【南の風2020】 4171号〜4200号  
各号目次・後記(ぶんじん日誌)
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*南の風発行一覧(1998年〜)
 
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【南の風2020】4171号〜4200号・目次一覧(進行中)

4171号【7月16日】272回研究会案内、やんばる対談休止、 訃報、台湾と八重山の交流、杉並記録・回想など 
4172号【7月20日】
韓国の東アジア平生教育研究会、「首里の馬」、杉並『歴史の大河』、男子誕生、北田追悼集
4173号【7月25日】
熊本大水害、東京研究ー公民館主事の役割 、村を支えるパイナップル、杉並公民館研究の歳月
4174号【7月28日】
韓国・東アジア平生教育研究会町田とびたつ会、名護七曲り、松本より、杉並公民館長・安井郁
4175号【8月 2日】
272回定例会報告、訃報・李登輝元総統逝去、 旧暦6月祭り季節、杉並公民館研究史、十三夜
4176号【8月 6日】
川崎・高津市民館、韓国・平生教育と職業教育 、ドキュメンタリー沖縄戦、八月鎮魂の季節
4178号【8月11日】渋谷区スポーツ・体育行政、とびたつ会、首里城下の新聞人、杉並研究追録5、ブーケひとつ
4177号【8月17日】暑さボケ1号ジャンプ、夏の博物館分科会、福岡より、金口木舌、台湾・出版、1号違いお詫び
4179号 【8月25日】「絵が語る八重山の戦争」、町田・とびたつ会、終戦後・台湾からの沖縄帰還、杉並追録6
4180号 【9月 1日】
日本学術会議「無償の普通教育を」、 コロナ禍・創意工夫の公民館、福建「終身教育」100号
4181号 【9月 6日】
9月定例会、台湾報告への期待、 韓国女性史展示館、名護・渡具知裕徳氏逝く、八重山より
4182号 【9月11日】
渡具知祐徳さん、とびたつ会、「八重山の戦争」、杉並研究のあゆみ追録7、やんばるの風
4183号 【9月15日】
社会教育学会オンラインで、名護城区エイサー節奉納、大学生の窮状、年報執筆・進捗状況は?
4184号 【9月19日】
年報25号進捗状況、第90回韓国フォーラム、東京の日本語教育を考える、戦後沖縄の図書館史
4185号 【9月 日】

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南の風・各号後記(ぶんじん日誌)

2020年
4185号【2020年 9月 日】





4184号【2020年 9月19日】

■≪戦後沖縄の図書館史≫
 明日(20日)午後3時から、Zoomミーティングによる韓国研究フォーラムが予定されています。前回7月韓国フォーラムの記録にありますが、記憶はおぼろ、呉セヨンさん【リマインド】再案内(上掲)で思い出しました。韓国グループは25号関連の原稿・執筆(韓国「この1年の動き」)など着々と作業が進んで拍手! 本号には年報25号全体について執筆「9月末・締め切り」の編集長メールを冒頭に掲げました。皆様、どうぞよろしく。本号は明日の韓国研究フォーラムの前にお届けしたく、急ぎ今晩中に配信することにしました。
 思いもかけない古い記録がネット上にアップされ、最近驚くことが何度かありました。古い講演記録・集いのチラシ、昔の論文の引用など。古証文を見せられて当惑、ときに嬉しいいような、複雑な気分。
 Googleの検索で、これまで知らなかった「沖縄アーカイブ研究所」に小林ぶんじんが登場していることを発見。「那覇市琉米文化会館・・1972年5月の沖縄の日本復帰で那覇市に譲渡された「那覇琉米文化会館」。琉米文化会館は、戦後の米国統治下で、沖縄の文化活動を支えてきた重要な施設。しかし同時にアメリカの宣撫機関として占領政策の要という顔もあります。沖縄県内には・・・・その辺については、以下の論文がわかりやすい。沖縄の図書館の発展と米国の占領政策。歴史の持つ多面的な要素が絡み合う興味深い物語です。≫「アメリカ占領下・沖縄の図書館」 小林文人(東京学芸大学教授)」という論文。「同建築は現在も健在で、沖縄の日本復帰によって、那覇市に譲渡され、現在も那覇市立中央図書館、那覇市立中央公民館として機能しています。また、ほぼ同じ壁が撮影された画像が、図書館のホームページに掲載されています」など。8ミリ記録を主とる「アーカイブ」のようです。まったく知りませんでした。→■https://okinawa-archives-labo.com/
 あらためて四半世紀前の、戦後沖縄図書館史の拙論を自ら再読する機会となりました。まだ浦添市や石垣市など自治体立図書館設置の流れが動き始める前、名護の崎山図書館のみが(県立図書館をのぞけば)唯一の中小図書館であった時代の記録です。当時、沖縄では書く人がなく、日本図書館協会の依頼に応えて書いたもの(1992年)。懐かしい思い出。ホームページに掲げています。→■http://www.bunjin-k.net/okinawa92library.htm

