【南の風2014】発行リスト・3351号〜3400号
各号目次一覧・後記(ぶんじん日誌)



*南の風・後記・3101〜3150号→■
*南の風・後記・3151〜3200号→■

*南の風・後記・3201〜3250号→■
*南の風・香気・3251〜3300号→■
*南の風・後記・3301〜3350号→■

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南の風・各号後記(ぶんじん日誌)


3400号【2014年11月11日】
■≪13日・北京・韓民さんと≫
 3400号となりました。恒例 100号おきアドレス帳整理に忙殺されています。長文のご無沙汰・挨拶を寄せてくださる方がある一方、“ナシのつぶて”ならぬ、継続意志“アリ”の数文字だけの返信あり、それでも有り難く拝受。危なさそうな方には、ご丁寧に「風・継続しますか?」の一文を送ったり、「風」終盤の老いの一徹。遺漏があってはならぬ、失礼があってもならじ、と妙に頑張った1週間。こちらはラブレターのつもり、片想い?でときに連日発信、これがMEIWAKU メールと化している「風」は、なんとしても終わりに、と切なる思い。
 ご協力の各位、ありがとうございました。また本号でお別れとなる少数の方々、これまでのご愛顧に感謝申しあげます。
 突然、北京・韓民さんから早朝のメール。「小林先生:私は名古屋で開催するUNESCO のESD 国際会議に参加するため日本に来ています。会議後の13,14日に東京にいくつもりです。13日の何時かお会いできればいいなと思います。お電話番号が手元にありませんので教えて下さい。平素ご無沙汰しており、突然ご連絡して失礼しました。よろしくお願いします。韓民」(Tue, 11 Nov)と。
 韓民さんは、文化大革命後の最初の国費留学生、羅李争(上海)などと一緒に1980年代初頭、東京学芸大学にやってきました。我が家に横山宏・小川利夫のお二人に、はじめて「松花江上」を歌った夜など懐かしく想い出されます。
 いまや政府要人(中国・教育部の領導)とも言うべき存在。「風」はほとんど最初からのメンバー、「東アジア社会教育研究」にも数本の力作があります。11月13日、どの時間帯・場所になるか分かりませんが、この機会にご一緒されたい方(北京に行ってもなかなか会えない)、ぶんじんのケイタイにご連絡ください。案・渋谷西口「ロゴスキー」あたりで夕食できれば何より。韓民さん、ご検討(時間調整)ください。確定したらホームページにも書き入れます。→■ http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/yotei1410.htm

3399号【2014年11月10日】
■≪“Fall of Wall”25周年≫
 前号の11月定例研究会「案内」、原稿を石川敬史さんから送っていただきました。いつもご苦労さま。「東京社会教育史研究フォーラム」としてのお誘い文面でしたから、当方はTOAFAEC 定例研究会「案内」として、冒頭に5〜6行を加筆しました。事後ながらご了承を。上海・華東師範大学一行との約束時間に追われ、読み返す余裕なく急いで配信。脱字もあり、申しわけありません。
 久しぶりに呉遵民さんたち華東師範大学の方々と賑やかな夕食会(8日夜)。呉さんは相変わらずの陽気さ、ご活躍で何よりです。副学長から華東師範大学(ブランド)名入りネクタイを頂戴しました。この夜は、懐かしい王智新さん(日中教育文化振興会、華東師範大学職業教育研究センター)と再会。呉さんと王さんは同年生まれとのこと、ともに文化大革命の厳しい時代(下放など)を経験した世代です。この世代がいま中国の各界を担っているのでしょう。
 9日午後、基礎教育学会(仮)構想懇話会(第3回、東京早稲田)でした。論議はこうして一歩一歩と進んでいくのです。当日の記録や感想などお待ちしています。写真一葉(下掲)は、会が終わって二次会(高田馬場)へ移動するメンバー。会場入り口にて。
 いま深夜(10日未明)のCNNが、ベルリン「壁の崩壊」(Fall of Wall)25周年・記念行事を実況しています。ブランデンブルク門に大ステージ、第九第4楽章が奏でられる中、かって東西を隔てていた壁の跡にそって、光のバルーンが並び連なり(Border of Light、約8000個)、次々に夜の空に解き放たれていきます。壁の崩壊と解放を暗示して印象的。
会議を終えて。前列左端に見城慶和さん、後列左端に関本保孝さん、その右に庄司匠さんほかの皆さん(20141109)


3398号【2014年11月8日】
■≪慢性的な?遅れを克服したい≫
 いま、時代はいろいろなことを求めてきて、皆さん、世代的な違いはあるけれど、それぞれに多忙です。仕事の合間に研究や編集をこなしていくのは、なかなか大変なこと。研究自体が職務とされる大学研究者は別として、社会教育の(いわゆる)現場での頑張りには、頭が下がります。こんなこと、ぶんじんは滅多に言わないこと。いや、お世辞ではありません。
 TOAFAEC のまわりでの研究会・編集会議は、まずまず順調・活発に活動が継続してきました。やはり継続は力なり。それが本づくりにも結実していくこと疑いない。しかし、スケジュール通りには進まない。全体として慢性的な?遅れが重なって・・・11月も初旬を終わろうとしています。
 新しい課題にチャレンジしているわけだから、若干の無理はお互い承知のこと。ここで、ひとふんばり。12月の節目に向けて頑張ろうではないか。そんな連帯感を感じ合ってきた今年10ヶ月の歩みだったような…。
 11月・最終金曜日(28日)夜は、TOAFAECの 定例(第211回)研究会です。今月は東京社会教育史研究フォーラムと合同の会。東京社会教育史「通史」部分をどう書くか。政策・行政史だけでなく、実践・市民運動の視点を加えて論議していこう・・・と。同研究フォーラム事務局から当夜のプログラムご案内が届きました(上掲)。皆さん、ご予定ください。*詳細→■http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/kenkyukai2013.htm
 いま(8日午後)、上海・華東師範大学の副学長・教育学院副院長一行が東京に来ています。呉遵民さん(同教授)も。呉さん執筆の「東アジア社会教育研究」第19号を数冊持って、会いにいきます。

3397号【2014年11月6日】
■≪11月のスケジュール・綱渡り?≫
 11月のスケジュールを「風」や「ホームページ」に書き入れると、今年も早や終盤か・・・と驚いています。日程がいろいろ錯綜して、嬉しい?悲鳴。
 まず11月9日(日)午後予定「第3回・基礎教育学会(仮称)構想懇話会」。→■
 同世話人の添田祥史さん(福岡大学)から「お誘い」再送の依頼。学会づくりの新しいチャレンジが今後どう具体化していくか、いま正念場です。前回懇話会の出席者で決めた日程(11月9日予定)、会場は東京(上掲)、各地からの出席にはご無理もあるかと思いますが、関心ある方々のレスポンスを頂ければ幸いです。
 順序が逆になりましたが、11月7日予定の「韓国生涯学習研究フォーラム」編集会議は、都合により延期となりました。この日までに新しい韓国本の「対談」骨子案を寄せていただくようお願いしていますが、編集会議としての吟味はできなくなりました。しかし「対談」(12月4日予定)準備は進めましょう。
 11月末、最終金曜日の28日夜はTOAFAEC 定例(第211回)研究会、東京社会教育史研究フォーラムと合同開催の、大事な会議です。近く風に「案内」を載せる予定。ところが、翌29日は朝から仙台(東北大学)で「第6回日韓学術交流研究大会」が開かれます。行けるかどうか迷っていたところ、韓国から来日予定の崔一先さん(慶煕大学)は「歌の練習をされて来られるそうなので、先生には是非聴いていただきたい」など、涙の出るようなお誘い(李正連さん)。なんとしても仙台に行かなければならない! 幸いホテルは確保いただいたそうで、有り難うございました。綱渡りのスケジュール、しかし無理をしない範囲で参上するつもりです。

3396号【2014年11月5日】
■≪171年ぶりの奇跡の夜−11月5日≫
 いつぞや八重山の子守歌「月ぬ美(かい)しゃ」について本欄に書いたことがあります(風3365号・9月8日)。今日11月5日の琉球新報コラム「金口木舌」が、今晩の十三夜は「171年ぶり軌跡の夜」という、興味深い一文を載せています。その一部、すこし長くなりますが、ご紹介します。
 「…よそに比べて、八重山は十三夜の月を重んじる文化があるのだろう。名曲「とぅばらーま」にも「月ぬ美しゃ」とほぼ同じ歌詞がある。1947年から続く「とぅばらーま大会」は、旧暦8月の十三夜に催すのが長年の伝統だ。八重山出身の現代の歌い手も「十三夜」を持ち歌とする。新良幸人さんは〈十三夜、月に立ちゅる面影よ〉、池田卓さんは〈まん丸へと満ちていく今宵(こよい)素敵な十三夜〉〈少し欠けても美しい〉と歌う。
 古来、名月といえば年に2回。中秋の名月の十五夜(旧暦8月15日)と、翌月の十三夜(旧暦9月13日)だ。だが、ことしはもう1回チャンスがある。今夜がそうだ。旧暦9月がユンヂチ(うるう月)のため「後(のち)の十三夜」なるものが171年ぶりに出現する。次回は22世紀というから奇跡の一夜だ。
 完成されたものだけではなく、そこに至る過程にも真善美を見いだした先人たち。人生哲学にも通じる価値観に思いをはせながら今夜は月を眺めたい。」
(全文を読む:琉球新報→■http://ryukyushimpo.jp/ →「金口木舌」)
 八重山に敬意を表して、本号「おきなわ短信」(933)は「八重山毎日新聞」社説(沖縄県知事選、早くも中盤戦−上掲)を取り上げました。いま11月15日夜の7時。しかし東京の空は、太平洋上・台風20号の影響か、雲が重くたちこめて、月も星も見えず、残念至極。

3395号【2014年11月3日】
■≪3400号へ向けてアドレス帳整理≫
 「南の風」は、あと5号で3400号となります。創刊以来これまで、1年200号余のリズムで吹いてきましたので、ほぼ17年の歳月。本来は3000号(つまり2年前)を期して休刊の心づもり、風・発行の苦業から解放される予定でしたが、故伊藤長和さん(当時・中国烟台で勤務中)等の強い継続要請にたじろいで「あとしばらくは…」と思い直した経過あり。あれから400 号を出したことになります。伊藤さん本人は、今年2月に姿を消してしまわれましたが、あの「大きな声」はまだ脳裡から離れず。いまなお、ときに天から響いてくる叱咤激励の幽かなメッセージ。当方は神妙に“はい、いましばらくは続けます”などと、天に向かって返事をしている気分です。
 最近の風は、誤字脱字の類、変換ミスなど数知れず・・・しかし、恥をしのんで、少しは皆様のお役に立つこともあろうかと、気を取り直して恒例 100号おき配信アドレス帳整理をいたします。この100 号(ほぼ半年)の間に1通もご返報・ご来信のなかった皆様にはお引き取り願う慣わしです。その怖れ?をご自覚の各位には、3400号(1週間ほど先)までに「風・継続希望」の、そちらからの風をお寄せくださるようお願いいたします。
 新しくご参加の方もいらっしゃいますので、あえて繰り返しますと、風は双方向に吹き合う原則、おたがいに顔が見える、共同のマウルのような風ネットを楽しく持続させていこうという思いからです。これまでのアドレス帳整理がみずみずしい新陳代謝の機会となってきました。ご協力、よろしくお願いします。なお「風」配信無用の方もご一報いただければ幸いです。
 前号で忘れていた「第6回・日韓学術交流研究大会(11月29日〜12月1日、東北大学)」のポスター(金ボラムさん作成)と、全国夜間中学校研究会・須田登美雄さん(東京・足立四中)より送られた「読売新聞11.1夕刊トップで夜間中学拡充報道」の2点を添付しました。

