【研究会の前史】(T) 
1,前史・戦後沖縄社会教育研究会記録(1) →
2,前史・戦後沖縄社会教育研究会記録(2) →■
3,東京学芸大学・小林研究室・留学生特別ゼミ(アジア・フォーラム)→■
【TOAFAEC研究会記録】(U)
◆TOAFAEC定例研究会記録(1)−1995年〜1999年→
◆TOAFAEC定例研究会記録(2)−2000年〜2001年→こちら■


◆TOAFAEC定例研究会の記録◆(3)

      −第71回・2002年1月〜第93回・2003年12月−
     −記録者:石倉祐志、内田純一ほか



*記録(4)−第 94回・2004年1月〜第113回・2005年12月→
*記録(5)−第114回・2006年1月〜第135回・2007年12月→



◆第71回:ショウグン・トッグタホ「モンゴルの子どもたちの未来のために
 <案内>
 新年明けましておめでとうございます。おかげさまでTOAFAECも7回目のお正月を迎えました。今年はさらなる飛躍を目指しあと一つ工夫を凝らした研究会にしていきたいと思いますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
 その第一段にモンゴルの留学生たちが身銭を切って始めている奨学金構想(母国の子どもたちを学校へ行かせたい)への支援があります。新年第1回(通算71回)の研究会は、彼らの熱き思いを聴きながら、今年の活動計画を語り合いたいと思います。
にちじ:1月18日(金)18:30〜20:30 ばしょ:高井戸区民センター3階
なかみ:(1)モンゴル奨学金構想について(套図格さんほか)
 (2)新年度活動計画を語る 上海「小林国際交流閲覧室」 『東アジア社会教育研究』第7号ほか *終了後、駅ガード下・グルマン亭にて新年交流会
【TOAFAEC つうしん No.49  うちだじゅんいち】 (南の風798号 2002年1月7日)
<報告>
参加者:ショウグン(小軍・東京学芸大学・院)、トッグタホ(套トウ格・和光大学研究生)、チンゲル(東京外国語大学・院)、ナラ(東京学芸大学・院)、モンケ(新潟産業大・院)、以上内モンゴルからの留学生、五十嵐祐紀子(宋慶齢基金会)、小林文人、伊藤長和、谷和明、小峯みずき(和光大学3年)、棚原秀幸、山口真理子、内田純一、遠藤輝喜、石倉祐志
<モンゴルの留学生、故郷への熱き思いを語る、子どもたちの未来のために、奨学金、資金の呼びかけ>
 今回の内容は、今走り始めたばかりのモンゴル人留学生の会「蒙郷会」(仮)についてが主となりました。趣意書的なパンフレット「蒙郷会〜もうきょうかい モンゴルの子供達の未来のために」が配布され、代表ショウグン、副代表トッグタホ両氏が報告されました。パンフレットから「蒙郷会の発足理由と背景」を以下に示します。
 「内モンゴルでは、様々な要因によって草原の砂漠化が進み、牧民生活に深刻な影響を及ぼしています。異常気象のみならず、草原の急激な農地化なども原因と考えられます。
 経済的な危機に陥った牧民たちは、自分の子どもを学校に通わせることが困難になっています。
 更に近年の中国政府の改革開放政策によって、内モンゴル自治区に居住するモンゴル人たちの多くは、経済的優位性を見越した教育を重視するようになってきました。その結果、多くの若いモンゴル人夫婦は自分の子どもを、漢民族の学校に入学させる傾向が強くなっています。学校では教育のすべてが漢語によって行われ、子どもたちがモンゴル語を失いやすい環境にあります。
 このように、草原地域の牧民達は教育を受けること自体が、そして、街に住むモンゴル人たちは、経済的成功を目指すために、モンゴル伝統文化、歴史、ひいては言語までもが失われようとしています。
 私達は、モンゴル人として、民族の文化、歴史、言語を長く存続させるために集まりました。」
 「蒙郷会」の名称は、モンゴル留学生の団体として「故郷の人々」という意味を表すため議論して決めたとのこと。活動の3本柱は文化交流活動(留学生による歌と演奏、モンゴル料理など)、モンゴル人留学生の流活動、モンゴルの子どもたちの教科書を購入するための募金活動。
 募金、配分等の事業は中国と日本のNGOである宋慶齢基金会の協力を得、また政府組織を通じることで問題の認知をはかろうとしています。留学生たちは文化活動で会の収入を得ながら自らも月千円づつ払って資金を作り出そうとているとのこと。5人の留学生の熱気に応えるように、参加者からは多くの意見が出ました。募金等を通じて人と人との直接的な関係性をネットワーク化していくことの重要性や、パンフレットの中身について、募金や参加方法をもっとアピールしたほうがよい、文化交流活動は小学校の総合学習の時間で活用できるので「講師派遣」事業をしては、などの意見が出されました。
 今年の活動としては3月に演奏や料理、5月11日に八王子で映画と演奏の会が決まっているほか、板橋区の企画への参加、10月にはモンゴルの祭りなどを行うとのこと。最後にショウグン、トッグタホ両氏の力強い決意表明がありました。
 グルマン亭での交流会はまず、ナラさんの歌「金色の杯」で乾杯。ナラさんはまたショウグンさんの故郷の悲しい物語の歌を浪々と歌い上げました。モンゴルの歌はトッグタホさんなど男性の歌を聴くことが多かったので女性の歌は新鮮に聞こえただけでなく、また美しい歌声に魅了されました。ショウグンさんも歌上手で「お母さんの歌」もメリハリが利いていました。なおショウグンさんとナラさんは夫婦です。
 山口真理子さんの「百万本のバラ」、皆で「若草もゆる」「ふるさと」、キロロの「マイベストフレンド」などを歌い、ショウグンさんの音頭で「ガンバロー」をやりました。
(石倉祐志、Sat, 19 Jan 2002)
【南の風】第806号(2002年1月20日)掲載
  内モンゴルからの留学生・乾杯!



◆第72回:ビデオ「ジュゴンの海」をみる(ゲスト・木村修氏)
<案内>
梅一輪、一輪ほどの暖かさと申しますが、春の足音が着実に近づいているようです。…
 すでにご承知の通り、今年8月30日〜9月1日、沖縄県名護市を会場に「第42回社会教育研究全国集会」が開催されます。現地実行委員会も発足し、いよいよ本格的な準備が始まっております。他ならぬ沖縄での集会、TOAFAECも協賛団体として名を連ねる予定です。みなさま是非ともいまから今夏をご予定ください。さて、第72回定例研究会を下記の通り開催いたします。お誘い合わせの上、ご参加ください。
にちじ:2月15日(金)19:00〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター3階
なかみ:(1)ビデオ『ジュゴンの海』(35分)、ゲスト:関口和幸さん
 (2)沖縄集会準備報告(内田純一ほか)、(3)沖縄の本づくり(小林文人)
*1月26日・和光大学(小林教授)最終講義をビデオ撮影された桑原重美さん(フリーカメラマン、
 もとNHK)の作品が届いたそうです(全2時間)。時間があれば一部だけでも紹介いたします。
*終了後、グルマン亭にて交流会
☆TOAFAECはモンゴル奨学金「フフ・モンゴル・オドム」を応援しています。詳しくは套図格さんまで。(TOAFAEC つうしん No.51 うちだじゅんいち 南の風817号 2002年2月8日)
<報告>
参加者:木村修(マブイ・シネコープ)、近藤恵美子(中央大学院)、柳Ryu Hyeon Sook(図書館情報大学・院)、チャガン・ボルグ、小林文人、内田純一、山口真理子、石倉祐志、(染谷美智子・和光大学4年、羽ヶ崎陽子・同3年、のお二人は最初のみ参加。)
 今回は、関口和幸さんの紹介でVTR「ジュゴンの海」の発売元マブイ・シネコープ代表取締役の木村修さんにおいでいただきました。木村さんは映画「MABUI」、「GAMA−月桃の花」の製作資金集め、自主上映等の仕事を続けてこられました。元から映画人というわけではなく以前は高校社会科の先生でしたが、87年,海邦国体の年に沖縄へ行き海頭豊と出会ってから15年の付き合いのなかでこの仕事を引き受けることになったとのこと。いくつかの耳寄りな情報をくださいました。
○海勢頭豊さんのライブ酒場パピリオンの再開近く、今年4月ごろではないか。
○「GAMA−月桃の花」は学校関係の自主上映が多いが、映画館上映が先行した東京に比べ関西は最初からその傾向が強い。上映会の数は6年経っても減らずにロングランを続けている。
○木村さんは海勢頭豊コンサートにも関わって来ていて、東京での第一回のコンサートは旧友である関口さんがコンサートの進行シナリオを書いた。
 さて「ジュゴンの海」は、ただかわいいだけではなく、ジュゴンが象徴する広く深い問題のポイントを押さえつつ、35分という映像でバランス良く綴った作品でした。ジュゴンは神の使いとも「ざんのゆー」とも言われる。「ざん」は藻のことで「ゆー」は魚。すなわちジュゴンと藻場はほとんどイコール。リーフの内側にある藻場には様々な生き物が集まり、沖縄の海の豊かさを象徴しています。そして名護市東海岸の瀬嵩で「ジュゴンの海は渡さない」活動に生きる東恩納琢磨さんらを映し出していきます。カメラは海と山の関係へも向けられ、ノグチゲラ、ヤンンバルクイナなどで有名な山原(ヤンバル)のイタジイの森は基地存続の見返りの補助金による乱開発にさらされ、基地と開発という二重性が提示されます。開発で流出した赤土は珊瑚や藻場に堆積していき、「山のはぎね 海のはぎん」という古い言い伝え(山が荒廃すれば海が荒廃する)が語られれる…。
 参加者からは、赤土が海に広がるなどの悲惨な状況と住民意識の自己変革が必ずしも結びついていかないという問題も指摘されましたが、木村さんからは、このビデオの力もあって都会の高校生が修学旅行で瀬嵩集落に宿泊し集落総出で受け入れ交流した企画を続けて事業化するなど、ジュゴンと暮らす地域づくりが始まっていることなども示されました。
 小林先生からは、ジュゴンに続き、環境、集落の共同、生産、社会教育など含む魅力的なテーマとして「琉球アユが戻ってきた」話が語られました。また集落の協同性とのかかわりでは、人を安らかにしっかりと受け止めるスピリットの存在と、その風景を示す「くさてぃ」(腰当・くさてぃの森)という魅力的な言葉を示されました。
 久しぶりに沖縄テーマの研究会で、参加者が多くない割には中身の豊かな研究会だったように思います。沖縄集会のこと、次回のことはグルマン亭で話されましたが、私は聞き漏らしてしまいました。内田純一さんぜひご紹介ください。
(石倉祐志、Sun, 17 Feb 2002)
*【南の風】第822号(2002年2月18日)掲載


◆第73回:柳Ryu Hyeon Sook・伊藤長和「韓国の地方自治と平生学習」
<案内> ひと雨降るごとに暖かさが増す今日この頃、みなさまには、ご健勝のことと存じます。毎年この時期は、年度のまとめとともに、訪中や訪韓など、多忙な日々が続きます。また、花粉症の方には、なんとも辛い時期でもあります。今年はまた、沖縄の本づくりも進んでいるとのこと、刊行が楽しみです。
 さて、ご案内がおそくなりましたが、第73回定例研究会を下記の通り開催いたします。お誘い合わせの上、奮ってご参加ください。
 にちじ:2002年3月15日(金)18:30〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター第4集会室
なかみ:T 最近韓国の地方自治と生涯学習・文化運動について(報告者・伊藤長和氏)
 U TOAFAECの今後の活動について ・『東アジア社会教育研究』第7号編集計画
  ・上海訪日団(5月予定)受け入れ準備  ・今後の研究会
※終了後、駅下グルマン亭にて交流会
※「大草原モンゴルの音楽〜チャリティ音楽会」2002年5月11日(土)14:00−16:00
  八王子市学園都市センター 協力券1500円

