【南の風】発行リスト・ぶんじん日誌 
     −501号(2000年 月 日)〜600号(2000年12月 日)−
                    
                      
                      *(日誌)401号〜500号


<目次一覧>
2000年
第501号【2000年 6月17日】新しい参加、訪欧連絡、金大中大統領!
第502号【2000年 6月18日】学会六月集会、川崎子ども権利条例づくり
第503号【2000年 6月19日】エジプト訪問計画、ホームページのリニューアル
第504号【2000年 6月20日】フランス事前学習資料、パリ通信(18)
第505号【2000年 6月22日】訪欧計画大詰め、「東アジア研究」第5号原稿
第506号【2000年 6月23日】日米安保40年(八重山通信60)、ある裁判傍聴
第507号【2000年 6月25日】カイロからのメール、沖縄慰霊の日
第508号【2000年 6月26日】パリで金信一氏と(パリ通信20)、研究会報告
第509号【2000年 6月27日】エジプトへの誘い、仏資料を風に、台湾資料
第510号【2000年 6月29日】ソウルから帰って、職場復帰、台湾の翻訳作業
第511号【2000年 6月30日】旅の計画いろいろ、精神保健ボランティア
第512号【2000年 7月 2日】上海への対応、韓国と沖縄、南島詩人は歌う
第513号【2000年 7月 4日】第5号編集、「アジア文化研究」
第514号【2000年 7月 5日】公民館50年史、エジプトへの夢
第515号【2000年 7月 8日】訪欧スケジュール、アーデルのメール
第516号【2000年 7月10日】一路平安、モンゴル鍋の激励会、風よ吹け!
第517号【2000年 7月14日】ドイツからの初メール、黄宗建氏の近況
第518号【2000年 7月14日】ドイツ短信(1)、パソコンかかえて
第519号【2000年 7月15日】ドイツ短信(2)、レディングから
第520号【2000年 7月17日】ドイツ短信(2の後半)、マイン川のほとりで
第521号【2000年 7月19日】ドイツ通信料金事情、江頭メール
第522号【2000年 7月21日】パリ便り、サミット前夜・琉球新報を読む
第523号【2000年 7月22日】金子メール、パリだより(2)
第524号【2000年 7月23日】八重山通信(63)、ドイツ短信(4)
第525号【2000年 7月24日】パリだより(3)、ドイツ短信(5)
第526号【2000年 7月26日】レディング通信(22)、コンコルド墜落す
第527号【2000年 7月31日】ドイツ短信(6)、内田第5号編集長の訴え
第528号【2000年 8月 1日】日中教育研究交流会議、第5号編集続報
第529号【2000年 8月 3日】ドイツ・メール不達の対処、レディング通信(23)
第530号【2000年 8月 8日】ドイツ短信(9)、ナショナル・トラスト全国大会
第531号【2000年 8月12日】ベルリンとヴァイマールを歩く案、研究会報告
第532号【2000年 8月13日】ドイツ短信(10)、真理子・検索、鳥塚・対馬へ
第533号【2000年 8月15日】ドイツ短信(11)、リットン卿
第534号【2000年 8月16日】八重山通信(64)、ドイツ短信(12)、台湾からの資料
第535号【2000年 8月23日】ドイツ短信(13)、エジプト訪問計画
第536号【2000年 8月25日】ドイツ短信(14)、真理子が薦める本(1)
第537号【2000年 8月28日】真理子が薦める本(2)、八重山通信(65)
第538号【2000年 8月31日】八重山通信(66)、ドイツ短信(15)
第539号【2000年 9月 1日】末本、上野、内田の各氏より
第540号【2000年 9月 2日】フランス帰り特集第2弾、パリ・つらい体験
第541号【2000年 9月 3日】多文化共生防災実験、レディング通信(27)
第542号【2000年 9月 5日】ドイツ短信(17)、レディング通信(27)
第543号【2000年 9月 7日】ボーヌのホスピス・萩原メール、八重山通信(67)
第544号【2000年 9月 9日】ドイツ短信(20)、レディング通信(28)
第545号【2000年 9月14日】エジプトより(アーデル)、55回研究会案内
第546号【2000年 9月15日】ナイル通信(1)、オリンピック開会式
第547号【2000年 9月16日】ナイル通信(2)、末本メール
第548号【2000年 9月17日】ナイル通信(3)、エジプトの公民館
第549号【2000年 9月22日】ぶんじん先生より、真理子が薦める本(3)