3394号【2014年11月1日】
■≪沖縄県知事選−歴史的な分岐点を≫
 これからの沖縄社会・基地問題の行方を「大きく左右する」「沖縄の将来像をも決定付ける歴史的な分岐点」(琉球新報社説、10月30日)…沖縄県知事選が告示されました(上掲・沖縄タイムス記事)。これまでも全国的に注目されてきた沖縄の知事選。今回はとくに、最大の争点である米軍普天間飛行場の辺野古移設問題をめぐって、どんな結果になるのか。固唾をのんで、沖縄の動きを見守っています。
 沖縄に出かけて、名護・島袋正敏さんにでもくっついて、歩きまわってみたいところですが、いま介護など外泊がままならず、東京に座りこんで、いくつか沖縄に電話したり・・・、知事選をめぐる動きを聞きながら日を過ごしました。せめて電話で応援したい思い。新しい基地を絶対に許してはならない!
 先に「風」3389号で紹介された夜間中学に関するテレビ番組(NHK総合、関西版)「学びたい、変わりたい、夜間中学生はいま」DVD 録画を、大前哲彦さんから送って頂きました。ありがとうございました。25分の短い番組に丁寧な取材。場面がすすんで、見城慶和さんも登場され、なにか、映画「こんばんは」のテレビ版の趣きでした。
 川崎の大下勝巳さんからは、今年7月に開かれた「おやじの会・いたか」30周年の集い・記録誌を頂きました。「いたかの会」プロフィールや30年の歩みなど拝見、興味深い。入院される直前の故伊藤長和さんのスピーチ「東アジアに拡がる可能性」そして写真も。昨年「七夕の会」の翌日の記録です。
 李正連さんから、「10月31日になると韓国人の誰もが思い出す歌−『忘れられた季節』」(上掲)YouTube を紹介頂きました。秋の夜、いい歌を聞きました。→■https://www.youtube.com/watch?v=CbTW-5-G3UM

3393号【2014年10月29日】
■≪祝!岡山「公民館の風」200号≫
 内田光俊さんの「公民館の風」200号(通算832号、10月28日)が発行されました。おめでとうございます。その後記には次の通り。小林のあと「…はぎわらちかこさんが 110号、佐藤進さんが97号、内田純一さんが30号を発行されたあとを引き継いで、2010年11月6日に第1号を発行して以来、4年かけてようやく200号を数えるに至りました。…略… 本当は、公民館-CLC国際会議を開催したことをお知らせする号で200号にしたいと思っていたのでしたが…。」
 この4年、とくにここ1年、まことにご苦労さまでした。大きな国際会議と出会って、「公民館の風」は新しい相貌。大きな役割を果されて、これまでにないイメージの「風」となりましたね。これからがまた楽しみ。
 小林「公民館の風」創刊(1999年9月)は、公民館制度創設50年の学会特別年報などが出た年。半世紀の蓄積を誇り、統計的に公民館数などトップ水準にあった時期です。しかしその後は、平成大合併や民間委託の動き等のなかで公民館は下降・退潮を強いられた15年。その危機感のなかで日本公民館学会も登場し、呼応して「公民館の風」がリレーのかたちで吹き続けてきたのでした。
→■http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/kouminkankaze2.htm
 今回の「ESD 推進・公民館-CLC国際会議」が成功した意義は大きいものがあると思います。それだけに岡山から吹く「公民館の風」への新しい期待。しかし無理をされずに、“持続的”に風が吹きつづけることを期待しています。
 構想中の「基礎教育学会」(仮)新学会名称について、庄司匠さん(夜間中学校と教育を語る会)から意欲的な提案(上掲)。ご関心の皆様でご意見など寄せていただければ幸いです。11月9日(日)の集い(風3369号)に向けて,是非いい論議を重ねていきたいものです。

3392号【2014年10月28日】
■≪ハッピーバースデー!≫
 岡山で開かれた「ESD 推進のための公民館.CLC 国際会議」(10月9日〜11日)、成果文書のまとめ責任者の大役を果たした末本誠さん(神戸大学)より、「岡山コミットメント2014」を送っていただきました(添付)。最終のとりまとめの日「10月11日は、私の65回目の誕生日。成果文書が採択された壇上にいた私を、会場の参加者の皆さんがハッピーバースデーの合唱で、祝ってくれました。これ以上の幸せはないと感じる一瞬でした。」(上掲)
 最近の「南の風」には、訃報が続いていましたが、国際会議で誕生日のお祝い大合唱とは、まさに快事!というべき。故伊藤長和さんが存命であれば、今年「風の10大ニュース」の第1にカウントしたに違いありません。大役ご苦労さま。六十路の坂のド真ん中で、お目出度いことでした。
 岡山・内田光俊さんからも、最近活発な「公民館の風」で「岡山コミットメント」2点を頂きました。送付の10月24日発行「風」は199号(通算831号)。とすれば、次号は 200号となりますね。これまで数人の方が「公民館の風」をリレーしてきたかたちですが、200 本を出し人はなく、次号が届いたらお祝いの一文を書くことにしましょう。これも慶事というべきこと。
 ここ数日の沖縄の新聞では、名護・辺野古のキャンプ・シュワブ内の工事予定地に埋蔵文化財があり、「沖縄県教育庁、防衛局に勧告 名護教委と文化財で協議促す」(上掲)記事が目をひきました。集落遺跡など5ヵ所があるらしい。春の「やんばる対談」に出席した名護市教育委員会・文化財担当の皆さんの仕事が注目を集めることになりますね。

3391号【2014年10月26日】
■≪賑やかに合評を≫
 南の風としては珍しく寄稿がなく、本号に余白ができましたので、久しぶりに年報(TOAFAEC)『東アジア社会教育研究』第19号(9月18日発行・B5版 280頁)の目次一覧を載せました。かって「風」は年報編集委員会の記事であふれていたものです。方針・投稿要領等だけでなく、特集をどう組むか、中国・韓国・台湾や沖縄からの投稿をどう求めるか、自由投稿の論議など、時期になると年報編集のための「風」のようなものでした。
 いまは編集委員会として別のMLがあり、細かなことは編集事務局で対応していける? なによりこれまでの蓄積(1996年創刊)がある。「風」には編集委員会開催や刊行お祝いの会(研究会)「案内」記事を載せる程度。加えて維持会員関連もありましたね。まぁ、年報発行が落ち漬いてきたというべきか。
 しかし落ち着き過ぎてはならない、世界で類書のない独自の出版企画!もっとわいわい論議しながら進めたい。せっかく完成した年報、注目論文や座談会など「風」誌上で話題にしていきたい。忌憚のないクリテイークも次のステップにつながります。執筆者からのコメントもいただいて・・・賑やかに合評を。
 12月の定例研究会は、新19号の合評会(+忘年会)となる予定えす。ご予定ください。年報編集委員会の活動・記録についてHPに別サイトが開かれています。
→■
http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/11gou.htm 
 ところで10月24日(金)夜は、TOAFAEC第210回の定例研究会でした。2年半にわたって韓国(公州大学)留学に挑んだ瀬川理恵さん(横浜市教育委員会)の帰国報告会、興味深いお話でした。当夜の記録、どなたか「風」に寄せてください。まず瀬川さんの写真のみ掲げました。ご了承を。
TOAFAEC第210回定例研究会・瀬川理恵さん(高井戸、20141024)


3390号【2014年10月23日】
■≪訃報あり≫

 なぜか最近、ぶんじんとの関わりで訃報が続きます。南の風メンバーではありませんが、安藤延男さん(九州大学名誉教授、元福岡県立大学長、85才)が亡くなられました。10月20日未明とのこと。森山沾一さんからの報せ。西日本新聞(23日)記事では「老衰のため」とあり、あれほど闊達に活躍してきた人が「まさか?」と目を疑いました。追悼の思いをこめて、いくつか「二人史」を書くことにします。
 大学では1年上の先輩、心理学専攻。当方とは研究室が違いましたが、お互いに気の合うところがありました。「第九」の感動を語る目の輝きを印象的に憶えています。大学卒業後、安藤さんの新婚ホームは、久留米の自宅からすぐ近く、よく遊びに行ったものです。豚肉のカレーライスがお得意の家庭料理でした。ぶんじんが久留米市教育研究所に勤務した時期(1954年、1年後に大学院に戻った)、ほとんど二人の発意で、「教育科学研究会」(本屋の2階で雑誌『教育』を読む会)をスタートさせた思い出。安藤さんはとくに「日本作文の会」「生活綴方運動」に熱心だった一時期もありました。この頃の熱気を伝える資料を探し出し、二人で当時を語り合う機会を楽しみにしていたところでした。
 福岡女学院の教師生活が案外とながく、安藤さんが大学院に戻る経過いろいろ。その後は九大に職を得て「教育と医学の会」編集にも。1960年代の同誌に5〜6本のぶんじん論文が載っているのは、ずべて安藤さんの配慮によるもの。
 話は一気に1990年代へ。安藤さんは九大教授を経て「福岡県社会保育短期大学」学長へ。ある日、短大から「四年制大学」へ移行させる「準備委員会」への参加要請。当時の福岡県知事・奥田八二さん(革新系知事、元九大教授)の辞令が出て、ぶんじんは新しい県立大学づくりに加わりました。東京学芸大学退職後は、油山に住んで、安藤さんと一緒に仕事をする予定でしたが・・・。

3389号【2014年10月21日】
■≪秋もたけなわ≫
 「酣(たけなわ)」という言葉は、物事の一番の盛り、真っ最中、を意味するとありますが、同時に、少し盛りを過ぎたさま、そんなニュアンスも含んでいるようです。たとえば、ご存知の台詞「宴もたけなわ」など。当方は、いま「齢(よわい)たけなわ」か。
 季節としては、まさに秋もたけなわ・・・。そして「南の風」には、学会や研究会等の案内・報告が引き続いて、ご同慶のいたり。こちらはまさに「物事の一番の盛り」の状況でしょうか。
 本号には、六月集会の折に第1回を開いた「基礎教育学会」(仮)構想・懇話会の第3回「お誘い」が届きました。日時:11月9日(日)午後、前回ご報告のなかで、すでに日時は記した経過がありますが、ご関心ある方々、お誘い合わせの上、ご参集いただければ幸いです(場所:東京・早稲田、上掲)。
 この間の経過や関連資料については、TOAFAEC ホームページにサイトを開いています。枯れ木も山のにぎわい・ぶんじんの涙ぐましい手づくり作品です。
→■
http://www010.upp.so-net.ne.jp/mayu-k/basicedu.htm
 そろそろ若い世代で、「基礎教育学会」(仮)構想・懇話会の新しいサイトを華々しくオープンしてほしい。当方すでに目はしょぼしょぼ、若い世代への強い期待です。
 今週の金曜日は、久しぶりに高井戸でのTOAFAEC 定例研究会(第210回)。6月の定例会以降、7月は永福、8月は夏休み、9月は福井での企画でしたから、高井戸(とくに「イーストビレッジ」)にはご無沙汰が続きました。当夜のプログラムは、韓国・公州に留学していた瀬川理恵さん(横浜市教育委員会)の帰国お祝いの会。韓国研究フォーラムの皆さんも賑々しくご参集ください。
→■http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/kenkyukai2013.htm

3388号【2014年10月19日】
■≪東京社会教育史・編さん2年の歩み≫

 一昨日(17日・金)は、東京社会教育史研究フォーラム(第18回)研究会でした。2012年9月のTOAFAEC定例研究会で「東京の社会教育の歩み・再発見」をテーマに掲げてスタート。ちょうど丸2年が経過したことになります。この間、研究会(拡大編集会議)に加えて、14回の事務局会議が開かれてきましたから、合計32回の集い。まずまず着実・活発な研究・編集活動といえましょうか。事務局は30〜40代の若い?世代が中心、職場でも多忙な毎日の皆さんが頑張ってきました。
 南の風でも折々に関連記事を掲載し、心ある方々から関心も寄せて頂き、有り難うございます。まだいくつかの峠を越えなければなりませんが、出版に向けて大きな見通しはついたように思います。予定・スケジュールからは少し遅れながらも、すでに原稿も集まりつつあり、これから1年ほどの苦しい編集・リライト作業、そして完成に向けての喜びへの道を楽しむことになります。
 この種の歴史編纂作業は、ほんらい東京都教育委員会がしっかり体制を組んで取り組むべきこと。しかし現実にその実現性が見えない以上、歴史を綴る課題に気づいたものがやるほかありません。研究会では、言い知れぬ連帯感に結ばれて(疲労感とともに)充実感を味わうひととき。
 今回の報告者はワーカーズコープ(協同総合研究所)の上平泰博さん。二次会を含めて、元気な「上平節」を久しぶりに聞きました。ご苦労さまでした。岩本陽児さんからは詳細な速記の記録。「昨晩のメモをお送りします。必要な皆さまに転送していただけないでしょうか?」(Sat, 18 Oct 2014 11:50)。ます事務局メンバーにお送りました。通覧して発言者の名前など補正、「ぶ」の煩瑣な発言をすこし整理しました。岩本速記録、もしご希望の方あれば、ご一報ください。また当夜、上平さんからは年報「東アジア」第19号へのカンパを頂戴しました。有り難く・・・お預かりしています。

