【南の風2008】発行リスト・2101号〜2150号
各号後記(ぶんじん日誌)





*南の風・発行一覧■




*南の風2151号〜次ページ




*南の風2051〜2100号■
【南の風2008】2101号〜2150号・目次一覧
2101号【 9月29日】鹿嶋市より、国頭村奥の共同店研究、東京の沖縄関連集会、連夜の集い・ビール
2102号【 9月30日】
9月研究会ご報告、国際成人教育会議・不当解雇取消裁判、次回10月研究会
2103号【10月 2日】風に参加、各地(名護・筑波・石垣・南木曾・上田)より、新アドレス帳による配信
2104号【10月 4日】熊本より、北海道「公民館のてびき」、「高知の公民館」、11月の中国訪問
2105号【10月 6日】カイロ・ラマダン明けご挨拶、上海・烟台訪問歓迎 韓国向け出版−秋の夜の美酒
2106号【10月 8日】名古屋大学へ、再び「風」を、戦争がなければ「平和」か? 新宿「平和の棚」
2107号【10月10日】10月研究会ご案内、宜野湾区、伊江島発、ボローニャは一日にして成らず
2108号【10月12日】
安井(原水禁運動)研究会、伊江島から、講演・私は農民、思わぬ掘出し物
2109号【10月14日】11月訪中計画、京劇観劇のお誘い、沖縄における門中、上海行き韓国からも
2110号【10月16日】大学図書館から、夜間中学・テレビ番組と新聞記事、竹富島の種子取祭
2111号【10月17日】上海訪問・新上海本の刊行、沖縄に学ぶ全国青年団平和集会、編集委員会
2112号【10月19日】台湾スケジュール、未来をひらく歴史講座、島は種子取祭一色に、秋のご案内
2113号【10月21日】10月研究会案内(再)、名護の豊年祭、第五福竜丸保存40年、杉並公民館
2114号【10月23日】韓国から帰って、東アジア社会教育研究・13号の献本・注文、第14号に向けて
2115号【10月24日】第14号に向けて(承前)、中国研究、谷川健一の民俗学、クリティークの復権を
2116号【10月27日】上海日程・最終調整、上海の皆様へよろしく、秋の祭祀の継承を、合評会の夜
2117号【10月29日】烟台へ、上海日程(2日)調整、韓国の住民自治センター(1)、まちづくりと図書館
2118号【10月31日】「まちづくり」について、韓国の住民自治センターと平生学習(2)、山東省・烟台にて
2119号【11月 4日】公的職業訓練を守る会からのアピール、地域福祉活動、上海の同窓会
2120号【11月 5日】来年の全国集会準備、小地域(自治公民館)分科会感想、新上海本の刊行成る!
2121号【11月 7日】札幌自主夜間中学ドキュメント(NHK)、風・再送を、竹富島、奔流の上海社区教育
2122号【11月 9日】
上海訪問の収穫・新上海本の出版、沖縄の恩人−筑紫哲也さん、上海研究
2123号【11月10日】子どもフェスティバル(鶴ヶ島)、竹富島は小宇宙(筑紫哲也)、風・乱気流
2124号【11月11日】10月定例研究会ご報告、台・中訪問(1)、子ども祭り(京都)、風は乱調
2125号【11月13日】第145回研究会・喜寿を祝う会、公民館学会広島大会へ、風ようやく復調か
2126号【11月15日】小田切督剛さん韓国富川・市民賞受賞、台・中訪問記(2)、妻籠宿と竹富島
2127号【11月17日】第54回全国夜間中学校研究大会、カン・ヒデ賞の受賞、ベトナムからの期待
2128号【11月19日】ベトナムのCLC,夜間中学開設への人権救済申立記録、岡本太郎がやってきた!
2129号【11月21日】第146回(12)月定例研究会案内、ネットカフェ難民、多文化共生社会、定例会曜日
2130号【11月24日】回想・沖縄への旅、リュウキュウアユの蘇生、研究会の定例曜日、17年の歳月
2131号【11月26日】東京の学校に自由を、滋賀県愛荘町、デイゴの大木が立ち枯れて、フィールドノート
2132号【11月30日】第14号−第1回編集会議ご案内、廣州より、和田中学校、喜寿の会御礼
2133号【12月 1日】
「風」への期待、鶴ヶ島の公運審答申、喜寿の会(29日)報告、白酒と島酒
2134号【12月 2日】12月12日編集会議・秋田より出席、二次会からではやはり残念、北の風
2135号【12月 5日】名護博物館のこれから、石垣の青年たち、烟台からご挨拶、中国研究への胎動
2136号【12月 8日】竹富島と妻籠の交流、立ち位置からの課題、日本語読み書き教室、広島・学会
2137号【12月10日】第14号に向け意見を、沖縄一フィート運動、20歳の夜間中学、弁護士会の取り組み
2138号【12月12日】小田切督剛さんを祝う会、12日の研究会へ参加、新上海本・船便到着!
2139号【12月15日】3つの会合・第146回研究会報告、上海閘北区へ連絡、南の風を、双方向の風
2140号【12月16日】中国研究フォーラム立ち上げ、全国夜間中学大会と釧路夜間中学づくり、声援を!