第550号【2000年 9月25日】『風』のこれから、レディング通信(29)
第551号【2000年 9月28日】HPに追加記事、八重山通信(68)、イムジン河のこと
第552号【2000年 9月30日】豊田メール、55回研究会報告、レディング通信(30)
第553号【2000年10月 3日】李正連氏、梶野光信氏より、レディング通信(31)
第554号【2000年10月11日】ドイツ・社会文化運動の講演会と沖縄訪問
第555号【2000年10月13日】いけ、いけ、ドンドン、「風」の仲間!
第556号【2000年10月14日】韓民を囲む会、トールマン氏への伝言
第557号【2000年10月15日】久しぶり呉遵民、韓民かこむ会、向島博覧会
第558号【2000年10月16日】ハンブルグ関係者との集い、鷲尾コンサート
第559号【2000年10月17日】トールマン氏の沖縄訪問、山城千秋メール
第560号【2000年10月18日】科研費の支出計画、『自省録』と『朗読者』
第561号【2000年10月20日】第5号の反応、『アジア文化』第24号
第562号【2000年10月21日】上海・合作学院その後、再び『朗読者』のこと
第563号【2000年10月23日】ドイツ社会文化運動、『具志川市史だより』
第564号【2000年10月27日】楚辺誌「戦争編」、トールマンとの沖縄
第565号【2000年10月28日】沖縄調査について、カイロからのメール
第566号【2000年10月29日】生活史・パリ通信(30)、平造自宅メール
第567号【2000年10月31日】生活史・パリ通信(31)、地域史フォーラム
第568号【2000年11月 2日】上海合作学院の最終文書、来春の韓国訪問計画
第569号【2000年11月 4日】久しぶりいろいろメール、沖縄調査日程
第570号【2000年11月 6日】レディング通信(35)、『島宇宙展望博物館』
第571号【2000年11月 7日】1月沖縄で研究会を、鷲尾・内田往復メール
第572号【2000年11月10日】福岡・社会教育研究会、平造パソコン修復
第573号【2000年11月12日】生活史・マニュアル、沖縄へ、大田昌秀講演会
第574号【2000年11月14日】大都市研ホームページ、普久原恒勇コンサート
第575号【2000年11月16日】来年のドイツ訪問計画、レディング通信(36)
第576号【2000年11月18日】石垣ゴミ戦争・八重山通信(70)、魯在化メール
第577号【2000年11月20日】ヌチドゥタカラIN 東京、教育系大学・新課程
第578号【2000年11月22日】「徳田球一とその時代」、魯在化・アドレス
第579号【2000年11月23日】上海合作学院の最終調整、平和の文化国際年
第580号【2000年11月25日】再び合作学院について、安養市の市民大学
第581号【2000年11月26日】新石垣空港問題速報@、韓国・平生教育法
第582号【2000年11月27日】韓国・富川市の調査など、中国・湘潭から
第583号【2000年11月28日】博士誕生、新空港問題A(八重山通信72)
第584号【2000年11月29日】オハイオより魯在化さん、ムンヒョスクさん
第585号【2000年12月 1日】鹿児島だより、レディング通信(38)、上海へ
第586号【2000年12月 2日】華東師大との交流は? パリ通信(35)
第587号【2000年12月 4日】58回研究会案内、那覇はいづこへ(八重山通信74)
第588号【2000年12月 6日】新空港問題B(75)、南仏紀行(1)パリ通信(36)
第589号【2000年12月 8日】南仏紀行(2)、新石垣空港問題C(八重山通信76)
第590号【2000年12月10日】ロンドン西「南アジア系移民の街」、南仏紀行(3)
第591号【2000年12月11日】新石垣空港問題D、南仏紀行(4)ー強盗!
第592号【2000年12月12日】福原実・逝って3年、南仏紀行(5)
第593号【2000年12月14日】日中学院より、南仏紀行・後日談ー隣人との闘争
第594号【2000年12月15日】女性国際戦犯法廷、周りは厳しい風ばかり
第595号【2000年12月17日】今世紀最後の研究会、植民地教育史シンポ案内
第596号【2000年12月18日】カイロに雨、フランスのアニマトゥリス(パリ通信37)
第597号【2000年12月20日】もうすぐ600号、新年会、上海・学院その後
第598号【2000年12月22日】ひのきみのない卒業式、パリもあと少し(通信38)
第599号【2000年12月24日】石間さんのこと、教育改革国民会議と子ども権利条例
第600号【2000年12月25日】川崎ふれあい館、カイロより、比嘉佑典氏へ



