◎韓国・新「平生教育法」(2007年12月14日公布→■)の注目点◎
*「南の風」1971号(2008年1月11日)〜1995号(2008年2月23日)
<はじめに>
韓国・平生教育法は、専門家意見や学会関係論議を尊重して、全面改正され、昨年(2007年)12月14日に公布されました。名古屋大学・李正連さんの日本語訳が送られてきましたので、TOAFAECホームページ(韓国)に掲載しています。→■
法律はそのままでは読みにくいもの。新法の注目すべき改正条項を10点ほど拾い出して、「南の風」に連載してみました。日本の社会教育法も改正の動きあり、韓国の法改正の経過は、共に課題を考える視点として、参考になる部分が少なくありません。もちろん充分なものではなく、本格的なコンメンタールではありません。不適切なところ、補充すべきところなどご指摘いただければ幸いです。 小林 文人(2008年3月1日)
<目次>
【韓国・新「平生教育法」の注目点(10)】
(1) 定義(第2条) 南の風1971号
(2) 平生教育振興基本計画(第9条) 南の風1972号
(3) 平生教育振興院(第19条〜第20条)南の風1975号
(4) 平生学習館(第21条) 南の風1976号
(5) 平生教育士(第26条、第27条)南の風1979号
(6) 平生教育機関(第5章) 南の風1983号
(7) 学校の平生教育(第29条) 南の風1985号
(8) 学習口座(第23条)等 南の風1988号
(9) 文解教育(第39条) 南の風1991号
(10)平生教育の理念(第4条)他 南の風1995号
▲韓国・第4回平生学習フエステイバル(光明市)、学会による法改正論議・シンポジウム(2005年9月24日)
1,定義(第2条) *「南の風」1971号(1月11日)
改正前の平生教育法(以下、旧法という)では、次のような定義でした。「平生教育とは、学校教育を除くすべての形態の組織的な教育活動を示す」(旧法第2条第1項)。日本の社会教育法も似たような控除的定義をしています。
今回の韓国の全面改正(以下、新法という)では、平生教育の領域が積極的に明示されています。そのなかには文解教育(基礎教育)が含まれていること、また定義として新しく平生教育「機関」の概念が導入されていることが注目されます。
第2条(定義)
この法において使用する用語の定義は次の通りである。
1「平生教育」とは学校の正規教育課程を除いた学力補完教育、成人基礎・文解教育、職業能力向上教育、人文教養教育、文化芸術教育、市民参加教育等を含むすべての形態の組織的な教育活動を示す。
2「平生教育機関」とは、次の各項目にあたる施設・法人または団体を示す。
ア..この法によって認可・登録・申告された施設・法人または団体
イ「学院(=塾)の設立・運営及び課外教習に関する法律」による学院の中、学校教科
教習学院を除いた平生職業教育を実施する学院
ウ. その他に他の法令によって平生教育を主な目的とする施設・法人または団体
3「文字解得教育」とは、日常生活の営為に必要な基礎能力が不足しており、家庭・社会及び職業生活において不便さを感じる者を対象に文字解得能力を持てるようにする組織化された教育プログラムを示す。
2,平生教育振興基本計画(第9条) *「南の風」1972号(1月14日)
新法は、新しく「平生教育振興基本計画」について第2章が設けられました。国が5年ごとに同計画を樹立しなければならないこと、関連して、「平生教育振興委員会」、市や道の「平生教育協議会」「関連行政機関」の協調、「平生学習都市」、経費援助や支援等についての積極的な条項も定められています。
現在、実際の行政施策として、すでに「第2次平生学習振興総合計画」(風1954号、1957号に既報)や、「平生学習都市」の施策が動いていることはご承知の通りですが、これらに明確な法的基礎を用意したかたち。国の政策として生涯学習振興を位置づけ、その計画的な推進を求めているわけです。なお「教育人的資源部長官」は日本の文部科学大臣、「教育監」は教育長にあたります。
第9条(平生教育振興基本計画の樹立)
@教育人的資源部長官は、5年ごとに平生教育振興基本計画(以下「基本計画」という)を樹立しなければならない。
A基本計画には次の各号の事項が含まれなければならない。
