2009年・韓国訪問・交流記録


*1980年訪韓〜2006出版・交流・記録(関連)
*2008韓国・地域平生学習の動き■

*2008年7月 韓国訪問記録■
*2009年韓国・平生学習の動き・資料■


<目次>
A,2009年5月 ・東アジア社会教育法制座談会にヤンビョンチャン氏の来日
B,2009年7月 ・韓国訪問(黄宗建三回忌、自治体・平生学習実践訪問)
           
韓国平生学習の躍動にふれて−東アジア社会教育研究・第14号
C,
2009年8月 ・第49回社会教育研究全国集会への訪問団(妻籠・阿智村等)
D,2009年10月 ・韓国第8回全国平生学習フェスティバル・国際学術大会への参加




A,
1,「東アジア社会教育・生涯学習法制を考える}座談会、ヤンビョンチャン氏来日

   山口真理子(Mon, 11 May 2009 08:04)

 <TOAFAEC 第150回定例研究会・報告> 南の風2215号(2009年5月11日)
日 時:2009年5月8日(金)18:30〜21:00
場 所:高井戸地域区民センター第5集会室
テーマ:「東アジアの社会教育・生涯学習法制を考える
      ―日本社会教育法60年の歳月をはまえて―」(座談会)
○進行役>小林文人(TOAFAEC 顧問)
○報告者>日本・上野景三(佐賀大学)、韓国・李正連(名古屋大学),梁炳贊(YANG ByeongChan韓国・公州大学校),小田切督剛(通訳 川崎市高津市民館)、中国・上田孝則(国際教養大学・秋田)、台湾・内田純一(高知大学)、
○記録>山口真理子(会計)、事務局長(代理)江頭晃子(アンティ多摩)、 
○参加者:李相Y(名古屋大学・M1),朴正善(早稲田文化館),馬麗華(東京大学大学院),孫冬梅(東北大学・M1),呉迪(筑波大学大学院・D3),丸浜江里子(杉並・安井資料研究会),黄丹青(目白大学),朴源花(早稲田大学),姜乃榮(日本希望製作所),瀬川理恵(横浜市)、遠藤輝喜(事務局長)遅れて参加。

左より小田切、2人目・特別参加の梁炳贊、李正連、上野景三、内田純一の各氏


○内容:小林司会作成の「進め方」レジメに沿って進行した。
1 座談会のねらい
 日本の社会教育法は1949年7月5日に制定され、もうすぐ60年になる。この間、韓国では平生教育法,台湾では終身学習法が制定された。中国ではまだ全国レべルの法はできていないが、策定の動きがあり、地域では例えば福建省が終身教育条例を策定し,上海では近く生涯教育条例を予定している。このように、東アジア関係者が一堂に会して法制を語り合う機会は日本では初めてであり、多分他の国でも行っていないと思う。記念すべき歴史的な日になり、感激している。
 今日は問題提起を中心に気軽に自由にはなしてもらい、その後テープ起こし原稿をもとに、さらにメールで報告をふくらませ、ネット編集作業を進め、「東アジア社会教育研究」第14号の原稿にまとめたい。
2 日本社会教育法60年をどう見るか。
 上野>社会教育の意義は、時代ごとに変わり、具体的な機能を果たしてきた。制定当時は平和や民主的な人間を形成する等、一つの「解」があったが、今は社会の要請、特に若者の問題に対応しきれなくなっている。青年学級振興法の廃止も今考えると課題を残すこととなった。
3 各国の動向と到達点,問題点など
 上田>中国について。(本来は韓民さんからメールが来るはずだったが未着なので、代理報告)今は国レベルの法律はないが、全国人民代表者会議では、2008年以降の教育振興行動計画として、「生涯学習法」を起草・立法させていくはずである。地域では34モデル地区,110実験区で動きが出ている。今後国家がどう関わっていくか、生涯学習法がどう制定されるか、また社区教育の推進など、注目される。 
 小林>中国・国務院の幹部と最近(4月25日)に会う機会があった。「継続教育」という概念も検討されている模様。「社区教育」、「成人教育」などと並び今後に向け非常に真剣に取り組んでいる印象を受けた。  
 李正連>韓国について。1999年の「平生教育法」は「社会教育法」から名称を変えただけで、すぐに改正が話題になった。2008年全面改正。いま韓国では「社会教育法」はなく、用語としてもあまり使わない。
 今さらに改正を論議中。「平生教育振興法」(仮)「成人継続教育法」(仮)、つまり基本法的位置づけと従来の社会教育法的立法の2つに分けた方がいい、という議論がある。(数年前からあった。)
 争点は3つある。@6つの領域を想定しているがそれでいいのか、A平生教育振興院は必要か、B資格のレベルを上げたが、却って“壁”になっていないか。2002年の「人的資源開発基本法」との関連等。
 韓国は、学会の政策形成論議が活発で、政治と密接なコミュニケーションをとる努力をしている。動きが早く、東アジアの中では一番活発に動いているのではないか。
 梁炳贊>韓国について。2008年に改正法ができたが、またすぐにその改正の課題が出ている。なぜか。2008年では法改正・推進を保障させることを強く主張し、内容など他を譲歩した経緯がある。その譲歩の部分の1つが「文解」(ムネ、識字)教育の規定。現法では「文字解得教育」と矮小化されてしまった。
 内田>台湾について。上野さんの話の中に“領域”と“概念”ということが出てきたが、そこにもう1つ“実態”の問題がある。台湾は中華人民共和国との微妙な関係を持ちながら、1953年「社会教育法」、1980年にその改正法、と法律は持っていたが、戒厳令下、実態は弱かった。
 1987年戒厳令解除後、98年に教育部「学習社会に向けて」白書を受けて1999年に「教育基本法」,2002年に「終身学習法」が成立。また,2009年1月には、生涯教育に関する討論会をして、5つの問題について議論している。
 小林>韓国では社会教育法をなくし、平生教育法を作った。台湾では社会教育法を残して、終身学習法を作った。韓国では、学会関係者の論議の中に議員あるいは官僚も加わるかたち。台湾では法律を作ること自体を学会に委託するという経過があった。日本の学会関係者は立法や政策形成の政治から遮断され、研究成果が政策に反映されず、残念である。
 日本では、若者の職業教育・訓練に関して、社会教育から分離され問題点のみ指摘してきたが、湯浅誠等の反貧困の取り組み等をみて、社会教育研究者として職業・労働に関わる研究・提言が弱く、痛みを感じる。
4,その後参加者からの発言、実情の補充説明や熱い意見が出ました。 報告者同士のかみ合い、参加者の文字通りの発言参加があって、中身の濃い研究会となりました。小林先生のおっしゃる歴史的な会であったと思います。「東アジア社会教育研究」第2号に上海の成人教育草案が載っていますが、これについての裏話も出たりして、興味深い会でもありました。この場に、記録担当として参加できたことをありがたく思います。(が、責任を感じ、緊張もしました。)
 韓国を始めとし、どなたももっと熱く、もっと詳しく話されたのですが、この報告ではとても書き切れていません。遅くとも5月までにはテープ起こし原稿を作成しますので、それをご覧いただき、さらに充実した原稿に仕上げてください。
 韓国の話を聞きながら、1980年前後の韓国社会教育法立法論議の際に、黄宗建先生の招聘で小林先生が日本社会教育法について報告、その韓国訪問の際は、まだ軍事政権下のため空港で厳しいチェックがあったとい
うお土産話を思い出したりしました。
*座談会記録はTOAFAEC「東アジア社会教育研究」第14号(2009年)に掲載。→■