【TOAFAEC つうしん No.52 うちだじゅんいち】南の風833号 2002年3月10日

<報告>
参加者:柳Ryu Hyeon Sook、伊藤長和、小林文人、ダーフラ、内田純一、近藤恵美子山口真理子、遠藤輝喜、石倉祐志
 今回は思いのほか少人数。年度末の多忙? そして花粉症?
 ここ2年ほど、韓国についての研究的な取り組みの弱さがあるなかで、今回は柳さん、伊藤さんから、最近の韓国の図書館事情、地方自治、生涯学習などの動きが報告されました。以下いくつか出された話題を紹介します。
 韓国の社会教育・平生学習の実像は見えるようでいて見えない。韓国に行って聞いてみても各施設の職員は自分のところ以外について知らないことが多いようです。韓国も縦割り行政が強いらしい。
 施設的には平生(生涯)学習センター、文化の家、図書館、福祉施設、「洞」に設置されている住民自治センターなどの話題が出されました。これらの背景となる法制としては60年代の図書館法、82年の社会教育法、91年地方自治の開始、99年平成教育法などがあり、日本の法律より優れた中身も多い。教育委員会のような機構が基礎自治体に無いなかで、これらの実体化がどうなっているかという点では、法に基づく自治体の条例展開への関心も出されました。また図書館と生涯学習の関係が深く、生涯学習センターが最近は安易に図書館に併設される動きが問題であるとの指摘(柳さん)もなされました。
 市民の側の動きとしては、民主化が抑えられていた長い軍事政権下に教会やYMCAなどのボランタリーな動きが政策、法制とは別に先行してきた点が日本とは大きく違う点のようです。市民運動については、金大中大統領就任の頃からよく見えるようになり、最近はいろんな分野で躍動的な動きがあるようです。
 さて、「東アジア社会教育研究」第7号編集については、編集方針の継続と第6号の発展に向けて、伊藤長和さんを新たに編集委員に迎え、また編集事務局にもモンゴル留学生などを加えていく方向が出されました。韓国・台湾関係では、編集委員の空洞化があり、新しい体制を考える必要が話し合われました。財政的には若干の課題があるので、安い印刷業者を探してみることになりました。
 4月は恒例第3金曜日(4月19日)。上京予定の名護市・島袋正敏さんを迎え、また新しく参加予定?の岩本陽児さんなどの歓迎の会にしようという計画です。
(石倉祐志、Sun, 17 Mar 2002)
*【南の風】第837号(2002年3月18日)

 
近藤恵美子さん(左)、Ryu Hyeon Sookさん(右)



◆第74回:島袋正敏「名護からの報告」
<案内> 春暖の候、みなさまには、日々ご健勝のことと存じます。3月22日から中国を訪ねていらした小林先生ご一行も無事帰国され、報告が楽しみです。また、今夏、沖縄・名護を会場に開かれる社会教育全国研究集会の気運も高まってきています。4月20日〜21日には、東京で全国集会準備の会合があり、名護から島袋正敏さんがいらしゃいます。TOAFAECでは、正敏さんに1日早い上京をお願いしました。第74回定例研究会は、正敏さんをゲストに下記の通り開催いたします。
にちじ:4月19日(金)18:30〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター
なかみ:T沖縄・名護の近況 ゲスト:島袋正敏氏(名護市立図書館館長)
U 岩本陽児氏(和光大学・新任)歓迎
終了後(20:30〜22:00)駅ガード下・グルマン亭にて歓迎・交流会
<報告>
参加者:島袋正敏、岩本陽児、小林文人、江頭晃子、松田泰幸、小林茂子、永生、ユウセエ、ハクメイ、染谷美智子、長谷川栄子、近藤恵美子、ダーフラ、トッグタホ、チャガンボルグ、伊藤長和、内田純一、山口真理子、遠藤輝喜(交流会のみ)、石倉祐志
<第74回研究会・20名の盛会、正敏さん語る>
 ゲストは、名護市教育次長になられた島袋正敏さんと和光大学助教授になられた岩本陽児さん(終わり間際に駆けつけてこられ、挨拶を述べられました。)でした。
 主な中身は、島袋正敏さんからのお話で、この4月から教育次長になったことの経緯と抱負、名護の教育への思い、地域に学ぶ姿勢を図書館長として若い職員に示してきたことなどでした。たくさんお話されたなかで、印象に残ったことのいくつか。
 「アメの爆弾」という言葉が印象的でした。基地を押し付けるための「アメとムチ」のなかの「アメ」が沖縄でどんな有り様になっているのか。普天間ヘリポート関連だけでも約一千億円の金が下りてくる。あるいは軍用地地料で1億円もの予算を持つ集落がある。地域の関係性は本来住民が自ら負担するべき部分があって形成されていくけれど、この負担が予算支出に取って代わられることで、地域はどうなってしまうのか。このことがもたらす影響は外からは見えにくいが、地域の経済的文化的自立や子ども、青年の成長に与えるゆがみに危機感を持っている、といったお話でした。
 正敏さんのこのお金の話を聞いて、ミヒャエル・エンデや地域通貨のことを思い出しました。国家権力を背景にした通貨と別に地域だけに流通する通貨を自分たちで作って、守ろうとしたのはまさに地域の人々の関係性ではなかったか。「飴の爆弾」にさらされることの危機感という感覚がわかるような気がします。
 二つ目は泡盛の話。この話には参加者誰もが魅了されたようです。山原6万世帯の各戸の床の間に、泡盛の古酒を入れた甕を置くという文化風景を創り出そうという試み。古酒は「しつぎ」という技法で10年、100年と経つうちにますます良い酒になり、量は減らない。百年後には大変な文化的財産となるだろう(財産といってもそれは古酒だけではなく古酒を維持するという人間的なるもののことだと思いました)。
 子や孫の更にその先のはるか彼方を見通して自分が生きていくという感覚こそ地域をつくるベースになる。毎日そっと甕をゆするという行為によって、こうした意識ががかもし出され熟成していくという話は、思わず「家にも甕を置いてみようか」と思わせるものでした。この話のなんともいえない気持ちのよさは何なのでしょうか。



 今回は20名もの参加で交流会も楽しいものとなりました。最近落ち込んでいる?内田純一事務局長が誕生日ということで、プレゼントのカバンと花束、ダーフラさんの恋の歌が送られ、純ちゃん大感激の夜となったことも記しておきましょう。クロマクは最近凛々しさいや増す江頭晃子さんだったわけですが、私などバースデーケーキを買ってくる手はずだったのをとんと忘れておりました。純ちゃんごめんなさい。(石倉祐志、Sat, 20 Apr 2002)
*追記:「内田純一さん・39(サンキュー)の会」江頭晃子さんより花束の贈呈、山口真理子さん「百万本のバラ」熱唱、など数葉をホームページにアップしました。この夜、島袋正敏さんは、新設の“風の部屋”(いつでも誰でも泊まれる東京の宿=杉並区永福3-50-11-303)に宿泊 ゲスト第1号。よく眠れたとのこと。(小林ぶんじん)
【南の風】第857号(2002年4月21日)掲載




◆第75回:小峯みずき「上海訪問報告」
       トッグタホ「フフ・モンゴル・オドム音楽会報告

<案内>

 薫風の候、みなさまには日々ご健勝のことと存じます。記録をみますと昨年の連休は、小林先生、萩原敬子さん、そして内田が上海を訪ねています。上海のメーデーが予想外に静かだったことを覚えています。その後10月と明けて3月には、新設された閘北区職業学院(旧業余大学)「小林国際交流閲覧室」への訪問・交流を兼ねTOAFAEC「社区教育」調査団が上海に入っています。「社区教育」調査団の報告については、『東アジア社会教育研究』第7号に掲載予定です。
にちじ:2002年5月17日(金)18:30〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター第4和室
なかみ:T 中国・成人教育・社区教育の動き〜上海訪日団(5月下旬)受け入れ準備〜
 U『東アジア社会教育研究』第7号企画    V TOAFAEC総会(6/15)について
 終了後:駅ガード下・グルマン亭にて交流会
<報告>
参加者:丸山なおみ、北村りさ、小峰みずき(以上和光大学4年)、川村浩達(全建総連)、白メイ(中央大学3年)、トッグタホ、チャガンボルグ、柳弦淑、小林文人、近藤恵美子、石川敬史、山口真理子、内田純一、石倉祐志
○小峰みずきさんの上海報告(上海の新鮮な印象
 筆者は途中から参加したので、報告の核心部分を聞き逃したかもしれません。が、「はじめての上海」の新鮮な印象を語られたとおもいます。上海の街や人々はパワーがあって、東京へ帰ってきて電車に乗ったら人々の表情がとっても疲れているように見えたという話が印象に残りました。小峰さんらが作成した報告書「上海への旅」は、各参加者の手記とデジカメ画像をふんだんに盛り込んだ立派なもので驚きました。小林先生も一文を寄せられています。南京大虐殺記念館、上海行健職業大学の学生とのコミュニケーションの様子、浦東地区、魯迅公園、小林国際交流図書室、蘇州観光など盛りだくさんの内容でした。
○トッグタホさんの「大草原モンゴルのチャリティ音楽会」報告
 5月11日に八王子市学園都市センターで開催されたこの催しは、モンゴルの子どもたちへの支援活動を進める留学生の団体フフ・モンゴル・オドムのみなさんがその資金集めを兼ねて実施したもの。当日は1500円協力券が完売し250人の参加者という盛況で、モンゴルからの留学生も28名が集まったとのこと。トッグタホさん「すごく楽しくてうれしかった。1年間やってきたことを誇りに思う」との言葉が印象的でした。フフ・モンゴル・オドムでは、9月に訪モンゴルツアーを計画中、支援金の手渡し式を含む交流ツアーなどを検討しています。モンゴルに興味のある方は今後の情報に注目!
 もうひとつ、TOAFAEC メンバーのチャガンボルグさんがこのたび結婚することになったとのこと。おめでとうございます!お相手は故郷の方で、結婚式のため3ヶ月ほど内モンゴルに帰られるそうです。
○内田事務局長から上海社会教育関係者の訪日受け入れについて報告
 東京での日程案(南の風870号参照)。まだかたまらない部分がありますが、関心をお持ちの方はどうぞご参加ください。2日夜のパーティー(新宿南口ととや・予定)への参加も呼びかけています。また東京を観光の面で案内するとなった場合の良い知恵がなかなか出ません。
 上海から来た人にとって目新しいものが、東京にはもうなくなってしまったのではないかなどと嘆いてもせんないことです。秋葉原へという希望があれば石倉がご案内できます。
○内田事務局長から第7号の編集案の概要を報告しました(南の風871号参照)。今年も九一八に発行します。
○交流会では、チャガンボルグさんの結婚を祝して小林先生と山口真理子さんがデュエットで「ザ結婚」を歌いました。なかなか良くハモっていました。
○6月日程
 6月15日(学会六月集会)に計画していたTOAFAEC 総会の日程をどうするか、検討しようということになりました。(石倉祐志、Sat, 18 May 2002)
【南の風】第873号(2002年5月20日)掲載




第76回:TOAFAEC(2002年)総会をもってあてる
日時2002年6月21日(土)18:30〜 記録・総会記事・こちら→■i
会場:渋谷ロゴスキー


◆第77回:石倉祐志・谷和明「
ドイツ(ハンブルグ・カッセル)・韓国訪問報告
<案内>
 暑気日ごとに加わる今日この頃、みなさまには日々ご健勝のことと存じます。上海訪日団の旅も無事終了いたしました。関西で受け入れにご尽力いただきました末本誠先生、ありがとうございました。また、東京・川崎でご協力いただきました皆様方にも、この場を借りて感謝申し上げます。
 第77回定例研究会を下記の通り開催いたします。お誘い合わせの上、ご参加ください。
にちじ:7月19日(金)18:30〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター第3会議室
なかみT.ドイツ(ハンブルグ・カッセル)・韓国訪問報告
      報告・谷和明(東京外国語大学)、石倉祐志(生活クラブ生協連合会)
 U.新本『おきなわの社会教育』紹介 第42回社会教育研究全国集会・現地プレ集会
 V.内モンゴル訪問計画(9/10-17) トウ・トウ・カク(フフ・モンゴル・オドム)ほか
*終了後は駅改札横・グルマン亭にて交流会を開きます。
【TOAFAEC つうしん No.60 うちだじゅんいち】 南の風902号 2002年7月10