3387号【2014年10月17日】
■≪岡山コミットメント・2014≫
 岡山で開かれた「ESD 推進のための公民館.CLC 国際会議 〜地域で学び、共につくる持続可能な社会〜」(10月9〜11日)。上掲・岩本さんメールには、会議初日の速記録が付されていました。「2014年10月9日公民館CLC国際会議初日@岡山市コンベンションセンター 岩本メモ」。通覧して、会議の概要・流れ、題がよく分かって、興味深いものでした。ご関心ある方は、岩本さんに直接ご連絡ください。
 岩本メモ冒頭の一節。「司会:大安喜一さんありがとうございました。最後には、成果文書・岡山コミットメント2014、を公表します。そのとりまとめ責任者は末本先生。」「・・・神戸大学の末本と申します。この会議は、日本でいう社会教育の立場からまとめようという点で、唯一の集まりと言って良いと思います。公民館の役割をESD から確認する。世界に向けて、積極的に主張していくための文書です。皆さんの意見がなるべく反映されるような工夫をしていきたい。一緒に文書作成に参加してください。」
 2014年10月12日・朝日記事(西江拓矢)。「…国際会議は11日、岡山コンベンションセンターで成果文書:岡山コミットメント(約束)2014、を採択し閉会した。この文書は11月に名古屋市で開かれるESDユネスコ世界会議に提出される。会議には、アジアを中心に約30カ国の公民館やCLC関係者、市民団体、研究者ら約 700人が参加した。成果文書は参加者の約束として、効率的で機能的な公民館―CLCを作ること▽平和な社会構築に向けた紛争解決のスキルを身につけるための学びの機会を作ること▽課題解決に向けた公民館―CLCの活動の支援を政府や企業、国際機関へ働きかけること――などと記している。(以下・略)」

3386号【2014年10月15日】
■≪風の騒動、ウェッブサイトにみる夜間中学をめぐる動き≫
 13日夜、嵐の前の静けさのなか、大前哲彦さんから福井の写真を送っていただきましたが、台風一過、14日朝も「台風が過ぎ去った後の静けさ」の挨拶つきで、再度どっさり写真が届けられました(上掲)。皆さん、いい表情、あらためて福井の夜の楽しさを思い起こしました。ありがとうございました。
 前号(3385号)に、大前さんからの写真のうち1枚を添付しました。しかし、ここからいくつか騒動あり。まず、ふだん風はあまり添付をつけないので(一部の方に)うっかり写真添付忘れ。あわてて写真だけ追送。さらに別の方々には、なんと1号前3384号に誤って添付配信。しまった!「今のは誤送!」とお詫びの風を再送する始末。嵐のなか手酌で少し酔っていたのが騒ぎのもとか。すべての方に間違いなく添付つき3385号が配信できたのは深夜1時を大きくまわった頃。台風伴奏つき「風」騒動のひとこまでした。(洩れあればご一報を)
 さて、地方教育行政(教育委員会制度)の改変や、社会教育・生涯学習政策の空白が憂慮される中、現政権下で「夜間中学」については積極的な動き(すべての都道府県に一校設置、夜間中学の法的基礎を用意する議員立法への動きなど)が注目されます。この間、数回にわたり、関本保孝さん(東京)は精力的に各ウェッブサイト情報を洗い出して「風」に送って頂いたことはご承知の通り。風への掲載(3381号・夜間中学等議員立法@、3384号・同A)と同時に「基礎教育学会(仮)懇話会」にも収録させていただきました。またあわせて手元にあった全国夜間中学校研究大会(2008年)全体会での関本さんの勇姿も。
 →■ http://www010.upp.so-net.ne.jp/mayu-k/basicedu.htm
 そろそろ次回・懇話会(第3回、11月9日予定)「ご案内」も風に送っていただきたいものです。

3385号【2014年10月14日】
■≪名護・蔓草庵の浸水≫
 いま猛烈な台風・19号が日本列島を縦断中(13日夜)。南から北へ、列島を切り裂くような迫力。航空便の運行中止、地上では公共交通の軒並み運休、学校の休校騒ぎ、工場の操業中止を含めて、大きな影響が報じられています。沖縄本島、奄美、九州へ上陸して高知、和歌山、岐阜などなど、南の風メンバーを一人ずつ訪問するような丁寧な足取り。岡山の国際会議に集まった皆さんは無事に帰国・帰宅できたかしら。人騒がせな台風です。
 沖縄・名護からは、島袋正敏さん「蔓草庵」(名護市底仁屋)「床上浸水」のニュース。「…強い風と雨。こちらはサトウキビやタンカンなど農作物の被害が心配です」。蔓草庵では「…サガリバナは3本が、そして島バナナ7本へし折られ…」(上掲)とのこと。横の小川(清流、季節にはホタルが舞う)があふれたのでしょうか。お見舞い申しあげます。琉球古酒、大きなカメたちは動かないでしょうが、秘蔵の泡盛ビンは大丈夫でしたか? カメ・ビンだけではなく、床上に面白い資料や「ものづくり」の作品もあったような…。庭の鶏たちは?など、思い出して心配しています。
 夜間中学関係の新しい資料を「風」にたくさん送っていただく関本保孝さん(東京・えんぴつの会)、「埼玉・川口自主夜間中学29周年集会ご案内」を載せる時機を逸していました。あえて記録として本号に収録、お許し下さい。大前哲彦さんからは福井(日本社会教育学会)の夜の楽しい写真が届きました。そのなかの1枚を添付します。ヒューヒューと風が騒いでいます。この夜、被害のないことを祈りつつ。

3384号【2014年10月12日】
■≪沖縄研究から東アジアへ≫

 猛烈な台風19号が沖縄本島を直撃、その後は北上、東に転じて日本列島を総なめにする勢い。皆さん、ご用心を。沖縄の被害は如何だったでしょうか。
 今年の社会教育学会に前後して、数人の方が新しく「南の風」に参加されまましたので、あらためて「沖縄」からTOAFAEC の「東アジア」研究への流れを“自己紹介”します。全般的な経過については、私たちのWEB サイトをご覧下さい。→■ http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/toafaec.htm
 9月に発行した年報『東アジア社会教育研究』第19号(B5版280頁)、皆さんのお手元に届いたでしょうか。このタイトルによる研究誌は、東アジア唯一のもの。もともと1980年代に刊行した『沖縄社会教育史料』(全7冊、東京学芸大学社会教育研究室)を前身として、その後、沖縄に東アジアの視点を加えて1996年に創刊されました。この19年間、よくぞ続いてきたものです。
 有志のカンパによる出版活動。2003年からは「維持会員」制(25人前後+1団体)をとり、約300 部を印刷。上掲・事務局コーナー(山口)のように順調に経過、バックナンバーのセット販売もしています(創刊号と第3号は欠号)。→■ http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/1-10kenkyu.htm 
 編集委員会メンバーは、苦労してつくる1冊ですから愛着があり、販売活動にも力が入ります。しかし、この種の販売は、無理強いして売ることはしない。本の実質的な活用につながらないからです。むしろ関心ある方々を少しずつ拡げてきた歩み。利潤は出ませんが、「沖縄」から「東アジア」への視野とその輪は着実に拡がってきています。
 毎号ともに、中国、韓国、台湾そして沖縄からの論文・報告・座談会等を必ず入れる編集に努めます。それらをつなげて「東アジア」研究ネッを創り出そうという試み。その夢は・・まだ現実のものになっていない?ようですが。

3383号【2014年10月10日】
■≪岡山の国際会議≫
 久しぶりに上海・華東師範大学の呉遵民さんから便りあり(上掲)、11月初旬に来日の予定。しかし東京はわずか一夜だけ、都合をつけてお会いしたいと思います。昨年の新年会以来のこと、再会が楽しみです。
 今日(9日)から岡山で「ESD推進のための公民館−CLC国際会議」が盛大に始まったそうです。岡山・内田光俊さん発行「公民館の風」にニュース満載のため、「南の風」では何も掲載しませんでしたが、初日の参加者が「29か国、550 名」とのこと。驚きました。日本の公民館史上でも画期的な国際会議。文科省・岡山市・実行委員会の主催、ユネスコ共催、ACCUや日本公民館学会・社会教育学会の協力など豪華版。
 →■ http://kominkan-clc.jp
 プログラムによれば、大安喜一さん(ユネスコ・ダッカ事務所、第19号への寄稿)「趣旨説明」、末本誠さん(神戸大学、TOAFAEC 代表)の基調講演、冒頭の事例報告に東京・板橋区のNPO 「市民活動学習センタ推進センターいたばし」、分科会では国立市公民館・井口啓太郎さんたちの「たまり場」報告など。TOAFAEC や「南の風」に関わりある人が少なくありません。
 ぶんじんも参加要請を受けましたが、先日の福井・学会の直後、老々介護の身としては、留守中の体制をとる必要もあって、失礼することになりました。
 昨夜、岩本陽児さんから来たメール(8 Oct 2014 23:52)。「のぞみ号で夜10時過ぎに岡山入りしました。とうに皆既月食を終えたお月さまは中天高く白く輝いていましたが、駅西口のお宿の真正面のビルに不思議な色模様あり、ESDと読めました。こんなに大きなESDを見たのは初めて、写真を添付。山陽新聞も会議の予告記事。あすから4日間、よい会議になりますように。」

3382号【2014年10月8日】
■≪訃報あり、往復書簡≫

 南の風は、毎号いくつかのグループに分けて送信していますが、めずらしく添付したファイル(福井大学・TOAFAEC 年報販売コーナー・写真)が一部の方々に漏れていたようです。ご請求があれば追送しますのでご一報を。
 訃報あり。名古屋の高橋正教さんから。「小川利夫先生未亡人壽子様がご逝去なさいました。− 昨日壽子様が亡くなられたと長男の耕平さんから本日電話で連絡がありました。小川先生を支えられてご苦労が絶えなかったことと思いますが、心からご冥福をお祈りいたします。」(07 Oct 2014 21:23)
 小川利夫さんの晩年、全国集会や学会などに、横に付き添って同道されていた在りし日のお姿を想い出します。高橋さんからは、8月の山中湖・全国集会の折などに心配気に「何か知りませんが?」と聞かれたことあり、やはりお具合が悪かったのですね。付き添われているときの静かな笑みが忘れられません。
 この訃報メールを頂いたとき、たまたま『浪江虔・八重子往復書簡』(ポット出版、2014年)を読んでいました。浪江虔さんは戦時下、治安維持法で検挙され2度にわたり投獄された方。獄中からの夫妻往復書簡が本になったものです。浪江さんとは旧自治労(全国自治研)助言者などご一緒した仲。短い追悼も書いています(HP-追悼U21--2)。私たちの先達の苦節の時代、そのなかでの頑健な生き方をあらためて偲んだ夜となりました。→■ http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/archives.htm
 日本・韓国の社会教育・平生教育両学会の共催「日韓学術交流研究大会」が今年(第6回)は仙台(11月29日〜12月1日)で開かれるとのこと。ご案内は李正連さんから早めに頂いていたのに、風への掲載が遅くなり失礼しました。学会員でなくても参加できる(と思います)ので、関心ある方ぜひご予定ください。

3381号【2014年10月6日】
■≪台風一過、南の風は吹く≫
 大型で強い台風18号、一部に大荒れ、被害が報じられていますが、東京・杉並ではたいしたことなく、今日(6日)午前、足早に通り過ぎていきました。お騒がわせの暴力娘。午後は秋晴れ、まさに台風一過です。車椅子を押しながら、思わぬ買い物・散歩のひととき。皆さんのまわりに被害はありませんでしたか。
 台風のなか届いた(普段は載せない内部の)メール、いくつかご紹介します。上平泰博さん(ワーカーズコープ)、17日予定の東京社会教育史研究会案内(風・前号)を受けて、「…台風が私の明日までの予定をキャンセルさせ、かろうじて時間をくれているよう、なんとか書く時間をもらっています。この明日までの時間がわたしの報告のためのラストチャンスです。」(5 Oct 2014 16:00)
 山添路子さん(エイデル研究所)、「東京社会教育史編集委員の皆様へ『環境・自然・農のある地域づくり』の原稿が入稿されましたので転送させていただきます。郵送にてお送りいただいた図表(2点)についてもPDFにて一緒にお送りさせていただきます。…」(Mon, 6 Oct 2014 15:59)
 小田切督剛さん(韓国研究フォーラム、川崎市)から。「福井での学会、おつかれさまでした。さて、既に各自担当する原稿の翻訳を開始していると思いますが、次回(11/7)は夜間で時間が短いため、各原稿を確認したうえで、討論に臨みたいと思います。1週間前の10/31までに翻訳を終えて、メンバーにメールでお送りいただければと思いますが…。」(Mon, 6 Oct 2014 12:26)
 そして山口真理子さんの福井学会・年報19号販売コーナーの奮闘記(縮刷版、上掲)。皆さん、ご苦労さまです。19号発行にともない、HP記載を追加する必要があります。セット(バックナンバー)販売の価格についてご指示を。江頭晃子さん、19号「目次」データを送ってください。一覧に加えます。
日本社会教育学会(福井大学)研究大会・TOAFAEC年報第19号販売コーナー(山口真理子、20140926)