2141号【12月17日】和歌山・田辺へのお誘い、妻籠を愛する会40年、大沢敏郎追悼−生きる力にする
2142号【12月18日】電話訂正! 初期公民館の研究、韓国・富川(カン・ヒデ)市民賞、大沢敏郎さん
2143号【12月20日】新年1月ご案内−新年会・安井資料研究会、中国生涯学習研究(1)、寿識字学校
2144号【12月22日】夢を語るプレゼンテーション、中国研究フォーラム(2)、奈良より、和歌山・田辺へ
2145号【12月24日】上海『現代生涯学習論』、西表島船浮の観光開発問題、秋津野「地域づくり学校」
2146号【12月26日】小田切さん受賞祝賀会案内、第4回東京・新潟楽習会、全英さんからの便り
2147号【12月28日】中国生涯学習研究フォーラム(3)、フィンランドへ、来年に向けて楽しみ
2148号【12月30日】上海より、琉球の風、第2回編集会議、支えあう島社会に、“ゆいの精神”
2009年
2149号【 1月 3日】カイロ・新年メッセージ、フフホトからご挨拶、フィンランドより帰国、韓国研究会

2150号【 1月 6日】1月28日(研究会等)案内、ボルグからご挨拶、琉球・沖縄400年、仕事始め



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南の風・各号後記(ぶんじん日誌)


2150号【2009年1月6日】
★<2009年・仕事始め>
 新しい年、皆様の滑り出しはいかがですか。時代は容易ならざる状況。外にパレスチナの戦火拡大あり、内には厳しい冬の風。それを乗り切ろうとする「年越し派遣村」の取り組み。切迫した報道写真が新聞1面に掲げられています。予断を許さない時代を迎えている実感。
 正月からたくさんの年賀状をいただきました。ありがとうございました。「新年おめでとう」のご挨拶とともに、世を憂い、何をすべきかの問いかけも少なからず。12月に夜間中学関係の大会や日弁連シンポジウムに出席した経過から、今年は弁護士の方々から印象的な賀状を頂戴しました。正義の立場にたち人権擁護を追求する姿勢を、私たち教育・研究にたずさわるものも共有していきたいと切実に思いました。
 今年の仕事始めは、4日の「韓国生涯学習研究フォーラム」(第19回、川崎・高津市民館)でした。ちょうど2年前に始まった研究会では、韓国に向けて『日本の社会教育・生涯学習』を編集・出版する企画が胎動。作業は順調に進展し、すべての原稿(執筆者約30名)についての検討がほぼ終わり、いまハングルへの訳出作業が大詰めを迎えているところ。翻訳チームは、正月早々、4日から5日にかけて合宿。皆さん、ご苦労さまでした。ぶんじんは全く役立たずで申しわけない。
 新年の風は(隔日でなく)3日おきの発行リズムでスタートしました。この調子で、ゆったりと、吹いていきたいと思っていますが・・・。

2149号【2009年1月3日】
★<“今年はよい事あるごとし”>
 新しい年が明けました。おめでとうございます。世の中は厳しい冬の風。そのなかで「風」に届いた新年のご挨拶は、カイロ、フフホト(内モンゴル)、フィンランドから帰った話、韓国の研究会案内など、多彩なメール。今年の私たちの行く道を予告しているような拡がりです。
 大晦日の夜、お酒を飲みながら、TOAFAEC ホームページ表紙を新年向けに組み替える作業をしました。表紙写真・新年第1号は、熊野・那智の大滝。10日ほど前に、田辺市の公民館関連の集いに参加した帰途に立ち寄ることが出来たのです。夏と違って大滝の水量は少ない、しかしさすがに日本一の落差。その下から見上げていると、たしかに神域の雰囲気、しばし離れることが出来ませんでした。ご案内いただいた田辺市教育委員会の皆様にあらためて御礼申しあげます。
 表紙の新年ご挨拶の“ひとこと”。「ゆく年くる年」で除夜の鐘を聞きながら、「 … 北や西の方では雪模様だそうですが、東京はおだやかないい天気・・・」と書いて、ふと石川啄木の歌一首を思い出し、「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し。」を書き添えて、2008年は終わり。
 翌朝のの元旦、朝日「天声人語」もこの歌を引いていました。「…心機一転の思いもひとしおの初春。ポケットの一票を研ぎ澄ましておいて“よい事”をぐいと引き寄せる年にしたい」と。イスラエルのガザ空爆や地上戦の動きもあるだけに(アーデル・メール、上掲)、お互い他人事でなく今年の“平和”を求める声を高めたいものです。

2148号【2008年12月30日】
★<“ゆい(結い)の精神”>
 すでに今年も残り少ない時間となりました。年甲斐もなく?年末の仕事に追われています。のんびり、ゆっくり、と願いながら、思う通りにいかないもの。和歌山から帰って、年末には福岡(油山)へ骨休みなど、ひとり計画していましたが、実現せず。しばらく行っていない主なき家に、せめて正月の注連縄でも飾ってやりたいと思っていたのです。
 頼りにならない主にかわって、いま福岡在住の御塚伸也くん(東京で七夕・新年会の常連メンバー)に頼んだところ、お父さんの御塚隆満さんが、かわりに行っていただいたとのこと。恐縮しています。
 さてこの1年。「風」は、節目の3月・2000号をはさんで(お騒がせもありました)、その後は順調に続いてきました。1年前の2007年大晦日に出した風が1966号、1年に182本、号外も出ましたし、平均してピッタシ隔日発行の勘定です。やはり少し吹きすぎ?
 お付き合いいただき、ありがとうございました。韓国・公州や上海から、思いがけないご希望もあり、メンバーはこの1年で25人ほどの増加。海を越えて、東アジアのそれぞれのところで読まれている実感あり、手応えを楽しんでいます。配信先が増えないように心しながら、結果として風は漸増中、ゆっくりと新陳代謝も進行中。いま117通の風が出ています。
 厳しい年の瀬、それだけに元気に頑張っていきたいと思います。八重山毎日新聞の社説(上掲)、「…このような冬の時代を乗り切るため私たちは結集して知恵を絞らなければならない。助け合いの心、“ゆいの精神”を発揮しよう。… 復帰前はみんなが支えあって生活してきたのだ。それが島社会の原点… 」(12月29日)の呼びかけ、同感です。
 今年はこれで吹き納め、来年もどうぞよろしくお願いします。