<報告>
参加者:石倉祐志、伊藤長和、内田純一、川村浩達、小林文人、近藤恵美子、谷和明、套図格、飛田泰寿(朝日ニュースター)、白Mei、福島直樹(都立大大学院)、山口真理子、柳Hyeonsook、羅笈(上海出身)の14名(敬称略)。
 7月19日、77回目の定例研究を開きました。最初に、套図格さんから「モンゴルの旅・日程の変更」について話がありました(『南の風』第907号参照)。次に、初めて参加の福島直樹くんから「ラオスに私立大学をつくる計画・運動」が話されました。福島くんは、『東アジア社会教育研究』創刊号に「ベトナムの地域と文化」について寄稿された津久井純・茅野明子夫妻と知り合いということでした。
 参加者全員の自己紹介の後、社会文化センター「モッテ」で購入されたというハチミツのワインとハチミツジャムの美味に舌鼓を打ちながら、今回のメインである「ドイツ(ハンブルグ・カッセル)・韓国訪問報告」(谷和明、石倉祐志)に入りました。
 まず、印象的だったのが、ハンブルグの宿舎シュタットハウスホテルの話です。このホテルは、知的障害者の労働と共同生活の場として開設された施設で麻薬問題解決市民活動団体が経営しているということでした。また、同団体が経営する喫茶食堂Cafe maxB も知的障害者と薬物依存者が共同労働を通じての社会参加・社会復帰をめざすヨーロッパでも唯一のプロジェクトということで「変わっていて、しかもいい」(小生は「みんな違って、みんないい」を思い出した)をモットーにしているということでした。
 次に印象的であったのが、昨年の報告でも触れられていたエルベ川沿いの社会問題地区で展開されていたオールタナティブ運動(沿岸の再開発に反対し住民の公園をつくろうとする運動と閉館された市民病院を占拠し新しい市民健康・保健施設にしようとする運動)が、市民側の勝利をもたらしたということでした。そしてこの公園づくり運動の記録がカッセルで行われていた「ドクメンタ11」に芸術作品として展示されており、これらの運動が、1970年代の社会文化運動に大きな影響を与えたヨーゼフ・ボイス(1921年〜1986年)の「社会的芸術」の流れをくむ実践であることなどが紹介されました。(ボイス関連の著書で手に入り易いもの。『芸術と政治をめぐる対話』ミヒャエル・エンデ、ヨーゼフ・ボイス 丘沢静也/訳 岩波書店 本体1359円) 
 カッセル・ドクメンタ11で購入したTシャツをまとい、デジカメを画面で紹介しながら話してくださった石倉さんからは、@公共性を自然と創り出す社会文化センター職員のマネージメント力の高さと、A個人としての内発的な行動力の強さへの関心と、いわゆるアジア型の地域共同体モデルとは異なる市民的公共についての報告がありました。
 質疑では、ドイツ社会文化センターの全体的な動向や文化・芸術についての自治体のチャレンジ、自由と公共性などについての論議がつきませんでしたが、7月はじめに刊行された『おきなわの社会教育』(エイデル)の紹介も兼ねて、小林先生から沖縄の字誌のことが取り上げられ(同書、末本論文参照)、沖縄字誌づくりにみられる「共同の中の個」「共同からの『異化』」についての言及がありました。
 充実した研究会の後は、いつものお店に。新しい参加者も交え楽しいひとときを過ごしました。次回の定例研究会は、8月16日(金)です。内容は、新刊『おきなわの社会教育』を手掛かりに、今後の東アジア社会教育研究の視点と方法を検討してみようというものです。
(内田純一、Sun, 21 Jul 2002、 【TOAFAEC つうしん No.61】)
*【南の風】第908号(2002年7月21日)




◆第78回:第42回社会教育研究全国(名護)集会・プレ集会
       〜『おきなわの社会教育』(小林・島袋共編)を読む〜
<案内> 名護集会へ向けて 沖縄の社会教育を語る
 まったくやりきれない暑さです。… 第42回全国集会(名護)の開催まであと20日あまりとなりました。ヤマトからの参加をもう少し増やしたいという状況で、これを機会にぜひ沖縄にという方へのお声かけをあと一度お願いいたします(問い合わせ先内田まで)。
 TOAFAECは、全国集会のたびに、沖縄やアジアからの参加者を囲んで「このゆびとまれ」交流会(2日目夜)を企画開催してきましたが、今回は会場が沖縄ということで、特に予定はありません。現地ではその時間帯に名護市エイサー祭りが開かれるということで、ビール片手にそちらへ参加予定です。今回の研究会は、沖縄集会に向けてのTOAFAECプレ学習会の位置づけです。集会オリジナル泡盛をかたむけながら、大いに語り、歌いましょう
日時:8月16日(金)18:30〜20:30  場所:高井戸区民センター第4集会室
内容:名護集会へ向けて 沖縄の社会教育を語る 小林・島袋編『おきなわの社会教育』エイデル研究所) 話題提供:小林文人(編者)、内田純一(執筆者)ほか
*終了後は駅改札横・グルマン亭にて交流会
<報告>
参加者:石倉祐志、伊藤長和、内田純一、川村浩達、小林文人、小林茂子(中央大学大学院)、小峯みずき、近藤恵美子、周禅鴻(川崎市アカデミー講師、台湾出身)、新城隆子(宮古出身)、立柳聡(福島県立医大)、棚原秀幸、飛田泰寿、長谷川栄子(和光大学々生)、山口真理子、柳Hyeonsook(敬称略)の皆さん。
 <歌もたくさん飛び出して−78回 TOAFAEC 研究会報告>
 78回目の研究会(8月16日夜)は、参加者15名。事務局が予約した部屋では入りきれず、大きな会場へ変更するという嬉しい悲鳴のなか始まりました。また、小林先生との再会が20?年ぶりという新城(現姓,下地)隆子さんも参加され、とても楽しく有意義な研究会となりました。
 冒頭に、内田の方から沖縄集会の状況が話されました。分科会の報告も大方出そろい準備もいよいよ佳境に入ってきている中で、第一全体会の持ち方として、沖縄の社会教育活動をリレートークの形式で紹介していくような場面をもう少し作れないものかといった意見が出されました。
 続いて、『おきなわの社会教育』(小林・島袋編著 エイデル研究所)をテキストに論議が行われました。最初に小林先生から、沖縄社会教育と本土の対話と交流をめざした編集の意図と経過についての報告。沖縄の地域に光を当てることで何が見えてくるのか。全国集会のテーマとも重なる大きな問題提起です。
 次に石倉さんから「第6章 地域史・字誌づくり」にかかわって報告がありました。石倉さんは、「『個の共同』ではなく、いわば『共同の中の個』である」という本書・末本誠さんの整理(P87)を手掛かりに、6月に参加したハンブルグ・アルトナ祭のモッテの社会文化活動と自身が職する生活協同組合における「班」組織との対比から、「個人を単位として展開しない主体形成論」に着目したい旨の報告がありました。ここでの論議の中心は、集落(「字」)の可能性を巡ってなされました。
 新城さんからは、字公民館が生産・保健・教育など集落における生活のあらゆる中心であったことが話されました。加えて立柳さんからは、集会の第一分科会を「字の伝統と現代の子どもの育ち」とテーマ化したねらいについて発言がありました。また、久しぶりに参加した棚原くんからは、内間青年会の活動の広がり(本書P95〜100 山城千秋)が、具体的に紹介され、9000人を越す大規模自治会(14班)においても、青年会を中心に芸能・文化を仲立ちとして地域が動いている様子が語られました。
 現代の内間や読谷村大添公民館もそうですが、沖縄における地域の営みは、難しい状況も含みつつ、そこにおける自治と協同(ゆいまーる)を歴史的に獲得してきた歩みではなかったか。その点で単に共同と個、あるいはヨーロッパモデルとアジアモデルといった二元論だけでなく、もっと地域史的な視点から「沖縄モデル」とも言える独自の展開があるのではないかという指摘も小林先生からありました。
 事前の予定としては、続いて近藤恵美子さんに「第13章 沖縄の女性たち」についてご報告していただくことになっており、近藤さんにはレジュメまでご用意頂いておりましたが、時間の関係で、その機会をつくることが出来ませんでした。あらためて取り上げたいと考えておりますが、近藤さんには、この場を借りてお詫び申し上げます。
 研究会終了後は、駅横のいつものお店に。久しぶりに再会した新城さんの「バンガムイ」(宮古の子守歌)に始まり,棚原君の「涙そうそう」(BEGIN)、全員での「さとうきび畑」「芭蕉布」,小林先生の「やんばるの子守歌」、柳さんとの「アチミスル」、山口真理子さんによる「イサヘイヨウ」「西武門哀歌」「友だちになるために」「百万本のバラ」など、久しぶりにたくさんの唄が飛び出した楽しいひとときでした。
 次回の定例研究会は、9月20日(金)です。内容は、先に他界された山辺賢蔵さんを偲びつつ「9・18」を考えます。(内田純一、Sun, 18 Aug 2002 【TOAFAEC つうしん No.62】)
【南の風】第923号(2002年8月19日)収録

 
名護集会(最終日)にて−9月1日−



◆第79回:故山辺賢蔵さんを偲ぶ会
<案内> 社会教育研究全国集会(沖縄・名護集会)が終了いたしました。台風の影響でプログラムの変更もありましたが、まずは大成功と言えると思います。TOAFAECの皆さま、様々なご支援・ご協力ありがとうございました。集会の様子はTOAFAECホームページ(小林先生撮影デジカメ)でご覧いただけます。
 さて9月に入りました。TOAFAECでは毎年この時期の研究会を「九・一八」にちなみ中国をテーマとしてきました。今回は、東京学芸大学での沖縄社会教育研究会時代から研究会メンバーとして、長く親交があり、先に亡くなられた山辺賢蔵さんを偲びつつ、みんなで「松花江上」(九・一八)を歌いたいと思います。ご夫人の山辺悠喜子さんもご出席の予定。皆さまのご参加お待ちしております。
日時:2002年9月20日(金)18:30〜20:30  会場・永福和泉区民センター第一集会室
内容 (1)故山辺賢蔵氏を偲ぶ (2)「松花江上」(九一八)を歌う
※終了後はグルマン亭で偲ぶ会(2) 石垣から鷲尾雅久・真由美さんも参加予定。
(内田純一、南の風931号 2002年9月5

<報告>
○故山辺賢蔵さんを偲ぶ会(小林)
 第79回TOAFAEC 定例研究会(9月20日)は、山辺賢蔵さんを偲ぶ会、あわせて、九一八「松花江上」を歌いあいました。国立からは徳永功さん(元国立公民館長、教育長)や奥原光子さん、平林正夫さん(もと公民館勤務、わいがや喫茶の創設、現在は市役所課長)など旧知の方々が参加され、親しい人たちが相集って、しみじみ故人を語りあう印象的な会となりました。
 山辺さんは、TOAFAEC の前身・沖縄社会教育研究会(東京学芸大学)時代の常連メンバーだった方。ともに沖縄を旅したこともあり、また自ら国立メンバーなどを案内して中国各地まわり、中国からの留学生を親身になって世話されてきました。1953年まで中国人民解放軍に加わり、帰国後は国立市民としてラディカルな市民運動に関わるなど、これほどの戦後史を歩んだ人はそういないだろう、と思いました。
 山辺悠喜子さん(『七三一部隊の犯罪』三一新書、『日本の中国侵略と毒ガス兵器』明石書店、などの訳者)も見えました。辛口の語り口ながら、夫・賢蔵さんの思い出を語られました。(小林文人)