4183号【2020年 9月15日】
■≪年報執筆、進捗状況は?
 2020年度の日本社会教育学会研究大会が9月11〜12日、オンラインで開催されたこと、学会長・上野景三さんから直々ご報告いただきました(上掲)。例年この大会に向けて、私たちのTOAFAE 年報(今年は第25号)を刊行し、事務局長・山口真理子さんが会場で販売にあたる慣わし。しかし今年は年報編集・発行スケジュールも数か月遅れ、恒例「やんばる対談」(名護市開催)も中止、静かな9月日程。やはり今年は異常な年となりました。
 年報執筆予定の皆さん、その後の進捗状況はいかがでしょうか。編集委員会として、あらためて執筆期限厳守(9月30日?)のお願いをしては如何でしょうか。例年より中国や韓国そして台湾からの執筆予定者も少なくなく、翻訳の時間も必要、他方で「やんばる対談」原稿は予定されず、少し心配しています。取り越し苦労かな。
 名護そして沖縄全域で、今年の青年エイサー行事は中止。名護市城(ぐしく)区の地域活動リーダー渡口裕さんがひとりで旧盆ウークイにエイサー節を奉納したニュース、ご本人から長文レポートを書いていただきました。議会等で多忙のなか、有難うございました。南の風メンバーは、中国・韓国メンバーもあり、そもそもエイサーを知らない人も多いこと、初めての人にもわかるように「エイサー」解説もお願いしました(上掲)。ちなみに、旧盆行事3日について、ウンケーは「迎え」(初日)、ナカビは「中日」(二日目)、そして、ウークイは「送り」三日目のこと。
 訂正。前々号で定例研究会で台湾をとりあげたのは、「2016年・第226回」かと書きましたが、大きな思い違い。昨年5月に262回定例会「台湾・生涯学習の最近の動向」(山口香苗さん)が開かれていました。たいへん失礼しました。ついでに2019年以降の開催一覧を上に載せました。これを見る限り、私たちは着実に歩いている。
旧盆ウークイ・エイサー節の奉納・渡口裕さん (名護市城区の拝所、20200902)


4182号【2020年 9月11日】
≪沖縄「やんばる」からの風≫
 もしコロナ蔓延がおさまっていれば、9月中旬は「やんばる対談」の予定でした。残念ながら中止となり、杖をつく身ながら、心は南に飛んでいます。1976年秋に沖縄研究に入り、数えることができない頻度で沖縄に通ってきましたが、これほど(1年以上も)沖縄から離れていたのは初めてのこと。
 本号には、先日亡くなられた名護市初代市長・渡具知祐徳氏への追慕のメール、島袋正敏さんから頂きました。「長くなりますので続きは次号へ」とあり、楽しみにお待ちします。
 山口真理子さん(事務局長)から、琉球新報記事(9月8日)が寄せられました。「聖地でエイサー節、ウークイの夕奉納―名護・渡口さんコロナ収束も願う」の見出し。渡口さんは名護の中心部「城区」のエイサー・集落活動を担うリーダー(職場は名護市教育委員会)。私たちの年報24号の「やんばる対談」にも参加、自らも「名護市城(ぐすく)区青年会活動の歩みと活動」を寄稿していただきました。早速「風」にレポートいただくよう、お願いしました。折り返し「お久ぶりです。名護市 渡口です。琉球新報をご覧になったそうで、ありがとうございます。一文お送りしたいと思います。しばしお待ち下さい。」(9・11 13:54)とのこと。 コロナ禍のなか、沖縄・やんばるでは、集落の祭りも、青年たちのエイサーも、学校の運動会も、すべて中止だそうです。この季節、夏の夜「祭りの笛太鼓」は消えてしまった。その中での渡口裕さん、ひとりだけのエイサー節奉納は貴重。さきほどまで「一文」を心待ちしていましたが、すでに日付もまわりましたので、次号への楽しみに(新聞記事だけ添付)、本号をお送りすることにしました。渡口さん、ゆっくりと書いてください。