終了後の交流会「アチミスルを歌う(高井戸、20090508)


 <韓国生涯学習研究フォーラム>   小田切督剛(Sun, 10 May 2009 22:28)
 韓国生涯学習研究フォーラムのみなさま、小田切です。昨日(9日)はありがとうございました。
 梁先生は今回の訪問にたいへん満足されたようです。「TAOAFAEC の議論(8日)をもう丸一日続けたかった」と笑っておられました。
 9日の中国生涯学習研究フォーラムは多くの留学生が集まる場となり、ほんとうに良かったと思います。…(中略)… 会場である高津市民館が職場である関係で、私もどうしても来客で席を外す機会が多く、進行や議論に十分気遣いできず、申し訳ありませんでした。
2日間のスケジュールを終えて、中央・ヤンビョンチャン氏(溝の口、090500)


 <福岡の釜山訪問(2008)報告書> 小林ぶんじん
 …(略)… 先日の「南の風」(2206号、4月26日)本欄に書いた福岡「釜山訪問(2008)」報告書のこと。ヤンさんと李正連さんにあずかってきたもの、確かにお渡ししました。まだ未完成です、とのコメントも添えて。ところが(釜山行き企画を応援した)川崎の小田切さんの分がなく、またその場に同席の、浅野さん(福島大学)、金さん(首都大学東京)のお二人からも「もし余部があれば・・・」の希望があります。できれば3部、なければ1部でも(川崎・小田切さん宛)お送り願えませんか。



2,東アジア社会教育・生涯学習法研究交流委員会の胎動

 <仮称・東アジア研究交流委員会> 小林ぶんじん 南の風2217号(2009年5月13日)
 8日夜のTOAFAEC 研究会では、自ら進行役を買って出て、「歴史的な研究会です」とご挨拶しました。当夜が150回目だということ、東アジアの社会教育関連法制をテーマに、中国(台湾を含む)、韓国そして日本の拡がりで議論できること、ヤンビョンチャン先生の海を越えての参加、そして(とくに中・韓の)若い世代の登場、など思い出に残る夜となりました。
 その翌日、中国生涯学習研究フォーラムと韓国(同)フォーラムの有志による合同昼食会、これもめったにないこと。嬉しくなって、昼からビールで乾杯。この席での「東アジア研究交流委員会」(仮称)の取り組みを始めよう、という話については既報の通り(風2214号・本欄)。
 この場にいた人で、「交流委員会」の骨格?メンバーの名前も出ました。事務局長は他薦あり、上田孝典さん(国際教養大学・秋田)が第一候補。ご本人もほぼ了承。その場にいなかった人では、石井山竜平さん(東北大学)の名があがりました。昨年7月に福岡グループの団長として韓国・釜山訪問。今年3月には上海へ。そのフットワークのよさは記憶に新しいところです。9日昼食会の経過は、昨日(11日)石井山さんに電話で報告しておきました。積極的に協力していただけるようです。
 さらに、関心ある自治体関係者を含めて、この趣旨に賛同していただけそうな人にも呼びかけし、あわせて、私たちの仲間(風メンバー)でもある上海・呉遵民さんや、韓国・ヤンビョンチャンさん(当日同席)、もちろん烟台の伊藤長和さんにも加わっていただいて・・などと期待がはずみます。






B,2009年7月 ・韓国訪問(黄宗建三回忌、自治体・平生学習実践訪問)

1,訪問に至る経過

1,韓国・ヤン先生よりの提案二つ (南の風2235号、2009年6月13日) 小林ぶんじん
 かねて中国(上海)からの日本・韓国の訪問団日程について、経過を書いてきました(風2233号「上海へのご連絡」等)。ご承知の通り8月案は延期することになりましたが、それを受けて、韓国のヤンビョンチャンさんより、李正連さんを介して、二つのご提案を頂きました。積極的なご提案を有り難うございました。
 一つは、10月9〜12日に開かれる韓国平生教育フェスティバルに合わせて中国訪問団を受け入れ、日本からの参加者を含めて、記念の国際シンポジウム等を開催したいとの案。あと一つの提案は、故黄宗建先生が亡くなられて今年7月は三回忌。7月下旬に墓参りの訪韓、その後に韓国側との研究交流の機会をもつことはできないかのご意向。とくに韓国平生教育士協議会と日本の社会教育指導員グループとの交流をしたいとの懸案あり、小林、伊藤長和さんに加えて、江頭晃子さん(アンティ多摩)の名前をあげてお誘いがありました。
 このご提案については、韓国側では平生教育振興院・朴仁周院長や平生教育総連合会・崔雲実会長にも相談された経過があるようです。
 これを受けて当方は、上海・呉遵民さんに連絡をとり、山東省烟台の伊藤長和さんや江頭晃子さんにヤン提案を伝えました。お二人とも前向きに考えて頂いているご様子。今回とくに注目されるのは、日本に「社会教育主事協会」のような職能的な専門職団体がなく、韓国の「平生教育士協議会」との交流が実現すれば、もちろん初めてのこと。
 第1の提案についての上海側の返事は上掲・呉メールの通り。10月訪問の案には「出にくい事情」があるそうです。11月下旬の日程にしたいとの意向。ただし日本公民館学会の年次大会は12月の予定ですから、これは無理。韓国側のご都合も伺いながら、11月下旬の線で具体化していく方向で検討は始めて如何でしょうか。日程だけは上海側へ早急に返事をする必要がありましょう。
 第2のご提案、7月下旬の訪韓計画についても早急に日程を確定いたしましょう。今のところ7月26日(日)前後から数日の線でしょうか。

2、訪問スケジュールについて 李正連 (南の風2239号、2009年6月20日)
 今日、梁先生から返事がきました。7月26〜29日という日程、OKだそうです。その前後も空いているので、ある程度こちらの都合に合わせられるそうです。一応次のようなスケジュールを考えていらっしゃるそうです。
@ 公州−清州(生涯学習館)−槐山郡の黄宗建先生のお墓
A ソウル(江南区女性会館)、平生教育士協会
B 京畿道始興市の朝露(チャミスル)生涯学習マウル−平生教育実践協議会
C 第1回地域社会教育研究会 (他のメンバーとの日程調整の必要有り)
 こちらの訪韓日程が決まったら、詳しい日程を組みたいそうです。宿は、公州大学のゲストハウスを予約されるそうです。そして、公州や扶余も観光してもらいたいとのことでした。
 日程が確定しましたら、ご連絡いただければと思います。よろしくお願いいたします。

3,日程確定 小林文人 (南の風2239号、2009年6月20日)
 7月下旬、黄宗建先生の三回忌と研究交流の旅、日程が確定しました。26日出発〜29日帰国。受け入れの公州・ヤン先生の都合もOKとのこと。中国・烟台からの伊藤長和さんのご都合がまだ未確定ですが、一応予定を決める必要あり、伊藤さん日程がうまく調整できることを祈っています。浅野かおるさん(福島大学)が同行していただけるとのことで、まさに大船に乗った気分。ありがとうございます。
 上掲・李正連さん(名古屋大学)メールによれば、いろいろと密度の濃いスケジュールを考えておられる様子。今回もまたヤン先生ほか皆様にお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。
 いま飛行機の手配が始まっています。関心おもちの方は小林か江頭晃子さんにお問い合わせ下さい。昨年に続いての、故黄宗建先生に会い韓国平生学習にも出会う旅、短めの日程ですが、ご都合がつく方はご一緒いたしましょう