 <山辺賢蔵さんのこと(徳永功)>
 山辺さんを偲ぶ会を計画していただき、有難うございました。当日は20名ぐらいの集まりと聴いていましたが、それを上回る参加者があり、とても喜ばしく思いました。そのとき申しましたが、本当はいち早く国立で偲ぶ会を持つべきだったのですが、現在、核になる組織もなく、積極的に呼びかける人もいないのです。ですから、少し時間をかけて、奥原さんたちや公民館の職員にも呼びかけて、山辺さんが喜んでくれるような会を持ちたいと思っています。
 先日の会は山辺さんを知らない人たちも居ましたが、いろいろなことが話されて、とても良かったと思いました。
 山辺さんは戦後、中国・八路軍に参加し、その中で奥さんと結ばれ、日本に帰ってからは電電公社の技士として人並みのサラリ−マンとして、国立に住み、初めはPTAの活動を熱心にされていたのです。やがて志を同じくする婦人を議員として送り出すために終始裏方に徹し、そして「町づくりを考える会」の中心人物として活躍しだしたのです。この会は真の町づくりをめざし、行政の基本構想をはじめまちの重要課題について、極めてラジカルな発言を積極的に行い、その中心にはいつも山辺さんが居たのです。
 「革新」市長からも煙ったがられ、彼と親しく話しただけで睨まれるような危険人物だったのです。基本構想作成の時に、職員から委員として参加した小生は、同じ委員であった山辺さんの意見に賛意をのべただけで、「革新」市長から厳しく叱られたことを思い出します。それほどの怖い存在として見られていたのですが、少し親しく接してみると、これほど人が良く、シャイな好人物は居ないほどの人なのです。彼は酒が好きで、というより人と酒を飲むことが好きで、とても「人恋しい」人だったのです。
 事情があって、国立を去られたのですが、その頃から中国人、特に留学生の面倒をそれこそ親身になって見ることを始められたのです。教育長をしていた私の所へも中国の人が幾人か相談に見えたことがあるのすが、山辺さんに電話すると、直に高尾から飛んできてくれ、適切な世話をしてくれました。中国の人はとても感謝したことは言うまでもありませんが、山辺さんはそんなことは当然のことだという態度で、さりげなくしかも嬉々としてやってくれたのです。大げさに言えば、マザーテレサのような行為だ、と私は感動し、いままでの山辺さんの市民運動のすべてよりも、これこそ山辺さんにしか出来ない、本当の人間的な行いだ、と山辺さんにも伝え、彼への畏敬の念をさらに深めたのです。
 このことは、先日の会でも映画監督をしているという中国の李イン氏が「山辺さんは民族をこえた人間愛に燃えた人だ」という趣旨の発言をされましたが、全くその通りだし、同じ感じを持つ人がいたことに意を強くしました。
 奥さんの大胆な発言には驚きましたが、「彼は酒を飲んで話せば誰でも分かり合える、と言ってたが、それだったら総理大臣に酒を持っていって国を良くするように話して来たら、とからかったのですよ。彼は全く思想がないのですから」という発言を聴いて、奥さんは山辺さんの良さを理解できないでいるし、逆に、奥さんの筋がね入りとも言える態度を感じました。
 二次会にいって話したいと余程思ったのですが、残念でした。先日の会の補足と感想の一端を述べさせていただきました。(徳永功、Sun, 22 Sep 2002 16:42)
【南の風】第938号(2002年9月23日)収録




◆第80回:ショウグン・トッグタホほか「モンゴルの子どもたち支援」
                    〜フフ・モンゴル・オドム運動の展望〜
<案内> 紅葉の頃となりました。皆さまには日々ご健勝のことと存じます。現在、発行が遅れております『東アジア社会教育研究』第7号の編集作業を鋭意進めております。完成次第ご連絡いたします。
 定例研究会もおかげさまで80回を迎えました。今後とも引き続き積極的なご参加・ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。会場は前回同様「永福和泉区民センター」です。
日時:2002年10月18日(金)18:30〜20:30 会場:永福和泉地域区民センター第6集会室
内容:(その1):モンゴルの旅(9月)報告〜フフ・モンゴル・オドム運動の進め方〜
 報告者:小軍(東京学芸大学・院)、套図格(都立大学研究生)、川村浩達、小林文人
(その2):ビデオ『バークレー・市民がつくる町』〈マブイ・シネコープ 代表 木村修〉を観る
※終了後(21:00〜)高井戸駅ガード下・グルマン亭に移動し交流会
【TOAFAEC つうしん No.64 うちだじゅんいち】  南の風945号 2002年10月12


<報告>

参加者:ショウグン(小軍・東京学芸大学・院)、トッグタホ(套図格・都立大研究生)、鈴木荘一(建設会社代表・のむぎ)、川村浩達(全建総連)、足立尚子、有川碧、穂谷直亮(以上都立大学生)、長谷川栄子、金澤寿和、小峰みずき(以上和光大学生)、永生(和光大研究生)、佐々木一郎(生活クラブ)、鷲尾雅久(八重山、ギタリスト)、岩本陽児(和光大学)、伊藤長和(川崎市生涯学習振興事業団)、内田純一(東京都教職員研修センター)、山口真理子(調布市図書館)、石倉祐志(生活クラブ)
 今回の第1テーマは「フフ・モンゴル・オドム運動の進め方」ということで、今年9月6日〜13日に「モンゴルの草原と子どもたちに出会う旅」に行ったメンバーも再び集合。立派な出来栄えの参加者報告集が配布されました。まず、フフ・モンゴル・オドム代表のショウグンさんからこれまでの活動報告がありました。
 ショウグンさんの話で印象に残ったのは次のような話です。モンゴル民族は世界に約800万人いるが、その半分以上は内モンゴル自治区、新疆、青海、北京等中国内におり、モンゴル国に250万人、ブリャート共和国などロシア領内にも多く居住している。モンゴル国は1990年以降の民主化の動きの中で民族ナショナリズムには傾かなかった。
 そこでは「ウンドゥストゥン(=NATION )」という言葉は使われることはなかった。内モンゴルを中心とする中国内のモンゴル人は漢民族との同化が進んでいる。中国の経済発展は、モンゴル語の市場を著しく狭めた。将来を考えて漢族小学校に子どもを通わせる親が多い。今、民族の希望、夢が持てない状況がある。モンゴル族小学校の子どもたちへの支援はこうした背景がある。
 草原、ゲル、馬、羊というイメージも大変よいものですが、私にはこのショウグンさんの話のほうがずっとリアリティがあって、もっと知りたいという欲求が刺激されました。「ウンドゥストゥン」と呟きながら草原を旅してみたい気がします。ショウグンさんは修士論文執筆とのことで、今後フフ・モンゴル・オドムの代表はトッグタホさんに替わるとのことです。
 次に、トッグタホさんからこれからの活動の方向について報告がありました。一つには理解を広げる文化交流をこれまで以上に発展させること、二つには財政や事務の確立によって、信頼と継続性を高めること、三つ目に旅の活動では現地の子どもたちや大人たちとの直接交流の機会を増やして、心のつながりを豊かにしていきたいとのことでした。
 参加者からは、「今日の話で始めて知ったことも多く、基本的な事項をもっと知りたい」「政治に傾きすぎてはいけないが、理解を広げる活動を大切にしたい」などが出されました。また、草原の砂漠化と緑化の問題では、移民開墾(清末の対ロシア政策である漢族移民による草原の開墾)に始まる農地化は、一年の大半を裸地とすることになり、これが砂漠化を進めてきたこと、地下水を大量に消費する木を植えることは正しくない場合があること、などが出されました。岩本陽児さんからは和光大学図書館の市民開放とモンゴル文献コレクションの利用が可能になるとの情報がありました。
 それから、金澤寿和さんの編集した旅のビデオを見ました。風の音、寒さ、草原への到着と杯の儀式、羊の解体など。モンゴルの歌はやはりグルマン亭で聴くのと、パオの中で蝋燭の明かりと宴の料理を囲んで聴くのとではまったく違うことがわかりました。
 交流会は、今回終了時刻が遅かったために、グルマン亭には行かず井の頭通りの「永福食堂 メープル」で11時ころまでやりました。また今回の第2テーマ『「バークレー・市民がつくる町」(マブイ・シネコープ、第2作)をみる』については、時間切れで次回以降に送ることになりました。(石倉祐志、Sat, 19 Oct 2002 12:58)
 <欠席の弁>
 ぎっくり腰、文字通り身動きできず。日本にいるのに研究会に欠席したのは初めて? 研究会に出ようと17日福岡より無理に帰京したのがかえってよくなかったようです。
 やっとの思いで「風」だけ送信しています。何とか入院は免れましたが、しばらくは自重しなければならないようで、残念!(小林ぶんじん)
*【南の風】第949号(2002年10月20日)


◆第81回:中国・広州市・番愚市訪日教育考察団との交流
<案内> 冬がかけ足で近づいて参りました。… 第81回の定例研究会は、ちょうど1年前、アメリカのアフガン爆撃に対し全米で唯一反対したバークレー市議会のビデオを観ようと思います。市民は生き生きと自分たちの意見を市政の場で表明しています。イラク問題も緊迫している中で米国の動きを知る貴重な内容です。後半は、前日から来日予定の中国広東省番愚市教育訪日団の歓迎・交流の会を行います。お誘い合わせのうえご参加ください。
日時:11月15日(金)18:30〜20:30  会場:高井戸区民センター第3会議室
内容:(1)『バークレー・市民がつくる町』(マブイ・シネコープ《代表 木村修)をみる。話題提供:内田純一、小林文人 (2)中国(広東省)番愚市訪日教育(成人教育関係)考察団との交流。話題提供:李偉成(広州市教育委員会)ほか
*終了後、駅ガード下・グルマン亭にて交流会
【TOAFAEC つうしん No.66 うちだじゅんいち】 南の風959号 2002年11月10日

<報告−広州市番禺区からの訪日団>

話題提供:李偉成(広州市教育局教学研究所)ほか
○広州市番禺区からの訪日団
 15日昼、広州市番禺区(成人教育関係者)訪日団がようやく成田に着き、その足で夜6時半には都内・高井戸(11月定例研究会々場)に皆さんで来ていただきました。一行なんと21名。研究会参加は主要メンバーの12名。皆さん、ほんとにご苦労さま!
 もともとビザの発給が遅れた上(南の風961号既報)、さらにまた出発予定の14日にも間に合わず・・・1日待機させられて・・・。なんともお気の毒。ホテルの予約はもちろん、川崎や杉並など私たちがお願いした施設訪問の予定も全部キャンセル、あらためて事情を話して再度のお願いをするという経過でした。あの7月の上海訪日団の時もそうでしたが、こういうこと、なんとかならないものか
 それでも皆さんきわめて元気。案内役の李偉成を別にすれば、すべて初めての日本、いい旅になってほしいと願わずにはいられません。
 研究会に用意した部屋では入りきれず、挨拶とお互いの紹介を終えてすぐにグラマン亭に移動、ただちにビールの乾杯となりました。広州や番禺の報告は歓談のなかで聞くかたちとなり、ちょっと勿体ない思い。
 個人的なことですが、先月に腰を痛めて福岡で動けなくなってちょうど1ヶ月目の夜でした。治療以外の(研究活動的な)外出は初めて。念のため杖を携えての参加でしたが、なんとか4時間ちかくお付きあいできました。よろよろしながらの久しぶりのカメラ、数枚をHPにアップしました。(小林ぶんじん)*【南の風】第963号(2002年11月16日)