2147号【2008年12月28日】
★<来年に向けての楽しみ>
 新しく「中国生涯学習研究フォーラム」がスタートしたのが今月12日、「風」2140号(12月16日)本欄で「新しい出発にご声援を!」と書きました。「風」に同フォーラム「コーナー」を設けて、これからの進め方等について、この10日あまりに3回の寄稿あり。本号には、とくに黄丹青さんから積極的な提案が寄せられました。来年、どのように動いていくのか楽しみ。ゆっくり一歩づつ、前進していきたいもの。
 北京の韓民さん(中国教育部=日本の文科省)や、上海の呉遵民さん(華東師範大学)たちも、きっとこの動きを読んでくれていることでしょう。激励のメッセージでも送ってください。
 この秋、上海で出版できた『現代生涯学習論』が船便で届いいたことは既報(風2138号)の通り。幸いに軽い本なので、会合があれば4,5冊ずつ持ち歩いて、関心ありそうな方に渡しています。中国語版ですから、直ちに読んでもらえないのが残念。献本にお送りした方から礼状が届いていますが、「何が書かれているのか分かりませんが … 」などという感想。しかし、東アジアの社会教育研究ネットワークが新しい拡がりをみせていることについては共通した評価があるようです。
 新しく発足した「中国生涯学習研究フォーラム」のイメージは、中国についての専門研究者、あるいは中国留学生だけの会ではなく、中国に関心ある方(最近むしろ少なくなった?)であれば、どなたも歓迎。ともに東アジアを考える“まなざし”を共有して、研究と交流を拡げていきたいと考えています。1月下旬には学習会を開くことになりそうです。また別途ご案内します。この動きをまわりの方にもご紹介下さい。

2146号【2008年12月26日】
★<懐かしい便り>
 年の瀬の、慌ただしく時間が過ぎていきます。この季節、クリスマス・カードや年賀状がわりのご挨拶などいただき、有り難うございます。思いがけなく懐かしい便りも届いて、やはり、いい季節です。
 上掲の全英さん(米国 CA.)からの便りは10年ぶりか。彼女は北京師範大学の出身、東京学芸大学・院に留学(1990年前後)、戦後日本の公民館・寺中構想を本格的に修士論文にまとめた最初の中国人ではないかと評された人です。その後はしばらく日本に滞在(結婚)、一時、遼寧省の大学に勤めていましたが、渡米して住所が分からず、連絡が途絶えていました。
 小生のHP「古いアルバム」サイト→■、その中の「七夕・新年の会」の1999年7月写真、前列右端・八朔友二さん(フルサト・キャラバン)のすぐうしろ、2列目・右から2番目が全英さん、右端は娘さん。もう高校生になったのですね。
 この七夕の会の1枚は、フィルム画像をデジタル化して掲載したもの。エジプトやジュネーブ、韓国や中国(全英さん)からの多彩な顔ぶれです。中心には平林正夫さんとお父さん。場所は、今はすでに姿を消した懐かしの西永福「グランメール」の前。
 さきほどTOAFAEC 会計・山口真理子さんからメールあり。93歳のお母さんが入院され、付き添っているそうです。「…1〜2日に1回は家に帰っていますが、あわただしく用事を済ませるだけ、バソコンも毎回は開いておりません。それでも新しく中国研究の会が立ち上がって、黄丹青さんも張り切っていらっしゃるご様子など拝見しています。会計の件、立て替えて下さっている方は、申し訳ありませんが、しばらくお待ち下さるよう、お願いいたします。…」(Thu, 25 Dec 2008 02:09)とのこと。お大事になさって下さい。
1999年度七夕の会、2列目の右端2人が全英さん母子(西永福、19990710)


2145号【2008年12月24日】
★<秋津野「地域づくり学校」>
 2007年夏の社会教育研究全国集会(第47回、貝塚集会)には、韓国から活発な訪問団、その注目を集めたのは、和歌山県田辺市の「秋津野塾」でした。「自治と連帯をきづく小地域活動(自治公民館など)」の分科会。(小林の竹富島報告と並んで)秋津野塾について上秋津(前)公民館長の玉井常貴さんがレポートされたのです。とくに元上秋津小学校・木造校舎の利用計画(都市と農村をつなぐ場)、そこを拠点にした農業法人・株式会社設立や、地域づくり事業構想など興味深い内容でした。あれから1年余り経ったことになります。
 今回の田辺市訪問では、通りがかりでいい、「秋津野」(それとナショナルトラスト運動の天神崎)に行ってみたいと思っていました。空港に迎えていただいた堀内秀雄さん(和歌山大学)と三栖隆成さん(田辺市教育委員会)のお二人にも、すでにその計画があったらしく、まず旧小学校木造校舎を拠点にした「秋津野ガルテン」へ。開店したばかりの農家レストラン(地域の食材を活かしたバイキング方式)で昼食。ここで山本健慈さんなど和歌山大学メンバーとも合流しました。
 旧校舎の1室に「地域づくり学校」事務局。専従?の事務局長さんから頂いた資料によれば「学校」の事業は、(1)秋津野「聞き書き」(事業モデル・ノウハウ標準化作業)、(2)秋津野「学び」事業(促進人材の発掘、研修)、(3)秋津野「試し」事業(実践活動支援)など。すでに1泊2日の「地域づくり学校」が2回開かれたそうです。
 秋津野ガルテンは、「農のある宿舎」を新築し、上記・農家レストランが営業を始めてすこぶる好評、自然・創作体験等のメニューや、みかんの樹オーナー制度、市民農園(貸農園)など、面白いプログラム満載でスタート。ホームページが賑やかです。 →■ http://agarten.jp/
 昨年の玉井さんのご報告では、しめくくりに「これから公民館の役割がとくに重要だ」とコメントされました。堀内秀雄さんには、後日、秋津野塾の資料や映像記録を送っていただくようお願いしておきました。
秋津野ガルテン−旧・上秋津小学校木造校舎の前で・・・(田辺市上秋津、081220)