3380号【2014年10月5日】
■≪これこそ研究会!≫
 山口真理子さんから届いた福井学会報告は、年報19号販売コーナーについて長文の記録。本号には、それに付された定例研究会(学会初日夜、第209 回)の報告をまず載せました(上掲)。年報販売状況−まずまずの成果!レポートは後日にまわします。お許しください。
 維持会員はじめ皆さんのお手元に年報19号が届き、ようやくページをめくっておられる頃か。今号の特集テーマは「東アジアにおける大都市社会教育の躍動」。ソウルを中心に巻頭座談会。加えて上海、台北からの報告がならび、「特集への問題提起」は内田純一さんの担当、意欲作です。
 このテーマを、日本の「大都市社会教育研究と交流の集い」(9月29日)に結びつけられなかったのが心残りです。慌ただしく発言もしたのですが、宙を切りました。日本「大都市」の皆さんには、むしろ突飛な発言に聞こえたようでした。実は内田さんには「大都市・集い」にソウルの動きを含め「問題提起」してほしいと期待したのですが、日程的に無理?とのこと。
 そんな経過もあって、内田さんから研究会当夜「拙文をもとに19号の合評をしてみたい」意向が寄せられたのでしょう。しかし新年報が出たばかりの日、まだ読んでいない皆さんに「合評」は無理との判断。ひたすら刊行祝いの乾杯!となった次第です。当夜は心通わせての語りあい、お互いに元気を交流しあったひととき。これこそ研究会の原点というべき・…。定例会としてカウント!
 ところで、風の前々号と前号は、yahoo にトラブルがあったらしく、6〜7本が戻ってきました。半日おいて再送しましたが、2本がやはり届かなかったようです。お手元の「風」にもし欠号があれば(とくにアドレス<yahoo> 関係)ご遠慮なく一報ください。折り返し再送します。

3379号【2014年10月3日】
■≪東京社会教育・史料センターへの夢≫
 東京「社会教育史」編纂の作業が順調に(やや遅れながら)進行しています。すでに分担執筆の原稿が版元・エイデル研究所に続々?と届き始めました。これからが楽しみ。執筆に併行して編集会議(研究会)・事務局会議がさらにいちだんと盛り上がれば、きっといい本に結実していくことでしょう
 最終的には40人をこえる執筆陣、それぞれの分担執筆のテーマにしたがって、多彩な史料渉猟・資料収集の努力が重ねられている・・・と推測されます。散逸・風化していく運命に悲しんでいた資料たちも、この機会に再び日の目をあび、心ある人の手に拾い出されて、記録し記憶される舞台に立つ、生き生きと復権する喜びを味わう、ことになるのです。それが歴史を綴ること、その資料たちが歴史のきらめきを再現してくれるはず、と思っています。
 この機会に、あらためて首都・東京の社会教育史、文化運動史を含めた「史料センター」をどこかに造れないものか。今回の東京「あゆみ」本の製作の過程で集められた史資料を(散逸させないで)収蔵していく夢をえがけないものか。まずは書架1本、せまい部屋ひとつでもあればいい。そこから歴史を探り、未来を語る作業を持続させていきたいものだと・・・。
 いつぞや本欄に書いたように、東京はいろんな資料があふれていた(そういう時代がありました)。そこで、小林所蔵の東京資料は福岡・油山の書庫に運び入れた経過があります。今年に入ってダンボール3箱分を逆送、いま「風の部屋」に置いています。油山では「大都市の社会教育」研究の集い(今年で37年)で収集されてきた各都市資料も棄てがたい蓄積。しかし、流れる瓢箪のように・・・「行く先ゃ知らねど」(越中おわら節)、気になるもんだよ♪ 

3378号【2014年10月1日】
■≪福井お礼、研究会記録・案内を≫
 福井の学会ご参加の皆さん、お疲れさまでした。4日ほど家を離れて、ドスンとした疲労感、年令は争えません。今年はとくにTOAFAEC 定例研究会を初めて東京を離れて開くことになりました。会の後半には、学会理事会の皆さんも駆けつけていただき、楽しく賑やかな会。会場設営などご配慮いただいた福井の松井章江さん、井上満江さん、にあらためて御礼申しあげます。
 東京側の調整役、そして学会々場では年報「第19号」販売コーナーに終始つめていただいた山口真理子さん(東京⇔福井・深夜バス)、ご苦労さまでした。
 韓国・公州大学(いま和歌山大学)のヤンビョンチャンさんが、初日定例研究会から参加いただき、さらに学会終了後の「第37回・大都市社会教育研究と交流の集い」懇親会にも出席されました。山口さんからの連絡では、TOAFAEC 「維持会員」となるご意向も。感謝!です。しかし、ご負担をかけるのは恐縮です。ご持参の「安東焼酎」、福井の地酒をも凌駕する美酒、カンサハミダ!
 山本健慈・和歌山大学長から励ましのメールをいただきました(上掲)。学会での発言でも紹介された毎日記事(9月23日)、添付させていただきます。
 さて、いま「風」は、あまり催促をしない主義ですが・・・、関係・研究フォーラムの皆様へ、あえて一言。9月の各研究会からの「報告」を待っています。韓国研究フォーラム(13日)、東京社会教育史研究会(19日)、そして福井の定例研究会(26日、第209回)についても、どなたか記録をお願いします。
 ついでに開店休業状態となっている中国研究フオーラム、そろそろ再生の時期!期待大!です。第19号所収の中国関連論文・資料を読み合うかたちで日程案など如何でしょうか。ご案内をお待ちしています。

3377号【2014年9月29日】
■≪福井への旅−夜の河あの日の顔が浮かび来る≫
 前号の続き。学会2日目は懇親会でした。初めての出会いもあれば、40年ぶりの再会もあり、話題たくさんで書ききれません。ようやくホテルに戻って、ひとり夜の「片町」(繁華街)散歩へ。寿司をつまみたくなったのです。魚が美味しい福井のこと、きっといい寿司屋があるはずだと。
 案外とカンがきいて、初めての街でも、いい寿司屋を見つける特技をもっていると褒める人がいるくらい。しかし片町は「寿司・割烹」の看板ばかり。いまひとつ、店に入る気になりません。副産物はカラオケから出たきたグループと鉢合わせ。当方、カラオケもお好みでなく、急ぐふりして早々に別れました。
 いつの間にか、足羽川のほとりへ。夜の静かな川面はきれいに見えて、夜風さわやか。しばし休みながら、いくつかの回想にふけりました。1960年代後半、横山宏さんや朱膳寺春三さんたちと歩いた戦後初期公民館史料調査。たとえば旧殿下村公民館(いま福井市)のこと。1970年代に入って、新生活運動協会の関係で何度も訪れた越前大野のまち。1980年代には劇団「ふるさときゃらばん」に同行した旅、美山町では映画「同胞」(はらから)と同じような青年団の躍動を見ました。そう言えば、ふるきゃら・八朔友二くんは福井の出身だったとか。1990年代以降は、福井県や市の公民館関連の集いで、渡辺庸子さんや松井章江さんなど、たくさんの“公民館の群像”と出会ったのでした。
 この夜は結局、いい寿司屋と出会えず、古い蕎麦屋のノレンをくぐりました。ふと川崎「うどんの会」のことが頭をよぎり、「うどん」を注文。これにニシンを載せてもらって・・・。カツオの出しが美味しく、これは大当り。腹ごなしに夜道をまた歩いて帰りました。

3376号【2014年9月27日】
■≪福井・繁華街の定例研究会≫
 9月26日午後、予定通り福井に到着。福井大学(日本社会教育学)の会場では、山口真理子さんが発刊されたばかりの年報「第19号」を並べ、賑やかに開店。バックナンバーも揃えて、あらためて19年の歳月を想いました。
 学会初日のプログラムを終わって夜の「第19号お祝い研究会(TOAFAEC、第209 回定例)」は、福井の夜の繁華街「片町」で盛大!に開かれました。福井市の公民館からー円山公民館・松井章江、順化公民館・井上満江のお二人が出席され(何よりの会場選定に感謝!)、韓国・公州大学(現在は和歌山大学)ヤンビョンチャンさんもお出で下さって、座はいちだんと盛り上がり・・・。
 この夜は(昼の学会に続いて)大前哲彦さんの話がなめらか。副編集長・内田純一さん用意の「19号・合評」は次の機会に。ひたすら福井の肴でお酒を楽しむ研究会?となりました。ひとしきり「飲み放題」が終わったあと、頃よく学会理事会が終わったとの連絡が入り、理事・幹事の皆さんがドヤドヤとやってきて、いよいよ定例研究会の本格的な?進行。第19号編集長・上野景三さん、学会事務局長の石井山竜平さん、もちろん韓国・中国の両研究フォーラムのメンバーも揃って乾杯が続き、福井のお酒の酔いとともに歌もたくさん。終わりの方は、あまり憶えていません。当夜、何よりも学会・全国理事会のスムースな進行に感謝。写真を一枚(下掲)。古いカメラがそろそろ寿命なのか、今回もピントが甘く、申し訳ありません。
 翌日(27日)の自由研究発表を控えているためか、若い世代はすくなく(例外あり)、他方で新しく参加の方より「南の風」配信の依頼を受け・・・久しぶりの福井の夜は楽しく更けていきました。
社会教育学会・初日夜(福井市片町、20140926) *ピント甘く申し訳ありません、ぶんじんが撮ったのでないけれど・・・。


3375号【2014年9月25日】
■≪26日夜、福井で会いましょう!(ぶ)≫
 今年の年報『東アジア社会教育研究』第19号が出来上がってきました。この1日、飽かずページをめくって過ごしました。いい出来映えです。編集実務にあたった江頭晃子さん(アンティ多摩)、今年もご苦労さまでした。また新年報を学会会場(福井大学)で宣伝・販売する山口真理子さん(TOAFAEC 会計)、ありがとうございます。深夜バスで福井入りとか。お疲れがないように。
 日本社会教育学会大会の初日(26日)は、たまたま最終金曜日、TOAFAEC 研究会の定例日。いつも東京で開いてきた研究会を初めて!学会大会の地で開くことになりました(風3370号・案内)。午後7時から、福井市の中心部「わらび」片町店。→■ http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/kenkyukai2013.htm
 日頃は参加がかなわない方が見えるかも・・・初めての顔と出会える?など願ってのこと。当夜は、内田純一さん(高知大学、第19号特集「東アジア・大都市社会教育の躍動」問題提起)から、「拙文をもとに19号の合評をしてみたい」と申し出がありましたが、難しい話は別の機会に任せて、まずは19号「お祝い」と楽しい歓談の場にしたいと思います。それぞれ食事・飲み代を各自負担のかたち。お気軽にお立ち寄りください。短時間でも歓迎!
 同じ時間帯で学会理事会が開かれます。理事会出席の皆さんも、終了後に合流されることを期待し(電話で連絡を取りつつ)お待ちするようにします。従来より検討案件が多い理事会のようですが、スピーディーな進行を祈っています。福井市の公民館から松井章江さんなどご参加予定、楽しみです。

3374号【2014年9月23日】
■≪「基礎教育学会」<仮>構想・懇話会≫
 秋分の日、東京は文字通り秋さわやかな風のそよぎ。皆様お元気にお過ごしと思います。学会(26日〜福井大学)や関連のスケジュール前で、忙しい季節でもありますね。
 この間、9月19日(金)夜は東京社会教育史研究フォーラム(第17回)。続いて21日(日)は「基礎教育学会」<仮>構想・懇話会(第2回)でした。ご参加の皆様お疲れさまでした。いずれ記録が寄せられると思います。
 新しい学会づくりの取り組みについては、「…懇話会そして懇親会、ありがとうございます。少しずつ前進していることが実感でき嬉しい限り・・」と関本保孝さん。思ったより少人数でしたが、関西から森実さんなどが見えて、充実したひとときでした。帰り際(カメラを思い出し、立ちどまって)写真1枚、ピントが甘く、いい出来ではありませんが、記録として下に掲載します。
 森さんは、最新作の『まなぶ つながる うごきだす−国内の識字・日本語学習をめぐる状況と課題』(識字・日本語研究会による編集・発行、2014年刊)、重い包みをご持参いただきした。漢字表記ではない「しきじ」の意味、いま日本の「しきじ」の実相、あるいは「識自」からのひろがり。また外国人の日本語学習の状況(榎井縁さん)、被差別部落の識字運動(菅原智恵美さん)。そして日本語学習をめぐる立法運動の諸案文など。どっしりとした1冊です。
 5冊をいただきました。ご希望の方にお裾分けできます(無料)。ご一報ください。
 竹富島から訃報あり。阿佐伊孫良さんが19日に亡くなられたそうです。享年78歳。お元気だとばかり思っていましたので驚きました。八重山・竹富島のこと、たくさん教えていただきました。在りし日を偲び、はるかにご冥福を祈ります。
基礎教育学会」<仮>構想・懇話会(第2回)が終わって(市ヶ谷、20140921)