1.平生教育振興の中・長期政策目標及び基本方向に関する事項
2.平生教育の基盤構築及び活性化に関する事項
3.平生教育振興のための投資拡大及び所要財源に関する事項
4.平生教育振興政策に対する分析及び評価に関する事項
5.その他に平生教育振興のために必要な事項
B教育人的資源部長官は基本計画を関連する中央行政機関の長・特別市長・広域市長・道知事・特別自治道知事、市・道教育監及び市長・郡守・自治区の区長に通報しなければならない。
3,平生教育振興院(第19条〜第20条) *「南の風」1975号(1月19日)
旧法で平生教育センター、地域平生教育情報センターと称していた機関が、新法では、国レベルの平生教育振興院、市・道レベルでも同じく平生教育振興院として法的に拡充されています。国の平生教育振興院、そして市・道の平生教育振興院は、次の業務を遂行すると定められています。
第19条(平生教育振興院)
@AB…略
C振興院は、次の各号の業務を遂行する。
1.平生教育振興のための支援及び調査業務
2.振興委員会が審議する基本計画樹立の支援
3.平生教育プログラム開発の支援
4.第24条による平生教育士を含む平生教育従事者の養成・研修
5.平生教育機関間の連携体制の構築
6.第20条による市・道平生教育振興院に対する支援
7.平生教育総合情報システムの構築・運営
8.「学点(=単位)認定等に関する法律」及び「独学による学位取得に関する法律」
による学点及び学歴認定に関する事項
9.第23条による学習口座の統合管理・運営
10.その他に振興院の目的遂行のために必要な事業
第20条(市・道平生教育振興院の運営)
@…略
A市・道平生教育振興院は、次の各号の業務を遂行する。
1.当該地域の平生教育機会及び情報の提供
2.平生教育の相談
3.平生教育プログラムの運営
4.当該地域の平生教育機関間の連携体制の構築
5.その他に平生教育振興のために市・道知事が必要と認める事項
4,平生学習館(第21条) *「南の風」1976号(1月20日)
前項の平生教育振興院が広域施設であるのに対し、日本の公民館にあたる地域(単位自治体)の平生教育施設としては、旧法と同じく「平生学習館」が規定されています。旧法より拡充された内容になっていますが、施設固有の目的、事業、あるいは(日本の公民館法制にみられるような)基準、職員、運営審議会等の条項はとくに用意されず、「当該地方自治体の条例で定める」とされているのみです。また、平生学習館の“設置”のみならず,“指定・運営しなければならない”の規定が注目されます。ちなみに旧法では、“運営”だけでした。こんご具体的にどのような実態として展開されていくのか興味深いところです。
第21条(市・郡・区平生学習館等の設置・運営等)
@市・道教育監は、管轄区域内の住民を対象に平生教育プログラムの運営と平生教育の機会を提供するために、平生学習館を設置または指定・運営しなければならない。
A市長・郡守・自治区の区長は、平生学習館の設置または財政的支援等、当該地方自治体の平生教育を振興するために必要な事業を実施することができる。
B 第1項及び第2項による平生学習館の設置・運営等に必要な事項は、各々当該地方自治体の条例で定める。
5,平生教育士(第26条、第27条) *「南の風」1979号(1月25日)
日本の社会教育主事にあたる韓国の専門職制度は、旧社会教育法において社会教育「専門要員」(1982年)、その全面改正としての旧平生教育法では「平生教育士」として法制化(1999年)されました。しかし、この専門職制度についての社会的認識や制度実質化への過程は容易ではなく、制度前進に向けての新法改訂が大きな課題となってきました。新法では、「平生教育士」の専門職資格(第24条)、養成機関(第25条)、配置・採用(第26条)、経費援助(第26条)の諸条項が設けられています。
これまで、旧社会教育法による専門要員の養成が約2万5千人、旧平生教育法による平生教育士がほぼ同じ2万5千人、合わせて約5万人の資格保有者が生まれています。平生教育機関はこれら専門職を「…配置しなければならない」としていますが、実態はむしろこれから。それでも資料によれば、2007年現在「平生学習館」職員の24%、事業所附設カルチャーセンター等職員の33%が資格を保有しているとのこと(梁炳燦「韓国平生教育専門職制度の現況と課題」金侖貞訳、「東アジア社会教育研究」第13号、2007年、所収)。