*(日誌)601号〜700号

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 南の風・ぶんじん日誌(501号〜600号)

第501号:2000年6月17日
◆<ご挨拶・アドレス帳整理>
 ほとんど一方通行になっていた10名近くの方にお引き取り(あるいは「公民館の風」に乗り換え)を願って、「南の風」はこの号より30名をこえないスリムな陣容で、新しくスタートをいたしました。10名の交替というのは、風500号の歩みでも、初めてのこと。また、おそらく突風や乱気流などいろいろあるでしょうが、出来るだけ気ままに吹きたいのです、ご寛恕の上、どうぞよろしくお付き合いのほどお願いします。
 <歌の工房>
 −ピョンヤンよりソウルへ大統領帰る、6月16日朝刊−
◇金大中帰国演説あかず読む 世に指導者は確かにいるぞ!
◇夜明けあり可能性あり出来ぬこときっと誰かが継いでくれると

第502号:2000年6月18日
◆<日本社会教育学会・六月集会>
 17日〜18日の両日は六月集会(会場、東京学芸大学)。
 九州から上野景三、久しぶりに鶴ヶ島の平井(旧姓・園田)教子の同級生が顔を合わしたので、内田くんも一緒に、小金井駅前のパン屋の2階で騒ぎました(主として園田さんがキャーキャー賑やかに…)。このレストランは焼きたてのパンが食い放題なので、その当時、懐の淋しい学生、留学生などをつれて、よく通ったものだ。学大も変わったよ。

第503号:2000年6月19日
◆<ドイツを時計まわりに>
 ヨーロッパ訪問スケジュール(風498号)についで、エジプト行きの日程が決まりました。
 まず(ご要望により)簡単に7〜8月のドイツ旅程をご紹介します。
7月10日成田発、11日からフランクフルトを起点に時計まわりに主要都市の成人教育・社会文化施設
 をまわる計画(同行・案内は谷和明さん=東京外国語大)です。おおよそのスケジュールは次の通り。
7月11〜15日 フランクフルト、トリヤなど
  16〜20日 ボン、ケルンなど
  21〜24日 ハンブルグ
  25〜31日 ベルリンとその周辺(27日ごろ谷氏は帰国)
8月1〜7日   ライプチッヒ、ワイマールなど
10〜18日 未定・自由
19日 フランクフルトへ、日本からの一行と合流
23〜29日 フランス
30日〜9月7日 再びドイツへ(ベルリンなど、未定)
◆<エジプト訪問計画>
 アーデル 様  小林ぶんじん
 9月のエジプト行き、次のように飛行機を予約しました。どうぞよろしくお願いします。
エジプト到着 9月8日 ルフトハンザ588便(カイロ着19:25)
     出発 9月14日ルフトハンザ710便(カイロ発06:20) *朝早くて申しわけない!
 エジプトへの旅(カイロで合流予定)参加希望者は現在のところ小生以外に3名。同じ便で到着の筈でしたが、ルフトハンザでは日本発が前日(フランクフルト1泊の要)となるので、別の便(BA)を予約しました。9月8日朝成田発、同日夜にカイロ到着(BA155便、カイロ着は23:25)です。深夜迎えの必要あり、すみません。
 8日夜から14日朝までのスケジュールが確定しましたのでホテル(中級の上程度)の予約など、どうぞよろしくお願いします。
◆<参加歓迎>
 エジプトでのスケジュールは、おおまかに前半がギザ、ルクソール、アスワンなど古代エジプト、後半はカイロ周辺の農村など、現代エジプト、です。ただし詳細は未定、参加者の希望にそって確定していきたいと思います。案内役はアーデル氏(カイロ大学)。
 川崎の伊藤長和さんなど、この旅行に関心をお持ちの方は、9月8日〜14日(日本到着は15日朝)の日程は動きませんので、参加可能かどうか、ご検討をお願いします。もしご希望であれば、折り返し「ぶんじん」まで。

第504号:2000年6月20日
◆<パリ・末本誠さんへ>
 マダム・SUEMOTOのエジプト旅行への参加、歓迎です。人数が確定次第、正式にカイロに連絡します。アーデル君には、この間何度かメールを送っていますが、どこかに出かけているのか、今のところ、レスポンスがありません。
 小渕・梶山などに続いて、19日未明、竹下登・元首相が亡くなった。ある時代の終わりを実感するが、今朝の朝日記事「衆院選中盤予想」では「自民、安定多数うかがう」とある。時代は簡単には変わらない。(ぶ)

第505号:2000年6月22日
◆<訪欧関連・事務連絡>(旅行斡旋業見習い・ぶ)
1,末本メールのお尋ね、ご計画の通り進めていただいて結構ではないでしょうか。レストランは、ある程度のところで(高くなりすぎないように)。TGVは小生の乗車券は不要です。ユーロパスを用意して動くつもりです。
2,ドイツの方はなかなか大変だ。フランクフルトのホテルは何とか確保できたのですが、小生お勧めのベルリンのホテルが予約できませんでした。満室だ! 1人だけだと何とか泊まれても、4室になるとやはり簡単ではない。さてどうしよう? 
3,エジプト計画は、その後、川崎の伊藤長和さんと和光大の梅原利夫さんから「参加の意志あり」との連絡が(今日)舞い込みました。パリのマダム末本と合わせて、いま皆さん合計7人。ホテル予約の関係からはあと一人の参加(ただし女性)があると、ちょうどいいかたちですが・・。どなたかいらっしゃいませんか。
4,早速、お二人の飛行機の予約(9月8日朝の成田発、14日朝のカイロ発、BA・ヒースロー経由、約20万円、これ以外にビザを取る経費が必要)を急ぎます。まだきっと大丈夫でしょう。 

