べている。韓国フオーラム関連の記録が多くなってるが、五月・名護訪問の写真も。ご覧あれ。→http://www.bunjin-k.net/yotei2207.htm
 前号の話の続き。韓国本「躍動の韓国の社会教育・生涯学習」が、原版(2016年刊)を底本として中国語版が出版された(2022年)ことは 画期的ニュース、前号に紹介した通り。いま東京滞在中の王国輝さん(中国・温州大学教授)を囲んで2月定例研究会(300回記念)は王さんのお祝い会でもあった。中国語版に寄せられた韓民さん(北京)の「序」も嬉しいこと。ホームページには王さんと小林の記念の写真も。本の共編者そして編者・訳者は、お互い「義兄弟」の仲というのはぶんじんの持論。3月研究会の夜、王さんの頭には「ぶんじん帽」。
左・編者(小林)と右・訳者(王国輝)ー20230428/高井戸


第16号(2023年5月31日):
 象グループ(設計集団)制作・今帰仁村中央公民館へ
 この五月、ホームページ表紙に「エビネ」蘭を飾ってきたが、数日前に沖縄やんばる「イジュ」の花に差し替えた。黄色から白い花へ。多分、古宇利島で撮ったような記憶(2008年5月)。ホームページには初めての登場か。琉球固有種のような花だから、当初はこの花を知らなかったが、「イジュの花の咲く頃」といった会話を折々に耳にするようになって、沖縄「やんばる」では雨期の到来と関係があることも分ってきた。私たちにも次第に懐かしい季語の響き。この時期、やんばるの森を白く飾る花たち。ところが今年は台風2号の襲来。被害のないことを祈ります。
 「イジュの花が咲く」頃に・・・屋我地島一周のシーカヤックを楽しんだ思い出(2006年6月)、新「ぶんじん日誌」第2号に記録を載せている。島福善弘さん(源河区アユ復活運動、もと名護博物館長)から誘われ、手打(筑波大学)や故石倉(TOAFAEC事務局長)のお二人と、雨にぬれながらシーカヤックを漕いだ一日は、いつまでも忘れないだろう。そして今、私たちTOAFAEC総会の季節(今年・6月3日夕)。日本社会教育学会六月集会に合せての日程、皆さん多数のご出席をお願いしたい。
 前置きが長くなった。本題へ。今年は11月に「東アジア生涯学習研究フオーラム」(第7回)を名護で開く希望が実現することになり、その交渉・依頼のため、すでに二回も名護を訪問した。はじめて名護と出会ったのは1970年代末、すでに40年余が経過したお付き合い。そして名護で象グループの仕事に刺激を受けてきた。とくに忘れられないのは(隣村の)今帰仁村中央公民館との出会い。象グループのプ設計になる公民館施設は衝撃的だった。名護から車をとばして、久しぶりに今帰仁村を訪問。しかし残念ながら解体?ニュースが伝えられていて、あの紅い列柱が悄然と建っていた(既報・写真は別ページ→■)。
 象グループとは、当時、気鋭の建築家集団。名護市役所(日本建築学会賞)をつくったことでも有名だ。リーダーの大竹康市さんは、東京学芸大学社会教育研究室によく話に来てくれた。今でもネット上に今帰仁村中央公民館(RC/1階、延べ面積716uのこじんまりした施設、竣工は1975年、1977年芸術選奨文部大臣新人賞・美術部門)の記事が踊る。乙羽岳の緑につらなって大屋根は緑、北斗七星の小さな天窓が屋根に輝き、浜からみんなで拾ってきた貝殻がコンクリート構造のなかに埋められた。建物はまわりの緑と連動し、村人の手造り思想が貝殻に託されていた。・・・「大屋根一面を覆ったパーゴラに這わせたウッドローズやブーゲンビリアは季節の表情を豊かに彩り、乙羽岳からの緑の連続と捉えられ、新たな町への緑のスプロール拠点のようだ。床に屋根裏に軒先や梁に埋め込まれた貝がら模様は、潮風とともに海のざわめきを伝え、ひとつひとつ埋め込んで行く村民の手つきや顔つきまで伝えてくれる」と。
 2001年8月には、初めて海で泳ぐ目的をかねて今帰仁村中央公民館を訪ねたモンゴル留学生たち(小林ゼミ他)との記念写真がある。そこには屋根の緑と花、その
片鱗が残っていたが、いま解体を前にして大屋根はのっぺらぼうに変わり果てた。(つづく)
2001年8月1日、モンゴル留学生と今帰仁村中央公民館訪問、屋根に花がー。(小林写す)


第17号(2023年6月 日):
 
やんばる(北部)社会教育の集いで出会う・旧宜野座区公民館長・城間盛春氏と 



▼宜野座村宜野座「お恵」前にて城間盛春氏と小林ぶ (内田純一写す、20230512)











                          
TOPページ