4181号【2020年 9月6日】
■初代・名護市長・渡具知裕徳氏の訃報≫
 本号はまずTOAFAEC 9月定例会・第273回研究会(山口香苗さん報告)ご案内を冒頭に掲げました。あわせて、山口さんの新しい本(『市民がつくる社会の学び―台湾「社区大学」の展開と特質』大学教育出版刊、2020年)も、ご一緒にご紹介しました。
 名護市の初代市長・渡具知裕徳(とぐちゆうとく)氏が亡くなられました。享年91才。謹んでご冥福をお祈りいたします。名護の稲嶺進(前市長)・島袋正敏など各氏の「悼む」談話を含む琉球新報記事を抄録・添付して、在りし日を偲び、ご逝去を悼む号といたします。正敏さんには、名護博物館を開館させた当時の市長さん、何か想い出話などを寄せていただければ幸いです。、
 とくに印象的なのは、名護町がまわりの4村を合併して名護市となり(1970年)、その初代市長(革新市長)として積極的な自治体づくりに励まれたこと、若手建築家集団いわゆる「象グループ」との出会いがあり、岸本建男(のち市長)また島袋正敏など当時の若手職員のエネルギーを寄せ集めて「逆格差論」を骨子とする自治体総合計画をまとられたこと、そのときは渡具知市長も新進気鋭の市長、当時40才台前半でのお仕事だったのです。名護市総合計画を議会で承認させたときの苦労話などを面白くお話しいただいたことがありました。
 新聞の略歴には書かれていないようですが、渡具知裕徳さんはまず青年団活動家として活躍、北部地区から初めて沖縄県青年団協議会々長(1959年)をつとめた人でした。この青年活動から市長時代の歩みをお話しいただいた日、名護の国道沿いのレストラン(2008年7月7日)。その記録は「東アジア社会教育研究」(第14号)に収録し、また沖縄社会教育研究フオーラム編「戦後沖縄青年団運動の証言―祖国復帰とアイデンティテイィ」(2018年)に再録しています。お話を伺ったときに撮った写真、鎮魂の思いをこめ本ページに掲げます。
 本号には、また八重山からの懐かしい黒島安央さんメールをご紹介しました。私信として頂いたもの、2016年12月の研究会にお出で願った経過もあり(当時は東京の出版社勤務)、石垣に帰って八重山毎日新聞で仕事をされているそうです。潮平正道さん「八重山の戦争」出版(既報・4179号)がとりもつ縁でメール再会ができました。
名護市初代市長・渡具地祐徳氏(名護市内レストラン、2008年7月7日)