3373号【2014年9月21日】
■≪千葉からの便り≫
 名護・島袋正敏さんからの速報が届きました(上掲)。「辺野古の浜に5,500人」が結集した“9・20県民行動”の記録。沖縄の怒りに燃ゆる声、県選出の自民党議員そして仲井眞知事の、安倍内閣の恫喝に屈したみじめな姿、子や孫たちも歴史の汚点として記憶にとどめる!と。やりきれない思いが伝わります。
 前号の「九・一八」に関連して、久しぶりに鳥塚義和さんからの「雑感・近況」が寄せられました。その冒頭に、最近の高校(日本史)教科書の動き。ここに抄録します。「…東京、神奈川、埼玉では、高校の「実教日本史教科書」が排除されました。千葉県でも、県教委がいろいろと圧力をかけた結果、採用する学校が激減しました。しかし、10校が来年も使用する予定です。私の高校もつかいます。検定に合格している教科書をつかわせないようにする。その政治圧力はまさに安倍からきているのでしょう。攻撃の本質は、実教の教科書が最もはっきりと日本の侵略戦争の実態を書いているからだと思っています」。
 鳥塚さんメールの終わりの部分に「組合支部の雑誌に駄文を書きました」、添えられていたのが「55歳のキリマンジャロ登頂記」。「50歳の時には初マラソンに挑戦した。今年、55歳を迎え、区切りの年に、何か目標を持ってとりくみたいと考えた。そこで思いついたのがキリマンジャロ登山だ。」驚くべきフットワーク、実に面白く読みました。有り難うございました。
 「九・一八」については、この日がめぐってくると、なぜか「風」に書きたくなって、同じようなことを何度も書いてきた記憶。またか、と自分では反省していたところ、目にとめていただく方がいて、ありがたいことでした。
 エイデル研究所の「遠野研修のご案内」なども届いていますが、次号へ。

3372号【2014年9月19日】
■≪「松花江のほとり」≫
 9月18日「九・一八」がめぐってきました。1931年のこの日、日本陸軍「関東軍」は瀋陽(旧奉天)郊外・柳条湖で鉄道爆破、いわゆる「満州事変」が始まりました。同年の2ヶ月後、ぶんじんは生まれました。生まれたそのときから、なんと15年間を戦争のなかで育ったことになります。
 中国では、日本の謀略と侵略の歴史を忘れるな、“不忘九・一八”の言葉があり、「松花江上」(松花江のほとり)の歌がつくられました。「わが家は松花江のほとり、そこに森林・鉱山あり、大豆・高梁実り、わが同胞、老いた父母がいる・・・ああ、九・一八、九・一八、あの悲惨な時から、わが故郷を脱け出し、無尽の宝を捨て去り、流浪、流浪、関内をさすらう。いつの年、いつの月、私の愛する故郷へ帰れるだろうか・・」(抄)。この歌は、鳥塚義和さん(千葉県立高校教師)の『授業が楽しくなる歌と演説』(日本書籍、1996年)に詳しく紹介されています。
 私たちの研究室・研究会でも、1980年代初めにこの歌を知り、その後も歌い継いできました。『旧満州国教育史研究』2(1994年)に「“松花江上”との出会い」として、その経過を書いています。TOAFAEC ホームページにも再録していますので、お読みいただけれ幸い。→「回想・エッセイ」ページ(48)→■
http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/archives.htm
 東アジアの近現代史のなかで忘れてはならない日「九・一八」。私たちの年報『東アジア社会教育研究』も毎年この日付で発行してきました。今年の19号は力作が並び、楽しみです。1週間後の日本社会教育学会(福井大学)初日夜にお祝いの会(第209回定例研究会)予定。ご一緒に乾杯いたしましょう。

3371号【2014年9月17日】
■≪名護のエネルギー≫
 8月下旬に山中湖で開かれた「社会教育研究全国集会」(第54回)には、久しぶりに名護から社会教育主事の皆さんが参加してくれました。前にも本欄に書いたように稲嶺進市長はじめ名護市教委・社会教育関係者の声援を受けて送り出されたかたち。はるばる富士山麓までご苦労さまでした。
 全国集会の2日目夜は、例年「この指とまれ」の自由企画の時間帯。毎年続けてきた「沖縄を囲む」集いは、この数年は沖縄から参加者がなく、中断したままでした。他方で韓国からの皆さんを囲む「日韓セミナー」の企画と重なって残念な思い。しかし今年は、名護の皆さんのおかげで「沖縄を囲む」集いを再開できたのです。TOAFAEC としても、名護のエネルギーに感謝!です。
 今日(16日)午後、「遅くなりましたが…」と、名護市からの“芸能集団”3人(下掲、3356号に写真)のコメント“沖縄を囲む”参加記が届きました。当夜はサンシン持参、歌って躍って・・・。この夜の“沖縄を囲む”皆さんは、名護・社会教育主事集団に“踊らされた”かたち。「名護市社会教育課の職員は、歌、三線、踊りができる!と思われていないか心配しています(笑)」のコメントつき。いつまでも話題に残ることでしょう。
 思いがけなく「第42回全国集会−沖縄・名護集会」(2002)記念の島酒ボトル「スリサーサー」(スリは「揃って」)と稀少泡盛「国華」も持参いただきました。「スリサーサー」のうち1本は(その場で飲まないで)東京へ。いつかみんなで開けたい、しかし、いつまでも開けたくない、そんな思いです。

3370号【2014年9月14日】
■≪韓国研究フォーラム・ぶんじんバーのオープン≫
 9月13日(土)午後は、いくつか会が重なりました。とくに子どもの貧困対策立法をめぐって・経過など(立教大学・湯澤直美氏)に関わる夜間中学関係者の集い(上記・岩本報告)。せっかくのお誘いでしたが、同じ時間帯で私たちは韓国研究フォーラム・『躍進する韓国の平生教育』編集会議、終了後の瀬川理恵さん帰国お祝いの会が予定され、こちらを優先しました。
 風の部屋での編集会議には(京都・ヤンビョンチャンさんをのぞく)編者などが揃い、これに主役の瀬川さん、山口真理子さん、小林富美と(たまたま見舞いに来ていた義妹)など、だんだんと人が多くなって、夜の「帰国お祝い」夕食会は賑やかに10人ほど。編集会議メンバーの小田切督剛さんが別用で中座したので、そのあと男性はぶんじん1人。老若女性集団に囲まれる果報な夜となりました。ご出席の皆さま、有り難うございました。
 話は前後しますが、編集会議では後半の休憩代わりに急ぎ「ぶんじんバー」オープンとなりました。まわりに転がっていたオーストラリヤ・ワインをオケクラフト・白樺のクーラーに投げ込んで(写真)、グラス寄せあつめ、いま旬の「すだち」初物を添え、出版前祝いの乾杯! 陽が落ちる前のワインはことさらに美味しいものです。
 金ボラムさんから写真5枚送られてきました。ありがとう。そのなかの1枚(下掲、撮影・松尾有美さん)。北海道・置戸生まれの白樺・ワインクーラーが下方に見えます。これを使うときには、ひとときオケクラフトの講釈をする慣わし。そうするとワインも一段と味わい深くなるのです。
「躍進する韓国の平生教育・生涯学習」編集会議 (風の部屋、撮影:松尾有美さん、140913)

白樺ワインクーラー(オケクラフト、20131122)


3369号【2014年9月13日】
■≪「朝日」の謝罪≫
 9月12日の朝日新聞は、社長「みなさまに深くおわびします」の謝罪記事。1面から39面まで「取り消し」「経緯」「編集担当を解任」等の記事であふれました。一つは東京電力福島第一原発事故に関連して作成された「吉田調書」をめぐって。あと一つは「慰安婦」問題報道、「吉田証言」虚偽判断について。どちらも同じ「吉田」証言だけに紛らわしい。
 前者は、東電福島第一原発の所長・吉田昌郎氏(故人)。朝日は「命令違反し撤退」報道を取り消し。後者は、「元山口県労務報国会下関支部動員部長」を名乗る吉田清治氏(故人)。戦時下、韓国済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は、取材班による再調査の結果、虚偽と判断され、これを取りあげた記事16本の取り消し。朝日は8月5日〜6日に特集「慰安婦問題を考える」を各2ページにわたって掲載、「裏付け取材が不十分だったと反省」と釈明。しかし謝罪の言葉がなかったことへの批判を受け、社長自ら「…吉田氏に関する誤った記事を掲載したこと、その訂正が遅きに失したことについて…おわびいたします。」(12日謝罪)
 同じ9月12日「週間金曜日」(1007号)は、「今だからこそきちんと知りたい−慰安婦問題の本質とは何か」特集を組んでいます。読み応えあり。8月・朝日新聞の吉田証言・虚偽判断・記事取り消しは、異常な「『朝日』叩き」を呼ぶことになりました(梁澄子)。朝日・誤報の記事取り消しによって、「慰安婦・強制連行」の根拠がなくなった・・・日本が国際的に非難される理由もなくなった・・・かの如き論調。「デタラメな週刊誌報道」が憂慮されています。

3368号【2014年9月12日】
■≪一衣帯水の日韓≫
 名護・島袋正敏さんの迫力ある便り(上掲)。「稲嶺ススム後援会」の取り組みとして、11月・沖縄県知事選に向けてこれからまた大仕事、ご活躍を祈ります。まさに仲秋の十五夜を眺める暇もなく、ご苦労さまです。
 辺野古の闘いには、全国各地からの参加が報じられていますが、韓国・済州島のカンジョン村(軍港への抵抗)からも来ていたと、何かの報告で読みました。アメリカ極東戦略の構図のなかで、いま私たちの身近な海では、大きな軍港が二つも造られようとしている。カンジョンは済州島の南側、玄海灘側に面して、九州とは一衣帯水のところです。韓国研究フォーラムとして2012年秋に済州島訪問の折、カンジョンの闘いの現場を見たことがあります。あのときは中国から伊藤長和さんが合流されたのでした。
 和歌山大学での日韓生涯学習フォーラムの写真を、大前哲彦さんから8枚も送っていただきました。それぞれに「日韓の研究交流の必要性・重要性を感得しました」「大きな学びを得ました」などの添え書き、有り難うございました。とりわけ和歌山大学長と日本社会教育学会長のご両所にはさまれた1枚(大前さん撮影)、たいへん光栄なことでした。
 あの日、フォーラムが終わって、韓国・忠清南道の方々とご一緒に撮った集合写真。私のカメラもお願いしてシャッターを押していただいたのですが、かなりのピンぼけ(手ぶれ?)でした。残念至極。大前さんのカメラにはありませんか。もしかすると大学から送っていただけるのかしら。

3367号【2014年9月11日】
■≪学生たちのフィールドワーク≫
 松本・村田正幸さんからの便りは、突然!に舞いこみます。今年の七夕の集いの前に、信州の地酒2本が届いたときがそうでした。今日(10日)は、松本での名古屋大学・松田武雄ゼミとの“手づくり交流会”の便り(上掲)。「学生と愛知県の社会教育職員30名、中央公民館職員11名、住民9名の総勢50名、13品のフルコース…」だそうです。賑やかな情景が目に浮かび、皆さんのさんざめきが聞こえてくるよう。「…この手作り交流会は、和光大学・小林文人ゼミのために、お金をかけないで出来る方法を考え出した」との添え書き。おそらく1996年か97年あたり、20年ほど前のこと。懐かしく思い出しました。
 私たちは浅間温泉(大学の施設あり)に泊まっていましたので、会場は本郷公民館・畳の大広間でした。学生たちは20名ちかく、松本の衆も集まっていただいて・・。壁に墨痕のお品書き(レシピ)、冷やっこなどから始って、たしかあのときは18品ぐらい並んだように憶えています。
 はじめて公民館に出会った(東京育ちの)学生たちは、これで一気に公民館が好きになったのです。村田さんの酒や食へのこだわり、そして手さばき、天性の料理感覚、皆をその気にさせてしまうリーダーシップ。あの日に感謝!
 研究室の若いゼミ集団が、食や酒の団らんを通して得た交流、各地で忘れがたい想い出があります。あえてお名前を記せば、沖縄・具志頭のヒージャー=山羊(上原文一さん)、名護の猪や豚やヒトゥ(島袋正敏さん)、十日町の雪祭り・囲炉裏端料理(故田村達夫さん)、川崎のプルコギなど肉料理(故伊藤長和さん)など。それぞれの場面は鮮明に、いつまでも忘れません。集まれば今でもその日のこと、昔を語りあうのです。