2,同・スケジュール・参加者

1,訪問日程について 浅野かおる(Mon, 13 Jul 2009 20:46)
 7月韓国訪問予定のみなさま、ヤン先生から、訪問日程が届きました。日程は、ほぼ最終確定案だそうです。少し日程がきついのではと心配なので、ご意見いただければ調整しますとのことです。
 また、メールには以下のようなご連絡もありました。
・当初予定していた地域社会教育研究会は、様々な事情により今回の訪問時には実施できなくなった。
・キム・ジェテ牧師も黄宗建先生のお墓参りに同行されることになりました。
・お墓参りの後に、生態系(環境)のオルターナティブ教育をしている「コブギ学校」訪問を考えている。
・平生教育振興院訪問を入れた方がいいのでは、となりました。朴仁周院長は8月の全国集会にも
 いらっしゃるし、また朴仁周院長のご招待で10月には文人先生が韓国でご報告なさることもあります。

○2009年07月・韓国訪問ー黄宗建教授三回忌関連訪問日程 (2009.07.11)
7月 26日(日)  14:30 金浦空港 小林文人先生 他 4人 羽田 12:05 - 金浦 14:25 (ASIANA)
           13:25 伊藤先生 仁川空港 (→金浦合流)
16:00  始興(シフン) 平生学習マウル「チャミスル」訪問 (イ・ギュソン会長同行)
18:00  マウルのリーダーと懇親会
20:00  宿舎 (ベラジオホテル、http://www.hotelbellagio.co.kr/ 始興市)
7月 27日(月)
10:00  始興市 女性会館 訪問 (http://www.shwoman.or.kr/ この週に館長はオーストラリア訪問)
12:00  昼食
14:00  始興市 平生教育センター (http://www.shgwc.net/ ) 訪問
15:00  平生教育実践協議会 (http://www.action88.or.kr/) との交流 (アンティ多摩の説明?)
16:00  始興市 → ソウル市 汝矣島(ヨイド)へ、
17:30  韓国平生教育振興院 訪問、夕食
19:30  ソウル 出発
21:30  公州 到着 (公州大ゲストハウス)
7月 28日(火)
08:30  公州 出発
09:30  清州 高速バスターミナル (金濟泰(キム・ジェテ)牧師合流)
10:30  槐山(キサン)郡 黄宗建教授 墓参り
11:30  昼食
13:30  忠清北道 清原郡 教育文化連帯- 社会教育センター「働く人々」
     (1990年代初に始まった地域進歩運動団体、成人文解教育と地域貧困児童教育などを
     主要事業として展開)- 「コブギ(=亀の意味)学校」
     (http://www.edu-turtle.or.kr/ 働く人々の中で農村運動をしようとする人々が、農村の閉校
     を利用して、共同作業と代案(オルターナティブ)教育を行なう共同体活動)
17:00  清州市 平生学習館 (http://lll.cjcity.net/ 平生学習都市の中心センター)
20:30  清州 高速バスターミナル (伊藤先生、金濟泰牧師 ソウル行、22:20頃到着)
21:30  公州 到着 (公州大ゲストハウス)
故黄宗建先生の墓参り(20090728)

7月 29日(水)
08:00  公州 出発
10:00  ソウル市江南区 女性人力開発センター (http://www.herstory.or.kr/ シン・ミンソン館長)
     韓国平生教育士協会との交流(http://www.kale.or.kr/ シン・ミンソン常任理事)
12:00  昼食
13:30  空港に出発
14:30  金浦空港 (金浦 15:55 - 羽田 17:55)

○ 参加者  小林文人(TOAFAEC 顧問)
         伊藤長和(烟台日本語学校、TOAFAEC 副代表)
         浅野かおる(福島大学)
         江頭晃子(アンティ多摩、TOAFAEC 編集担当)
         真壁繁樹(立川市民交流大学推進委員会・会長)
         千田 忠(前・酪農学園大学地域環境学科教授)
         瀬川理恵(横浜市役所、文化財担当)
金浦空港にて・別れ(20090729)



3,帰国・報告

○韓国平生学習、新たな出会い (南の風2262号、7月30日) 小林ぶんじん
 濃密な4日間の韓国スケジュールを終えて、昨日(29日)夜、予定通り帰宅しました。疲れはもちろんありますが、なんともいえない旅の余韻、心の高ぶりが残っています。思い出すままに・・・。
 まず、昨年に続く故黄宗建先生のお墓(松の樹)参り。予報は雨なのに、天は雨を降らせず、黄先生が笑っているかのよう。金済泰・申聖勲の両牧師が同道され、肥後耕生さんの博士論文が墓前に捧げられました。
 韓国平生教育振興院への訪問。朴仁周・同院長など主要スタッフに加えて、金信一・もと教育人的資源部長官と再会、感激しました。
 印象的なのは、躍動を見せている始興市、清川市、ソウル市江南区など自治体の平生教育センター、平生学習館、女性能力開発センター等の訪問。いずれも最近の新しい施設風景、それぞれに若い平生教育士のフレッシュな笑顔。江南ではテレビ取材も受けました。
 そして、韓国平生教育士協会、平生教育実践協議会、始興・平生学習マウル「チャミスル」、清原郡「コブキ」(亀)学校等の出会いがまことに刺激的。
 列挙していくと、短い日数(実質的には3日)に、よくぞこれほど盛りだくさんのスケジュールが組めたものだと、驚くほかありません。
 あらためて、梁炳賛(公州大学校)先生と李揆仙(上記・平生教育士協会初代会長)さん、通訳にあたっていただいた鄭賢卿(水原女性会)さんに御礼申しあげます。細心のご配意、充実した旅となりました。
 同行の皆さん、たいへんお疲れさまでした。とくに調整役の浅野かおるさん、会計の江頭晃子さんなどの奮闘、ご苦労さまでした。感謝!
 記憶・印象が薄れないうちに、「風」に感想の一端でもお寄いただければ幸い。中国に帰られた伊藤長和さん、昨年に続く黄先生・墓参りについて一文を頂けませんか。また、締め切り迫る「東アジア社会教育研究」第14号にも、可能な範囲で、ホットな記録を収録できないものでしょうか。皆さんのご助力をお願いします。
前列・右より2人目に金信一・もと教育人的資源部長官、4人目は朴仁周・振興院長 (韓国平生教育振興院にて、090727)


○韓国平生学習の動き (南の風2263号、7月31日) 小林ぶんじん
 今回の韓国訪問は、短期間の旅でしたが、多くの刺激をうけ、たくさんのことを考えさせられました。まだ充分に整理できませんが、とくに印象的なこと、いくつか箇条書きにしておきます。同行の皆さん、間違いなどご指摘、ご助言ください。
1,基礎自治体(始興市、清川市など)の「平生」(生涯)教育の体制整備が、先進的な都市では、この5年に着実に進んでいる。平生教育に関わる条例の策定、固有の施設(平生教育センター、平生学習館等)の登場など。共通して「平生学習都市」指定が主要な契機となっている。
2,平生教育法に法的根拠をもつ「平生教育士」が、それぞれの施設に配置され始めている。契約制(1〜2年、5年が限度?)による不安定な身分ながら、新しい専門職として意欲あふれる表情、創造的な取り組みの姿勢。これからの展開が注目される。
3,専門的な職能団体として「平生教育士協会」が運動的に(官制団体ではなく)結成されてすでに7年。最初はホームページによる呼びかけ。協会は、平生教育法全面改正(2007年)にも果敢な発言をしてきた。日本に職能団体として<仮称>「社会教育主事協会」(公民館主事・指導員等を含む)のような組織を構想する必要を考えさせられた。
4,平生教育の公的事業は、フォーマルな講座形態が主流。平生教育法23条「学習口座」、学点(単位)銀行制との関係からか。他方、地域課題にかかわる事業や、市民活動への援助といった視点は相対的に見えにくいように思われる。
5,市民レベルでは、地域に「平生学習実践」が個性的な展開を見せ始めている。今回訪問した始興市の平生学習マウル「チャミスル」や忠清北道・清原郡「コブキ学校」=農村の廃校を利用、共同作業と代案教育を行なう教育「共同体」運動など。それらに、平生教育士が積極的に参加し独自の役割を果たしている事例が興味深い。
イギュソンさん(平生教育実践協議会・平生学習マウル「チャミスル」会長、平生教育士協会初代会長)の話を聞く
                                           (始興市・平生教育センター、20090727)