2144号【2008年12月22日】
★<和歌山・田辺市へ>
 南紀州・田辺市からいま帰ってきたところです(21日夜)。あと1泊したい思い、しかし残った仕事もあり東京へ。この日は思いがけなく熊野三山に案内していただき、那智の大滝も見て、帰路は新宮から(はじめての)紀勢本線の旅。熊野灘を右手にビールを楽しみながら、思い出に残る1日となりました。田辺市教育委員会の皆様にお世話になり、有り難うございました。
 初めてづくし。和歌山県下で公民館の話をしたこと、ナショナルトラスト運動(発祥の地とされる天神崎)の地に立つたこと、短時間ながら秋津野塾の訪問、新しく開店した「ガルテン」(農家レストラン)、そして泊まりは龍神温泉(日本三大美人の湯)、意気さかんな(飲んべえもいた)人たちとのの出会い。
 この春に出来上がった田辺市「生涯学習推進計画」は立派な出来映えです。日本一の計画を創ろうとの心意気あり、この計画がこれからどう具体化していくか、その基盤となる公民館の取り組みが期待されます。
 こんどの企画の黒幕?は、和歌山大学・堀内秀雄さん(生涯学習教育研究センター長)らしい。山本健慈さん(副学長)はじめ同センターや学生の皆さん、県や橋本市、県外から貝塚市など見えていました。情報では、渡部幹雄さん(滋賀県愛荘町・教育長)も和歌山まで駆けつけたらしく、会場が熊野の山中(龍神温泉)と聞いて参加をあきらめたようですね。ご苦労さまでした。
 さすが宿の湯は格別の趣き。宴会後に若い皆さんが集まってきて部屋は賑やか。その後、山本・堀内のご両人と川の字に寝ました。いろいろと話しもはずみました。堀内さんの細かな心配りに感謝しています。
和歌山大学、田辺市(公民館)、橋本、貝塚等の皆さんと・・・(龍神温泉、081220)三栖隆成さん撮影


2143号【2008年12月20日】
★<横浜・寿町の識字学校> 
 さらに前号の続き。大沢敏郎さんの著書『生きなおす、ことば』には、寿町ドヤ街の識字学校の歴史が記されています。1978年のこと、「寿寺子屋」としてドヤ(簡易宿泊所)の三畳で始まったようです。その土台には、街の労働者や支援の人たちを中心に自発的に開かれていた「寿夜間学校」があったとのこと。大沢さんは(まだその頃のことは知らず)、1980年からの参加だそうです。
 野本三吉さんに「寿夜間学級」の記録があります(同『風の自叙伝』新宿書房、1985年)。それによると、当時、すさまじい不況の嵐の中、下積みの日雇労働者たちによって「自分と寿を自由に語る会」の集まりが始まることになった、1975年9月のこと。野本さんは「…以来、さまざまの変遷はあったけれど、自由な討論と、相互教育という方向が特に色濃く生きのこり、1977年9月になって寿夜間学校という名称が定着することになった」と書いています。「寿夜間学校の目的」として、「本来の学校がそうであったように、お互いに教えあい(相互学習)、生活に必要な知識や技術を学ぶ(生活学習)ために、さまざまな講師(本当の先生)から教えてもらうことを中心にすすめてゆきます。」という一文が収録されています(同書、222頁)。
 そのなかで、字が読めない、書けない人たちの学習の場「寿識字学校」が生まれたのです(1978年12月)。「…長い間、じっと夜間学校に通っていた3人のメンバーが、沈黙を破って“字の勉強がしたい”と名のりをあげた。」(野本、225頁)
 「…夜間学校で配られる資料や黒板に書かれる文字を読むことができなくて、“おれは2日間しか学校に行っていない。あ・い・う・え・お、から字を教えてほしい”と言ったという。このたいへんな勇気と決意にうながされて、寿の識字学習ははじまっていった。」(大沢、34頁)

2142号【2008年12月18日】
★<大沢敏郎さんの識字実践>
 風は4日続きの送信、やや吹き過ぎですみません。珍しく和歌山・山本健慈さんからのメール(前号)、さらにその訂正記事(本号)を頂きましたので。幸い手元にも配信したい別の記事あり、急ぎ誌面をつくりました。
 本欄も、前号に続き、亡くなられた大沢敏郎さんのことを書くことにします。西山正子さんから今日届いた「息吹き」(茅ヶ崎の社会教育を考える会発行、第292号、12月15日)にも「大沢敏郎さんを偲んで」(小磯妙子さん)の一文が載っていました。茅ヶ崎の小和田公民館では鈴木敏治さん(当時・公民館主事)が識字学級「よみ・かきの広場」に取り組み、大沢敏郎さんを講師に迎えて開講されました。1987年のこと、それから20年も続いたのだそうです。
 今年3月で公民館事業としては終了し、その後、大沢さんを囲んでのグループ活動として継続。大沢さんは入退院の合間をぬって小和田公民館に来られた由、しかし、10月24日に不帰の客となられました。グループの皆さんは来年3月までは、いつもどうり、「よみ・かきの広場」を開き、また添え書きによれば、2月の小和田公民館まつりには、最初で最後の、「広場」の展示を行うそうです。
 鈴木敏治さんは「よみ・かきの広場」について、小林編『公民館の再発見』(国土社、1988年)に印象深く書いています。大沢さんご自身の「寿識字学校」実践については、大沢著『生きなおす、ことば−書くことのちから、横浜寿町から』(太郎次郎社、2003年)が思いのこもった1冊となっています。