第506号:2000年6月23日
◆<今日の第53回TOAFAEC研究会、ぶんじん、やや遅刻します>
 いま東京は雨。「6・23を考える」研究会(於高井戸区民センター、18:30開始)。和光大学沖縄文化研究会(沖文研)と合同、学生たちも参加してくれる予定。ちなみに和光・沖文研は今年4月から立ちあげた学生の研究会、6月14日に小林研究室で同じく「6・23を考える」を開催し、今日のTOAFAEC研究会はその第2バージョン。
 明日の和光大・公開シンポ(増山均「人間発達と若者たちの躍動ーアニマシオンを考える」、川崎・町田から高校生もレポート)の準備のため、小生は少し遅れる見込み。誰か予定時間までに区民センターの鍵をお願いします。

第508号:2000年6月26日
◆<鷲尾邸のベランダから> 
 八重山の太陽と風の香りをいっぱいつめこんで、今年もパッションフルーツが送られてきた。真由美さんからの心温まる手紙も同封されていた。今日の日曜日、たまたま息子たち夫婦も初孫を連れて来訪し、一緒においしく頂きました。有り難うございました。

第512号:2000年7月2日
◆<ヨーロッパ・エジプト行き・事務連絡>  
・エジプトのビザは、空港での取得を中止しているとの情報あり、旅行社(HIS)は、その場で入国できなくなっても困るので、あらかじめ大使館での手続きをすすめました。代行してもらって¥5,500。アーデルくん、あと一度、エジプト航空で(ことの真偽を)確認して下さいませんか。
・フランス・末本代理店がTGVを予約したというので(風・511号)、ドイツ・小林代理店(見習い)としても、大事をとってこちらでドイツICE(フランクフルト・ベルリン、8月20日10:15発、14:18着、894号)を予約しました。予約の手数料が要り、またフランスTGV のような割引もありませんが、ご了承ください。

第514号:2000年7月5日
◆<笠懸町公民館五十年のあゆみ>
 笠懸の公民館から、1979年3月刊行「公民館三十年のあゆみ」(笠懸村公民館)に合わせて、本年3月31日発行の「公民館のあゆみU(昭和53年〜平成10年)」が作成され、合本のかたちで、標記「笠懸町公民館五十年のあゆみ」が発刊されました。
 これで、「風」が知る範囲での公民館・社会教育「50年史」は6点(飯田市、伊那市、川崎市、松本市、置戸町と笠懸町)となりました。もしこれ以外の「五〇年史」刊行をご存知の方は、ぜひ情報をお寄せ下さい。
 しかし笠懸の公民館といえば、故福原実のことを想い出して、やりきれないよ。
◆<太田政男さんへ>
 「よんどけ」(東上線沿線・月刊読む会・呑む会便り、107号)有り難うございました。海瀬頭豊といっしょの写真も頂きました。また先日は、ずしりと重い「あすをめざして」を恵送いただき、御礼が遅れてしまいました。お詫びいたします。
 「南の風」に加わりたいとのお手紙、拝見しました。もともとは沖縄・東アジア・社会教育をキーワードに発信してきたものですが、この1年は「公民館の風」がそのフォーマルな部分を担ってくれるようになって、「南」の方はきわめてインフォーマルな、なんでもどうぞ、といった感じになってしまいました。最近はやけにヨーロッパの風が多くなり、やや乱気流の様相、これからもどんな方向で吹いていくか、まったく分かりません。
 双方向性を大事にしていますので、そのうちに、気が向いたら、何か送って下さい。

第515号:2000年7月8日
◆<外は風雨激しく・・>
 いよいよ明後日、ヨーロッパ「遊学」に向けて、成田を発つことになりました。さきほどまで、西永福「グランメール」で、TOAFAEC事務局の中心メンバーが5〜6人集まって、『東アジア社会教育研究』第5号の編集会議をかねて、打ち合わせをしたところです。
 台風襲来で、いま(7日22:30)外は風と雨です。下記は、ホームページ用に作成した7〜9月の「訪欧スケジュール」案(略)です。まだ未確定部分をふくみますが、まずは「南の風」の皆さまに見ていただきましょう。何かお気づきのことがあれば、教えて下さい。

第516号:2000年7月16日
◆<「南の風」の運営を引き継ぎます>−石倉・内田
 まもなく小林文人先生は日本を発たれ、ドイツを中心とする在外研究に向かわれます。期間は7月10日から9月中旬まで。その間、この「南の風」の運営は、私・石倉と内田純一さんとで担当することになりました。実質的な作業は石倉が担当し、最低週2回程度は発信できるようにがんばります。そしてできれば、こんな運営をめざしたいと思います。
◎自己解放と対話のメール広場〜自分のことを書ける。読んで元気になれる。書くことをそそられる。
◎アニマシオンのメール広場〜わくわくどきどき、魂が活性化する情報も掲載していきたい。
◎教育と文化のメール広場〜沖縄・東アジアの社会教育、文化への視点も(もちろん!)忘れない。
 というわけで、「南の風」への投稿は今後も大歓迎。小林先生が長期で日本にいないなんて、こんな機会は滅多にありません。これまで書いてきた方、あまり書かなかった方、このチャンスに日頃書くのをためらっていたことも思い切って書いちゃいましょう。だれが来るかな?だれも来ないかな?わくわくしながら投稿を待っております。※投稿は下記メールアドレスへ!これまでと投稿先が変わりますのでよろしくお願いします。 (7月8日21:32) □南の風投稿先□□ BZZ12470@nifty.ne.jp 石倉祐志□□
◆<どうぞよろしく>
 