 <有難う御座いました>
 小林先生をはじめとする歓迎会にご出席の皆様:
 15日、熱烈でかつ盛大な歓迎を受け、それにいろいろとご手配頂き、心より感謝しております。お蔭様で本日16日の見学も順調でした。特に川崎での見学で、市民たちの学習振りをみせていただき、大変いい勉強になりましたと皆さんは言ってくれました。明日からは東京での観光に入り、私が頑張りますから、ご安心ください。
 取りあえずご報告まで。(広州番愚区成人教育交流団を代表して、李偉成、11月16日夜)
*【南の風】第964号(2002年11月18日)


◆第82回:小林茂子「戦前沖縄の移民問題と社会教育」
             〜「眉屋私記」(上野英信)にもふれて〜
<案内> 初冬の候 今年もいよいよ残すところ1ヶ月となりました。今年は皆さまにとってどのような1年でしたか。TOAFAECとしては、沖縄で初めて社会教育研究全国集会が開かれたことや上海訪日団受け入れ、内モ
ンゴル訪問、広州訪日団との交流などの活動がありましたが、『東アジア社会教育研究』第7号が未完(近日刊行)であることが心残りです。せめて入稿して忘年会を迎えたいところです。
 今年最後の定例研究会を開きます。会場は、ふたたび永福和泉地域区民センターとなります。
日時:2002年12月20日(金)18:30〜20:30 会場:永福和泉地域区民センター第一集会室
内容:戦前沖縄の移民問題と社会教育 
報告:(1)小林茂子(中央大学・院) 「戦前沖縄の移民問題と社会教育」
    (2)石倉祐志(生活クラブ連合会) 『眉屋私記』(上野英信)にふれて
 →第84回へ
*終了後、2002年忘年会 いつもの「高井戸」駅・グルマン亭にて
【TOAFAEC つうしん No.68 うちだじゅんいち】 南の風970号 2002年12月2日

<報告>
参加者:
小林茂子(中央大学・院)、古市直子(図書館司書・レディング大学)、岩本陽児(和光大学)、トッグタホ(套図格・都立大研究生)、永生(和光大学研究生)、小林文人、遠藤輝喜(渋谷区教育委員会)、山口真理子(図書館司書、調布市)、石倉祐志(生活クラブ生協連合会)
 今回は多摩社会教育会館関連の集会や、修論や卒論の提出日、職場の忘年会等と重なったりして、当研究会としてはこじんまりとした集いになりました。小人数でしたが、小林茂子さんの報告「戦前沖縄の移民問題と社会教育」は興味深いもので、みっちり聞くことができました。
 戦前の沖縄からの出移民について初めてきちんとした話を聴きましたし、移民教育の施設や施策が社会教育に繋がっていったことや、沖縄の市町村誌や字誌などに見られる移民の記録への視角も重要であることがわかりました。沖縄では南方への移民に力が入れられ、人々は敗戦とともに悲惨な運命をたどることになったわけですが、同時にこれは文献等の資料がほとんど焼(消)失、散逸してしまったということでした。こうしたなかで小林茂子さんからは貴重な何点かの資料を示しながら移民の経過を跡付けられました。なかでも、外務省外交資料館所蔵の、沖縄県庁「海外へ行く人々の為めに」(1930年ころ?)は大変面白いものでした。
 小林茂子報告をみっちりやったので、石倉の「眉屋私記」報告はまたいつかということになりました(2月研究会か?)。眉屋私記ファンの石倉としては、仲間を増やすよい機会と目論んでおりましたが、今回の準備を通じて、荒れ気味の日常に知的なものを回復できたことには感謝しております。
 今回はまた、岩本陽児さんのお連れ合いの古市直子さん(英国・レディング在住)が来会されました。グルマン亭での忘年会では、お二人の「おでんのなれそめ」も披露され楽しいひとときとなりました。
 来年は、1月12日にグランメールで新年会ですが、続いて17日 (金)に研究会を行い、伊藤長和さんに韓国・富川訪問の話をお願いできないか、2月21日(金)は「眉屋私記」報告か、黄丹青さんに上海で進められている本作りに関連して「中国の社区教育と日本の社会教育」について報告をおねがいできないか、といった話がでました。詳しくはホームページ等でお確かめください。(石倉祐志、Sat, 21 Dec 2002)
*【南の風】第979号(2002年12月22日)



◆第83回:伊藤長和「韓国・富川“子どもの権利条例づくり”報告」
<案内> 21世紀も3年目に入りました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。新春第1回の研究会は昨年暮れに韓国を訪問された伊藤長和さん(川崎生涯学習振興事業団)からの報告です。
 伊藤さんは、昨年12月22日〜24日、韓国富川市を訪問され、富川市のNGO「緑の富川21実践協議会・児童人権ネットワーク」の主催するセミナーに参加。緑の富川21実践協議会が進める「児童権利条例」づくりのために、先に条例制定をした川崎市の関係職員として交流されたとのこと。そのほか、「文化の家」、「住民自治センター」などの新たな情報なども期待できそうです。
 終了後、研究会としての新年第1回の交流会も予定しております。皆様のご参加をお待ちしております。
日時:2003年1月17日(金)18:30〜20:30 会場:永福和泉区民センター・第1集会室
内容:韓国・富川市(子どもの権利条例づくり)を訪ねて、最近の動きなども
報告:伊藤長和氏(川崎生涯学習振興事業団)
*終了後、恒例(新年第1回)の交流会 近くのレストラン 
(石倉祐志、南の風988号 2003年1月10日)
<報告>

参加者:伊藤長和(川崎生涯学習振興事業団)、桑原重美(フリーランスカメラマン)、小林文人、山口真理子(調布市立図書館)、萩原敬子(佐久間産婦人科クリニック)、石倉祐志
 今回のテーマは「韓国・富川市(子どもの権利条例づくり)を訪ねて、最近の動きなど」として伊藤長和さんが報告者となりました。テーマに即して、たくさんの資料を用意していただきましたが、話は「韓国と日本」の社会教育をつなぐ「本づくり」構想から始まりました。
 韓国の社会教育について包括的にわかる本は今のところ見当たらないのであれば、これは東アジアの社会教育研究の先駆けとなってきた本研究会の役割であり、先駆的な試みとしてして意義深い取り組みだと思います。
 韓国については最近テレビを初めとしてマスメディアに取りあげられる機会が増え、市民間の交流の条件もますます増えてきていますが、地域社会の実態や市民の動き、社会教育・平生学習の動きなどはなかなか見えてきません。私の職場である生協での経験でも、韓国の生協はここ20年ほどの歩みにもかかわらず、その動きは20代、30代の若い世代に担われつつ、大変活発なものがあるようですが、情報がまったく不十分です。韓国の人々の経験は、日本のあまり芳しくない状況を打開していくうえでも、学ぶべき点がたっぷりあるのでないかと期待されます。
 最近、日本社会教育学会では韓国についての研究発表が少しずつ増え、自治体間でも「川崎と富川」のように密度のある交流が蓄積されてきています。また、韓国でも日本研究の拡がりが見られるようです。社会文化学会からも韓国関心派の皆さんの意欲が伝わってきます。
 そういう状況をふまえて、研究会としても本格的に取り組む条件が生まれてきているのではないか。伊藤さんをはじめとして、基礎的な事項をまず共有しながら、研究会を年6、7回やりたい、韓国への研究訪問を計画する、資料収集を充実していきたい、日韓文化交流基金を活用して計画を進めることはできないか、など様々に語り合いました。課題は出版の具体的な可能性をさぐること。
 それで、伊藤さんのテーマに即する報告は今回はほんのさわりだけにして別途の機会を設けることになりました。今回は(常連メンバーも皆多忙で)人数は少なかったのでしたが、こんなときカメラマンの桑原さん、ひょっこり現れたりするのがこの研究会の面白さです。駆けつけた山口さんと萩原さんも加わって、永福町の中華料理屋でビールで乾杯。
 研究会としての新年の交流会は、韓国の本づくりへの模索、その歴史的な第一歩の夕べとなりました。(石倉祐志、Sat, 18 Jan 2003 13:16)
*【南の風】第992号(2003年1月19日




◆第84回:石倉祐志「眉屋私記(上野英信)を読む」、
        ビデオ「仲宗根政善−浄根を抱いた生涯」をみる

<案内> 春とは名ばかりの寒さが続く折、皆さまにはご健勝のことと存じます。『東アジア社会教育研究』第7号も入稿を果たし出版の運びとなりました。発行が大幅に遅くなりましたこと深くお詫び申し上げます。
 2月の定例会は、昨年末に引き続いて沖縄を取り上げます。今年度TOAFAECとして沖縄研究をどのように行っていくかなど、思いを出し合いたいと存じます。なお、ビデオは、仲宗根政善先生7回忌にあたる2001年に、ひめゆり平和祈念資料館が特別展として編集したものです。皆さま、お誘い合わせのうえ奮ってご参加ください。
日時:2003年2月21日(金)18:30〜20:30   会場:杉並区・高井戸区民センター
内容:(1)『眉屋私記』(上野英信)を読む (2)『仲宗根政善−浄魂を抱いた生涯』(ビデオ/29分)
報告:石倉祐志(生活クラブ生協連合会)ほか 資料・「沖縄社会教育史料3,証言」(1979年)

<報告>
          
参加者:
石倉祐志、伊藤長和、岩本陽児、内田純一、大平樹里、桑原重美、小林文人、下地隆子、村山道宣、山口真理子、トッグタホ、ダーフラ、宝暁、の皆さん。
 大平さんは、和光大学出身で現在、明治大学の院生。名護市屋部の地域調査を行っているとのこと。村山道宣さんは、学芸大の音楽科卒(真理子さんと同級)で、現在、木蓮社(阿佐ヶ谷)という出版社をやっている。新刊『土の絵師 伊豆長八の世界』はすでに三刷り。すでに新聞等の書評10本余り、主要な本屋で平積み。宝暁さんは、ダーフラ氏の愛妻。3月初旬までモンゴルから来日中。今回の研究会は、このように多彩な顔ぶれとなりました。
 石倉さんからの『眉屋私記』(上野英信・潮出版社)報告は、たいへん詳細なものでした。大きくは、著者上野英信氏の略歴、『眉屋私記』の内容、そして「共同体の記憶と字誌づくり運動」へと話題が掘り下げられました。前者2つからは、眉屋一族がたどった一つひとつの小さな事実を通して、沖縄の歴史、近代化の本質が鋭く見えてくること、上野英信氏の15年に及ぶ取材から絞り出された丹念な仕事ぶりとその執念に私などは声も出ませんでした。
 石倉さんの提起を含めた3つめは、『眉屋私記』の主人公であるツルと萬栄が両者とも屋部を離れての流浪の身でありながら、共同体の記憶として、屋部の集落を背景あるいは深層に常に持っていたのではないか、そのことを上野英信は、冒頭と終章の屋部の姿の中に描き出しているというもので、字誌づくりは、共同体の記憶を自覚的に追求しようとする現代の営みとして注目したいというものでした。
 研究会の後半は、『仲宗根政善−浄魂を抱いた生涯』(ビデオ/29分)を観賞しました。このビデオは、仲宗根先生の7回忌にあたる2001年にひめゆり平和祈念資料館が編集したものですが、平和への取り組み以外にも、戦後の教科書編纂や今帰仁方言研究、琉球大学学生処分問題にまで言及されています。『沖縄社会教育史料(第三集)』(1979年)に掲載されているインタビューと合わせると理解が深まります。観賞後、元NHKカメラマンの桑原重美さんが感激して借りていかれました。
 研究会終了後は、いつもの「グラマン亭」へ。木蓮社の村山さんが参加されることを聞きつけた小林富美さんも現れて、多彩なメンバーからか、新参加の方の自己紹介も。村山さんからは、さすが音楽科、沖縄黒島の歌も飛び出し、小林先生もそれに負けじと「やんばるの子守歌」。宝暁さんからは、来日の感想が語られ、夫ダーフラさんの歌声は、これまでにない伸びやかなものでした。
 次回は、3月14日(金)で、『東アジア社会教育研究』第7号の韓国関連レポートを読み合います。積極的なご参加お待ちしております。
( 【TOAFAEC つうしん No.73 うちだじゅんいち】、Mon, 24 Feb 2003 23:44)
◎【南の風】第1012号(2003年2月27日)



