【南の風2020】 4171号〜4200号  
各号目次・後記(ぶんじん日誌)
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【南の風2020】4171号〜4200号・目次一覧(進行中)

4171号【7月16日】272回研究会案内、やんばる対談休止、 訃報、台湾と八重山の交流、杉並記録・回想など 
4172号【7月20日】
韓国の東アジア平生教育研究会、「首里の馬」、杉並『歴史の大河』、男子誕生、北田追悼集
4173号【7月25日】
熊本大水害、東京研究ー公民館主事の役割 、村を支えるパイナップル、杉並公民館研究の歳月
4174号【7月28日】
韓国・東アジア平生教育研究会町田とびたつ会、名護七曲り、松本より、杉並公民館長・安井郁
4175号【8月 2日】
272回定例会報告、李登輝元総統逝去、の訃報、 旧暦6月祭り季節、杉並公民館うねり、十三夜
4176号【8月  日】


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《昇順》

南の風・各号後記(ぶんじん日誌)

2020年
4176号【2020年 8月 日】





4175号【2020年 8月2日】
■≪
今宵の月は十三夜≫
 八月に入ってようやく梅雨明け、夏の陽ざしがやってきました。初セミも。今宵の月は十三夜。八重山では「月ぬ美しゃ十三日」と歌います。久しぶり戯れ歌。〇梅雨のウツ去れどコロナ居座りてわが夏遠く思い出にのみ。
 7月末日のTOAFAEC研究会(数えて272回目の定例会)、ご参加の皆さん、ご苦労さまでした。当夜はオンライン開催、沖縄・九州からのご参加あり、そして高知・内田さんの報告、議論もいろいろ、賑やかでした。松尾有美さんより早速の研究会記録(また山口香苗さんの「台湾の風」も)有難うございました。当日の詳細な報告レジメ、本号に添付しました。内田報告を軸に松本・川崎から「自治体生涯学習計画」の歩み、加えて東アジア各地からの諸報告が並べば、充実した特集(年報25号)となりましょう。楽しみです。
 オンラインでは、当方パソコンなぜかなじまず、ときどきフリーズ、失礼しました。発言いくつか。東アジア各国の社会教育・生涯学習「法制」における自治体の位置づけの相違、加えて労働・職業にかかわる教育・訓練の(東アジア的な)弱さなどについて。論議では後者に関して、小田切督剛さんが『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』(エイデル研究所、2017)第3章「働く希望を創る平生学習」に留意を!とコメント。貴重なので「風」に当夜発言をご紹介いただけませんか。いま拝受している便りと合わせ、次号へ掲載したいもの。
 さて、杉並公民館史「三つのうねり」について(続き)。安井館長主導の教養講座「歴史の大河は流れ続ける」記録(全100回、1954〜62年)を土台として、第一のうねりは、1973年から始まり1980年代にかけての市民主導「公民館講座」づくり、公民館を存続させる運動、新社会教育センター建設協議会(1985年)等の活発な取り組みがありました。1980年代の杉並公民館は市民(女性)の熱気とエネルギーに包まれ、東京でも他に類を見ない展開。関連資料・記録・文献等を別掲。資料として上に収録しましたのでご覧ください。