2141号【2008年12月17日】
★<「生きるちからにする」大沢敏郎さんを悼む>
 昨日、横浜・寿(ことぶき)識字学校を主宰されていた大沢敏郎さんの遺稿『ちからにする』第56集が届きました。大沢浩子さんの書状によれば、「…病気療養中の夫、大沢敏郎が去る10月24日に他界いたしました。62歳という年齢は早かったとも思いますが、自分のやりたい道を選び、その道をまっとうすることができたことは、幸せだったと思っております。支えて下さったみなさま方に、心よりお礼申しあげます。… 『力にする』第56集を同封させていただきました。最後の号ですので、お納めください。… 」とのこと。粛然たる思い、大沢さんの在りし日を偲びつつ、手書き「横浜・識字学校だより」を拝読しています。
 最終号は今年の4月11日の日付、なんと通算「4778号」です。「南の風」としては、号数を重ねる節目ごとに、いつも大沢さんの通信「ちからにする」のことが頭をよぎりました。思い出いろいろ。和光大学にもお出で下さって、学生たちに真剣に向き合い、いい話をして頂いたこともありました。日本社会教育学会として「識字」に取り組む初めての年報『国際識字年』特集にも小沢有作さんとともに参加されました。いま、お二人ともに亡く・・・・。心からご冥福を祈ります。
 追悼の思いを込めて、「生きるちからにする」(第2号より)を掲げさせていただきます。(原文・漢字はすべてルビつき)
○生きるちからにする
 働くちからにする
 考えるちからにする
 自分以外の人のことをおもうちからにする
 勉強するちからにする
 はねかえしていくちからにする
 識字をやるちからにする
 明日からの自分のちからにする」

2140号【2008年12月16日】
★<新しい出発にご声援を!>

 年末の慌ただしいなか、風・前号で「三つの会合」(内田メール)と報告されたように、12月12日はTOAFAEC としても画期的?に忙しい1日となりました。編集会議と定例研究会の「二つの会合」はこれまでにもあった話。当日はそれに加えて、中国研究に関心あるもの、中国からの若い研究者があい集って、「中国生涯学習研究フォーラム」を立ち上げる歴史的な日となりました。歴史的・・・とは、すこし大仰な表現ですが、これから少しずつ活動が拡がり、確かな水脈となって流れていってほしい、その出発の日として、一つの歴史を創り出すことになれば、との思いからです。
 当日、言い出しっぺとして、会の名称をどうするか、いくつか案を考えていました。上海研究、社区教育、成人教育など、これまでの上海を中心とする中国研究・交流の20年余。その歩みを想起しながら、迷いもあり・・・。また参考までに、TOAFAEC ホームページに掲載してきた中国(やはり上海が中心)研究交流史を一覧にし、皆さんに簡潔に報告しました。
 会の名称は、結果的に「韓国生涯学習研究フォーラム」とならぶ上記「中国・・・」の表現へ。急な呼びかけにもかかわらず、当日の参加者は8名。ぶんじんを除いてみな若い世代です。「風」に寄せられた参加者の声も収録して、ホームページに急ぎ「中国生涯学習研究」サイト→を作ってみました。ご覧の上、いろいろご助言下さい。
 ホームページへの収録を控えるべきところがあれば、ご一報を。これからの案内や、中国の動きや、日中研究交流に関わる情報などを随時掲載していくつもりです。このページを見て、参加してくる若いメンバーもきっといるに違いない、そんな期待をこめての作業です。中国生涯学習研究フォーラムのこれからの歩みにご声援を。

12月12日・研究会が終わってー左より内田純一・上田孝典・小林(高井戸)

2139号【2008年12月15日】
★<お互いに「風」を吹きあいたい!>
 風・前号(2138号「新上海本の到着」)は、お手もとに届いたでしょうか。実は11日夜、送信について多少の混乱がありました。ある会合から帰り、やや酔いが残り、しかし“夜なべ仕事”に励むつもり、誌面を整え配信しました。その際、うっかり手がすべって(酔い?老化?)、BCCに書き込むべきアドレスの一部を、風メールの件名<タイトル>欄にも貼り付けたらしく、そのまま気づかず送信してしまったようです。気になる“一部の方”には再送しましたが、ゴタゴタして深夜便となり、申し訳ありません。もし前号・未着の方があれば、ご一報下さい。
 上掲・12日のTOAFAEC 会合報告にあるように、新しく「中国生涯学習研究フォーラム」がスタートしました。ご参加の方から「南の風」への希望が出され、本号より配信しています。
 「南の風」はいま115通ほど出ています。メンバーを増やす努力はしていません、むしろ抑える方向。しかしご希望には応える方針。再参加の申し出などもあり、漸増気味です。なんとか100通を超えないようにしたい、配信アドレス帳の管理はきちんとしたい、お互いに顔の見える通信ネットを維持したい・・・というわけで、50号ないし100号おきにアドレス帳の整理をします。まったく応答のない「読むだけ」メンバーにお引き取りを願うことに。
 「南の風」のお約束はただ一つ! 「風」を双方向に吹きあいたい。皆様それぞれの「風」を送っていただきたいと願っています。もし「私信」の場合はその旨をご指示下さい。

2138号【2008年12月12日】
★<新上海本『現代生涯学習論』到着!>
 風2120号(2008年11月5日)でお知らせした、新上海本『現代生涯学習論−学習社会への架橋』(呉遵民・末本誠・小林文人共編、上海教育出版社、中国語版)が到着しました(船便)。2003年の同じ編者による『現代社区教育の展望』(同出版社)に続く2冊目の誕生!
 すでに執筆者・翻訳者の皆さんには、日本公民館学会(広島)等でお会いした折にお渡しましたが、ご関心をおもちの方々にも広くお頒けできることになりました。B5版258頁、船便等の諸経費もあり、1冊頒価は400円とさせていただきます(送料別)。
 日本側の執筆者は、編者の末本・小林の二人に加えて、上野景三、内田純一、黄丹青、江頭晃子、島袋正敏、市橋芳則、平井教子、渡部幹雄の皆さん、加えて李正連さんが「韓国の生涯教育の展開」を執筆。
 研究室等で、まわりの中国留学生にもご喧伝いただければ幸いです。送料の負担がありますから、本日(12月12日)の定例研究会には、手にもてるだけ持参するつもり。お楽しみに。遠くの方々はまとめてお申し込みいただければ、送料が割安になります。
 送金先は、TOAFAEC の郵便振替、銀行口座(ホームページに記載)とさせていただきたいのですが、会計・山口真理子さん、よろしいでしょうか。
 折も折、風2135号「中国研究への胎動」で呼びかけた本日「中国(上海)社区教育研究フォーラム」(仮称)準備会には、各地から7〜8人の参加が見込まれ、期待に胸はずむ思いです。 