○ヤン・ビョンチャンさんからのメール 8月6日(木)0:15(南の風2270号、8月7日) 浅野かおる

 ヤン・ビョンチャンさんから、私宛に下記のようなメールが届きました。小林文人先生にもお知らせしたく、取り急ぎ翻訳しましたので、お送りします。全国集会「この指とまれ」、よろしくお願いいたします。
 ***********************************************************
 連日、「南の風」では、石倉追悼の波が続いていますね。よく存じない方ですが、本当に重要な方があまりにも早く逝かれたことを思うと、心が重くなりました。故人のご冥福をお祈りいたします。
 今回の韓国訪問はいかがでしたでしょうか。(中略)私がスケジュールをゆとりなく組んだので、大変だったことでしょう。よい所をお見せし、多くの団体と繋がなければという考えから、欲張ってしまったようです。次回には、余裕を持ち、充実した訪問ができるようにいたします。
 こちら側の訪問機関や団体は、大満足でした。意味ある訪問であり、お互いの持続的な連携を望んでいるとのことでした。特に、イ・ギュソンさんは、日本の社会教育はもちろんのこと、韓国の社会教育実践の現場に対して新たに感じたことがあったそうです。うれしいことです。今回の社会教育全国集会でも多くのことを、見て、感じることでしょう。社会教育センター「働く人々」のイ・チャンヒ事務局長(清原教育文化連帯)も、元気をもらったそうです。清州市平生学習館長は、日本の都市の公民館や生涯学習センターなどとの交流もお願いされました。金信一先生や朴仁周院長も、先生方が訪問してくださったことに、大変、感謝なさっていました。金信一先生は、小さくとも真摯な研究交流を継続しようという意見を出されました。
 私は、今回も小林先生から多くのことを学びました。長きにわたる友情と連帯の心、実践に対する支持、交流に対する先見…。次回には、私が学ぶ時間をもっと十分に持ちたいものです。そして、お互いが感じたことを交流する時間と今後の実践計画を行うことができる時間もまた、必ずつくりたいです。私には見えない韓国の社会教育の可能性と限界性を学ばなければならないでしょう。お互いに十分に長い時間を用意し、両国の社会教育実践を論議する場が、さらに頻繁に持続的にあらねばならないだろうと思います。(以下、略)


  *7月韓国訪問についてTOAFAEC「東アジア社会教育研究」第14号(2009年)に総括報告を掲載。→■
「東アジア社会教育研究」第14号(2009年)
 韓国平生学習の躍動にふれて−2009年7月(26〜29日)韓国訪問  小林文人

 
2008年7月の韓国訪問(本誌第13号「東アジアのひろば」に記録収録)に引き続き、今年も、故黄宗建先生の墓参り(三回忌)と、韓国平生学習との交流の旅が実現した。主に公州大学校・梁炳賛(ヤンビョンチャン)氏による企画・調整のプログラム。短い日程にもかかわらず、実に充実した内容の4日間であった。梁炳賛氏に伍して私たちを案内された李揆仙さん(平生教育実践協議会)、通訳をしてくださった鄭賢卿さん(水原女性会)のお三方、日本から同行の皆さん、とくに連絡・通訳等にあたった浅野かおるさん(福島大学)、会計・庶務担当の江頭晃子さん(アンティ多摩)にまず深く感謝したい。
 私たちを心暖かく歓迎していただいた皆さま、個別に名前をあげることは控えるが、とくに韓国平生教育振興院、訪問した始興市・清川市・ソウル江南区の各施設、また平生教育実践協議会、平生教育士協会、始興平生学習マウル「チャミスル」、教育文化連帯・社会教育センター「働く人々」「コブキ学校」等の諸機関・団体の関係各位(別記・訪問記録参照)に厚く御礼を申しあげたい。

 昨年と今年の韓国平生学習との交流の旅は、とりわけ韓国の社会教育・平生学習の歴史展開からみて、最新の"躍動"を実感するまたとない機会となった。
 振り返ってみると、筆者の韓国への旅は30年前のことであった。韓国社会教育協会(事務総長・黄宗建氏)の招きによる「社会教育法制定に向けての専門家会議」出席(1980年2月)、軍事政権の谷間にあって、まだ社会教育法も姿を見せていない時期であった。
 それから10年前後を経過して、「日韓社会教育セミナー」(1990〜93年)による研究交流の当時。研究者相互の理論提起は活発であったが、まだ地域に社会教育・平生学習の実像・実践は未発の段階であったと思われる。
 しかしその後、民主化抗争や市民運動の胎動のなかで文民政権が登場、積極的な教育改革構想が動き、平生教育法も制定される(1999年)。この時期、日韓文化交流基金の援助を得て毎年訪韓する機会をもつことができたが、新しい改革潮流を目のあたりにすることができた。大統領諮問教育改革委員会・金宗西委員長から直接に「5/31教育改革方案」を聞いた日の思い出はいつまでも忘れることないだろう。この日、黄宗建先生もご一緒であった(ソウル江南区・黄宗建研究所、1997年3月2日)。
 それからさらに10年余が経過している。この間、平生教育法が全面改正され(2008年2月施行)、自治体への平生学習都市指定施策が具体的に展開し、平生学習をめぐる状況は、この数年で格段の進展をとげつつある。今回の私たちの韓国訪問は、その躍動の具体的な実像に接し、また「平生教育実践」団体の活動に直接に出会う旅となったのである。

 2001年に『世界の社会教育施設と公民館』を出版したことがある(共編・佐藤一子氏、エイデル研究所刊)。日本の社会教育・公民館との関わりで注目すべき海外事例を十数ヶ国取り上げたが、この時点では韓国は含まれていない。私たち編者の先見性の弱さであるが、他面、当時の韓国の地域実践・施設実態のレベルを反映していたとも言えよう。
 昨年に続く今回の旅で私たちは、先進的な自治体において、いま韓国平生学習は歴史的に新しい段階を歩み始めたのではないかという感を強くしている。もちろん多くの課題を内包していることであろう。しかし、その歩みを担う人(たとえば平生教育士、平生学習実践家)たちの、意欲と情熱、新しい創造のエネルギーには強く共感するものがあった。
 2006年に急逝された黄宗建先生がもし存命であれば、この新しい展開をどのように評価され分析されるのか。きっと喜びの表情で語られるに違いない。