◆第85回:金子満・伊藤長和ほか「韓国の平生教育の展開」
                     −東アジア社会教育研究・第7号を読む−
<案内> 一雨ごとに暖かさが増す今日この頃、皆さまには、ご健勝のことと存じます。8日「WORLD PEASE NOW 3・8」に参加してきました。「ノー・モア・ウオー」の大合唱に、さまざまなプラカード。メーデーとはひと味違ったデモ行進でした。弥生3月は、卒業、異動、新たな門出の決定など、さまざまな情報が飛び込んできます。祝福・壮行会等も兼ねながら定例会が出来ればよいと思いますので、皆さま、お誘い合わせのうえ奮ってご参加ください。『東アジア社会教育研究』第7号(1200円)普及にもご協力ください。
日時:2003年3月14日(金)18:30〜20:30  会場:高井戸区民センター
内容:韓国の平生教育の展開(「東アジア社会教育研究」第7号を読む)
報告:小林文人、伊藤長和ほか
*終了後、恒例の交流会・グルマン亭(予定・変わる可能性があります)

<報告>

参加者:金子満(九州大学・院)、小林茂子(中央大学・院)、桑原重美(フリーランスカメラマン)、ダーフラ、伊藤長和、小林文人、山口真理子、岩本陽児、内田純一、石倉祐志
 今回は金子満さんを迎え、韓国の平生教育の展開(「東アジア社会教育研究」第7号を読む)として、韓国の社会教育への理解を深める重要な視点が活発に出されました。
 「第7号」には鹿児島大グループと金子満さんによる「平生教育法成立後の平生教育行政の実相(その2)―平生教育支援体制と地域社会の平生教育―《韓国『2001年平生教育白書』翻訳・解題》」が掲載されています。
 まず、これを読むための基礎的理解を兼ねて、小林文人先生から韓国の社会教育・平成教育の歩みについての8点にわたる総括的な報告がありました。韓国の社会教育への理解は、日本の支配を背景にした国家統治の道具としての社会教育というのが定説であるが、最近、名古屋大グループから開明的知識人や学会等による(植民地支配の本格的展開以前の段階において)社会教育論導入の提起があったこと、平成教育法のもつ「多元的構造性」あるいは「立体的な構造」が注目されること、一方では歴史ある文解(識字)教育の姿が見えなくなっているのではないか、台湾の法制には存在しているマイノリティへの視角が見られないのではないか、等々の視点も指摘されました。
 川崎市国際交流課長の経験もある伊藤長和さんからは、川崎市と富川市との子どもの権利条約をめぐる交流の中からの提起がありました。行政主導・市民参加で進めてきた川崎に対し、富川では住民・市民の運動がリードしていること、一方で韓国の自治体制度の特徴を押さえないと理解が難しいこと、学生、労働者、キリスト教など民主化闘争の伝統と市民運動の強さ、学校運営委員会への注目、などです。
 今回の研究会のためにはるばるやって来られた九州大学大学院の金子さんからは、教育疎外層へのボランタリーな地域福祉的活動の蓄積があること、様々な地域平生教育関連施設の存在については、1997年のIMF危機を背景に行政業務の削減、政府が介入しない住民の話し合いによる洞事務所の住民自治センターや文化の家などへの転換が進んでおり、こうした施設運営を住民運動や市民運動が主導する事例も見られること、韓国では情報化の時代に対応して国家競争力を高めるための教育政策が進められている一方で、広く緩やかな学習条件を整備する市民のファクターに注目していく必要などを指摘されました。韓国の変化は急速に進んでおり「上からいろんなものが降りてくるが下は混乱している」という韓国の教育現場の声も印象に残りました。
 感想を一つ言えば、植民地支配、「北」の存在、過酷な弾圧と民主化闘争、IMF危機、大統領選挙、市民運動等等を背景に、日本に暮らす者とはずいぶん異なる民衆意識について様々に想像させられたことでした。また、韓国の今を見る視点は、日本の今をどうするかを考える上でもとても重要であるとの思いを深めることができました。
 交流会は、これまでとは場所を変えたせいか(イースト・ヴィレッジ、 高井戸駅南側永谷マンション1階03-5346-2077)、ダーフラさん、岩本さん、小林先生、内田さん、山口さん、伊藤さん、金子さんなどから次々歌が飛び出しにぎやかでした。金子さんお子さん誕生おめでとうございます。
 さて今後の研究会ですが、4月25日、5月23日、6月27日といずれも第4金曜日で進めていくことになりました。いまのところ4月25日はモンゴル、5月23日は岩本報告、6月は沖縄をテーマにする予定です。
 また、「東アジア社会教育研究」第8号の編集委員会を4月12日午後の時間帯で設定します。別途のご案内を差し上げる予定です。(石倉祐志、Sat, 15 Mar 2003)
*【南の風】第1022号(2003年3月16日)


◆第86回:タクタホ他「モンゴルの子どもたちをめぐる状況と支援運動」
<案内> 陽春の候、皆さまにはご健勝のことと存じます。東京の桜もほぼ満開です。花見見物に列なる屋台のラジオからイラク戦争のニュースが流れてきます。いま自分には何が出来るのでしょうか。
 さて、4月は出会いとともに始まります。TOAFAEC にも新しい仲間が参加してくれることでしょう。第86回の研究会を下記の通り行います。お誘いあわせの上、奮ってご参加ください。
 なお今後、毎月の第4金曜日を定例化し、研究会を開催していく予定です。
にちじ:2003年4月25日(金)18:30〜20:30 ばじょ: 高井戸区民センター第5集会室
なかみ:モンゴルの子どもたち支援の運動 −フフ・モンゴル・オドム これから−
はなし: 套 図格(東京都立大学院生)ほか
かんげい:モンゴルからの新しい留学生
*終了後、恒例の交流会・歓迎会「イーストビレッジ」03-5346-2077
【TOAFAEC つうしん No.75 うちだじゅんいち】 南の風1033号 2003年4月3日)

<報告>
参加者:朝倫巴根(チョウリンバゴン)、薩如拉(サルラ)、薩如拉(サルラ)(以上和光大学研究生、薩如拉さんは同姓同名の二人が来会)、達富拉(ダーフラ)、套図格(トッグタホ・都立大学・院)、吉松朋子、渡辺祐也(以上和光3年)、野村千寿子(品川区・社会教育主事)、ハクメイ(中央大学・院)、近藤恵美子(中央大学・院・博士課程)、川村浩達、小林文人、内田純一、石倉祐志
 今回はモンゴルからの留学生が半分近くを占める研究会でした。テーマに沿って、トッグタホさんから「フフ・モンゴル・オドム」の活動が報告されました。フフ・モンゴル・オドム(青きモンゴルの子孫)はモンゴル(中国の内モンゴル自治区やモンゴル国など)から日本にやってきた留学生たちの活動で、2001年5月以来、地域での文化交流、留学生同士の互助、モンゴルの小学生への就学支援などの取り組みを進めてきました。この1年の経過としては、16回に渡るモンゴル民族コンサート、2002年9月『モンゴルの草原と子どもたちに出会う旅』、モンゴルの祭り「ナーダム」の開催、忘年会などでした。これからの1年は、地域の祭りへの参加、昨年に続くモンゴルツアー、「モンゴルを語る学習会」などを計画中とのことです。
 また、小林先生からフフモンゴルオドムを取り巻く問題について以下のような解説がありました。内モンゴルではここ4−5年、砂漠化等の環境問題とともに、改革開放政策の進展にともなう格差、経済発展する中国沿岸部との格差が目立つようになってきている。少数民族の言語・文化問題、中国語化が加速している。モンゴル語で教育を受けた優秀な若者たちが、経済発展の中かえって就職の道が狭められているという現実もある。それがいまモンゴルからの日本への留学者が増加している背景となっている。政治的な抑圧もあり、模範的とも言われてきた中国の少数民族政策は必ずしも成功しているとはいえないのではないか。環境悪化・経済貧困だけでなく、民族のアイデンティティ・言語・文化の領域での複雑な問題構造を見なければならない。
 今回は、モンゴルのチョウリンバゴン、両サルラ、和光大3年の吉松朋子、渡辺祐也などの初めての参加、、15年ぶり?の野村千寿子、川村浩達などと久々の参加があり、これに加えて近藤さんの博士課程、ハクメイさん、トッグタホさんの院修士の進学もあり、交流会で祝杯をあげました。



 なお、次回日程は土曜の案もありましたが、やはり土曜は厳しいとの意見もあり、相談した結果、5月23日(金)高井戸区民センター、ということになりました。金曜の出席が難しい岩本先生、すみません。報告は次の機会にお願いしようということになりました。
(石倉祐志、Sat, 26 Apr 2003)
◎【南の風2003】第1048号(4月27日)


◆第87回:中村保「やんばるの島酒運動」

<案内> 沖縄は梅雨に入ったとのことです。… 下記のとおり、今回の定例研究会は、豪華なゲストがいらっしゃいますので、皆さまぜひともお誘い合わせのうえ、奮ってご参加ください。
日時:2003年5月23日(金)18:30〜20:30  会場:高井戸区民センター
内容:山原の島酒運動について 
ゲスト・比嘉祐典氏(山原島酒之会会長、東洋大学教授、中村保氏(山原島酒之会副会長)
*終了後 恒例の交流会 高井戸駅近く「イーストビレッジ」03-5346-2077
【TOAFAEC つうしん No.76 石倉祐志】 南の風1055号 2003年5月8日)

<報告>
参加者:中村保、北村理沙、中沢郁実、朝倫巴根(チョウリンバゴン)、ダーフラ、山口真理子、小林茂子、萩原敬子(交流会のみ)、桑原重美、伊藤長和、小林文人、石倉祐志
 今回のテーマは「やんばるの島酒運動」と題して、中村保氏をゲストに迎えました。中村さんの自己紹介からいくつか…。沖縄県東村教育委員会に30年勤務されたあと、定年を待たずに退職され、現在は東洋大学大学院博士前期過程に所属。東村では村史作りの事務局長や村立博物館づくりに携わってこられました。
 現在は、文化的に重要ないくつかの施設(酒がめ陶工房、在来種リュウキュウメダカ保護センター、漂流物博物館)を所有・経営されているほか、山原島酒之会副会長として五石(一升瓶にして500本)の泡盛古酒を育てていらっしゃいます。
 山原島酒之会は単なる泡盛愛好グループではなく、「仕次ぎ」によって古酒を育てることを文化の形成と捉え、これに正面から取り組んでいます。「仕次ぎ」とは沖縄の泡盛に固有の古酒作りの技法で、一番甕の古酒を少量飲んだら、その分を少し若い二番甕から一番甕に補充し、またその分を更に若い三番甕から二番甕に補充するという方法。人によっては五番甕まで持っている。
 沖縄には琉球王府の支配の元に数百年にわたって育てられた泡盛がいくつもあったけれど、沖縄戦ですべてが壊滅してしまったとのことです。戦後これを、ゼロから出発して試行錯誤の上再建したのが会の顧問である謝花良政氏で、沖縄サミットの各国首脳が口にしたのも謝花さんの泡盛だったそうです。会では各戸の「床の間に古酒甕と三線を」置く文化風景をつくり出そうということで運動を進めており「これを子から孫、そのまた孫まで何千年と続けよう」としています。
 小林先生のコメントによれば、「仕次ぎ」は古いものに新しいものを加えることによって古いものと新しいものが活かされるということであり、共同体の人間関係の循環性に通じる深い思想性を表現しているとも言えるでしょう。これを「家の床の間に置く」ということの意味を考えさせられたものでした。
 中村さんの話は大変面白いものでしたが、語るときの表情は真剣そのもので、思いっきり生きている人の持つパワーを分けてもらったような気がします。中村保さんありがとうございました。