2137号【2008年12月10日】
★<いまなぜ夜間中学なのか−弁護士会の取り組み>
 広島の日本公民館学会(12月6〜7日)をはさんで、夜間中学に関する二つの集会・シンポジウムに参加、それぞれに発言する機会をいただき、充実した1週間となりました。一つは、第54回全国夜間中学校研究大会(4〜5日、八王子)、そして、東京弁護士会等の主催によるシンポジウム「いまなぜ夜間中学なのか」(9日夜、霞ヶ関・弁護士会館)。
 上掲・朝日新聞記事(12月6日夕刊)に掲載された土屋祐子さんや、ときどき「風」に登場される関本保孝さん(全国夜間中学校研究会、世田谷区三宿中)、埼玉に夜間中学をつくる会の皆さんなどとご一緒。今回とくに印象的だったのは、夜間中学側からの人権救済申立を受けて、「学齢期に修学することができなかった人々の教育の保障に関する意見書」(日本弁護士連合会、2008年8月)をまとめ、それから2年あまり、調査活動等に取り組んできた弁護士の方々(東京弁護士会人権擁護委員会等)との出会いでした。
 八王子の全夜中研究大会でもお二人の代理人弁護士が発言され、その熱情に打たれるものがありました。弁護士の皆さんも、夜間中学との出合いを大事にされている様子。嬉しいことです。
 もともと広島からの帰途、久しぶりに福岡に西下する予定でした。中国行きや原稿に追われ、油山にはずいぶんのご無沙汰なのです。今年もあと少し、スケジュールが一段落して、年末には行きたいと思っているのですが……。
第54回・全夜中大会(全体会B)関本保幸さん、左は児玉・杉浦両弁護士(20081206)


2136号【2008年12月8日】
★<第7回日本公民館学会in 広島>
 12月初旬にしては厳しい寒波、広島は雪が舞っていました。今年の日本公民館学会(第7回大会、12月6〜7日)の会場は広島修道大学。かって集中講義に来たことがあるキャンパス、しかし、すっかり風景は変わっていました。あのころ激しく差別問題を論じた学生の顔だけを妙に憶えています。こちらは沖縄問題で応じた教室、緊張したやりとりが懐かしい、もう30年近くも前のことです。
 会場は想像以上の参加者でした。学会の主だった顔ぶれ、初めての人も少なからず。きっと広島の公民館関係者でしょうか。ふと故奥田泰弘さん(事務局長・初代)を想い出しました。ちょうど2年前の川崎(第5回)大会の前日に急逝、学会大会は奥田さんの命日のようなものです。
 奥田さんは学会創設時から広島での大会開催を夢見ていました。小林は「学会はまだその体力がない、首都圏で開くのが精一杯だ」と消極的でした。小規模ながら、熱のこもった会場をみて、奥田さんはきっと喜んでいることでしょう。広島大学そして学会事務局の関係各位、大会開催にむけてのいろいろの準備とご配慮、有り難うございました。
 学会論議は、初日の出雲市長の話(公民館とコミュニティセンター)に始まって、最終プログラム(公開シンポジウム・広島市公民館の今日的状況と職員問題)に至るまで、ある種の緊迫感ただよう内容。学会有志として「公民館を憂える」声明など出せないものか、一瞬頭をよぎる。
 懇親会の帰路、九州や仙台や筑波大学(学会事務局)の皆さん、それぞれに別れ難く去りがたく・・・、繁華街・流川に繰り出しました。横にいた石井山竜平さん(東北大学)に議論をふっかけて、時を忘れ、楽しく酔いました。瀬戸内・小イワシの七輪焼が美味しく、さすが広島、いい店でした。すべて広島出身の石井山さんの案内によるもの、感謝! やっとホテルにたどりついて、すでに12時近く。
公民館学会初日・懇親会二次会、広島市内・流川にて(081206)


2135号【2008年12月5日】
★<中国・社区教育研究への胎動>
 いま、韓国・生涯学習についての研究ネットが活発に動いているのはご存知の通り。『韓国の社会教育・生涯学習』刊行(2006年秋、エイデル研究所)が契機となって、研究会がスタート、そろそろ2年が経過します。ほぼ月1回の研究会(川崎)、そして韓国向け出版(『日本の社会教育・生涯学習』ソウル・学志社予定)の取り組みが大詰めを迎えています。翻訳グループは合宿等して、しんどい作業が続けられています。
 他方で、中国の成人教育・社区教育・生涯学習についての研究ネットは未発の状態。しかし11月の上海訪問もあり、新本『現代生涯学習論』(上海教育出版社)刊行も成り、いま新しい機運が生まれつつあります。関心をもつもので、一度集まって、これからの進め方を相談してみようということになりました。たとえば、韓国研究の動きに伍して、仮称・中国(上海)社区教育研究フォーラムを立ち上げる構想など。はじめは数人でもいい、お互いあまり無理をしない範囲で、まずは歩みを始めてみる、「東アジア社会教育研究」第14号の企画・編集にも力になれるのではないか、などなど。
 12月12日午後3時から予定されている第14号編集会議(風2132号に案内)の前、午後2時頃からまず最初の話し合いをすることになりました。どんな経過になるか分かりませんが、中国研究に関心ある方、この機会にぜひお出かけください。どなたも歓迎。会場は編集会議(その夜の定例研究会)と同じところ→杉並・高井戸地域区民センターです。新しい胎動、そのきっかけになれば幸い。
 今日(4日)は、全国夜間中学校研究大会(第54回、八王子)に出かけていました。その留守中、上海からの船便(上記『現代生涯学習論』)が届いた気配、留守持ち帰りの伝票が入っていました。
*全夜中大会には、釧路・添田祥史さん(北海道教育大学)の顔が見えていました。大会の模様・感
 想を「風」に送っていただけませんか。