3366号【2014年9月9日】
■≪9月・定例研究会は福井で・・・≫

 私たちの定例研究会、9月で第209回を迎えます。第1回研究会が1995年6月、文孝淑さん「韓国社会教育法をめぐる近年の動向」をテーマに開催されました。それから19年、毎年着実に11回(8月は全国集会のためお休み)の定例会を重ねてきました。ぶんじんはギックリ腰で動けなくなって1回欠席(第80回、2002年10月)、それ以外は、全回出席。たいしたもんだ!と自画自賛する習わし。この19年、まずまずの健康を維持してきたことになります。当日の「欠席の弁」を風に書いています。なにかのついでにご覧ください。南の風第949号(2002年10月20日)ぶ欄。→■http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/03kenkyukaikiroku.htm
 研究会の定例日は、毎月の最終金曜日。今月26日(金)は、福井大学で開かれる日本社会教育学会大会の初日と重なります。前後の金曜日に日程変更の線で調整中でしたが、先日(5日)年報19号・最終チェックの席で、「福井で開いてはどうか」「学会会場で年報発行・発売の日でもあり、“お祝い”の会にしましょう」という話になりました。学会初日の夜は学会理事会が開かれ、理事・幹事の皆さんには申しわけありませんが、日頃は出席できない方が、全国学会という拡がりのなかで参加できるかも……。というわけで、福井の風メンバー・松井章江さんに会場などお願いしたという経過です。松井さんから早速の対応、ご返事をいただき(上掲)、有り難うございました。当日「ご案内」は、改めて掲載する予定です。当夜、福井でご都合つく方はぜひ!ご予定を。初めての方もちろん大歓迎!

3365号【2014年9月8日】
■≪月ぬ美(かい)しゃ十日三日≫
 お月さまの美しいのは十三夜、みやらび(美童、乙女)は十七が美しい、と歌いあげる八重山民謡「とばらーま」の一節。8日未明は十三夜の月が見事でした。東京は涼しい風が吹き、夜の空はさやかに晴れてくれました。早や、仲秋の名月の季節。ゆっくりと月見の宴でも催したいものですが、皆さん、それぞれに忙しそう。深夜ひとり、西に傾く十三夜を遠く見ながら、名護からの古酒(島福善弘さん=名護博物館長を3月退職、記念の銘酒「さんご礁」14年もの)を味わいながら、名護市議選の朗報を待っているところ。
 酔いながら♪月ぬかいしゃ〜とぅかみぃか〜♪と歌いながら、書いています。
 島福さんへの「風」送信は、3月退職後、戻ってくるようになりました。いま風は届いていません。彼のシーカヤックで屋我地島を一周した想い出、源河「リュウキュウアユを呼び戻す運動」(やんばる対談B)を聞いたあの日。懐かしい。ときに独特の“島福節”を聞きたいもの。どなたか退職後の島福Eメール・アドレスを送っていただけませんか。
 先日の山中湖・全国集会の酒の席で、ぶんじんと沖縄「やんばる」を旅する企画を実現したいとの声あり。その場にいた数人で、来年3月末の日程を「やんばるフィールドワーク」「やんばる対談」予定日としてノートに書き入れました(3月26日〜月末)。気の早いことよ。大学関係では3月卒業式後が動きやすいのです。名護側は年度末で、かえって忙しい日程?と気になりながらも、来年のやんばる対談企画の具体案としてご検討いただけませんか。
 いま名護市議選で「辺野古反対」・稲嶺ススム市長支持・与党側勝利!の電子速報が届き、楽しく酔っています。

3364号【2014年9月7日】
■≪「鹿嶋神宮の研究」出版≫
 南の風は、連日配信にならないよう心していますが、昨日3363号と入れ違いに、仙台の夜間中学「こんばんは」上映運動のご案内(関本保孝さん)が届き、続いて昨夜深更に上海から「アジア学習組織連盟成立大会」(10月13〜14日、雲南昆明)招聘メール(葉忠海氏−馬麗華さん)、そして今朝は名護から市議会議員選挙最終日の状況(島袋正敏さん)。各位ありがとうございます。
 関連して「雲南昆明」への招聘にどう対応するかのメール来信、またきっと名護の市議選結果も届くはず。また八重山・石垣市議選に立候補している新垣重雄さん(もと社会大衆党書記長、「島そば一番地」経営、風メンバー)の結果も気になるところです。期せずして「風」は連日配信が続きそうです。
 鹿嶋市・森下松寿さんのご研究が『鹿嶋神宮の研究』として出版されました(A5版、茨城新聞社、9月1日刊)。高校時代から研究対象として考えてきたとのこと。文化財保護行政に携わるようになって、ある時期は毎日、神宮に籠もっていたそうです(あとがき)。立派な本に仕上がって、まことにおめでとうございます。本の帯には次の一文(抄)。「…ほぼ半世紀にわたる多彩な研究の全貌を明らかにする。巻末には。鹿嶋市職員として行政の実体験を踏まえて執筆した社会教育や埋蔵文化財保護に関連する論考も併載している。」
 鹿嶋市の自治体行政や公民館問題等について正義感から書かれた「風」への記事。それがきっかけとなって『月刊社会教育』(2003年7月号)への執筆、それが市当局によって問題視された経過があり、申しわけないことでした。記念すべき新著を前にして、ご一緒にお祝いの乾杯をしたい思いです。

3363号【2014年9月6日】
■≪再会・よみがえる記憶≫

 前号の本欄「風が取りもつ縁」に応えて、丸浜江里子さんと橋本唯子さんからメールをいただきました(上掲)。お二人それぞれの糸が縒り合わされて研究的な流れがふくらんでいく物語。本号は印象的な記録を載せることが出来ました。お二人に感謝!
 さて、あとひとつ、橋本市社会教育・公民館関係者との再会の物語。2011年2月、まだ冬の風が吹いていましたが、橋本市に招かれて、実に温かい充実した数日を過ごしたことがあります。その足で関西空港から沖縄(「やんばる対談」A開催)に飛んだ旅でもありました。東北大震災ちょうど1ヶ月前のこと。
 橋本市滞在の記録は、風2587号(2011年2月10日)に書いています。あれから3年半の歳月。→■
 その当時の懐かしい方々が今回の和歌山大学・日韓生涯学習フォーラムに参加されたのです。韓国・忠清南道の皆さんも橋本市と熱い交流をされた由。
 当時の社会教育課長・阪辻博文さんからのメール(30 Aug 2014 19:01)。「…お元気な姿を拝見でき嬉しく思いました。橋本市の公民館の仲間たち、生涯学習計画作りに力を結集しています。私は退職後一年の空白を経て、中央公民館長として最後のお勤めに励んでます。今後ともよろしくお願いします。」
 あのとき松本市の生涯学習計画「ずくだせ!学びの森づくり」(1994年)を紹介したような。また「…(公民館)嘱託主事の皆さんで、労働組合が結成されている話も聞きました。どこかに報告してもらいたい…」(風2587号)。その年の『月刊社会教育』(11月号?)に掲載されたような。忘れかけていた記憶が一気に蘇りました。皆さん、お元気で何より。

3362号【2014年9月4日】
■≪風が取りもつ縁≫
 8月末の和歌山大学訪問では、思いもかけぬ「橋本さん」、そして「橋本市」との出会いがありました。まず、橋本唯子さん(特任准教授)のこと。南の風が取りもった縁。嬉しい話なので経過・回想を少し書きます。
 2006年9月のこと。愛知川町立図書館長(当時)渡部幹雄館長は、熱心な風メンバー。誌上で、私たちの杉並・原水禁(安井家)資料研究会の活動を知り、話は愛知川町史編さん室(当時)橋本唯子さんへ伝わります。その流れで(同じ風メンバーの)丸浜江里子さん(著書『原水禁署名運動の誕生』2011年、凱風社)は、唯子さんの祖父・橋本良一氏(ジャーナリスト、戦後杉並の地域文化活動・原水禁運動に関わる)の貴重な記録に出会うことになりました。南の風1716号(2006年9月18日)あたりから始まる何気ない記事がきっかけ。
 「橋本手記」の価値については、丸浜さんが自著・序章に書いておられます。「…優れたジャーナリストの見識に裏打ちされた手記を読み終えた時、署名運動のミッシング・リングがつながったように思った。」「橋本手記なくして本書を書き上げることはできなかった」(『原水禁署名運動の誕生』p20)と。
 29日午前、和歌山大学図書館・研究室で、橋本唯子さんから、立派な装丁の『杉並区を中心とした初期の原水禁運動』(橋本良一著、橋本哲哉・編集発行)を見せて頂きました。橋本哲哉氏は良一氏のご子息(唯子さんのご尊父、金沢大学副学長、同図書館長・当時)。唯子さんは誇らし気な表情。つまり丸浜さんの本では「未公刊」と記されている「橋本手記」は、見事な一冊として上梓されているのです(2012年刊)。奥付に「本書は7部印刷したうちの第5部である」と注記あり、目次のみコピーして頂きました。下掲・風3360号に付した記念写真では、山本学長と小林の後ろが橋本唯子さんです。

3361号【2014年9月2日】
■≪和歌山と忠清南道との交流≫
 9月を迎えました。福岡は、8月の長雨で、つくつくぼうしの鳴きはじめが遅かったらしく、いまも懸命の鳴き声が聞こえてきます。陽が落ちると、草むらに初秋を思わせる虫たちの気配。二つが重なって、例年とはなにか違う夏の終わり、そして秋のはじまり。不順ながら、季節は確実に移ろっていきます。
 前号記載のように、和歌山大学(地域連携・生涯学習センター)「生涯学習フォーラム・日韓研究・実践交流会」(29日)で、ぶんじんは1時間をいただいて日韓双方の社会教育・平生教育の歴史をたどり、とくに職員問題に焦点をあてて講演する機会がありました。金ボラムさんの名通訳に助けられ、なんとか役割を果たしたかたち。この間の韓国“躍動”と日本の“停滞”。もちろん日本の(半世紀をこえる)蓄積あり、韓国の(いまだ10年余の)創設期の難しい道程を承知しつつ、あえてその対照と共通する課題を提起したつもりです。躍動と停滞については、いろいろと日韓双方からコメントがあり、嬉しいことでした。
 今回の和歌山大学生涯学習センター・日韓フォーラムの意義は、研究者レベルの交流にとどまらず、双方の自治体からの地域報告をベースに“実践交流”が目指されたこと。新しい扉が開かれた印象をもちました。
 これからどう交流を深めていくか、相互の対話をゆっくりと重ねていきたいものです。あらためて川崎と富川(京畿道)の、20年にちかい草の根・市民交流の努力を想い起しています。いま和歌山と忠清南道との出会いが始まり、それぞれの大学が間をとりもちながら、どんな展開が始まるか、期待大!
 夜の交流会と二次会も賑やかでした。崔一先さん(慶煕大学)の「珍島アリラン」に続く新しい民俗歌謡が絶妙。繰り返し聴きたい名調子でした。
日韓研究・実践交流会 プログラム終了後の記念写真(和歌山大学生涯学習センター、20140829)


3360号(2014年8月30日)
■≪日韓研究・実践交流会−和歌山大学へ≫
 いま(30日夕)新幹線。広島を過ぎたところ。博多に向かっています。東京を離れることになって、31日・年報第19号編集会議は欠席です。申しわけありません。目次・案をお送りいただき(上掲)、拝見して、大きな構成についてはとくに異論なく、結構かと思います。小さな些末なこと2、3点を気づきましたが、いま手元にファイルなく、明後日に東京へ戻ってご連絡します。
 前号(28日配信)のあと、懐かしい再会あり、新しい出会いもあり、充実した2日間となりました。日誌風に記しておきます。
 まず28日夕、和歌山に着きました。迎えてくれた渡部幹雄さん(和歌山大学付属図書館長)、そこに岡幸江さん(九州大学)が合流して、ゆっくりと夕食、積もる話の花が咲きました。とくに「国立」大学・図書館の改造・再生の試み。当方も図書館長の経験があるだけに、興味深く聞きました。自治体の図書館論たとえば「市民の図書館」イメージ、あるいは公民館三階建て論にも通じる学生主体の大学図書館像。翌29日午前に和歌山大学へ。実際に図書館を案内していただき、その“三階”部分を見せてもらって、すでに構想が実像化されていることに並々ならぬ力業(ちからわざ)を実感しました。拍手!
 はじめて学長室を表敬訪問、山本健慈学長と記念写真。付き添って案内していただいたのは橋本唯子さん(特任准教授)。橋本さんのことは次号に書きます。
 29日午後、和歌山大学地域連携・生涯学習センター主催の「生涯学習フォーラム:日韓研究・実践交流会」(風3351号・案内)へ。韓国から忠清南道・平生教育関係者16名のご参加。日本側は北海道から九州まで、日本社会教育学会長・高橋満さん(東北大学)の顔も見えて、盛会でした。フォーラム後の交流会、そして二次会も楽しく、酔いは深まりまました。村田和子さん(同センター長)はじめ和歌山大学の皆さんにたいへんお世話になりました。…続く…
和歌山大学・学長室にて、右端に山本健慈学長、その後ろに橋本唯子さん。(20140829)