 交流会での一こま。8月に内モンゴルに帰られる予定のダーフラさんの歌が、泡盛の酔いも手伝ってこれまでになく味わい深いものでした。その歌声に感激された中村さんが即興?の琉歌をさらさらと書かれ歌われました。また久々の山口真理子さんの西武門哀歌も健在でした。久しぶりにこられた北村さん、中沢さん、交流会に駆けつけてこられた萩原さん、よく来られましたね。
 今回は運営のまずさから比嘉祐典先生のご来会を実現できませんでした。事務局としてお詫びいたします。また別途の日程で(例えば12月)比嘉先生を囲んでお話を伺う機会を持ちたいという声もあります。比嘉先生、その節にはまたよろしくお願い申し上げます。
(石倉祐志、Sat, 24 May 2003 22:15)
*【南の風】第1067号(2003年5月25日)

◆2003年度TOAFAEC総会
日時:
2003年6月21日(土)、於・日中学院 記録→■



◆第88回:伊藤長和・朴海淑・小田切督剛「韓国の平生教育
                       −とくに富川の市民と生涯学習−」

<案内> 先月は、TOAFAEC 総会のため定例研究会はお休みにしました。総会の席では、TOAFAEC の出版機能について論議がなされました。年報『東アジア社会教育研究』の発行に加えて、沖縄(昨年8月・協力刊行)、中国(今年8月末・上海本刊行予定)、韓国(計画進行中)、そして台湾、東アジアの大都市など、TOAFAEC の日ごろの研究蓄積の上に、東アジア社会教育・成人教育に関する出版構想?の話題が出されました。
にちじ:2003年7月25日(金)18:30〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター第3会議室
なかみ:韓国の社会教育、最近の動きについて 伊藤長和(川崎市生涯学習事業団)さん
※伊藤さんには、今年1月にも韓国報告をお願いしましたにもかかわらず、参加者が少なくご迷惑をおかけした経過がございます。しかしその席で「韓国社会教育研究」出版構想が一歩前進しました。
*終了後、恒例の交流会 高井戸駅近く「イーストビレッジ」電話03-5346-2077

<報告>
 
参加者:伊藤長和(川崎市生涯学習振興事業団)、朴海淑(同)小田切督剛(川崎市教育文化会館)、ダーフラ、近藤恵美子(中央大学・博)、白メイ(中央大学・修士課程)、小林文人、内田純一、山口真理子(交流会のみ)、石倉祐志
 韓国の社会教育をめぐる最近の研究会の経過としては、今年1月の第83回研究会で小林先生から「韓国の本づくり」への提起がなされ、また第85回(3月)では、九州大学大学院の金子満さんを迎え、韓国の平生教育の展開(「東アジア社会教育研究」第7号)を読み、韓国の社会教育への理解を深める重要な視点が活発に出されました。
 今回は、第83回研究会で先延ばしになっていた、韓国・富川市の最近の動きについての伊藤長和さんの報告ということでしたが、伊藤氏に加え朴海淑氏(パク・ヘスク、川崎市生涯学習振興事業団)、小田切督剛氏(まさたけ、川崎市教育文化会館)という陣容での重厚な報告となりました。
 まず伊藤氏からは「韓国の社会教育を理解する」として、地方自治、社会教育の現在、草の根の社会教育実践、変動の激しい韓国社会という視点から全体像にせまる報告がありました。
 次に小田切督剛氏(川崎・富川自治体間交流の一環で99年に富川市役所に1年間勤務)からは「富川市の市民社会と平生教育」としてまず、近年の韓国市民運動の動きについて触れた後、富川市の市民社会については、「衛星都市」「壮年都市」「野党都市」「市民社会1番地」などのキイワードをあげて説明。富川の平生教育の実態については、行政組織、市庁、富川文化財団、富川市教育庁、福祉センター、住民自治センター、緑の富川21実践協議会について具体的に報告されました。朴海淑さんからは学校運営委員会についての報告と、韓日市民社会の相違について、市民運動における宗教団体の役割、担い手の中心としての「三・八・六世代」(今30歳台で80年代学生運動を経験し60年代生まれの世代)の特質、学生の役割の違いなど、自らの実体験を織り交ぜながらのコメントが大変興味深いものでした。
 討論では韓国の「三八六世代」に対応する日本の「五七五」?世代との比較や、継続・蓄積する韓国の市民運動・学生運動と挫折・分裂する日本のそれとの対比、むしろ流動的な政策の動きと、巧みに機会をとらえ自己を組織化する韓国市民運動の強さなどの論点が出されました。
 交流会では8月7日に内モンゴルへ帰るダーフラ(達富拉)さんの送別の乾杯をしました。ダーフラさんは帰国後9月から再び高等学校の教壇に立たれるとのことです。ダーフラさんの歌にはみな感動させられますが、この日の歌はこれまでとは違う歌に聞こえるほどの深さが感じられました。
 
ダーフラ氏(4月25日・第86回定例研究会)


 これに触発されてか一同「アチミスル」(朝露)を肩を組んで気持ちよく大合唱。小林先生の「ターハイ」「涙そうそう」、朴海淑さんの「サランヘ」山口真理子さんの「トゥモロウ」、近藤、ハク、内田各氏中大グループによるダーフラさんへの「惜別の歌」など、エキサイティングな一夜となりました。
 さて、次回研究会は8月23日〜25日、第43回社会教育研究全国集会(岡山)での「この指とまれ・沖縄を囲む集い」に合流します。次々回は、9月26日(金)、黄丹青さん・小林先生(8月末に訪中)による中国社区教育の動きについてのホットな報告となる見込みです。皆様のご参加をお待ちしております。(石倉祐志、Sat, 26 Jul 2003)
*南の風第1100号(2003/7/27)


◆第89回:「沖縄を囲む集い」(第43回社会教育研究全国集会・岡山)
日時:2003年8月24日(日)夜・全国集会第2日「この指とまれを兼ねる
於:岡山・全国集会々場
 夏の終わりの年中行事、社会教育研究全国集会(第43回)で岡山に出かけておりました。パソコンは持参していましたが、ホテルからの送受信がどうもうまくいかず、結果的に4日間のご無沙汰となりました。
 最近の風としては珍しいこと。ホテルの言い訳は、XPに対応できないのです、とのこと。そんなことってあるのかしら?
 それでもあと一歩の努力をすれば、送受信は可能だったのでしょうが、島袋正敏さんをはじめとする昨年度全国集会(名護)の事務局メンバーが打ち揃っての参加でしたから、毎晩一緒に飲んでいました。さきほど写真10枚ほどホームページに収録、ご覧下さい。お許しを得ないままのアップですから、これは困るという画像があったらご一報を。すぐ差し替えます。
                         
*写真→■(2003/082/4)
 全国集会で年に一度会う人たちも少なからず。久留米(郷里)近くからの初参加(かなり年配の)女性グループもあり、驚きました。故郷での再会を約しました。今年は初参加の人が多く、なぜでしょう?
 二日目の分科会(自治公民館など小地域の取り組み、久しぶりに終日これに付き合った)もなかなか面白く、いい意味で、あとを引きそうな気配。この論議の内容もまた書きましょう。  
*【南の風】第1134号(2003年9月26日、小林文人「岡山から帰って」)


◆第90回:黄丹青・田中美奈子・張林新ほか「中国(烟台・上海)訪問報告」
<案内> 大きな台風ですね。八重山の皆さまには、お見舞い申し上げます。前回の研究会は、岡山集会でのこの指とまれ「沖縄を囲む集い」でした。昨年の集会でお世話になったやんばるの皆さまに再会でき、楽しいひとときでした。
 すでにご案内の通り、岡山集会の熱気も冷めないうちに、小林先生を始めとするTOAFAEC訪中団が、烟台から上海への旅(烟台日本語学校開校式出席や閘北区行建職業学院、普陀区曹楊新村社区センター、華東師範大学等訪問)に出発し、多くの話題を持ち帰って来ました。
 例年9月の研究会は、九・一八にちなんで中国の成人教育・社会教育を取り上げてきました。今年も訪中団報告を中心に、この時期に中国の話題を取り上げたいと思います。
にちじ:9月26日(金)18:30〜20:30  ばしょ:高井戸区民センター第5集会室
なかみ(1)訪中団報告 ・烟台日本語学校の開校 ・上海の社区教育
 (2)九・一八をうたう など  ほうこく:黄丹青、石倉祐志、田中美奈子、小林文人
*終了後、:交流会と『東アジア社会教育研究』第8号出版の乾杯 「イーストビレッジ」

【TOAFAEC つうしん No.79 うちだじゅんいち】南の風1128号 2003年9月13日)

<報告>
参加者(敬称略):石倉祐志、内田純一、小林文人、近藤恵美子、田中美奈子、張林新、萩原敬子、黄丹青、村山道宣、山口真理子
 TOAFAEC では、1995年6月2日に第1回の研究会を開催して以来、おおよそ月一回のペースで会を実施してきました。過日(9/26)、その90回目が開かれました。遅くなりましたが、当日の報告をさせていだだきます。
 今回のテーマは、8月27日から9月5日にかけ、中国烟台から上海への旅をしてきたTOAFAEC 訪中団の報告会です。
 最初に小林先生からこの間の経過と訪中の日程が話されました。一つは、和光大卒業生の張林新さんが開校した烟台日本語学校開校式への出席(小林先生はその学校の名誉校長・理事)、もう一つは、上海市閘北区行建職業学院「小林国際交流閲覧室」ならびに上海成人教育関係者への訪問・交流についてです。TOAFAEC は、発足以来、上海市閘北区や華東師範大学等の成人教育関係者と交流を積み重ねてきており、「国際交流閲覧室」は、その成果の一環です。今回の訪問では、この閲覧室を有効に活用していくための話がなされたとのことでした。
 小林先生によればこの空間を楽しくて自由な発想が生まれる一種のたまり場にしたいということ、さらに日本の社会教育を紹介する最先端の拠点として、まずは日本の大都市コーナーを設け、そこに資料を配架・整備するとのことでした。現在、その呼び掛けをしているところです。
 次に、今回初めて中国を旅した田中美奈子さん(杉並区職員・福祉作業所勤務)から報告がありました。まず、訪問した各学校での学習者の様子から、学ぶことと生きることがこんなにも結びついているというそのエネルギーに圧倒されたということでした。また、海外訪問の経験の比較的多い田中さんご自身からみても、特に上海は、古いものと新しいものとが混在しており、激しい変化の中にあるということを実感したということでした。
 主報告として、今回ずっと通訳をして下さった黄丹青さん(埼玉大学講師、TOAFAEC 常任委員)から訪問した社区教育施設と社区教育に関する報告がありました。黄さんの報告で特に興味を引かれた施設は、上海市普陀区桃浦鎮の社区学校です。黄さんによれば、小学校の跡を利用し、教学棟(8教室)、総合棟(4階)、活動棟(2階)の施設を有する、この学校では、法律教室や書画、京劇、ダンスなどの活動が行われており、熱気あふれる雰囲気の中から、情熱や一体感が読みとれるとのことでした。そんな中で、常務校長・候全宝さん(2002年7月に来日)を中心に郵便配達のネットワークが作られていることが印象的でした。
 社会主義中国において、教育・文化の地域化とともに、物流(この場合は郵便)の人的ネットワークが動いている。これは、一方で国家権力が末端まで浸透する機能を果たす危険を持ちながら、他方で地域の自治的なつながり、暮らしの支え合いとしての側面を持ち得るのではないか、そんな感想を持ちました。
 最後に、烟台日本語学校長の張林新さんからは、ダム建設に伴い三峡地域から3万にもの移住を受け入れている烟台の状況や中国が2020年までに実現を打ち出す「小康社会」の具体的な生活イメージについてなど、今回の報告をより深める説明がありました。「識字教育」「農民教育」「成人・職業教育」そして「社区教育」(80年代以降の政策)の動向をあらためて整理し、地域の動きを中心にしながら全体をダイナミックに捉え直してみる必要を感じました。