上記のように「ぶんじん」留守中の「南の風」は石倉祐志、内田純一のご両人で発行していただくことになりました。どうも有り難う!
 「公民館の風」以降の、最近の「南の風」は仲間うちの親しい関係に甘えて、ともすると「沖縄」も「アジア」も忘れ、「ヨーロッパ」から、「西」から、と勝手気ままに吹き荒れてきました。しかし何よりも自由闊達であることは大事なことですから、皆さん、ときには読み捨てながら、交流の風を吹き続けていただきたいもの。
 さてこれから、どんな「風」が創られていくか、楽しみです。あまり今までの形に拘束されないで、個性的な通信づくりをめざして下さい。期待しています。各位のご支援をお願いします。それでは秋に、再見!(ぶ)

第517号:2000年7月16日〜〜第548号:2000年9月17日
ドイツ・フランス・エジプト訪問記→■http://www010.upp.so-net.ne.jp/mayu-k/deutsch2000.htm

第549号:2000年9月22日
◆<ようやく帰ってきました、いろいろ有り難う・・・(9月19日ぶんじん)
 2ヶ月あまりの旅をおえて、東京の生活が始まりました。しかしさすがに疲れあり、時差ぼけもあり、いま何もしたくない、妙な虚脱感、脱力感。そしてある種の充足感もなくはなく、それを楽しんでいる感じ。さてさて、そろそろ、腰をあげるか、というわけで、このご挨拶を書き始めているところです。
 この間、「南の風」「公民館の風」、そして『東アジア社会教育研究』第5号、の編集・発行の仕事に取り組んでいただいた石倉、遠藤、内田の3人組、それぞれに、ほんとにご苦労さまでした。
 仲間うちの親しさから、遠くより無遠慮なコメント・注文を矢のように放ち、きっと不快な思いもあったに違いない。お許し下さい。それに耐えて、ご立派!
 私自身としても(年甲斐もなく)あえて濃密なスケジュールをお願いし、ドイツでは谷和明さん、フランスでは末本ご一家、エジプトではアーデルくん、の皆さまにお世話になり、ご迷惑をおかけしました。小生の我がままをお許しください。
 得るもの少なからず、わずかの歳月でたくさんの出会いと刺激を頂きました。失せ物また少なく、靴下半足(谷さんとヴィースバーデンで温泉に入った夜)、前歯1本(ドイツのかたいパンをかじった朝)、カメラのカバー、洗濯物干し用のひも、ぐらいのもの。
 これからの「風」の発行をどうするか、皆さんでご検討いただきたい。小生としてはこの夏の経験を活かして、あらためて新しい体制を組めないものか、という期待を抱いています。数日後の学会や大都市研などでも話が出来れば幸いです。 (ぶんじん)

第550号:2000年9月25日
◆<二つの集会、ふたつの風>
 岩手大学で開かれた日本社会教育学会(第47回、9月22〜24日)、仙台市中央市民センター等を会場とする大都市社会教育研究と交流の集い(第23回、24〜25日)に出席、4日間の旅を終えて、さきほど帰京したところです。
 2ヶ月半の留守、とくに社会教育研究全国集会に不参したこともあり、「ドイツはどうでした?」などと、いろんな人から声をかけられ、妙な気持ち。あまり勉強せず、毎日ビールとともに楽しく過ごした、まずは元気、などとありのままお答えしておきました。
 どちらの集会にも、もう責任はないのですが、学会では課題研究「国際識字の10年を考える」を企画した経過があり、また大都市研では年長の故か、挨拶やまとめのコメントを求められ、恐縮しつつ、なんとか役割を果たして、今年9月の主要行事もめでたく終了。皆さん、お疲れさまでした。
 識字の論議はなかなか面白く、ぜひ記録にしたいもの。大都市研の方は各都市から問題がたくさん出て、しかしいつものように時間不足、論議不足、それだけに課題をたくさん共有して別れました。今川義博さんはじめ仙台の皆さん、盛大な交流会も用意していただき、有り難うございました。参加の方々から、きっと当日の記録や感想が「風」宛に寄せられるものと期待しています。どうぞよろしく。
 『東アジア社会教育研究』第5号が発刊され、その巻末に「南」「公民館」の二つの「風」リストが収録されたこともあるのか、思いがけない人から「風」へのお尋ね、また「送ってほしい」との声をいただきました。とくに「公民館の風」は職場で増刷り転送・回覧されている自治体もあり、いろいろと話題にしていただいていることを知り、嬉しくなりました。これからさらに心して内容のあるものをお送りする責任を痛感しています。
 この夏「風」を出し続けてくれた石倉、内田、そして遠藤(えんてる)の3人組とは、盛岡、仙台のおいしい寿司屋で、ささやかな感謝の乾杯をいたしました。ただし仙台では帰路の車運転(えんてる)のためお茶で乾杯。またいずれそのうち美酒の杯を交わしましょう。
 これからしばらくの間、「南の風」は石倉・内田のコンビで、「公民館の風」は「ぶんじん・えんてる」のコンビで発行していくことになりました。どうぞよろしくお付き合い下さい。「風」にご参加の皆さまからのメールを楽しみにお待ちしています。
◆<これからもどうぞよろしく、9月25日いしくらゆうし>
 ぶんじん先生の勧めもあって、内田純一さんとともにこれからも『南の風』の編集を続けることにしました。どうぞよろしくお願いいたします。今後も双方向の通信をめざして編集していきます。『南の風』はこれまでぶんじん先生のプライベートな通信から多様な人々が言葉を交わす双方向の通信へと展開してきましたが、この夏の経験もふまえ、今後は風に集う人々の広場として、率直に、また楽しく語り合える場を作っていきたいと思います。最近リードオンリーの方、どうぞお気軽に『風』をお寄せください。首を長く、敷居を低くしてお待ちしております。……