4180号【2020年 9月1日】
≪福建省「終身教育」100号記念誌の刊行≫
 沖縄へ強い台風9号の襲来。瞬間風速が50米を超えたらしく、沖縄の皆様に被害のないことを祈っています。進路予報図によると、この台風はさらに北上。九州沖でいつものように日本列島上へ東に曲がらず、勢力を保って、まっすぐ朝鮮半島に上陸、さらに中国・東北へ進むらしい。偏西風を乗り越える勢いか。台風よ、心あらば安らかな南の風として吹け、と言いたいところ。韓国の皆さんにも被害のないことを祈っています。
 中国福建省より、同省教育庁(主管)、同「全民終身教育促進会」(主弁)発行による隔月誌『終身教育』の百号お祝い号が送られてきました。早稲田大学・新保敦子さんを介して祝賀文を呈上(風4153号:5月13日)。同誌100号に、上海・呉遵民さんと一緒の写真で紹介されています。福建「終身教育」誌は2003年創刊。中国では、同省「生涯学習促進条例」(2005年)とともに注目されてきました。ぶんじんは(米・独・英・加・韓と並ぶ)日本からの学術顧問。2011年秋に「東日本大震災をめぐる社会教育からの緊急報告」(石井山龍平・黄丹青各氏9名の共同執筆)。この日本語版は「東アジア社会脅育」16号(2011年)に収録されています。震災後わずか半年後の海を越える取り組みでした。→■http://www.bunjin-k.net/essay2010.htm
 さて今年の年報25号の原稿執筆。例年より数か月おくれての発行予定ですが、ようやく韓国グループの「1年の動き」原稿がまとめの段階に入りました。ご苦労さま。暦も九月、執筆予定の皆様、韓国フォーラムに伍して、コロナ禍を跳ね返して頑張ってください。
 那覇・鷲尾真由美さん、潮平俊さんの経歴修正(上掲)、有難うございました。また黄丹青さんからもメール来信。「・・・やっと少し涼しくなりました。先生もちゃんと栄養をとり、歩くよう頑張ってください」とのこと。激励に感謝です!

4179号【2020年 8月25日】
■≪潮平さん『絵が語る八重山の戦争』≫
 まず訂正。前号の発行日、8月12日となっていましたが、正しくは8月17日でした。お詫びします。本号はそれから1週間を経過して25日発行、間延びして残念です。この8月は、ご案内すべき集いも記録すべき活動等もなく、週2回の発行リズムがこわれて、調子がでません。例年ですと、9月に発行する年報・原稿の校正作業や全国集会関連記事等で8月は案外と賑やかなのに、コロナに毒されて、私たちも次第に不活発。風・終盤の感じもただよい、残念至極。
 福岡の西恵美子さんよりメール来信(前号末尾を承けて)。こんな便りをいただくと、やはり風を続ける意義を感じて、当方も元気が出ます。「小林先生、すぐに対応していただき、ありがとうございます。南の風届きました。思わず、やったーと心躍る気持ちでした。長い間のご無礼、失礼しました。また、風が吹いてきたので、うれしい限りです。」(8/17/23:26)
 さて本号の目玉は、石垣市・潮平正道さんの『絵が語る八重山の戦争―郷土の眼と記憶』(南山舎)出版のニュースです。出来立てホヤホヤの一冊をを那覇・鷲尾真由美さん(沖縄環境ネットワーク)から送っていただきました。潮平さんは昭和ひと桁代の生まれ(少年Bと同じ世代)、潮平少年が経験した八重山の貴重な戦争記録、新しくたくさんのことを知りました。潮平さん独特の絵が「事実」を浮き彫りに。潮平さんは新垣重雄さんの選挙(参議院・東京より立候補の折、応援・上京された姿を印象的に憶えています。お連れ合いの潮平俊さんは石垣市立図書館準備に活躍され、文庫活動を担ってこられた方です。
 南山舎の本づくりもまた見事。本の一冊代価1800円+税、何冊かまとめて注文し、ご希望の方にお販けしようと考えています。まず桑原正美さんの分を確保しておきます。