4174号【2020年 7月28日】
■≪杉並公民館長としての安井郁≫
 すぐに八月の暦なのに、まだ梅雨前線が居座っています。今日もまだ雨。コロナは再び勢いを盛り返し、東京だけでなく、全国的に油断ならない状況。自粛の生活はさらに続きそう。7月31日夜は私たちの定例研究会、内田純一さん(高知大学)の報告です。本号はその再案内号として急ぎ編集しました。オンライン研究会Zoomの申し込みは本日(7/28)まで。皆さん、ご参加を。
 杉並公民館研究について(続き)。前号で「歴史の大河は流れ続ける」(全4集)のあと「三つの大きなうねり」と書きましたが、その前に、初代公民館長として刮目すべき役割を果たした安井郁について、あと少し書いておきます。公民館史研究のなかでも、今までほとんど触れられたことがないからです。
 安井郁は東京帝国大学法学部教授(国際法学)。戦後の公職追放の動きのなかで1948年に東大を去り(法学部教授会は「適格」審査)、1952年より法政大学教授。現職のまま杉並区は区立図書館長、翌1953年に公民館長へと迎へられます(1959年に名誉館長)。1954年のビキニ環礁・水爆実験被爆をきっかけに原水爆禁止(反対署名)運動を提起。杉並公民館・館長室はあたかも署名運動事務局であったような写真が残されています。1955年・原水爆禁止日本協議会理事長へ(1963年辞任)。この間、杉並公民館では杉並婦人団体協議会が動き、読書会「杉の子会」が拡がり、水準の高い「公民教養講座」(1954〜1962、全100回、最終回テーマ「歴史の大河は流れ続ける」)。毎回、谷川徹三、上原専禄、大内兵衛、宮原誠一など著名人を招き、その講演に併せて安井郁「世界の動き」、レコードコンサートも企画。東京でも類をみない展開でした。
 私たちが杉並公民館に通い始めた頃(1979年〜)、安井先生はすでに入院中。「そのうち社会教育や公民館についても書きたいと申しています」(安井田鶴子さん)と。しかしそれは叶わぬ夢に終わりました。横山・小林編『公民館史資料集成』(1986年)には、安井郁『民衆と平和』(1955年)の中から公民館や「杉の子会」などの関係部分を抄録しています。
安井郁先生・遺影 (安井家書斎)


4173号【2020年 7月25日】
≪杉並公民館研究の歳月≫
 本号は何人もの方から、お問い合わせや相談のメールをいただき、まとめてのご返報として、もっと早くに送信すべきところ、コロナ自粛の妙な後遺症か、のんびりして、気がつけば5日も間隔が空いてしまい、お詫びします。
 杉並研究のことを何回か書くお約束。ホームページにはすでに「歴史の大河は流れ続ける」全4集・目次一覧や、「原水禁運動(安井家)資料研究会」(2005〜2009)記録(風・前々号)を含め、4本のページをアップしていますのでご参照ください。→■http://www.bunjin-k.net/suginamibunken.htm、
 本欄では、そこに書いていないこと、いくつか今後のこととして記憶しておきたいことをメモしておきます。ぶんじんが杉並の公民館・原水禁運動・市民活動に関心を寄せ始めるのは1970年代後半。当時すでに安井郁氏(杉並区立公民館長、法政大学教授、日本原水禁理事長)は、初代原水協理事長を辞任され、病床の傷みを歌っておられる頃か。たとえば、「夏を病む」として「やうやうに長き病の癒えゆくをなほも沈める吾のこころは」(歌集『永劫の断片』1977年)などの切ない歌が遺されています。安井先生は1980年3月没。
 杉並区の公民館施策の動きを憂えて、伊藤明美さんたちが「杉並区立公民館を存続させる会」活動を始めた頃(1979年)、園田(現・平井)教子さんなどを誘って、荻窪の旧杉並公民館に通うことが多くなりました。お連れ合いの安井田鶴子さんとのお付き合いも(写真)。園田教子さんの修士論文は「都市公民館論ー東京都杉並区公民館・安井構想について」(1983年、東京学芸大学)と題する、知る人ぞ知る力作!
 杉並についての研究交流は、次号に書くように、その後三つほどの大きなうねりがありました。杉並研究の本をつくろうと企画を始める頃(2010年前後)まで30年あまりの歳月が経過していたことになります。(つづく)
1980年夏・杉並公民館を存続させる会「歴史の大河は流れ続ける」(第1集)編集会議ー左より 園田(平井)教子、川添れい、
 中央・安井田鶴子、大塚利曾子、伊藤明美、の皆さん(小林ぶ撮影, 敬称略) 