 韓国の旅から帰国した直後に送信した研究通信「南の風」2263号(2009年7月31日、小林発行)に「韓国平生学習の新しい動き」として次のようなコメントを書いている。参考までに付記しておきたい。
 「今回の韓国訪問は、短期間の旅でしたが、多くの刺激をうけ、たくさんのことを考えさせられました。まだ充分に整理できませんが、とくに印象的なこと、いくつか箇条書きにしておきます。間違いなどご指摘、ご助言ください。
1,基礎自治体(始興市、清川市など)の「平生」(生涯)教育の体制整備が、先進的な都市では、この5年に着実に進んでいる。平生教育に関わる条例の策定、固有の施設(平生教育センター、平生学習館等)の登場など。共通して「平生学習都市」指定が主要な契機となっている。
2,平生教育法に法的根拠をもつ「平生教育士」が、それぞれの施設に配置され始めている。契約制(1〜2年、5年が限度)による不安定な身分ながら、新しい専門職として意欲あふれる表情、創造的な取り組みの姿勢。これからの展開が注目される。
3,専門的な職能団体として「平生教育士協会」が運動的に(官制団体ではなく)結成されてすでに7年。最初はホームページによる呼びかけ。協会は、平生教育法全面改正(2007年)にも果敢な発言をしてきた。日本に職能団体として<仮称>「社会教育主事協会」(公民館主事・指導員等を含む)のような組織を構想する必要を考えさせられた。
4,平生教育の公的事業は、フォーマルな講座形態が主流。平生教育法23条「学習口座」、学点(単位)銀行制との関係からか。他方、地域課題にかかわる事業や、市民活動への援助といった視点は相対的に見えにくいように思われる。
5,市民レベルでは、地域に「平生学習実践」が個性的な展開を見せ始めている。今回訪問した始興市の平生学習マウル「チャミスル」や忠清北道・清原郡「コブキ学校」=農村の廃校を利用、共同作業と代案教育を行なう教育「共同体」運動など。それらに、平生教育士が積極的に参加し独自の役割を果たしている事例が興味深い。」






C,2009年8月 ・第49回社会教育研究全国集会への韓国訪問団(妻籠・阿智村等)

1,韓国訪問団・第49社会教育研究全国集会「この指とまれ」に参加・交流企画
                      浅野かおる (南の風2277号、8月19日)
 阿智村で8月22日〜24日に開催される第49回社会教育研究全国集会に、今年も韓国平生教育総連合会から、チェ・ウンシル会長(亜洲大学校教授)をはじめ、16名の方が参加されます。7月にTOAFAEC 韓国訪問団が
お会いし、お世話になった方々も多数おいでになります。
 
*朴仁周氏(平生教育振興院長)、パク・インジョン氏(平生教育振興院)、チェ・イルソン氏(同)、イ・ファヨン氏(同)、ヤン・ビョンチャン氏(公州大学校)、イ・ギュソン氏(平生教育実践協議会),  シン・ミンソン氏(江南区女性能力開発センター長)、ホン・ミギョン氏(ソウル江南区女性能力開発センター)、 キム・ジョンエ氏(始興市平生学習センター・平生教育士)など。
 韓国からのみなさんを囲んでの交流の場として、23日夜の「この指とまれ」では、以下のような企画を用意しています。第2部の交流会では、お酒やおつまみも用意し、楽しい交流の場としたいと思います。
 韓国生涯学習フォーラム、東アジア交流委員会(仮)、TOAFAEC 三者の共同主催です。みなさん、ぜひ、ご参加ください!
・この指とまれ:「日韓社会教育・生涯学習の交流の集い」
・日時:8月23日(日)19:00〜22:00
・内容: <第1部> 交流の歴史と展望を語りあおう!
              報告:小林文人氏「日韓社会教育・生涯学習の交流の歴史と展望」
      <第2部> 交流会
・会場:観光センター(予定)*当日案内

2,全国集会・この指とまれ、TOAFAEC 第154回研究会記録
             江頭晃子(Mon, 07 Sep 2009 22:22)南の風2289号 9月8日
 <日韓研究交流史とこれから・交歓会>
 第154 回定例研究会は、第49回社会教育研究全国集会(飯田・下伊那集会)2日目「この指とまれ」(2009年8月23日夜)で、東アジア研究交流委員会、韓国生涯学習研究フォーラム、と共催で行われました。
 参加者は韓国から16人(平生教育総連合会チェ・ウンシル会長や平生教育振興院パク・インジュ院長、公州大学校教授ヤン・ビョンチャン先生など研究者や、イ・ギュソンさんなど平生教育士の皆さん)、日本からは社全協の上田幸夫委員長や長澤成次さん、韓国生涯学習研究フォーラムの李正連さんや浅野かおるさん、東アジア交流委員会の石井山竜平さん、福岡・社会教育研究会の横山孝雄さんなど、社会教育研究者や職員、市民、留学生など、日韓合計40人近い参加がありました。
 第一部「日韓研究交流史とこれから」では、小林先生が1980年代に黄宗建先生と出会って韓国の社会教育法制定論議から参加したこと。そして現在の平生教育法制定・改正や自治体における平生教育の発展までを、人との出会いや新たな交流の広がり、さまざまな思い出を交えながら語られました。まとめとして、日本が韓国の平生教育から学ぶものとして、基礎(識字)教育研究の重要性、「生涯学習」をどうダイナミックに捉えていくか、専門職の職能集団の必要性、政策提言と立法運動などをあげられました。黄先生と小林先生とのつながりを聞きながら、研究交流の基本は、出会いと相互の信頼をどう大切にできるかだと感じました。
(司会:浅野かおるさん、通訳:李正連さん)。
 第二部では、チェ・ウンシル会長による乾杯の後、発足したばかりの「東アジア交流委員会」について石井山さんから報告がありました。そして、参加者それぞれから日本や韓国との出会いや、生涯学習への思いが語られました。韓国の皆さんからは、全国集会に参加しての感想、専門性を高めていきたいこと、日本に学びながら法案を出していきたいこと、どう若い世代で交流を継続していけるか、肥後さんが黄宗建研究をしたように韓国の人が小林研究をする必要がある、などなど話は尽きませんでした。最後に皆で記念撮影をして終了しました。
(司会:横山孝雄さん、通訳:肥後耕生さん)。


2−(2) 関連テープ記録

2009年8月23日夜

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TOAFAEC第154回定例研究会(社会教育全国集会「この指とまれ」)
参加者:チェ・ウンシル(韓国平生教育総連合会会長)、パク・ソンギョン(同連合会事務次長)、パク・ヨンジュ(同連合会)、パク・インジュ(平生教育振興院院長)、パク・インジョン(同院)、チェ・イルソン(同院)、イ・ファヨン(同院)、ヤン・ビョンチャン(公州大学校)、イ・ジェシル(亜洲大学校)、キム・チョンホ(ソウル特別市江南区庁)、イ・ギュソン(平生教育実践協議会)、イム・ジョンヨン(ソウル特別市江南区女性能力開発センター)、ホン・ミギョン(同)、チョン・エニ(同)、ヤン・チャンヨン(ソウルベンチャー情報大学院大学校)、キム・ジョンエ(京畿道始興市庁)、浅野かおる、姉崎洋一、李正連、李相Y、石井山竜平、上田幸夫、上原裕介、内田純一、江頭晃子、小林文人、瀬川理恵、添田祥史、孫冬梅、竹中かおる、長澤成次、西恵美子、長谷裕之、樋口正、肥後耕生、藤田秀夫、横山孝雄(敬称略、日本人は五十音順)*不明な人2-3人います。