3359号【2014年8月28日】
■≪年報19号・最終作業へ≫
 全国集会が終わって、やはり秋の気配。東京の気温は日中でも25度どまり。しかし梅雨のような空模様で、すっきりしません。
 TOAFAEC 活動としては、年報第19号「目次」が確定、中国語・ハングル・英語への訳出へ。最終作業の段階となりました。毎年かなり苦労を重ねる年報発行も、最近は「風」にあまり反映されませんので、編集事務局からの連絡を「事務局コーナー」に入れて、掲載しました(上掲)。
 印刷へ向けてあと一歩。発行(日付・9月18日)は日本社会教育学会々場(今年は福井大学、9月26日〜)です。内容は盛りだくさん。東アジアの視点から大都市問題、生涯学習政策、この1年の動き、そして沖縄「やんばる対談」も。故伊藤長和さん追悼、いろいろ「ひろば」記事など満載。充実した年報へ仕上がりそうです。皆さんご期待を。まわりの皆さんへご喧伝ください。
 関連して、9月定例研究会の予定日程(26日)は、上記・社会教育学会と重なるため変更見込み、現在調整中です。
 山中湖・社会教育研究全国集会のある時間をそっと抜け出して、ひととき白糸の瀧に遊びました。1台の車に日韓7人が乗り合い、肩を寄せ合って文字通りの交流でした。かって東京学芸大学のゼミ合宿で出会った瀧百条。夏終わり体にしみる瀧の音。富士の雪解け水が落ちる冷気は、人生のなにかの決断を迫る趣きがあって、短い時間ながら瀧に佇んで心が洗われる思い。いい時間を過ごしました。全国集会参加の副産物として、名護の社会教育主事の皆さんを誘えばよかった、と思いついたときはすでに後の祭り。
静岡県富士宮市・白糸の瀧にて (内田純一さん撮影、201408)


3358号【2014年8月25日】
■≪名護の社会教育主事≫
 
山中湖の全国集会から帰ってきました(25日午後)。今回プログラム、私にとっての目玉は2日目の夜「この指とまれ」“沖縄を囲む”の集い。山口真理子さんはこの時間のために東京から駆けつけたほど(上掲・事務局コーナー124 )。沖縄といっても実質的には名護から参加の3人−大城重浩、比嘉祥子、伊波寿々歌の皆さん。4月「やんばる対談」でユンタクした仲です。全国集会へ名護から、何より若い世代の参加が嬉しい。大城さんはサンシン持参でした。
 この5,6年、同じ時間帯の「日韓セミナー」と重なって、“沖縄を囲む”集いは中断していました。この間、全国集会に沖縄からの参加者がいなかったことにもよります。久しぶりの集いは、歌・踊りも出て、最後はみんなでカチャーシーで幕。さらに、小林・内田の部屋でゆっくりと語らいは続き、夜が更けていきました。名護の3人、それにご参加の皆さん、お疲れさまでした。
 邑楽町の稲葉さんはキュウリやナスの一夜漬けなど、心づくしのつまみを用意していただき、内田さんは買い出してきたビールを。そして名護から直送の泡盛3本。2本は、島袋正敏さんから、2002年全国集会・名護集会記念の古酒ボトル「スリサーサー」、つまり古酒12年(以上?)もの。1本は、名護「津嘉山酒造所」(国指定重要文化財)の稀少泡盛「国華」、比嘉ひとみさん(名護市教育委員会社会教育課長)から。参加者みんなで賞味しました。1本は開けないで東京へ。次の大事な会まで古酒保存のつもり。有り難うございました。
 韓国からの参加は25人、今回は中心メンバー以外の方とは、ゆっくりと交流する機会なく、いささか心残り。東京社会教育史研究フォーラム関係では編集事務局会議(8月8日、通史執筆)の線で協議依頼、前向きの返事をいただきましたので、一件書類をご送付ください。都合を合わせて詳しい検討をする約束です。
全国集会交流会、左より伊波寿々歌さん、比嘉祥子さん、大城重浩さん(山中湖・ホテル清渓、20140823)


3357号【2014年8月23日】
■≪読谷か具志頭か≫
 風には、脱字・誤字・変換ミスなど(最近とくに)散見され、視力の衰えを実感しています。意気消沈、読み直さないことにしているほど。しかし地名・人名のミスはあってはならじ。沖縄の地名(人名?)の訂正記事。
 前々号(3355号)に載せた岩本陽児さん「各地の戦争遺跡」のなかで「読谷村で当時福祉課長だった上原文一さん…」とありました。これは間違い、当方で「具志頭村」と村名を書き直して配信しました。
 ところが昨日いただいた関本保孝さん「三浦半島戦争遺産」(上掲、有り難く拝受)の中に「沖縄のチビチリガマの保存…」とあり、チビチリガマであれば確かに読谷村だ、あれ?間違いだぞ、と気づきました。名前が違ったのか自治体名のミスか。具志頭村(現・八重瀬町)にも「ガラビ壕」、あるいはすぐ隣の村には「アブチラガマ」(糸数壕)があり、当方もやや早とちり。おそらく正しくは「具志頭村で当時福祉課長だった上原文一さんにガラビ壕の…」ではないかと推測しています。学生たちをよくガラビ壕に案内していましたから。
 「読谷村で・・チビチリガマ」が正しければ、どなたか別のお名前が登場することになりましょう。思わぬことで、最近は会う機会がない文一さんの名前が出てきました。TOAFAEC の前身−沖縄社会教育研究会の第1回研究会のゲストが文一さん(1976年9月)。残念ながら「南の風」は届いていませんが・・。
当時の記録 →■ http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/1976toafaeczennsi.htm
 さて、23日午後から第54回・社会教育研究全国集会(山中湖)です。名護から若い世代が3人も参加とのこと(上掲)。24日夜は久しぶりに「この指とまれ“沖縄を囲む”」でお会いしましょう。昔の盛況を思い出して…。

3356号【2014年8月21日】
■≪オキナワの怒り!≫
 20日の甲子園・高校野球では、沖縄尚学が二松学舎大付(東東京)を6−5のサヨナラで下し、8強進出。応援の太鼓・指笛が鳴り響いたとのこと。
 その一方、やんばる・辺野古・キャンプシュワブ周辺では、海には海上保安庁の船団50隻の威嚇、陸では建築資材・埋立土砂を積載した大型ダンプの列。その2台を180人の阻止団が止め、押し返したそうです。(上掲・島袋正敏さんメール)
 いまオキナワの怒りは充満・沸騰しています。琉球新報・社説(8月19日): 「あの美しい海に、ついに穴がうがたれた。18日、米軍基地新設に向けた調査のため、名護市辺野古の海の掘削を防衛省が始めた。県民の民意を踏みにじる反民主主義、自然環境を破壊して恥じない反理性主義と、いかなる意味でも許されぬ暴挙だ。遺憾だという常套句では足りぬ、強い憤りを禁じ得ない。」
 *全文を読む http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-230351-storytopic-11.html →■
 沖縄タイムスは「ジュゴンが泳いでいる海」「当然埋め立ての中止を、政府はジュゴン保護に向け十分に時間をかけた科学的な再調査を」の社説(19日)。
 さらに重ねて20日の社説「辺野古発掘調査、強権的手法に理はない」(抄)。「…沖縄を軍事のとりでとし、中国との対峙姿勢を強める安倍政権の軍備強化路線は果たして国益にかなうのか。米海兵隊が沖縄に駐留しなくとも抑止力に影響しないことは軍事の常識だ。ジュゴンが泳ぐ自然豊かな辺野古の海は人類共有の財産でもある。軸足をどこに置いても辺野古移設に理はない。」
 *全文を読む http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=80358 →■
 韓国公州大学(院)への留学を終え、横浜市へ復職される瀬川理恵さん(上掲)お疲れさまでした。「完全帰国」ご挨拶を印象深く読みました。TOAFAEC次回研究会は瀬川さんを迎え、お祝いの会にしましょう。

3355号【2014年8月19日】
■≪残暑お見舞い申しあげます≫
 本号に投稿の皆さん、有り難うございます。南の風は、旧御三家の姿が消えて?という記事を書きましたが(「風の御三家その後」 3348号)、本号は新しい御三家が登場しつつある?そんな構成となりました。いや新「御五家」と言うべきか。ご同慶のいたり、残暑のなか、ご愛顧を感謝します。
 まず、島袋正敏さん「新基地つくらせない二見以北住民の会」通信(上掲)。毎号に緊迫感が伝わってきます。昨日の大浦湾では「60隻を超える海保の船団」とか。69年前の沖縄戦・米軍上陸時の「無数の軍艦の様相に似ている」。 そして、先月上旬から始まった斉藤真哉さんの「パレスチナからのだより」、中旬から文字通り連載となりました。連日の送信に「風」も追われてきました。ある号は2本の「たより」を掲載して対応。やっと本号「たより」で、当方編集箱に滞留していた分は解消。今回のパレスチナへの突然の跳躍をみて、あらためて斉藤フットワークを、もちろんペンワークも、実感いたしました。ジャーナリストとしての社会教育主事の登場、憶せず頑張ってください。
 加えて、岩本陽児さんのいつもながらの軽やかなレポート。2000年頃から続いていますから、空気のようなもの。そう言えば、岩本さんは旧御三家でした。
 さて、米山義盛さんの「暑中見舞い」投稿。先便で添付にせず、失礼しました。南の風ではフアイル「添付」をできるだけ省略させていただく方針。添付は多く記録としては消えていく場合が多く、また煩瑣にもなりますから。なまの、手書きの文章でお寄せください。たまに珍しいフアイル、文章にできない案内や絵・写真など、例外的に添付にする程度。ご了承を。
 米山さんへの風は、よく「Rejected」として戻ってきます。再送しても「拒絶」されると、たいへん気になります。2号続くこともあり、しかしその次の風には、当方への返信をいただき、あぁ、よかった、と安心するのです。南の風だけではないはず、まわりを傷つけないよう、そちらの送受信ソフトを点検いただければ幸い。

3354号【2014年8月17日】

■≪少年Bの8月15日−69年目の回想≫
 記録を見ると、実は「8月15日・回想」のタイトルで、南の風921号(2002年8月15日)に長文で書いたものがありました。しかし内容は、その4日前の8月11日・久留米大空襲の悲惨な想い出ばかり。この11日から15日まで“真っ白”の5日間。そして末尾に「…その4日後、15日の正午にラジオから天皇の声が聞こえてきた。よく聞き取れなかったが、戦争が終わったらしいことは分かった。呆然自失とはあのときのことをいうのだろう。」と結んでいます。
 あの日の真っ青な夏空、妙に記憶に残っている油蝉の大合唱、正午の「玉音放送」を聞いた大人たちの涙、ありありと思い出します。戦争に敗れた悔しさ悲しさも伝わってきて、少年Bも忘れがたい日となりましたが、日常化していた米艦載機の機銃掃射や、防空壕生活、夜の灯火管制などからの解放感があり、当夜の電灯の光は生涯忘れない輝きと言えるものでした。
 そして8月後半、空襲で焼け出された親戚含めて計25人の食糧調達、数里離れた農家へのヨロヨロの自転車通い、荷台が重くなるだけ嬉しい汗だくの毎日となりました。同居の年寄りが少年にかける期待、長男としてのある種の責任感から、少年から青年へ離陸するような実感を覚えました。14歳の夏でした。
 69年目の回想として書き加えておきたいこと。8月14日夜TBS系列のNEWS23特集「人間ではないことをした94歳・元日本兵の戦場」証言、加害兵士として悲痛きわまりない告白でした。中日戦争・山西省へ派遣された軍隊が何をしたか、ここではとても書けない虐殺・性犯罪の内容。軍隊という組織がもっている非人間性、狂気そのものの命令への服従・・・。軍事訓練を受けた最後の?世代・少年Bは、あの時代と状況を人ごとでなく思い出して、しばし暗然と夜を過ごしました。