4172号【2020年 7月20日】
■≪「北田耕也先生追悼集」≫

 本号は、杉並公民館史について取り上げる予定で、資料『歴史の大河は流れ続ける』のこと(1980〜1984、全4集)も上掲したのですが、昨年3月に急逝された故北田耕也さんの追悼集(『直指人心』)が届きましたので、杉並へのコメントは次にまわし、あらためて北田さんを偲び、思い出・追悼号について記すことにします。
 と書き始めたところで、入江優子さん(東京学芸大学)より待望の男児ご誕生の朗報、まことにおめでとうございます。何にもまさる慶事。「南の風」としてもめったにないお祝いニュースです、お知らせに感謝! 心は乾杯!
 さて「北田耕也先生追悼集」、多数の方の追悼の思いが寄せられ、400頁に近い大作。編集委員会の皆さま、細部にわたる心くばり、ありがとうございました。一昨日に拝受して終日また終日、ページをめくっていました。あらためて北田さんのお人柄、しみじみと。私は密なおつきあいというよりも、間断をはさんで半世紀をこえる歳月の交流、懐かしいハガキも読み直しています。追悼集から、北田さんはほんとに優しい人、実に筆まめな人だったことを実感しました。いま手紙・ハガキを書かなくなって、とくにそう思いました。
 追悼集26〜27頁の第1回九州教科研大会(1955年)の写真、右端が若き北田さん、同じページの10人目あたりに黒装束の小林もいます。多分、この芝生の集まりで、勝田守一先生が「あの汽笛、たんぼに聞こえるだろう」(秋田・作文の会)の歌を披露され、九州からは「宇目のうたげんか」(大分)が歌われた記憶あり。この場にはお出でにはなりませんが、大会の準備会のような集い(福岡)には太田堯先生が熱っぽく「ロハ台の仲間」を語られた記憶も残っています。小林の追悼文「半世紀をこえる励まし」は、TOAFAECホームページに載せています。
→■
http://www.bunjin-k.net/2019toafaec.htm

4171号【2020年 7月16日】
■≪杉並の記録・資料・回想など
 今月の最終金曜日、(31日)夜、定例研究会がZoom・オンライン会議として開かれます。報告者・内田純一さん(高知大学)自身による研究会「ご案内」は前号と入れ違いで拝受(上掲)。ありがとうございました。また今年の「やんばる対談」について山城千秋さん(熊本大学)に調整をお願いしていましたが、名護・正敏さんよりコロナ等の「状況から休止せざるを得ない」との判断。残念ですが、止むをえまん。七月「第三日曜日蔓草庵恒例の行事も休止」とのこと、これも含め、来年の楽しみにとっておきましょう。
 本号には、杉並の富澤由子さんより、小林五十鈴さんの訃報が伝えられました。驚きました。実はお住まいが当方と近く、通りすがりにときどきお会いするときがあり、遠くから呼びかけられること再三。あの大きな声が懐かしい。私たちの例会にお出でになったことはありませんが、『杉並の女性史』(ぎょうせい、、2002年)の編集に参加され、また杉並公民館が老朽化のため新社会教育センター移行への「建設協議会」(1985年)に市民公募委員として参加、活発な発言が印象的でした。この委員会がきっかけでお付き合いが始まったのでした。ぶんじんより数歳お若いと記憶していますが、まことに残念無念、ご冥福をお祈りします。富沢さんの「偲ぶ」一文は添付へ。
 かねがね杉並「社会教育を記録する会」(2003年以降〜)、その前の杉並「公民館を存続させる会」(1979年発足〜)、『歴史の大河は流れ続ける』編集(1980〜84年、全4冊)等について、今のうちに書いておきたいことあり、、「五十鈴さん」訃報をきっかけに「南の風」誌上に何回か回想をと思っています。すでにホームページ上に「安井家資料研究会」の歩みに関連して10点余りの拙文・写真を載せています。お暇の折にご覧いただければ幸いです。 →■http://www.bunjin-k.net/suginami06kominkan.htm



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