第551号:2000年9月28日
◆<ホームページ、10月追加記事>====(9月27日ぶんじん)=
 まだスケジュールが定まらないところがありますが、TOAFAECのホームページを見る人たちが増えてきたことが気になって、取り急ぎ新しい「追加記事」の工事をしました。やはり徹夜になりました。のぞいて下さい。
 第5号の目次も、内田・事務局長からの送信を受けて、書き入れました。風の皆さまも(購入の上)ぜひ読んで下さい。まわりにも拡げて下さい。実はカンパも歓迎!です。

第554号:2000年10月11日
◆<ドイツ社会文化運動関連の講演会、沖縄訪問のご案内> 
 「南の風」発信は久しぶりです。帰国して以来「公民館の風」をせっせと出していたので「南」は正直懐かしい限り。この間、石倉くんは職場が忙しく、また多少の疲労もあり、また内田くんも土曜まで出張とかで不在。553号(10月3日)から1週間以上が経過していますので、空白を避けたく、また緊急のご案内も発信したいので、ちょいと顔を出した次第。
 ご案内というのは、10月21日(土)午後の講演会、10月23日から26日の沖縄訪問計画の二つ。いずれもTOAFAECホームページには掲載しているのですが、「南」の皆さまにぜひご参加をお願いしたく、少し詳しい内容で、あらためてのご案内としてご覧いただければ幸い。講演会へのご参集どうぞよろしく。また久しぶりに沖縄にご一緒できませんか?
 <ドイツ・社会文化運動への興味、講演会のご案内> (略) 
◆<ドイツ社会文化運動家と沖縄訪問>
 −おきなわ社会教育研究会の皆さまへ(書簡)Wed, 11 Oct 2000− 小林ぶんじん(和光大学)
 その後、皆さまお変わりありませんか。ご無沙汰しています。この夏、ドイツを中心に“遊”学の旅に出ていました。涼しい夏を満喫して過ごしました。…中略…
 ところで、前にハガキ等でお知らせしたことがあるドイツ人建築家・トールマン氏の沖縄訪問について、あらためてお願いを申しあげます。
 彼との出会いは、7月下旬にハンブルグ市を訪問し社会文化運動(市民活動)関係者との交流の中でした。ハンブルグ滞在の一夜、同行の谷和明さん(東京外国語大学)といっしょにトールマン氏のお宅に招かれ、美味しい手料理をご馳走になりました。彼は沖縄へのつきぬ興味をかたりました。一宿一飯の恩義とでもいいましょうか、その機会があればぜひご一緒いたしましょう、と約して別れました。
 その機会は思いがけなく10月に実現することになったのです。かねてより「まちづくり」をキーワードに東京・向島地区とハンブルグ市民との交流が重ねられ、今年その訪問団の一人としてトールマン氏が来日することになりました。(向島企画=博覧会についてはホームページ:http://e-sumida.gr.jp/mukojima-expo/ をご覧下さい。同行メンバーのなかのM,ヴェント氏講演会については10月21日午後実施予定。)
 トールマン氏の沖縄訪問の日程案は下記の通りです。23〜26日の日程は小生が決めたのではなく、トールマン氏がハンブルグ⇒成田便を確保する際に、羽田⇒那覇(往復)の便も予約してきたのです。その前後の便で、小生も久しぶりに沖縄に参上するつもり。
 <行動日程案>*さしあたりの小林案、諸情報をもとに今後修正予定。
10月23日 午後到着、那覇を歩く、夜・交流会予定。   那覇泊
24日 名護へ、集落めぐり(どこかで泳ぐ)、交流会。 名護泊
25日 名護より中部(どこかで泳ぐ?)、那覇へ 那覇泊
26日 南部戦跡へ、夕刻の便で帰京
 トールマン氏から谷和明氏に来たメールによれば「生きているうちに沖縄に行くことになろうとは考えたこともなかったです」と喜びを語っているそうです。彼の希望は、1,沖縄の歴史を知りたい、2,伝統ある芸能にふれたい、3,離れ島に行って(太平洋で)泳ぎたい、「竹富」に行きたい、4,現代の躍動する音楽ライブに行きたい、など。
 もちろん、竹富島など日程的に行けないことは明らかですが、出来る範囲で期待に応えたく、いろいろと情報やお智恵をお貸し下さい。
 小生も久しぶりの訪沖、皆さまにお会いできることを楽しみにしています。なお同封の新聞切抜きはトールマン氏を報じた朝日記事(1997年7月5日、略)です。ご参考までに。 敬具