いま韓国では、平生教育士という名の専門職の制度形成が意欲的に取り組まれていると言えるでしょう。
第26条(平生教育士の配置及び採用)
@平生教育機関には第24条第1項による平生教育士を配置しなければならない。
A「幼児教育法」「初・中等教育法」及び「高等教育法」による幼稚園及び学校の長は、平生教育プログラムを運営するにおいて必要な場合に平生教育士を採用することができる。
B第20条による市・道平生教育振興院及び第21条による市・郡・区平生学習館に平生教育士を配置しなければならない。
C第1項から第3項までの規定による平生教育士の配置対象機関及び配置基準は大統領令定める。
第27条(平生教育士の採用に対する経費補助)国及び地方自治体は第26条第2項による平生教育プログラムの運営及び平生教育士の採用に使用される経費等を補助することができる。
新・平生教育法に盛られた「平生教育機関」は、旧法にない新しい概念です。その定義は、第2条に示されている通り平生教育に関わる「施設・法人または団体」とされています。一般に「機関」という場合は、「施設」を基本概念として「団体」を含まず、ときに両者は対峙的に考えられてきた経緯もあります。たとえば日本の社会教育の歴史的特質として、施設主義と団体主義を指摘する場合などはそうです。韓国の新法では、平生教育の実施機関として、単に施設に限定せず、法人・団体を含んで多面的な展開が期待されていると言えましょう。
具体的には、学校の平生教育に関わる役割とともに、社内大学形態や遠隔大学形態の平生教育施設、そして事業場、市民社会団体、言論機関等の附設平生教育施設、知識・人材開発事業関連平生教育施設が規定されています。(第29条〜第38条)
第28条(平生教育機関の設置者)
@平生教育機関の設置者は多様な平生教育プログラムを実施し、地域社会住民のための平生教育に寄与しなければならない。
A次の各号にあたる者は平生教育機関の設置者になれない。…以下略
7,学校の平生教育(第29〜31条) *「南の風」1985号(2月4日)
韓国の平生教育法は、平生教育における学校の役割、平生教育と学校教育との関連を積極的に規定しています。旧法に比較しても、「学校の平生教育」(第29条)が新しく設けられ、「学校を中心に共同体及び地域文化の開発に努めなければならない」ことが期待し、あわせて「学校附設の平生教育施設」(第30条)「学校形態の平生教育施設」(第31条)の条項が用意されています。この点は次項に述べる「学習口座」や「学点、学歴等の認定」に関する規定とも深く関連することになります。
他方で平生教育における自治体の役割や、地域活動としての平生学習に関する規定は相対的に弱いように思われます。
平生教育の進展に学校が果たす役割はもちろん重要ですが、他面「人的資源」開発や学歴主義に組み込まれる側面も否定できず、これらの諸規定が今後どのように展開していくか注目されるところでしょう。
第29条(学校の平生教育)
@「初・中等教育法」及び「高等教育法」による各級学校の長は、平生教育を実施するにあたって、平生教育の理念に基づき、教育課程と方法を需要者の観点から開発・施行するようにし、学校を中心に共同体及び地域文化の開発に努めなければならない。
A B C …略
第30条(学校附設の平生教育施設)
@各級学校の長は、学生・親と地域住民を対象に教養の増進または職業教育のための平生教育施設を設置・運営することができる。平生教育施設を設置する場合、各級学校の長は管轄庁に報告しなければならない。
A B …略
第31条(学校形態の平生教育施設)
@学校形態の平生教育施設を設置・運営したい者は、大統領令で定める施設・設備を備え、教育監に登録しなければならない。
A B C D E F …略
8,学習口座(第23条)、学点、学歴等の認定(第41条)
*「南の風」1988号(2月9日)
平生教育法・新法では新しく「学習口座」の条文が設けられ、「国民個人の学習的経験を総合的に集中管理する制度」として、国がその導入・運営に努力することを求めています。旧法による第16条「人的資源の活用」条項と、これに基づく施行令・第4条「教育口座」規定が「学習口座」として正式に条文化された経過のようです。