2134号【2008年12月2日】
★<「北の風」のたより>
 前号・本欄でお願いした29日の写真のことに関連して、メールあいつぎ、また当日の写真もいろいろ。有り難うございました。鷲尾真由美、西恵美子、遠藤輝喜、小田切督剛の皆さん、それに江頭晃子さんからも追加の写真を(画素数を大きくして)送っていただきました。記念の集合写真を差し替えることができました。画像のコントラストや明度など、すこし手を加えて、なんとかHP掲載の域に達したのではと思っていますが、いかがでしょうか。
 しかしやはりカラーバランスに難があり、また当日のホール照明の真下がフラッシュしています。これに明度を合わせると、画像全体が暗くなってしまいます。素人の作業としては、この程度の調整が精一杯のところ。お許しください。
 小田切さんから送っていただいた数枚の中に、私たち夫婦の一場面がありました。すこしトリミングなどして、頂戴いたします(下掲)。いいショットを有り難うございました。
 本号には秋田・上田孝典さんからの嬉しいメールが届きました。12月12日・定例研究会に参加いただけるとのこと。いよいよ「北の風」も吹き始めた感じ。旅費の負担もお願いするわけですから、申しわけないことですが、来年への胎動を予感させるものあり、期待がふくらんできます。いま中国(上海)社区教育研究については黄丹青さんにも積極的な思いがありそう。できれば今後の上海研究構想を前向きに相談したいものです。12日、黄さんは出席できますか?
 いろいろのメールを受けて「風」は騒がしく連日の配信。お許しを。
喜寿祝いの会、終わりの挨拶、「マイクをどうぞ」(20081129) 小田切督剛・撮影


2134号【2008年12月1日】
★<白酒と島酒>
 29日の会の余韻さめやらず、いろんなメールをいただき、有り難うございます。当日はお花だけでなくお酒も頂戴していました。中国の白酒(烟台や上海から)は、二次会で開けることができましたが、沖縄からの泡盛2本は、結局その機会がなく、せっかくの島酒、次の機会の楽しみにとっておくことにしましょう。いま“風の部屋”で保管中。
 そう言えば、松本・村田正幸さんからも信州の銘酒を送る・・・との電話がありました。が、当日の会場との関係で、お酒の持ち込みが難しい予感もあり、お気持ちのみいただき、控えていただくようお願いしました。ご好意に感謝! 「古我知焼」は概ね好評、正敏さん、有り難う!
 世話人の方々、お疲れさまでした。上掲の江頭メールは、なかば私信のようにも思われましたが、一つの記録として「風」に収録させていただくことにします。講演後のパーティでは、世話人の皆さんにはまったく席がなく、ビールもゆっくり飲めなかったようですね。申しわけありません。
 江頭さんからは、あわせて添付の写真が10枚ほど。しかし、残念ながらカラーバランス・光度の調整がなかなか難しく、全員の記念写真もあまりいい出来映えではありません。もし、どなたかのカメラにいい画像が収まっていれば、送っていただけませんか。今回は、ぶんじんのカメラは(二次会は別にして)まったく機能せず、申しわけない。
喜寿祝いの会、記念写真(20081129)


2133号【2008年11月30日】
★<「桃杏四海」のぜいたくな気分>
 第145回研究会は既報のように、小林「喜寿祝いの会」と合体して開かれました。「私と社会教育−福岡・三多摩・沖縄・東アジアを歩きつづけて−」と題して、約1時間の話をさせていただきました。演台には(11月訪中の折)北京・韓民さんからいただいた青銅の鶴亀を右に、上海・呉遵民さんからのお祝い工芸品を左に飾っていただき、「桃杏四海」のぜいたくな気分。各地から約100名の方々、遠く沖縄や九州から見えた方も10人余り、せまい会場はいっぱいとなり、恐縮してしまいました。久しぶりの方々とゆっくり語りあう余裕がなく、心のこりでした。申しわけありません。
 ぶんじんの話はもちろん不充分、時間もきっちりと終わる必要があり。用意したレジメの最終部分はほとんどふれることができませんでしたiので、続きの話は、20年後に沖縄「やんばる」で予定?されている「97才カジマヤー(風車)」の会で、とお約束しました。皆さん、笑って許して下さったようです。
 お祝いの宴会の後半から、その後の二次会への流れは、すでに酔って細かなことをあまり覚えていません。帰宅してポケットから出てきたいろんなメモや、思いつきで撮ったカメラから、いま思い出しているところ。たくさんの電報やお花など送っていただき、お名前はいちいち記しませんが、まことに有り難うございました。
 全体の記念写真は当方のカメラになく、どなたか送っていただければ幸いです。ただし容量の小さいものだと有り難い。まずは二次会の終局(このあと三次会に移ったらしい)の画像を一枚、HPに掲げます。
喜寿祝いの会・二次会(吉祥寺、081129)