3353号【2014年8月15日】
■≪辺野古の海にブイ・フロート設置≫
 旧盆のさなか、ご先祖さまが“生まれ島”に帰ってくるという言い伝え、一家親族が集まって、これほど平穏で楽しい行事はないと思っていたお盆の日に、沖縄は騒然となりました。この日、沖縄タイムスは「号外−辺野古 新基地着工、ブイ設置」(2014年8月14日 08:53)を出しました。
 「名護:米軍普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は14日午前7時半すぎ、キャンプ・シュワブ沿岸の海上に施工区域を明示するブイの設置を始めた。昨年12月に仲井真弘多知事が埋め立てを承認後、海上作業が本格化した。普天間飛行場の返還発表から18年、沖縄は重大な局面を迎えた。…(中略)…
 新基地建設に反対する住民が乗ったカヌー13艇は午前7時ごろ、辺野古漁港近くの浜を出た。阻止行動を展開するとみられ、海保がゴムボートで近づき、浜へ戻るよう呼び掛けるなど緊張が高まった。午前7時半現在、沖縄本島地方には波浪注意報が発令されている。」
 11月・沖縄県知事選で民意が出る前に、既成事実をつくっておこうとの思惑か、おぞましい魂胆。すべてわれらの税金で、美しい海に、住民を排除するブイ・フロートが張られるとは、悔しいことです。
 大浦湾は沖縄島のなかでは珍しく水深があり、米軍は早くから軍港として目をつけていたのです。この日、「二見以北の住民は、辺野古・大浦湾に新基地つくらせない緊急集会を、キャンプシュワブ対岸の瀬嵩の浜でもちます。この豊かな海を、子々孫々までつないでいくため、地域の住民は立ち上がっています」と(上掲・島袋正敏メール)。8月15日の少年Bの回想を書いていましたが、沖縄に新基地をつくらせない叫び!をお伝えしました。
左・キャンプシュワブと大浦湾・海の深さが米軍港への執心を呼んだ(機上より、20030704)
 左方に辺野古、大浦湾の奥に二見、その右方(以北)に瀬嵩、汀間、賀陽、天仁屋など10区(集落)あり。


3352号【2014年8月13日】
■≪やんばる対談・最終稿≫
 上掲・韓国生涯学習研究フォーラム、東京社会教育史編集事務局の記事、次回の案内も含まれていますので、差し支えない範囲(抄録のかたち)で、収録しました。本づくりについては、関係者のみに閉ざして進められるのが一般的ですが、本はいずれは公刊される運命(さだめ)。可能なところで経過も共有していきたい、そんな判断からです。両フォーラムの送信者のお二人、ご了解を。
 さて本題。今年の「やんばる対談」(年報19号予定)について、何度か本欄で話題にしました。その後のことを書いておきます。原稿はひとまず編集委員会に入稿していますが、写真の掲載、何よりも字数オーバーの削減課題があり、この間、四苦八苦?してきました。対談の参加(発言)者にもリライトのお願い、ご協力に感謝!です。しかし、思うようには縮まりません。
 なにしろ発言者27人。そのすべての人を収録したい。今回の主題は「名護の社会教育を担う若き群像」。稲嶺ススム市政発足後に地域配置された若い社会教育主事の皆さん(4人)が主役。青年会・エイサー復活の話題もあり。また北海道置戸「オケクラフト」の興味深い話や、ワーカーズコープ(4人)からの発言も棄てがたい。これまでにない大型の“ユンタク・対談”となったのです。
 若い世代の発言を大事にし、年長者(ワーカーズコープ理事長、沖縄大学前学長、名護市教育長、ぶんじん)の発言の中から削減させていただきました。お許し下さい。第一次原稿より最終的に約8千字を削りました。この努力を汲んで頂き、編集委員会として若干?の字数オーバーは大目にみてください。
 先月末から載せきれないでいた斉藤真哉さん「パレスチナからのたより」の残りの部分を収録し始めています。あと数本。

3351号【2014年8月11日】
■≪東京・韓国研究フォーラム≫
 8月10日早朝、南から台風11号がやってきて、四国・関西を縦断。嵐の1日となりました。皆さんのまわりに被害はありませんでしたか? 強い台風の余波は、数百キロ離れた東京にも強風・驟雨をもたらし、深更になっても風はやみませんでした。風の唸り、あらためて自然のエネルギーを実感しています。
 和歌山大学から村田和子さん「日韓生涯学習フォーラムご案内」(8月29日、上掲)が届きました。台風の日、東京では呼応するかのように「韓国生涯学習研究フォーラム」(第52回、風の部屋)が開かれました。朝からの風雨は中止の報せがくるかも?と思うほど。そのなか、定刻には7人の常連メンバーの顔が揃いました。皆さん、ご苦労さま。ぶんじんを加えて、せまい部屋にぎっしり。いつもながら窮屈な空間、申しわけなし。
 来年公刊に向けて『躍動する韓国の社会教育・生涯学習』(エイデル研究所・予定)の編集会議。いい本に結実してほしい思い。韓国の躍動が日本の停滞をどう刺激するか。韓国「平生教育」と日本社会教育の異同をどうみるか。たとえば、公的セクター中心の一元的な日本の法制に対して、韓国・平生教育法の(相対的に)多元的な構図。いま動き始めている地域「平生学習」の実像。日本の読者にしっかり読まれる本にしたい、そんなことを考えながら、すこし自由に(こなれていない論点も含めて)論議させていただきました。
 いつもの通り、終わって夕食会へ。「風が強いから今日は出たくない」と言っていた富美も連れだし、皆さんに車椅子を押してもらって、しあわせなひととき。日曜日の夜、店は家族連れでいっぱいでした。ここでも窮屈な席、お疲れさまでした。早くも次回案内文が来ていますが、次号にまわします。


*南の風3301〜3350号→■


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【南の風2014】3351号〜3400号・目次一覧

3351号【 8月11日】和歌山大学・日韓フォーラム、夜間中学卒業生スピーチ、「ひまわり」など、韓国フォーラム
3352号【 8月13日】9月韓国フォーラム予定、東京教育史進捗状況、パレスチナ、ムラヤー、やんばる対談
3353号【 8月15日】辺野古・大浦湾に新基地つくらせない、沖国大ヘリ墜落10年、パレスチナ、沖縄に号外
3354号【 8月17日】全国集会“名護を囲む” パレスチナ、協同総合研究所、終戦記念日、少年Bの8月15日
3355号【 8月19日】新基地・抗議集会・大浦湾に波高し、パレスチナたより、各地の戦争遺跡、残暑お見舞い
3356号【 8月21日】辺野古・島ぐるみ会議、北海道置戸町、青年会・まつりの力、韓国より帰国、オキナワの怒り
3357号【 8月23日】名護から、糸数参院議員・国連で訴え、瀬川さん帰国祝い三浦半島戦争遺産、具志頭?
3358号【 8月25日】辺野古・大浦湾新基地反対抗議集会、沖縄は属国か−辺野古の海、山中湖お疲れさま
3359号【 8月28日】全国集会・沖縄を囲む、8/23「辺野古集会」、平和と経済自立、年報19号編集・最終作業
3360号【 8月30日】神戸夜間中学給食問題、町田、信州小川村、IFLA、事務局コーナー126、和歌山大学へ
3361号【 9月 2日】夜間中学・概算要求、全国集会6分科会、町田・嘱託職員募集、和歌山と忠清南道の交流
3362号【 9月 4日】和歌山・日韓フォーラム(御礼)、しまくとぅば授業、年報編集最終チェック、風が取りもつ縁
3363号【 9月 6日】中国残留帰国者の現在・シンポ、「風が取りもつ縁」、祖父から課題を与えられ、蘇る記憶
3364号【 9月 7日】名護市議選、アジア学習組織連盟成立大会誘い、仙台「こんばんは」、鹿嶋神宮の研究
3365号【 9月 8日】アジア学習組織連盟成立大会、中国・学習型組織連盟、辺野古反対派が勝利、十三夜
3366号【 9月 9日】大都市の社会教育研究の集い、町田、基地負担軽減のうそ、9月・定例研究会は福井で
3367号【 9月11日】瀬川さん帰国お祝い、松本・手作り交流会、映画「こんばんは上映」、竹富島の十五夜祭
3368号【 9月12日】東京社会教育史(、沖縄県知事選に向けて、せめぎ合う二つの潮流、一衣帯水の日韓
3369号【 9月13日】基礎教育学会(仮称)構想・懇話会(第2回)、年報19号刊行へ、福井学会、「朝日」謝罪
3370号【 9月14日】209回研究会案内、昭和天皇実録と沖縄、子ども貧困立法をめぐって、韓国本編集会議
3371号【 9月17日】全国集会に参加して、権力に向かうウチナー、国際平和博物館会議、名護のエネルギー
3372号【 9月19日】9月下旬スケジュールお誘い、飯田市公民館主事会報、沖縄の風貌、「松花江のほとり」
3373号【 9月21日】辺野古・県民行動、9・18雑感、辺野古へカンパを、スコットランド独立問う、千葉から便り
3374号【 9月23日】東北社会教育研究集会、遠野研修案内、スコットランド熱い炎,、東京・抗議集会、しきじ
3375号【 9月25日】板橋区平和人権学習講座「パレスチナ」、「こんばんは」上映、町田、中国天津へ、福井で
3376号【 9月27日】上海より、国際平和博物館会議、スコットランド住民投票、町田その後、福井・繁華街で
3377号【 9月29日】風に参加、学会・思い出したこと、沖縄県知事選、37回大都市研究会、福井の旅・回想
3378号【10月 1日】第2回基礎教育学会(仮)懇話会報告、毎日「発言」、沖縄「不屈館」、第19号、福井お礼
3379号【10月 3日】第17回東京社会教育史研究会、差別語はびこる国、東京社会教育史料センターへの夢
3380号【10月 5日】第18回東京研究会案内、ジャズライブ、「風」に参加、第209回研究会報告、これぞ研究会
3381号【10月 6日】10月定例研究会案内、夜間中学等議員立法@国の動向、年報販売コーナー、台風一過
3382号【10月 8日】第6回日韓学術交流研究大会ご案内、町田・市民自治学校開校、訃報あり・往復書簡
3383号【10月10日】上海より来日予定、夜間中学入門研修会ご案内、第19号頒価など、岡山の国際会議
3384号【10月12日】夜間中学等議員立法A国会議員、岡山報告、 事務局コーナー、東アジア研究への夢
3385号【10月14日】11月沖縄県知事選へ、沖縄戦の記憶、川口自主夜間中学29周年、蔓草庵の床上浸水
3386号【10月15日】東京研究会、呉遵民氏へ19号を、奈良女子大学院へ、宜野座、福井の写真、風の騒動
3387号【10月17日】岡山国際会議記録、福井から、夜間中学等B義務教育未修了者数、岡山コミットメント
3388号【10月19日】ワーカーズコープ全国集会等、パレスチナ、沖縄食文化、東京社会教育史編さん2年
3389号【10月21日】第3回基礎教育学会(仮)懇話会、第18回東京社会教育史研究会報告,、秋もたけなわ
3390号【10月23日】日韓学術交流大会案内(2)、沖縄大学「ワーカーズコープ論」、町田、尖閣列島、訃報
3391号【10月26日】年報『東アジア社会教育研究』第19号目次一覧、一字違いが大違い、賑やかに合評を
3392号【10月28日】岡山最終文書、韓国ヤン先生との交流、辺野古埋蔵文化財、ハッピーバースデー!
3393号【10月29日】「基礎教育学会」(仮)名称について、トンガトン・素敵な音楽、祝!公民館の風200号
3394号【11月 1日】上海より、近況ご報告、沖縄県知事選告示、「忘れられた季節」、歴史的な分岐点を
3395号【11月 3日】米軍基地重圧・沖縄県知事選、東奔西走・南北移動、事務局、3400号アドレス帳整理
3396号【11月 5日】10月定例会報告、風に参加、北からの風も、岐阜、県知事選、171年ぶり奇跡の夜
3397号【11月 6日】基礎教育学会(仮)懇話会(再)、多文化共生研修会案内、町田、11月スケジュール
3398号【11月 8日】11月定例研究会、学会(仮)名称、夜間中学等C自主夜中、慢性的な遅れを克服したい
3399号【11月10日】風の継続(十日町、北九州、大分、台湾、東京)、夜間中学映画祭、壁の崩壊25周年
3400号【11月11日】社会教育・生涯学習辞典、名護屋我地再訪、風の継続、杉並女性60年、北京・韓民氏



第42回社会教育研究全国集会・名護エイサー(020831)