 終了後は、いつもの「イーストビレッジ」(高井戸駅近く)で交流会となりました。今回は、特に『東アジア社会教育研究』第8号発行とその編集で中心的役割を果たした石倉さん、木蓮社の村山さんへの感謝の乾杯が行われました。お疲れさまでした。例年9月の研究会は、九・一八にちなんで♪松花江上♪を歌うのですが、今回は歌いませんでした。
 「唄を歌わないのは、研究が進んでいない証拠です」と小林先生の檄が飛びそうです。
内田純一、Sun, 12 Oct 2003TOAFAEC つうしん No.80
*【南の風】第1145号(2003年10月12日)収録  *関連写真→■(2003/08〜09)


◆第91回:谷和明「ドイツ・社会文化運動、最近の動き」
<案内> 秋も深まってまいりました。10月の定例研究会を下記のとおり開催いたします。今回は、東京外国語大学の谷和明さんからドイツの社会文化運動(新しい動き)について話題を提供していただきます。谷さんは今年3月から約半年の間、短期在外研究(フンボルト大学)でベルリンに滞在してこられました。その間、21回にわたって「南の風」に投稿された日誌風の「ベルリンの風」を興味深く読まれた方も多かったのでは。今回はまたどんな新しい発見が披露されるか楽しみです。
にちじ:2003年10月24日(金)18:30〜20:30 ばしょ:高井戸区民センター第3会議室
なかみ:ドイツの社会文化運動について  お話:谷和明さん(東京外国語大学)さん
*終了後、恒例の交流会 高井戸駅近く「イーストビレッジ」
(石倉祐志  南の風1146号 2003年10月13日)
<報告>
参加者:谷和明(東京外語大学)、足立尚子(都立大3年)、岩本陽児、チャガンボルグ、伊藤長和、近藤恵美子、小林文人、内田純一、石倉祐志
 報告者の谷和明さんは、今年3月から約半年の間、短期在外研究(フンボルト大学)でベルリン(パンコウ区、旧東ベルリン地区)に滞在してこられました。今回はベルリンの社会文化運動事情について話題提供していただきました。印象に残ったこといくつかを記します。
 谷さんが、約半年の間滞在したベルリンのパンコウ(Pankow)区は旧東ベルリンの北部。「東ベルリンの原宿」プレンツラウアーベルクもこの区にある。東ドイツ時代からある「文化の家」に加えセツルメント団体による「近隣社会会館」、図書館、自助グループの溜まり場、アウトリーチティームの拠点などが徒歩の範囲にあります。社会的文化的施設は充実しており、市民のボランティアによる運営参加も活発。ちなみに、ベルリンでは市民の自発的な運動により工場や空き家の占拠による近隣社会会館の建設や運営が見られ、「占拠」は社会文化センターの専売ではないことがわかる。こうした施設充実状況の中でベルリンの社会文化センターはけっこうアバンギャルドに走っているらしい。
 谷さんの短期在外研究(フンボルト大学)受け入れ側責任者シェフター教授は「東には市民はいない」と言ったとのこと。これまで研究会では西側の市民による社会文化運動について取り上げたことがあるけれど、壁崩壊後の元東独地域での人々の意識について、体験を交えての今回の報告は新たな関心を呼び起こすものとなりました。
 東独時代、人々のボランタリーな動き、積極的参加や自発性はどうだったのか。ボランティアといえば、旧東独ではスポトニック(ロシア語)と呼ばれる年に何日かの勤労奉仕の日があったそうで、多分に動員的な性格をもっていました。現在この地域ではPDS(民主社会主義党。東独共産党の系譜に連なり、旧東独地域を基盤とする)支持者が多い。現在のドイツでは批判勢力=野党であり、ベルリンでデモがあるといつも大量動員する政党として旧西側の人々からは毛嫌いされいる。しかし何もかもが動員的というわけではなかったのではないか。パンコウ(Pankow)区に見られるように市民のボランティアによる社会的文化的施設の運営も見られる。統合後10年の変化はどうなのでしょう。
 この問題は権力と市民の関係という問題とも考えられます。権力のサポート、承認、管理を前提としてその枠組み内で奨励され活動するというモデルは、東独だけでなく中国などの問題でもあると小林先生が指摘されました。そこに市民はいるのか?シェフター教授の言葉を、中国や日本への問いかけとしても受止めることができるようです。
 以上のほか、ハンブルクの社会文化センター「モッテ」における館長ヴェント氏対理事会の“戦い”の事例をめぐってドイツの「登録団体」の運営の民主性について、イギリスのナショナルトラストや日本のNPOとの比較もまじえた議論なども興味深いものでした。
 さて、次回は11月28日(金)の予定です。報告者としては「東アジア社会教育」第8号に執筆された内田純一さんや江頭晃子さんに「東京」をテーマに語っていただいてはどうかと話し合いました。第8号の合評会を含めて行います。江頭さんいかがですか?
 また次々回は12月26日(金)です。沖縄(国頭)安田のシヌグのビデオ(NHKで10/22放映『沖縄の歌と踊りスペシャル・神々の訪れる日「国頭村・安田のシヌグ」』を小林先生が録画)を見て、桑原重美さんのお話を聞きながら、忘年会をしようという案もあります。
(石倉祐志、Sat, 25 Oct 2003)
*【南の風】第1155号(2003年10月26日)収録




◆第92回:内田純一「社会教育における東京現象」

<案内>
 日に日に気温が下がり、秋も深まってまいりました。11月の定例研究会を下記のとおり開催いたします。今回は、『東アジア社会教育』第8号に「東京都における社会教育行政の激変 資料と解説」を寄稿された内田純一さんから「東京」をテーマに語っていただきます。第8号の合評会も含めて行いますので持っている方は持参ください。まだの方は当日入手できます。
にちじ:2003年11月28日(金)18:30〜20:30 ばしょ:高井戸区民センター第3会議室
なかみ:社会教育における東京現象  お話:内田純一さん(東京都教職員研修センター)
*終了後、恒例の交流会 高井戸駅近く「イーストビレッジ」
(石倉祐志  南の風1166号 2003年11月14日)

<報告>
参加者:内田純一、石川敬史、遠藤輝喜、岩本陽児、伊藤長和、山口真理子、石倉祐志
 冒頭、中国から帰っていらっしゃった伊藤さんが『現代社区教育の展望』を数冊持参され、ハードカバーの真新しい本を皆で開いて見ました。編著者3人の写真も評判でした。
 報告は内田純一さん(東京都教職員研修センター)から「社会教育における東京現象」というテーマで石原都政下における教育「改革」の実態について、「東アジア社会教育研究」第8号に書かなかったことも含めその動向をまとめていただきました。
 新自由主義路線による管理と統制の実態に加え、社会教育行政・施設において廃止と委託の具体的な動き等を踏まえ、この問題に研究者としてどのように関わるかという問題提起で締めくくりました。論点としては、市民活動サービスコーナーを廃止する「行政評価」の評価「基準」とは何か、財政論がますます重要になっていること、戦略・戦術を学び攻勢を強める都教委に対抗しようとする運動側の戦略・戦術に課題があること、運動側の狭さなどなどが出されました。
 モノカルチャー的でばらばらな抵抗から、大きなネットワークによる世論形成を展望することが必要と思ったことでした。(石倉祐志、Fri, 5 Dec 2003 00:32)
*【南の風】第1181号(2003年12月7日)収録


◆第93回:渡部幹雄「図書館を遊ぶ、創る」、それぞれの夢
<案内> 今年TOAFAEC研究会は、韓国、沖縄、中国、モンゴル、ドイツなど、多彩なテーマで研究会を持ち交流の輪を広げてきました。来年はどんな年になるでしょうか、どんな年にしたいでしょうか、またできるでしょうか。12月の定例研究会は、この一年を振り返り、来年のこと、これからのことについて「夢を語ろう!いろいろ忘年会」として下記のとおり開催いたします。
にちじ:12月26日(金)18:30〜20:30   ばしょ:高井戸区民センター第3会議室
なかみ:夢を語ろう!いろいろ忘年会  話題提供:(交渉中)、参加者みんなで・・・
*終了後、忘年会 高井戸駅近く「イーストビレッジ」
(石倉祐志、南の風1182号 2003年12月9日)

<報告>
参加者:渡部幹雄(愛知川町立図書館長)、古市直子(レディング)、岩本陽児(和光大学)、チャガン・ボルグ(白泉・和光大学・院)、川村浩達(全建総連)、石川敬史(工学院大学図書館)、遠藤輝喜(渋谷区)、伊藤長和(川崎市)、近藤恵美子(中央大学院)、小林文人、石倉祐志。その後の交流会に駆けつけてきたのは山口真理子、内田純一、トッグタホ(套図格・都立大・院)

 東京学芸大学小林ゼミの一員でもあり、私たちのよき先輩でもある渡部幹雄さんは、これまでに3つの図書館を計画や設計からつくってこられた方です。
 このたび、図書館づくりを熱く語った『図書館を遊ぶ』(新評論)を出版され、朝日新聞をはじめ数紙に書評が載るなど、社会的な評価も高まっています。今回は内田純一さんのはからいで当研究会に出席されることになりましたが、滋賀から午後新幹線で来会、交流会の途中で退席され夜行列車で翌日の仕事先へ向かうという活躍ぶりです。お話の中では本作りの苦労やこぼれ話、書くことになった経緯も興味深かったのですが、司書の専門職採用や職員集団こそが図書館事業を支えるとの思いを語られ、またどう使い勝手のよい図書館をつくるかというこだわりや、その豊富なアイデアに目を見張りました。まだ読んでない人は『図書館を遊ぶ』(新評論)をぜひ。先日新宿の紀伊国屋では平積みで売っていましたが、在庫が無くなって来ているそうですよ。
 もう一つの論点としては、これまでの図書館の隆盛を支えてきた近代的図書館論において、市民へのサービスと言った時の市民像が、客体としての市民あるいは個々ばらばらな市民というイメージであるのに対し、「司書に地域を歩いてもらう」といった発想にも表れているように、渡部さんの本が市民相互の関係性を重視し、地域、文化、居場所、住民といったものと図書館がどう関わるかを提起しているという点が小林先生から出されました。「市民主義」から「地域主義」「ネットワーク型」
へ、さらに言えばヨーロッパの図書館にもないアジアモデルとしての図書館への展望、可能性を見て行こうではないかということでした。
 渡部氏によれば、ともすれば貸し出し数値のアップに力点を置くこれまでのやりかたがあるが、愛知川のやりかた、いわばまちづくりとしての図書館のありかたでも貸し出しは伸びているとのことです。また、図書館、公民館、博物館の3つがそれぞれの独自性を深めながら地域づくりという丸いわっかで横に繋がりあうという「ごとく(五徳)構想」も興味深いものでした。
 交流会は忘年会になり、渡部さんの駄洒落や、駆けつけてこられた方も数名あり盛り上がりました。次回は来年1月30日金曜日18:30〜です。沖縄のゆい出版から「沖縄チャンプルー文化創造論」を出された比嘉佑典先生(東洋大学教授、同大学アジア文化研究所長)をゲストにお迎えする予定です。(石倉祐志、Mon, 29 Dec 2003)
*【南の風】第1193号(2003年12月31日)収録






              
*TOAFAEC定例研究会記録(4)ー2004年〜2005年

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