報告:「日韓研究交流史とこれから」 小林文人
〇1980年代・黄先生との出会いから
 今回のテーマは学会のテーマでもあり、きちんと話せば3時間かかるものです。この企画、ヤン先生と浅野さんが相談して考えてくださいました。できるだけ短く私からは話題提供だけにして、その後、いろいろな方からのそれぞれ話題を出して欲しいと思っています。
 私が韓国とどう出会って、韓国の平生教育をどう見ているかを中心に話したいと思います。
 初めて韓国に行ったのは1980年の2月でした。その前の年に朴正煕大統領が亡くなりました。次の大統領が誕生するまでの数ヶ月、「ソウルの春」と呼ばれ、民主主義とは何かを考える雰囲気がありましたね。黄先生が突然東京に来たのが1980年1月。九州大学で一緒だった諸岡和房さんが黄先生を連れてこられました。黄先生と諸岡さんはマンチェスターで留学していたときの友人。黄先生は韓国で社会教育法を実現したい、という話でいらっしゃった。当時、日本で社会教育法が成立して25年。上田幸夫さんや、小林平造さんなどと社会教育法のグループをつくって、横山宏先生と一緒に法についてまとめようとしていた時で、上田さんも若かった。たくさんの資料を集めており、日本の社会教育法のことを話した。黄先生は光り輝く学会を創設し、事務局長をしていた。黄先生はせっかちなところがあり、私の話をさえぎって、日本語が分かる方で、2月に扶余で社会教育法を立法するための会があるので、来てほしいと招聘されました。

〇忘れられない言葉
 私は当時、東京学芸大学の教授であり、また学生部長という学生運動との関係で一番難しい立場に就任したばかりで、大学側には断りなさいと言われました。でも黄先生とのやりとりで、結果的に扶余に2月24日〜25日まで行くことになるのです。その時、黄先生は忘れられない言葉を私に言いました。日本語には「ありがた迷惑」という言葉があるが、今回の招聘は「迷惑ありがた」だと。「これは迷惑だと思われるが、ありがたい仕事なのだ。韓国で社会教育法をつくっていく、とっても重要な仕事で、大事なありがたい仕事なのだ」と。私にとって、黄先生の忘れられない言葉はいくつかありますが、第一はこの「迷惑ありがた」です。私の研究室で、学生の皆さんに迷惑なことをする時、黄先生の話をして強制してきました(笑)。結果的に黄先生の言ったとおり、私は韓国と出会うことができた。韓国の関心を30年間持ち続けることができて、本当にありがたいと思っています。

〇社会教育法づくりに集う多様な人との出会い
 初めて韓国に言って、飛行機の上から漢江が゙凍っているのが見えました。金浦空港空港に着いた時のことは忘れられません。金浦空港では、激しいボディチェックを受けました。訪韓する前の年につくった、『社会教育ハンドブック』を1冊持っていました。その中には、「民主化運動、市民運動、民衆大学創造」などと言うチャプターがあるが、私の顔を見ながらそれをチェックされました。韓国社会教育協会からの招聘状を見せるのが遅かったのですが、それで何とか開放されました。韓国赤十字社の事務総長だった徐英勳氏が私をソウルから扶余まで送っていただきました。日本の社会教育は赤十字社まで広がらないので、まずそういった団体が迎えてくれたことに驚きました。共和国との関係で一番難しい活動をしている韓国赤十字、それから日本の文部省にあたる教育部、牧師、教育者、YWCAなど多様な人がいました。若き金信一先生もおり、3日間の会が行われました。当時、韓国では社会教育学会はなく、名刺を交換すると、「教育社会学」と書かれている人が多かった。私も教育社会学出身ですから、仲間に会ったという感じでした。
 日本では、社会教育学会と教育社会学会はそう一体的ではないので、韓国では教育社会学会から社会教育がうまれてきているというのは興味深いことでした。
 この時の強い印象の一つは、新しい社会教育法をつくっていくために、広い広がりの人が集まってきているということ。それから二つ目は、新しいことをつくるという創造の雰囲気があったこと。日本では、社会教育法を戦後新しく作ったとき、ほとんどの研究者は参加しておらず、文部省とごく一部の研究者のみで作った。韓国では社会教育法を、文部省の人や赤十字の人や研究者など、あらゆる立場の人が参加してつくっていくということを目の当たりにした、ありがたい経験だったと思っています。

〇社会教育における国家の役割
 このとき、私の報告の後に議論がされる中で、社会教育の中の国家の問題がありました。「国家」をどう考えるか。日本の社会教育法は国家の役割を抑えました。これは戦前の反省があるからです。そして地方自治体の役割を尊重するようになっています。
 韓国では、日帝支配下の歴史経験があり、国家というものがどんなに大事なものであるのか。共和国との関係で、国家がどう規定されるのか、とても重要で厳しく考えるべきことでした。当時は軍事政権下で、市町村の自治体が無い状況もありました。私が日本の社会教育法第三条の概念を説明する時に、「国民の自己教育」を言い、「国家の役割は限定的である」ことを話しました。しかし、その会合では、国民の自己教育ということでは頷かれなかった。それは、当時はのんびりしすぎたものであったのでしょう。もっと積極的に国家の責任を書くべきだという議論がされたのをよく覚えています。

〇多様な交流がすすむ。90年代
 さて、今の話が1980年代のことです。その後、黄先生からの話はなく、法案はどうなったのだろうと思っていましたが、韓国研究者がいないので分からずにいました。そして、1992年に来た韓国からの留学生である、パク・ウンスクさんが社会教育法を持ってきて、とてもびっくりしました。「できたのだ!」と。韓国からの留学生の魯在化さんに訳してもらって、初めて社会教育法を読みました。黄先生は、その頃カナダに留学していたのです。私も大学の管理職となり韓国にいけず、大学に幽閉されていたつらい8年の時期でもありました。1980年代は盧泰愚政権になって、民主化宣言があるなど大きな激動がありました。
 1990年から93年まで韓日社会教育セミナーがあった大事な時期です。その中心が黄先生、金宗西先生、金信一先生。日本側は笹川孝一さんが重要な役割をしました。一回目はソウル、二回目は大阪、三回目が大邱、四回目は川崎でした。二回目以降は私も参加しました。今日いらっしゃる方にも川崎に参加された方がいると思います。元木健先生など、当時のことは笹川さんが詳しく『韓国の社会教育・生涯学習』に書いています。この本は黄先生と伊藤長和さんと小林が編集した韓国の社会教育について紹介した初めての本です。
 また、「韓国社会教育法10年」の調査で、訪韓しました。黄先生に迎えていただき、この10年の動きについて伺いました。法は出来たけれども、進んでいるわけではないと、苦渋の表情で話されました。つまり、日本の社会教育主事にあたる、専門要員、公民館にあたる施設などは、法には明記されているけれど、地域の実態として動いている状況ではなかったわけです。
 それから90年代は、1993年の社会教育全国集会で初めて韓国からの参加が実現しました。当時、私は社会教育推進全国協議会の委員長で、若い長澤先生が事務局長をしていた時、金信一先生、イ・ジョンマン先生などが来て下さいました。翌94年は雲仙で、噴火した時で、パク・インジュ先生がいらっしゃり、毎年韓国から3〜4名参加が続きました。
 その間にも交流があり、いろいろな思い出があります。金日成が死んだ時、ソウルにいました。金宗西さんに「金日成が死んだことをどう思うのか?」と聞かれ、私は「悲しい」と言うと、それは間違いではないかという顔つきをしていました(笑)。それから、黄先生が日本社会教育学会の講演に来てくださったり、佐賀大学に招聘されたり、一緒に沖縄に行ったり、ほとんど毎年、日本に来られた。それから、1995年に、TOAFAECを立ち上げました。毎年、研究誌を出し、韓国からの論文を日本語で出してきた。日本ではあまり注目されていませんが、中国では注目されています。肥後耕生さん、李正連さんなど若い人が書いてくれて、しっかりこれを残していきたいと思っています。