第555号:2000年10月13日
◆<北京より韓民(中国・国家教育員会)来日>
 突然の連絡ですが、北京より韓民くんが来日しました。中国・国家教育委員会(文部省)からの日本教育事情調査のための出張のようです。同行は3人。10月16日まで東京滞在の予定だそうです。
 まったく久しぶり。旧知の人たちで集まって、久闊を叙し合いましょう。TOAFAEC編集委員でもあり、刊行なった第5号を渡し、かつ第6号編集の話もいたしましょう。来年に向けて、第1回編集会議というわけです。
 急なことですので、場所などまだ決まりませんが、10月14日夜(18:30予定)新宿あたりで「韓民をかこむ」夕食会を開きたいと思います。ご参加希望の方は「ぶんじん」あてご連絡下さい。ぶ
◆<最近の上海は?>
 上記のように、北京から韓民の来日ニュースなどに接すれば、あらためて、最近まったく上海からの便りがないことが気になります。思い起こせば昨年の今頃、華東師範大学長一行を迎える準備でたいへんでした。その後、神戸の呉遵民氏が帰国したこともあり、華東師範大学(継続教育学院)との直接的な連絡の関係が切れた感じもあります。しかし一応はこちらから「今年の研究交流についてどうするか、計画を伺いたい」旨の連絡を先方に出した経過があり、いわばボールは向こう側にあり、こちらは待つかたち。催促したものかどうか、などと考えているうちに、いつの間にか10月を迎え、今年の交流は事実上実施されないことに。
 それにしても先方はどんな姿勢なのか、呉遵民くんに一度連絡をとってみることにしましょうか。あわせて韓民と同じ時期に留学生活(東京学芸大学)を送った羅李争くんのことを思い出しました。元気かな?
 閘北区の合作学院の経過はその後どうなっているのか、こちらの話も聞きたくなりました。羅くん、何か情報があれば寄せて下さい。

第560号:2000年10月18日
◆<「南の風」発行について> 
 南の風第553号(10月3日)の後、発行にかなりの空白あり、気にされた向きもある模様。この時期、石倉・内田の両君とも多忙、また多少の疲労(石倉)もあるとのことで、第554号より「ぶんじん」の発行にもどっていることはご存知の通り。
 その後、もう大丈夫、との連絡もいただきましたが、ハンブルク関係者の講演会や沖縄訪問のこと、あるいは科研費の連絡など、やや速報性が必要なメールもあり、また「公民館の風」との関連もなきにしもあらず、しばらくはこのまま、以前にもどって「ぶんじん」発行でいきたいと考えています。
 小生の不在や疲労の場合は、また両君に助けていただきます。どうぞよろしく。

第571号:2000年11月7日
◆<11月6日の夜、油y山にて>
 今年の夏は福岡の隠れ家に行けず、ようやく半年ぶりに出かけて篠竹を切り払い、庭の手入れをして、さきほど帰京したところ。白樺も新しい葉っぱを出して、生き残っていました。農中くんがブルゴーニュのワイン(末本くんの影響大)を仕入れて持参し、夜の庭で焚き火をしながら、しみじみとこの夏の訪欧の想い出話になりました。ベルリンのケーテ・コルヴィッツ「ピエタ」(死せる息子を抱く母、ノイエ・ヴァッヘの彫像)など。パリの末本くんの話はもちろん。たまたま、かみさんの何回目かの誕生日。いい夜でした。夜のしじまにワインの酔いはさめず、とうとう農中くんはこの日、帰宅できませんでした。
 ところで、1月の沖縄調査・研究会の日程がほぼ決まったようで何より。これに沖縄の皆さんの都合がうまく合うかどうか。小生の方は学内のある事情(自分で調整できないこと)で、もしかすると行けないかも知れず、その場合はお許しを。
 この機会に科研費メンバーだけでなく、TOAFAEC・定例研究会を沖縄で開催するかたちにして、関心ある皆さんに沖縄行きを呼びかけたらどうだろう。全国集会・2002年開催(決定)のこともあるし・・・。これを書いているところに、お目出度の知らせあり、嬉しいね、よかったね、おめでとう! こちらも少々酔っている。 