関連して、新法第41条に「学点、学歴等の認定」の条項があります。旧法第28条「単位等の認定」を継承しています。学点とは単位のこと。別に設けられている「学点認定等に関する法律」により、多様な平生教育諸課程の学習経験を有機的に結びつけ、蓄積して単位や学歴として認定していこうとする構想です。
日本の社会教育・生涯学習法制には見られない「口座」「学点」認定の仕組み。韓国・教育行政当局がめざす「形式的な学歴主義から実質的な能力主義社会への改変」(東アジア社会教育研究・第5号、13ページ)が具体的に今後どのような展開を示すのか、注目されるところでしょう。
第23条(学習口座)
国は、国民の平生教育を促進し、人的資源の開発・管理のために、学習口座(国民の個人的学習経験を総合的に集中管理する制度を示す)を導入・運営することができるように努めなければならない。
第41条(学点、学歴等の認定)
@この法によって学歴が認められる平生教育課程の他に、この法または他の法令の規定による平生教育課程を履修した者は「学点認定等に関する法律」の定めによって学点または学歴の認定を受けることができる。…(以下略)…
9,文解(識字)教育(第39条) *「南の風」1991号(2月15日)
新・平生教育法は、第6章「文字解得解教育」を設けている点が大きな特長です。第2条(定義)にも、3「文字解得教育」が用意されていることは既述の通りです(風1971号)。日本の夜間中学や識字教室等が何らの法的根拠をもたない点と比較して対照的。
もっとも韓国の教育法制には「…義務教育を受けることができず学齢を超過した者」に対する教育施策が求められ(旧教育法10条、1992年)、その具体的な機関として「公民学校」「高等公民学校」(同137条〜142条)等が設けられてきた経過があります。同時に、旧・平生教育法第20条「学校形態の平生教育施設」条項が、義務教育を受けることが出来なかった成人に対して、初等学校(主婦学校)を開設し、小学校の学歴を認定する法的根拠として機能している動きもあります。その具体的な事例報告(ソウル・麻浦区陽垣<ヤンウォン>初等学校)が、韓国生涯学習研究フォーラム(2007年12月15日、李正連レポート)で行われ、興味深いものでした。
第39条(文字解得教育の実施等)
@国及び地方自治体は成人の社会生活に必要な文字解得能力等基礎能力を高めるために努めなければならない。
A 教育監は大統領令の定めによって管轄区域内にある初・中学校に成人のための文字解得教育プログラムを設置・運営するか、地方自治体・法人等が運営する文字解得教育プログラムを指定することができる。
B 国及び地方自治体は第2項による文字解得教育プログラムのために大統領令の定めによって財政的支援をすることができる。
10、平生教育の理念(第4条)他 *南の風1995号(2月23日)
新・平生教育法として新しく全面的に改正・追加された条項とともに、旧法の規定が(一部の字句修正はあるにしても)基本的にそのまま維持・継承された部分もまた注目しておく必要がありましょう。変わらなかった条項を通して、法・全面改正の方向性が、逆に浮き彫りにされるように思われます。とくに、日本の社会教育法制の理念とも対応する第4条(平生教育の理念)、第5条(国及び地方自治体の任務)と、日本の法制に見られない第8条(学習休暇及び学習費援助)を掲げておきます。それぞれ旧法の第4条、第9条、そして第7条の諸条項を受け継いでいます。
第4条(平生教育の理念)
@すべて国民は平生教育の機会を均等に保障される。
A平生教育は学習者の自由な参加や自発的な学習を基礎として行われなくてはならない。
B、C…略
第5条(国及び地方自治体の任務)
@国及び地方自治体は、すべての国民に平生教育の機会が与えられるように、平生教育振興政策を樹立・推進しなければならない。
A国及び地方自治体はその所管となる団体、施設、事業場などの設置者に対して平生教育の実施を積極的に奨励しなければならない。
第8条(学習休暇及び学習費援助)
国・地方自治体と公共機関の長または各種事業体の経営者は、所属する職員の平生学習機会を拡大するために有給または無給の学習休暇を実施することや図書費・教育費・研究費等の学習費を援助することができる。