〇韓国研究の推進・自治体における発展
 2000年前後になってからの日韓社会教育研究の飛躍的な発展について強調したいと思います。一つは韓国からの留学生、そして日本の若い韓国研究者の登場。日本社会教育学会で、充実した若々しい韓国の発表が聞こえてくるようになりました。私たちは若い世代の登場に力を得て、研究をすすめるようになりました。それまで日本の教育学会では一人も韓国研究者がいませんでしたが、研究者がではじめたということに一つの新しい時代を感じました。
 また、こういった研究交流を開くのは研究者の役割ですが、韓国との交流について水路を開いたのは川崎と富川の自治体です。大学研究者はその後を追いかけただけです。川崎は毎年、富川に、富川からは川崎に職員が派遣されてきます。そのお陰で富川を訪れるようにもなり、光明で行われた平生静学習フェスティバルにも参加しました。
 そして2008、2009年は私にとって画期的な年になりました。編者の一人である黄先生が本ができる1ヶ月前になくなりました。大急ぎで追悼文を書きました。「編者・黄宗建博士は、本書出版を目前にして、2006年7月20日、ソウルにて急逝されました(享年・77歳)。まことに痛恨の極みです。韓国はいうまでもなく、アジア各地の社会教育・生涯学習の研究と運動に大きな足跡を残されました。その業績を称え、在りし日を偲び、深く頭を垂れて、本書をご霊前に捧げます。」と。
 しかし、すぐにご霊前に持って行くことは出来ずに去年やっと案内してもらいました。その際、各地を訪問して韓国における自治体平生教育が実現したという思いを強くしました。

〇韓国の平生教育から学ぶもの
 時間もなく、通訳の李正連さんも疲れたと思いますので、残りは細かなことを省略してレジュメに沿って項目だけ紹介していきます。日本の社会教育を研究した者が、韓国の平生学習に出会って何を考えているかということを話したいと思います。
 一つは、リテラシーの研究について。主要な先生が識字の研究について書いています。1995年に『東アジア社会教育研究』をつくったとき、韓国の識字教育の実際を金宗西先生が書いてくれた。とてもいい論文でした。当時、黄先生は識字教育協会の初代会長でした。黄先生は、日本の「識字」はよくない。「文字を理解するだけでなく、文章を解読し、文化を理解し、人間を解放」する「文解」なのだと話されました。これも私が忘れられない言葉です。でも、中国の「掃盲」よりはいいだろうと言っていました。日本では識字研究をやっている人は少ないし、日本の教育学における、基礎教育研究は大変少ない。そういう意味では韓国の文解教育研究から学ぶことはたくさんありました。
 二つ目は、平生教育学習について日本の捉え方と大きく異なります。日本はユネスコなどの影響を受けるし、行政的に下りてきた上から「生涯学習」という言葉に反発する人もいます。その点では、韓国の平生教育の具体的な展開に接することができました。基本的には市民の活動。それを行政がどうするかという非常によい出発をしていると思います。
 三つ目は平生教育士です。日本で言えば社会教育主事ですが、韓国における平生教育士の新しい歴史が始まっています。ここ数年で、若い平生教育士に出会ってきました。ここにもいらっしゃいますが、われわれは何をやるか。その志、ミッション、新しい仕事にとりくもうとする面白い仕事を始められているという感じを受けました。かつて、日本でも社会教育主事や公民館主事がたくさんいたことを知っていますが、今、日本ではみんな疲れていて、条件が悪い中で苦労している人が少なくありません。韓国も5年で雇用止めという現実があるが、志があることを感じます。また、韓国では平生教育士協会がつくられて、そのことについて今回の訪韓の車のなかでイ・ギュソン先生に話を伺うことができました。2002年の創設で、最初は10人が今では5000人の専門的職能集団。60年代に日本でも社会教育主事の職能集団をつくろうという話がありましたが、実現しませんでした。図書館界では日本図書館協会は成功しましたが、日本では社会教育指導員も成功しなかった。日本には学会もある、社会教育推進全国協議会、社養協もある。公民館もある。でも、専門職員集団はない。なんとかその動きを始めたいと、相談を始めたところです。
※この後、パソコンがフリーズしてしまい、データ残っておらず・・・・。(江頭晃子)


3,韓日交流、妻籠・阿智村の訪問
  ヤン・ビョンチャン(2009.9.1、9:00)
            *浅野かおる(福島大学)さん宛、「…」は省略部分
 
 …(前略)… 今回の訪問で、…東アジア交流次元に進展するなど、韓日交流がまた少し充実してきているという感じを受けました。…小林文人先生を始め、東アジア社会教育研究会の方々、福岡社会教育研究会などの会員の方々も、私たちを真心をもって迎えてくださり、大変感謝しました。
 妻籠の歴史と青年運動と社会教育の伝統、もちろんその後の課題も残っていますが、そこから韓国農村の社会教育運動の可能性を探ってみました。最初の公民館に関する史料を保管している博物館を見ることができたことも、私には大きな感激でした。原本を直接見ることができる機会はないことですが、… 特別な感謝の心を伝えてくだされば、ありがたいです。私の日本社会教育との出会いで、印象的な一瞬でした。
 今回の訪問で、私は個人的には、妻籠と阿智村の社会教育の歴史、松本などの社会教育運動と体系について知ることができたとともに、日本の社会教育に対してまた少し目が開かれる思いをもちました。地域住民運動として展開される公的社会教育の基盤に感激しました。まだ行政的目的をもち、住民の自治力は強調されていない韓国の平生教育に対して、多くの教訓となるだろうと思います。
 今回、勉強したことを始まりに、日本の住民中心の公的社会教育運動について研究しなくてはと考えました。…(略)…





D,2009年10月 ・韓国第8回全国平生学習フェスティバル・国際学術大会への参加

1,韓国・平生学習フェスティバルは延期     浅野かおる(南の風2291号、9月11日)
 平生教育振興院のチェ・イルソンさんから、下記のようなメールが私のところに届きました。10月の全国平生学習フェスティバルおよび国際学術大会が延期となったという連絡です。
 「添付した公文書のように、新型インフルエンザの拡散に対処しようという政府の方針により、教育科学技術部が第8回全国平生学習フェスティバルを延期しました。今年10月9日〜12日の開催を、来年4月23日〜26日に延期したのです。
 これに伴い、平生学習フェスティバルの事前行事として計画されていた国際学術大会も、延期することが避けられなくなりました。今年10月8日〜9日の開催を、来年4月22日〜23日に延期します。小林文人先生にお願いしていた平生学習都市最高経営者への特講も同様に延期されました。… 」 *添付公文書・略
 社会教育研究全国集会後、イ・ギュソンさんからのメールで、新型インフルエンザのため、始興市平生学習フェスティバルが中止になったことを知っていましたので、全国平生学習フェスティバルもひょっとしたら中止かもしれない、と思っていました。
 9月9日の「東亜日報」(韓国:日本語翻訳版)によると、「政府は最近、延べ人員が1000人以上参加し、2日以上続けられる自治体のフェスティバルを原則的にキャンセルするようにした。777件の自治体のフェスティバルの中で、既に167件がキャンセルまたは先送りされ、65件は規模を縮小した」とのことです。以上、ご連絡いたします。