第579号:2000年11月23日
◆<町田市「ばあん」と「アンコル・トム」>
 昨日、ゼミの学生有志と町田市子どもセンター「ばあん」に行きました。久しぶり。あいかわらず子どもたちが群れていました。この間、全国からの参観者が殺到しているようで、この日も愛知と兵庫から(午前)それに川崎・柿生の社会福祉協議会(午後)、私たちは午後のプログラムに入れていただきました。
 館長の奥津林蔵さん(ユニークな町田市「ひなた村」青少年施設を実質的に創った人)の話がなかなか面白く、「ばあん」は初代館長にいい人を得た、という印象ひとしお。
 これまで「子ども委員会」(委員長・山口正人くん、高校3年、今年6月和光・公開シンポでその体験を面白く語った)が中心で運営にあたってきましたが、今年7月、ようやく大人の運営審議会が発足、それに子ども委員会代表として山口くんが参加。驚いたことに、この運営審議会の委員長に山口くんが選ばれたそうです。(子ども委員会の代表は、1年下の後輩にバトンタッチとのこと。)
 帰りにはJR町田駅・南口の「アンコル・トム」へ。セタリンさんは残念ながら店に出ていない、それだけでなく料理のおばさんも変わって、カンボジヤ料理もまたひと味別の風味になったような感じ。この店も相変わらず予約客で満員、危なく席に座れないところでした。
 国会など、一方では白けた世界が終焉をつげている状況があり、他方別のところでは、若者たちが熱く燃えて新しい世界を創りつつある、そんな動きを感じさせる面白い1日、でした。

第588号:2000年12月6日
◆<末本誠「南仏紀行」など>
 フランス滞在も残り少なくなった末本誠氏から「先々月の南仏旅行の旅行記を書きました、……単なる旅行の記録ですが、強盗に襲われた生々しい場面があります。……また、上階の困った隣人との闘争の記録も付録に付いています。…… どうしましょうか。とても長いので……、」というメールが来ました。フランス社会のある側面、その生のレポート、興味深いので「南の風」に数回に分けて載せたい、と返メールして、送ってもらいました。以下、ご覧の通り。80行前後におさえてきた「風」ですが、これから数号、長くなります。ご了承を。

第589号:2000年12月8日
◆<戯れ歌コーナー>
     −NHK「徳田球一とその時代」をみて、12月5日−
◇昏き世を嘆くが如きデスマスクわが顔もまたその横にあり
  −有賀由延さん展覧会(松本)、ドライハーブを頂く、12月3日−
◇冬のしじま独り苦しむ深更の机上にハーブの香りたゆたふ

第597号:2000年12月20日
◆<600号を前にして>
 早いもので、もうすぐ600号。まずは「南の風」ご愛顧ありがとうございます。発信者として御礼申しあげます。あわせて、50号おきの名簿整理(風MLのリストラ)の時期となりました。これまでと同様、どうぞよろしくお願いします。550号以降、この50号の間、ほとんど「リードオンリー」の方々には、送信を遠慮させていただきます。「風」の双方向性の原則によるものです。発信者としては当方から50回をお送りして、一度の返信もないのは、やはりご興味なきものと判断してもいいのではないか、と考えるからです。
 いま、メンバー数も多少オーバー気味、出来れば5名前後の方に交代していただければ有り難い。もちろん、引き続きの送信をご希望の方はご一報をいただければ、お送りします。ご一報の際、近況報告など、何らかのメッセージを頂ければ幸い。なお一度リタイヤーされた方でも、再送信をご希望される場合は、直ちにリストに加えます。ご遠慮なく、どうぞ。
 ご存知の「公民館の風」の方は、あと少し拡げる方向ですので、そちらに移行していただくのも一案か。
 ご参考までに、二つの「風」の簡単なキーワードをあげれば次の通り。「南の風」:沖縄・東アジア・交流(やや柔らかめ、エッセイ風?)「公民館の風」:公民館・社会教育・研究(すこし固め、レポート風?)、もちろん厳密なものではありませんが・・・(HPご参照のこと)。

第598号:2000年12月22日
◆拙歌二つ
  −故石間資生を想う、11月2日、斎場にて−
◇その棺の旅立たんとす天仰ぎ心でなが〜き拍手贈らん
  −12月19日、香典返しに山葵をいただく−
◇奥多摩の山を愛しつ道すがら求めしというワサビの辛し

第600号:2000年12月25日
◆<戯れ歌コーナー>
            −今年もはや年の暮れ、12月24日−
◇寒き夜の薄き語らいやるせなき貧しさ覆う虚構の電飾
            −9月7日、ベルリン−
◇原発を論じてやまぬレストラン暗き豊かさキャンドルの灯



*南の風601号〜■


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