【南の風2020】 4201号〜4240号  
各号目次・後記(ぶんじん日誌)
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*南の風発行一覧(1998年〜)
 

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【南の風2020】4201号〜目次一覧(進行中)

4201号【11月21日】編集会議6,科研費、町田とびたつ会、社民党分裂、故上原文一氏の追悼記事
4202号【11月23日】
25号校正、労働者協同組合法案、 訃報・進藤文夫さん、名護ヴイチェン、八九歳
4203号【11月25日】
東アジア研究フーラム, 八重山移民70周年、文一・文人の出会い物語、満25年の定例会
4204号【11月30日】
275回研究会報告、NHK中国語講座、嘉手納新格納庫、故上原文一さん、霜月の終わりに
4205号【12月03日】
札幌に公立夜間中学、相模原の動き、松川町議員、台湾牡丹社事件、文一追悼2、歌
4206号【12月0 日】


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南の風・各号後記(ぶんじん日誌)

2020年
4206号【2020年12月  日】





4205号【2020年12月03日】
■≪いま「歌ごころ」は・・ ≫
 日曜日〈11月29日)の朝日歌壇、「給食費忘れたことにするんだよ母は言いにき七十年前」(大阪市 近藤智)の一首。その切実な思いがネットでも話題になっていました。なぜか「風」もこの1週間、いくつもの「歌ごころ」に出会ってきたようです。前号(4104号)では、久しぶりの日中学院・胡興智さんから近作「彼方の言葉に」20首(同号に添付)。歌作いちだんと冴えて、興味深く読みました。たとえば、「果てしなく夢を見ながら歳月と古希の先へとゆっくり行かむ」。そうか、胡くんはすでに「古希」の先を考える年になったのか、ぶんじんも老いたはずだ、あらためて過ぎしわが時代を想いました。
 この間、故上原文一氏の追悼記(年報25号に入稿)を書く関係で、沖縄関係ファイルを調べていたら、水海道の故谷貝忍(やがいしのぶ)さんの歌2首が顔を出してくれました。1977年の社会教育研究全国集会が福岡で開かれた折、歌人・喜納勝代さんにおくったもの。はるか南の海のサンゴを恋うるヤマト男の心情、そんな歌でした。この機会に世にご紹介しようと本欄を書き始めたのですが、なぜか?また姿をかくしてしまった。紙1枚、沖縄ファイルのなかに、再びまぎれこんだようです。もう3時間も探している、しかし出てこない。お許しください。
 あきらめて、かわりに(おわびに)喜納勝代さんの有名な恋歌ひとつ。「命かけて会いに来るとふ君の文 天地一切ものみな輝く」(歌集『おなり神』1973、所収) ぶんじんの歌ごころ、いま消えかけていますが、おつきあいに2017年メモから。
◇歌のコーナー
・ただ眠る言葉も失せし吾が妻の 名前を呼べば目にしずく湧く(2017/03)
・杖つきてドイツに遊びし六月のビールに笑顔 遺影となせり(2017/05)

4204号【2020年11月30日】

■≪霜月の終わりに≫
 皆さんから賑やかなメールをいただき、南の風も11月(霜月)最後の日に配信することができます。あるいは“師走の風”になるのかな、と様子をみていたところ、昨29日深更に石川敬史さんより金曜日・研究会「報告」が着信、感謝!です。今回は、研究会の案内から当日の進行、そして報告(上掲)まで、すべてお願いし、負担をかけました。当夜は「指名しない方がいい司会だ」などコメントしましたが、もちろん余計なたわごと、Zoomとしては、いい司会!でした。
 東京都についての梶野報告、みな聞きたくて、参加者も多かったのだと思います。厳しい状況もありながら、都の新しい施策・可能性を聞くことができて、久しぶりに元気が出るレポート、梶野報告の企画をしてよかった。次は井口報告をお願いできることになり、これもまた楽しみ。東京研究フォーラム再生の方向も出てきたような・・・。2016年刊行『大都市・東京の社会教育』続編につなげてほしい。
 研究会報告と相前後して、日中学院・胡興智さんメール、久しぶりの来信。いまNHK 广播講座《Step up 中文》出演中。同URL(上掲)を開いてみると、美女ゲストと並んで、いい写真がアップされています。胡さんは東京学芸大学・院(小林ゼミ)出身。天津の生れながら、日本の活花、短歌、俳句にも堪能。南の風はいまほとんど「歌ごころ」を失っていますが、胡さんの短歌は格段の進歩(添付)。ただ胡メール貼り付けの活花写真は、どうしても拾い出せず、風に紹介するこできず。
 故上原文一さんへの追悼文を寄せていただいた皆様、有難うございました。年報25号になんとか間に合い、掲載できることになりました。松田武雄・新保敦子(加えて沖縄から平良研一・名城ふじ子)各位に感謝。ぶんじん「文一との出会い物語」(抄)は、前号の続きを本号に載せる予定でしたが、記事あふれ、次号おくりです。