2,緊急!韓国平生学習フェスティバル、再び10月8日〜9日開催
                            浅野かおる(南の風2293号、9月14日)
 韓国平生教育振興院のチェ・イルソンさんから、下記のようなメールが私のところにきていました(9月12日(土)21:49)。延期となった全国平生学習フェスティバルと国際学術大会が、当初の予定どおりの日程で開催されることになったという連絡です。 
 「全国平生学習フェスティバルに対する政府の方針がまた変わり、10月9日〜12日に、当初の計画どおり開催することに決定されました。教育科学技術部から送ってきた公文書を添付します。そのため、国際学術大会も当初の計画どおり、10月8日〜9日に開催します。新型インフルエンザに対する政府の方針が混乱しており、行事を延期したが、再び当初のとおり開催するようになるという、このような騒動が発生しました。…(略)… もう一度、小林文人先生に状況をお知らせくださり、必ずご参加していただけますようお願い申し上げてください。 …(略)…
添付されていた教育科学技術部の公文書(教育科学部長間の公印押印)には、次のように書かれています。*公文書・略
 
3,韓国・第8回全国平生学習フェスティバル
            浅野かおる(Wed, 16 Sep 2009 20:33)南の風2295号 9月17日
(1)平生学習国際会議 (International Conference on Lifelong Education)
 平生教育振興院は、10月 8日(木)〜9日(金) 両日、シェラトングランドウォーカーヒルアートルームで、平生学習国際会議を開催する。本国際会議は、平生学習フェスティバル学術行事の一環として、「地域社会を基盤とする平生学習の動向と課題−平生学習都市を中心に−(Trends and Challenges of Community-Based Lifelong Learning Focusingon Lifelong Learning Cities)」を主題に進められる予定である。
 初日10月8日(木)午前10時に始まる本会議は、韓・中・日の平生学習都市を中心とした平生学習に対する論議が行われる予定である。日本の小林文人教授(東京学芸大学名誉教授、東京・沖繩・東アジア社会教育研究会顧問)の基調講演を始めとし、パク・インジョン(平生教育振興院経営企画室長)の韓国事例発表、笹井宏益(日本・国立教育政策研究所)の日本事例発表、韓民(中国・国家教育発展研究センター)の中国事例が発表される。主題発表に続く討論は、発表者と日本の石井山竜平教授(東北大学)など、韓・中・日を代表する平生教育専門家の参加で進められる予定である。
 翌日は、オーストラリアとイギリスの平生学習都市を基盤とした平生学習の動向に関して、オーストラリアのグレッグパット(オーストラリア成人学習連合会、ALA)とイギリスのジェニンエルドレド(イギリス国家成人継続研究所、NIECE)の主題発表後に、討論と質疑応答の時間を持つものである。
 平生教育振興院では、本会議を契機に、韓・中・日の平生教育交流の場に発展させようとするものである。本会議中には、同時通訳が提供される予定であり、初日は韓-日、二日日は韓-英通訳で進行される。
(2)韓国平生学習都市最高指導者研修特講(10月9日 14:20〜15:20)
主題「日本の平生学習都市の過去、現在、未来」小林文人
   −日本の生涯学習都市運営の事例をベンチマーキングし、韓国平生学習都市の課題を把握する。
会場:京畿道九里市(全国平生学習フェスティバル会場)
  参席者:韓国の76平生学習都市の市長・教育長。平生教育振興院関係者。教育科学技術部など。
主管機関:平生教育振興院、全国平生学習都市協議会
平生学習フェスティバル初日・平生学習国際会議(石井山竜平氏撮影・091009)


4,韓国平生学習フェスティバルから帰国 (南の風2308号 2009年10月12日、小林ぶんじん)
 韓国平生学習フェスティバル参加を終えて、昨日(11日)無事に帰国しました。二つの大役(上掲)もなんとか終了。韓国の皆さんはどう聞いたのでしょう? 自分では充足感を味わっていますが・・・。
 7日の金浦到着では、ヤンビョンチャン先生、肥後耕生さんに迎えられ、11日帰路もヤンさんの車で浅野かおるさん等に見送っていただきました。平生教育振興院の朴仁周院長はじめ、韓国の方々に歓迎されて幸せな4日間。私の講演原稿をハングル訳していただいた李正連さんを含めて、今回お世話になった皆様にあらためて御礼を申しあげます。
 日本からは私のほか、笹井宏益さん(国立教育政策研究所)、石井山竜平さん(東北大学)が報告されました。さらに平生学習フェスティバルに合わせて開催された韓国平生教育学会(10日)の会場には、鈴木敏正さんや姉崎洋一さん(いずれも北海道大学)等の調査メンバー13人の顔も見えて、多数の日本人で賑やかでした。
 ところが中国からの報告者・韓民さんは、出国の手続きが間に合わなかったらしく、不参加でした。これは残念!というほかなく、東アジアの新しい研究交流の方向がめざされた大会だっただけに、画竜点睛を欠く感じ。
 「東アジア社会教育研究」第14号については、石井山さんに10冊ほど持参いただき、主要な方々に手渡しました。残部4冊(韓民さんに渡せなかった分ほか)は、公州大学校に赴任した肥後さんに預けました。
 今回はパソコンを持参しませんでした。「風」は4日ぶりの発行(ほどよいリズム?)。ところが、うっかりカメラを忘れてしまい、韓国の画像記録は一枚も撮れませんでした。大失敗! 石井山さんのカメラに期待するのみ、よろしくお願いします。
平生学習フェスティバル・小林講演(石井山竜平氏撮影・091009) 講演記録→■


5,平生学習フェスティバル−2005年から2009年へ
(南の風2309号 2009年10月14日、小林ぶんじん)
 韓国「平生(生涯)学習フェスティバル」は、2005年・光明市で開かれた第4回に参加したことがあります。川崎の皆さんと一緒、思い出に残る数日でした。行政主導のように見えて、子どもを含む市民の参加が多数、たしか50万近い人出だったと聞いた記憶があります。合わせて平生教育学会も開かれ、研究者の顔もあり。会場では懐かしの金信一先生(のちの文部大臣、副総理)と再会、また初めてヤン先生と会ったのもこのフェスティバルでした。
 とくに開会式の盛り上がり。グランドの野外ステージ上では「平生学習都市」指定を受けた自治体関係者が登場、熱狂的な雰囲気でした。記念の写真を旧ホームページの表紙に今でも飾っています。⇒■
 今年の第8回フェスティバル(九里市)は、前日の国際学術大会から歓迎宴までは五つ星ホテルを会場とする豪華さ。しかし漢江・河川敷での開会ステージには、「平生学習都市」の姿はなく(指定事業は昨年度より中断)、挨拶が長く続き、心なしか秋風が寒く感じられました。
 ところが同じ広場に設けられた関係機関・団体の広報ブースは、色とりどり、趣向をこらして、現在の韓国・平生学習の躍動を象徴する充実ぶり。平生教育実践協議会(イ・ギュソン代表)や文解教育協会のブースでは、この7月に訪問した私たち一行の写真がいくつも。外つ国の広場に、突然に自分の顔を発見して、2005年には考えられなかった相互交流の蓄積を実感し、感慨新たなものがありました。
 訪問したそれぞれのブースで、たくさんの資料や記念品など頂戴し、帰りの荷物はずっしりと重く・・・、カムサハムニダ!
韓国文解教育協会ブース・故黄宗建先生の写真を囲んで(20091010)
 −左より・浅野かおる、小林、肥後耕生、石井山竜平、梁炳賛の皆さん−


公州大学校・ヤン研究室の皆さんと (ソウル、20091010)



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