4177号【2020年 8月17日】
■≪
旧盆・猛暑のなか大失敗!≫
 TOAFAEC では台湾についての話題が少なくなっていたところ、お二人の山口さんから私信を頂戴し、いずれも台湾に関すること。時あたかも旧盆、西方浄土の仏さまのお引き合わせかと思うほど。嬉しくなって南の風記事として上掲させていただきました(お二人、ご了承を)。山口真理子さん(事務局)の亡くなられたご両親は、生前、台北師範大学付属小学校で教鞭をとられていた由。台湾に関わりある方々と今でもお付き合いがあるご様子。そのうちにまた台湾についての記事をいただければ幸い。
 山口香苗さん(早稲田大学)からは『市民がつくる社会の学び―台湾「社区大学」の展開と特質』(大学教育出版)をご恵送いただきました。学位論文が立派な本になり、おめでとうございます。本欄をかりてお祝いと御礼まで。9月(TOAFAEC)定例研究会では、このテーマで開催できますね。楽しみです。
 【お詫び】 暑さボケの大失敗。冒頭に書いたように、前号の発行号数を1号ジャンプして【4178号】でお送りしました。申し訳ありません。こんな失敗は初めて。ショック!いよいよ年貢の納めどきかと思っています。ただ欠号を避けたいので、本号を4177号、次号を4179号として発行いたします。毎号の風発行の直後にホームページを更新する慣わし、その際すぐにミスを発見しましたが、風は戻らない。数人の方からお問合せもあり。恐縮しています。そのなかの1通・的野信一さん(板橋)メールを記録として掲載いたしました。
 福岡の西恵美子さん、最近「風」が戻ってくるようになっていました。新しいアドレス拝受、本号のご確認を。

4178号【2020年 8月11日】
■≪
夏のブーケひとつ≫
 長雨の梅雨・・が明けたと思ったら、その後にやってきた耐え難い猛暑。夜になっても 30度C。その上にコロナ蔓延。今年はお互い毎日たいへんです。毎年恒例の全国集会など中止となり、TOAFAEC 定例研究会も八月はお休み。南の風も、とくに案内や記録の要なく、盆休みを頂こうかとノンビリ構えていたところ、久しぶりに遠藤輝喜さんから渋谷区の状況について、とくにスポーツ行政・体育会活動について興味深い報告をいただきました。いつもの松田さんの町田とびたつ会ニュースと合わせて本号編集、真夏の風をお送りすることに。
 本日8月11日は故郷・久留米大空襲の日。前号にも書いたように、懐かしの故郷が(終戦4日前に)焼失し、苦しい戦後史を強いられた恨みの日。少し調べてみると、久留米・戦争史を記録する活動は弱く(もしそうでなければ教えてほしい)、新しい史実ではありませんが、米軍B29など150機の襲来、市中心部7割(約4500戸)焼失。犠牲者火葬で焼き場はたいへんだったなどなど。いつぞや本欄に少年Bの記憶を書いた通り、やはり生涯忘れない日なのです。
 しかし今年、嬉しいことも。玄関のドアをあけると、ある方より可愛いブーケひとつ。また別の方より新しく本ができた由、お送りします、とのこと。有難うございます。さて、この方々はどなたでしょう?
 断続的に連載中の「杉並研究のあゆみ・追録5−安井館長後・第二のうねり、は(本欄でなく)上掲しました。下(ホームページ)の写真は前号の続き、7年前の8月3日(社会教育研究全国集会全体交流会)、懐かしい面々の1枚。
社全協全国集会・初日・交流集会(20130803、千葉大学)