4203号【2020年11月25日】
■≪満25年目の定例会≫
 久しぶりに風の隔日配信、お騒がせします。昔の慌ただしい風・配信の時代を懐かしく想い出しています。最近は週2回程度の頻度ですが、「南の風」22年9か月の日数を風4200号で割ると、今でも平均の配信頻度は1.97。つまり2日に一度は風を吹いてきた勘定。それを22年余りも続けていたとは・・・何たる阿呆!かと自嘲しています。もっと別にやることがあったはずだと。
 慌ただしい風配信になったのは、明後日の定例研究会のリマインド「再案内」が事務局より寄せられたからです。11月27日(金) 20:00〜21:30(第二部21:40〜22:30 質疑交流)、話し手は東京都(主任社会教育主事)梶野光信さん。張り切っているらしい。申し込み、すでに20人近く、Zoom期限を(石川さんにお願いして)1日延ばしてもらいましたから、ご関心ある方は、今からでもどうぞご来会ください。http://www.bunjin-k.net/kenkyukai2019.htm
 数にこだわるようですが「第275回」研究会というのも記念の数字。TOAFAEC として、創設以来、毎年11回のリズムで定例会を開いてきましたが、ちょうど満25年、節目の記念定例会となりました。こちらは拍手! よくぞ続いてきたものです。四半世紀の歩みはすべてホームページに収録されています。
 本号はすこし余白がある?ようなので、この9月に逝去の故上原文一氏への追悼記事「文一・文人の出会い物語」の一部を抄録・掲載することにしました。文一さんは、TOAFAEC と直接の関わりはなさそうですが、沖縄研究・フィールドワークの水路づくり、その契機をつくってきた一人、ご冥福を祈りつつ書きました。

4202号【2020年11月23日】
■≪八九歳の祝い   
 昨年の八八誕生日は、まず名護で「トーカチ」を祝っていただき、次いで中国で
開かれた東アジア生涯学習フォーラムの、上海の夜がちょうど誕生日。翌日の北京に集った韓国・中国の皆さんから、それぞれのお祝いの歌をうたっていただき、たとえようのない至福の年でした。今年八九は、昨日の年報25号編集会議で、李編集長は美しい壁紙「Happy Birthday」、3ヵ国の歌で祝おうと音頭とり。よく聞こえないところがあったものの、何たる幸せ!とわが身の果報を思った1日でした。お酒を送っていただいた松本の村田正幸さん、そして板橋文夫さん、皆さんまことに有難うございました。
 編集会議が終わったあと、永福自宅には旧「ふるさときゃらばん」の八朔友二など精鋭?が集って、八朔「ああ上野駅」、真理子さん「百万本のバラ」など久しぶりの熱唱。ぶんじんは合いの手を入れる程度、もう声はあまり出ず残念至極。さらに興にのって、コロナ禍を跳ね飛ばし、新年会をやりましょうか(江頭さん)と話がはずんでいましたが、さてどうなることやら。
 しかし、訃報が相次ぎます。国分寺・進藤文夫さんの訃報(上掲)。国立の徳永功さんとともに同年輩の公民館につながる永い友人。東京学芸大学講師をお願いしていたこともあります。韓国・広州・沖縄などに旅した仲。黄丹青さんを老師として開いていた研究室・中国語学習会では同学の士。素晴らしいバリトンは会の終わり、いつも真打として圧巻の歌声でした。「トロイカ」「ともしび」などロシヤ民謡の歌声がまだ耳に残っています。享年90歳。秘蔵の写真、進藤さんを含む珍しい1枚(横山宏さんも、小林撮影)を1枚掲げました。
 また東京学芸大学で小林の次の学生部長だった歴史学者(江戸学)竹内誠さん86歳で亡くなられた由。部長引継ぎの時、出来立て『日本史年表』(1984年)を頂戴し、年表づくりの自慢話が妙に記憶に残っています。年表は今でも愛用しています。東京学芸大学のあと江戸東京博物館長をながくつとめ、お元気だったのに残念です。21日朝日・夕刊「惜別」欄が書いています。
記録(発禁)映画「河しょう」を観る (前列右端に進藤文夫さん、後列中央に横山宏氏、19890813) このとき進藤さんは60歳.


4201号【2020年 11月21日】
≪故上原文一氏の追悼記事
 明日22日(日)午後1時〜3時、年報25号の編集会議(第6回)オンラインの集い、編集委員の皆様、ご参集よろしくお願いします。東北大学・石井山さんも出席との連絡。科研費申請がうまくいったとのこと(別メール)、その関連の「最初の話し合い」をとのご希望(上掲)。李正連編集長の判断・進行でお願いします。
 江頭晃子さん(編集担当)より、25号全体のレイアウト・データ(ゲラ)をお送りいただき、ご苦労さま。今年は「やんばる対談」原稿が盛り込めず、少し心配していましたが、レイアウト・ゲラを見るかがいり、充実した内容に出来上がる感じで何よりです。やはりTOAFAEC/25年の蓄積というべきでしょうか。発行は少し遅れましたが、これまでの歩みに重ねて、一歩前進の年報刊行へ。そのうち、コロナに負けないで、祝杯をあげたいものですね。
 さて、9月に逝去された故上原文一さんについて、九州・松田武雄さんから「悲しみが湧いて・・・」と。久しぶりのメール、有難うございました。また早稲田・新保敦子さんからは「追悼頁など、作られるということであれば、少しの文字数でいいので書きたい」ご希望(上掲)。承りました。前便の風ではホームページ・追悼記記事について書きましたが、年報25号締切後ですが、編集委員の皆さんにお願いして、同号末尾に「上原文一さん追悼ページ」を載せ、それをホームページ追悼記事にできればと考えています。沖縄の平良研一さん、名城ふじ子さんにはご依頼しました。喜納勝代さんは別のご葬儀が重なり、早急には無理とのこと。字数は1000字以内、できれば早急にお送りいただければ助かります。松田さん、新保さん、どうぞよろしくお願いします。




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