4176号【2020年 8月6日】
■≪8月、追悼・鎮魂の季節≫
 本日8月6日・原爆忌。広島の画家「四国五郎」のNHK 番組 (再放送)を観ました。五郎はぶんじんより7歳年長。戦後シベリヤ抑留3年、なんとか生き延びて広島に帰着。しかし街は無残。ともに絵を画こうと誓い合った弟「なおと」も原爆死。その後の鎮魂と平和を求めて生きた記録です。漢字は違うのですが、亡弟「直人」と同じ名前でもあり、観るたび「四国五郎」には引き入れられてしまいます。
 原爆とはケタが違いますが、1945年8月、故郷・久留米も激しい米軍の大空襲を受けました。8月は鎮魂の季節。しかし今年は盆参りもままならず。
 突然FBネットを介して、韓国の朴Injong さんから「7年前・今日の記録」(8月3日)「日韓交流20年・日韓セミナー」の写真(2013/8/3、全国集会・会場=千葉大学)が送られてきました。朴Injong氏はもちろん、崔云實、金南宣、梁炳贊など各先生の懐かしい顔。日本側は笹川孝一、長澤成次のお二人や小林も並んでいます。当方アルバムに同じ場面の写真あり、少し人数が多い一枚を掲げました(HP)。コロナの影響、最近は回想写真だけですね。
 本号には先日(7/31)定例会の余韻あり。小田切督剛さんの便り2本、とくに後者「職業教育」は、ぶんじんの粗雑な発言を補っていただきました。そして報告者・内田さんレジメを読んで、寺内藤雄さんより興味深い論点も。有難うございました。
 皆さんご存じの方が多い韓国の魯在化さん「ご挨拶」冒頭に。大学退職後はニューヨークで暮しているそうです。一昨年の公州フォーラムでお会いして以来。あのときも突然の登場でしたが、米国からのメールにも驚きました。山口真理子さんからは映画「ドキュメンタリー沖縄戦」記、映画は久しぶり。各メール長文のため、杉並研究「大きなうねり」はお休みです。
7年前の8月3日・社全協・全国集会(第53回、千葉大学)日韓交流20周年記念集会。


4175号【2020年 8月2日】
■≪
今宵の月は十三夜≫
 八月に入ってようやく梅雨明け、夏の陽ざしがやってきました。初セミも。今宵の月は十三夜。八重山では「月ぬ美しゃ十三日」と歌います。久しぶり戯れ歌。〇梅雨のウツ去れどコロナ居座りてわが夏遠く思い出にのみ。
 7月末日のTOAFAEC研究会(数えて272回目の定例会)、ご参加の皆さん、ご苦労さまでした。当夜はオンライン開催、沖縄・九州からのご参加あり、そして高知・内田さんの報告、議論もいろいろ、賑やかでした。松尾有美さんより早速の研究会記録(また山口香苗さんの「台湾の風」も)有難うございました。当日の詳細な報告レジメ、本号に添付しました。内田報告を軸に松本・川崎から「自治体生涯学習計画」の歩み、加えて東アジア各地からの諸報告が並べば、充実した特集(年報25号)となりましょう。楽しみです。
 オンラインでは、当方パソコンなぜかなじまず、ときどきフリーズ、失礼しました。発言いくつか。東アジア各国の社会教育・生涯学習「法制」における自治体の位置づけの相違、加えて労働・職業にかかわる教育・訓練の(東アジア的な)弱さなどについて。論議では後者に関して、小田切督剛さんが『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』(エイデル研究所、2017)第3章「働く希望を創る平生学習」に留意を!とコメント。貴重なので「風」に当夜発言をご紹介いただけませんか。いま拝受している便りと合わせ、次号へ掲載したいもの。
 さて、杉並公民館史「三つのうねり」について(続き)。安井館長主導の教養講座「歴史の大河は流れ続ける」記録(全100回、1954〜62年)を土台として、第一のうねりは、1973年から始まり1980年代にかけての市民主導「公民館講座」づくり、公民館を存続させる運動、新社会教育センター建設協議会(1985年)等の活発な取り組みがありました。1980年代の杉並公民館は市民(女性)の熱気とエネルギーに包まれ、東京でも他に類を見ない展開。関連資料・記録・文献等を別掲。資料として上に収録しましたのでご覧ください。

4174号【2020年 7月28日】
■≪杉並公民館長としての安井郁≫
 すぐに八月の暦なのに、まだ梅雨前線が居座っています。今日もまだ雨。コロナは再び勢いを盛り返し、東京だけでなく、全国的に油断ならない状況。自粛の生活はさらに続きそう。7月31日夜は私たちの定例研究会、内田純一さん(高知大学)の報告です。本号はその再案内号として急ぎ編集しました。オンライン研究会Zoomの申し込みは本日(7/28)まで。皆さん、ご参加を。
 杉並公民館研究について(続き)。前号で「歴史の大河は流れ続ける」(全4集)のあと「三つの大きなうねり」と書きましたが、その前に、初代公民館長として刮目すべき役割を果たした安井郁について、あと少し書いておきます。公民館史研究のなかでも、今までほとんど触れられたことがないからです。
 安井郁は東京帝国大学法学部教授(国際法学)。戦後の公職追放の動きのなかで1948年に東大を去り(法学部教授会は「適格」審査)、1952年より法政大学教授。現職のまま杉並区は区立図書館長、翌1953年に公民館長へと迎へられます(1959年に名誉館長)。1954年のビキニ環礁・水爆実験被爆をきっかけに原水爆禁止(反対署名)運動を提起。杉並公民館・館長室はあたかも署名運動事務局であったような写真が残されています。1955年・原水爆禁止日本協議会理事長へ(1963年辞任)。この間、杉並公民館では杉並婦人団体協議会が動き、読書会「杉の子会」が拡がり、水準の高い「公民教養講座」(1954〜1962、全100回、最終回テーマ「歴史の大河は流れ続ける」)。毎回、谷川徹三、上原専禄、大内兵衛、宮原誠一など著名人を招き、その講演に併せて安井郁「世界の動き」、レコードコンサートも企画。東京でも類をみない展開でした。
 私たちが杉並公民館に通い始めた頃(1979年〜)、安井先生はすでに入院中。「そのうち社会教育や公民館についても書きたいと申しています」(安井田鶴子さん)と。しかしそれは叶わぬ夢に終わりました。横山・小林編『公民館史資料集成』(1986年)には、安井郁『民衆と平和』(1955年)の中から公民館や「杉の子会」などの関係部分を抄録しています。
安井郁先生・遺影 (安井家書斎)


4173号【2020年 7月25日】
≪杉並公民館研究の歳月≫
 本号は何人もの方から、お問い合わせや相談のメールをいただき、まとめてのご返報として、もっと早くに送信すべきところ、コロナ自粛の妙な後遺症か、のんびりして、気がつけば5日も間隔が空いてしまい、お詫びします。
 杉並研究のことを何回か書くお約束。ホームページにはすでに「歴史の大河は流れ続ける」全4集・目次一覧や、「原水禁運動(安井家)資料研究会」(2005〜2009)記録(風・前々号)を含め、4本のページをアップしていますのでご参照ください。→■http://www.bunjin-k.net/suginamibunken.htm、
 本欄では、そこに書いていないこと、いくつか今後のこととして記憶しておきたいことをメモしておきます。ぶんじんが杉並の公民館・原水禁運動・市民活動に関心を寄せ始めるのは1970年代後半。当時すでに安井郁氏(杉並区立公民館長、法政大学教授、日本原水禁理事長)は、初代原水協理事長を辞任され、病床の傷みを歌っておられる頃か。たとえば、「夏を病む」として「やうやうに長き病の癒えゆくをなほも沈める吾のこころは」(歌集『永劫の断片』1977年)などの切ない歌が遺されています。安井先生は1980年3月没。
 杉並区の公民館施策の動きを憂えて、伊藤明美さんたちが「杉並区立公民館を存続させる会」活動を始めた頃(1979年)、園田(現・平井)教子さんなどを誘って、荻窪の旧杉並公民館に通うことが多くなりました。お連れ合いの安井田鶴子さんとのお付き合いも(写真)。園田教子さんの修士論文は「都市公民館論ー東京都杉並区公民館・安井構想について」(1983年、東京学芸大学)と題する、知る人ぞ知る力作!
 杉並についての研究交流は、次号に書くように、その後三つほどの大きなうねりがありました。杉並研究の本をつくろうと企画を始める頃(2010年前後)まで30年あまりの歳月が経過していたことになります。(つづく)
1980年夏・杉並公民館を存続させる会「歴史の大河は流れ続ける」(第1集)編集会議ー左より 園田(平井)教子、川添れい、
 中央・安井田鶴子、大塚利曾子、伊藤明美、の皆さん(小林ぶ撮影, 敬称略) 



4172号【2020年 7月20日】
■≪「北田耕也先生追悼集」≫

 本号は、杉並公民館史について取り上げる予定で、資料『歴史の大河は流れ続ける』のこと(1980〜1984、全4集)も上掲したのですが、昨年3月に急逝された故北田耕也さんの追悼集(『直指人心』)が届きましたので、杉並へのコメントは次にまわし、あらためて北田さんを偲び、思い出・追悼号について記すことにします。
 と書き始めたところで、入江優子さん(東京学芸大学)より待望の男児ご誕生の朗報、まことにおめでとうございます。何にもまさる慶事。「南の風」としてもめったにないお祝いニュースです、お知らせに感謝! 心は乾杯!
 さて「北田耕也先生追悼集」、多数の方の追悼の思いが寄せられ、400頁に近い大作。編集委員会の皆さま、細部にわたる心くばり、ありがとうございました。一昨日に拝受して終日また終日、ページをめくっていました。あらためて北田さんのお人柄、しみじみと。私は密なおつきあいというよりも、間断をはさんで半世紀をこえる歳月の交流、懐かしいハガキも読み直しています。追悼集から、北田さんはほんとに優しい人、実に筆まめな人だったことを実感しました。いま手紙・ハガキを書かなくなって、とくにそう思いました。
 追悼集26〜27頁の第1回九州教科研大会(1955年)の写真、右端が若き北田さん、同じページの10人目あたりに黒装束の小林もいます。多分、この芝生の集まりで、勝田守一先生が「あの汽笛、たんぼに聞こえるだろう」(秋田・作文の会)の歌を披露され、九州からは「宇目のうたげんか」(大分)が歌われた記憶あり。この場にはお出でにはなりませんが、大会の準備会のような集い(福岡)には太田堯先生が熱っぽく「ロハ台の仲間」を語られた記憶も残っています。小林の追悼文「半世紀をこえる励まし」は、TOAFAECホームページに載せています。
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http://www.bunjin-k.net/2019toafaec.htm

4171号【2020年 7月16日】
■≪杉並の記録・資料・回想など
 今月の最終金曜日、(31日)夜、定例研究会がZoom・オンライン会議として開かれます。報告者・内田純一さん(高知大学)自身による研究会「ご案内」は前号と入れ違いで拝受(上掲)。ありがとうございました。また今年の「やんばる対談」について山城千秋さん(熊本大学)に調整をお願いしていましたが、名護・正敏さんよりコロナ等の「状況から休止せざるを得ない」との判断。残念ですが、止むをえまん。七月「第三日曜日蔓草庵恒例の行事も休止」とのこと、これも含め、来年の楽しみにとっておきましょう。
 本号には、杉並の富澤由子さんより、小林五十鈴さんの訃報が伝えられました。驚きました。実はお住まいが当方と近く、通りすがりにときどきお会いするときがあり、遠くから呼びかけられること再三。あの大きな声が懐かしい。私たちの例会にお出でになったことはありませんが、『杉並の女性史』(ぎょうせい、、2002年)の編集に参加され、また杉並公民館が老朽化のため新社会教育センター移行への「建設協議会」(1985年)に市民公募委員として参加、活発な発言が印象的でした。この委員会がきっかけでお付き合いが始まったのでした。ぶんじんより数歳お若いと記憶していますが、まことに残念無念、ご冥福をお祈りします。富沢さんの「偲ぶ」一文は添付へ。
 かねがね杉並「社会教育を記録する会」(2003年以降〜)、その前の杉並「公民館を存続させる会」(1979年発足〜)、『歴史の大河は流れ続ける』編集(1980〜84年、全4冊)等について、今のうちに書いておきたいことあり、、「五十鈴さん」訃報をきっかけに「南の風」誌上に何回か回想をと思っています。すでにホームページ上に「安井家資料研究会」の歩みに関連して10点余りの拙文・写真を載せています。お暇の折にご覧いただければ幸いです。 →■http://www.bunjin-k.net/suginami06kominkan.htm



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