2131号【2008年11月26日】
★<野帳・フィールドノート>
 29日「喜寿祝いの会」は、だんだん話がひろがって、遠くからもいろんな人が見えるとのこと、恐縮しています。正直のところ、これは困った、しかも当日ぶんじんは1時間ほど「記念講演」とか、気の重い毎日です。世話人の方から、当日配布の資料は?などと問われ、レジメの1枚でも・・・と気づいていま作成中。
 過ぎし日のこと、いろいろ思い出します。忘れてしまった資料を探し始め、いつものことながら、出てこない。むきになって別のボックスを開く、ますます混乱、果てしなく・・・。寝る時間なのに、目も冴えてきて、弱っています。
 しかし振り返りの作業はときにやってみるもの。歩んできた道のなかで今あらためてその価値を発見する資料・ノートもありました。若いころとくに農村社会学に出合い、村落調査の基礎的なトレ−ニングを受けた数年。当時の「野帳」(フィールドノート)と久しぶりに対面できました。教わったことを自分なりにまとめた「10原則」。佐賀・名尾の調査団宿舎となった山寺の寒い冬を思い出しました。
 「まわりを歩く、なかを歩く、挨拶と信頼、すべて野帳に、夜必ず報告、集団的な論議、量的にではなく質的に、虫の目と鳥の目、真実は細部に宿る、略奪調査の戒め。」と書いています。
 当時はコピーもテープもなく、カメラも貴重品。ひたすら「野帳」に必死になって書き綴ったものでした。いまから50年前のノートです。

2130号【2008年11月24日】
★<17年の歳月>
 上掲・許銘欽さんからのメール。許さんが東京学芸大学(院)に留学していたのは1990年前後の2年余り、当時は台北市でもっとも若い現職の小学校長さんでした。たしかまだ30才代だったと記憶しています。専攻講座は学校経営、しかし隣の社会教育研究室の活動に積極的に参加し、夜間中学の見学などたくさんのフィールドワーク、ともに韓国にも行きましたし、福岡・油山に泊まったこともあります。
 許さんが書いている1991年秋の沖縄・八重山の旅は、私にも忘れがたい話題満載のゼミ旅行。初めて竹富島「種子取祭」に参加、そのあと西表島をまわり、石垣市で八重山の知己の方々の歓迎会を楽しみ、島の北部・平久保に足を延ばして、浜で拙歌一首。驚いたことにこれが10年後の歌碑に刻まれることになりました。一行は10人ほどのメンバー、ご案内はもちろん渡慶次賢康さん(もと県社会教育主事、当時は伊原間中学校長)、許さんの台北と石垣の校長会の交流に話がはずみました。
 その翌朝(11月21日)、みんなで那覇へ飛びました。しかし、予約がとれなかった許銘欽さんは一緒に乗れず、空席待ちの列へ。留学生でもあり、気になりながら・・・。私たちはその夜、那覇で「還暦祝い」の会でわいわいと飲み始めていたその席に、「…泳いできました!」と許さんが姿を現したという経過でした。この日はたまたま、ぶんじんの60回目の誕生日。というわけで、会は「還暦祝い」となったのです。
 あれから17年の歳月。しばし回想やまず・・・。今月末には喜寿の祝いが企画されました。世話人の皆様、ご苦労さま。まことに有り難うございます。

2129号【2008年11月21日】
★<定例研究会の開催曜日>
 TOAFAEC の定例研究会は、これまで特別の事情がない限り、毎月の最終金曜日の開催が定着してきました。しかし金曜日に都合がつかない方もあり、10月研究会の折、別の曜日に変更してはどうか、という話になりました。たとえば木曜日案など。やはり金曜日の方がいいという意見もあり、来年度に向けての懸案となっています。
 数日前に、埼玉の黄丹青さんより、「…来年の出講日を決める時期ですが、少し遠いですので、研究会と同じ曜日にしようと考えております。何曜日になりそうですか。お教えください。来年はもっと出られるようにしたいのです。」とのメール。
 事務局の遠藤輝喜さんに伝えたところ、「…木曜日に比較的事業が入ることが多いものですから、できますれば水曜日ではいかがでしょうか。皆様のご意見をお寄せいただきましょう。」という意見。
 月によって動くのではなく、やはり開催曜日は定例化しておいた方がいいと思われます。大学関係者は来年度の授業曜日を決める時期ですから(12月研究会まで延ばすのでなく)できれば11月末あたりまでに確定した方がよさそう。第1案は、毎月最終の水曜日に開催するという線ではどうか。遠慮のないところで「風」に皆さんのご意向をお寄せ下さい。それをふまえて、遠藤さんと相談して決めることにしましょう。
 上掲「多文化共生社会をめざす集いご案内」(関本保孝さん)掲載が遅れ、慌ただしいご案内となってしまいました。申しわけありません。

2128号【2008年11月19日】
★<岡本太郎がやってきた!>
 永福の拙宅、また「風の部屋」も、京王・井の頭線の沿線です。この線は山手線・渋谷が起点。昨日(17日)その渋谷の駅に、岡本太郎がやってきた! 驚きました。アートの迫力、「芸術は爆発だ」という言葉を実感。はじめてこの空間に立ったとき、なにか胸にジンとくるものがありました。
 新聞等でも写真を掲げて報道していますので、ご覧になった方もありましょう。岡本太郎がメキシコで制作したという幻の巨大壁画「明日の神話」が、広島や吹田市との誘致合戦の末、渋谷の駅に常設展示されることになったのです。毎日乗降客30万の駅、山手線からの連絡通路、井の頭線にとってはコンコースにあたるところが、いま素晴らしい文化的な公共空間に生まれかわりました。
 横30m、縦6mほどもある作品の題材は“原水爆”。爆裂の閃光、紅蓮の炎、燃える人々、怪物のような魚の頭、第五福竜丸らしき小さな舟、すみっこにクジラやイルカもいて・・・。作品全体から強烈なメッセージ、そして言いしれない解放感があります。
 職場から帰るサラリーマンには自由を、子育てに疲れた母親に元気を、物憂い顔の学生たちに情熱を、たくさんの市民たちに平和の、いろんな思いを与えてくれるのではないでしょうか。
 これから、風の部屋にお泊まりの方との待ち合わせも、岡本太郎の壁画の前にしましょう。いつまでも佇んでいたくなる空間。遅刻しても大丈夫ですから。渋谷の駅に(ご用がなくても)一度ぜひ!
渋谷駅・岡本太郎「明日の神話」常設展示の日(20081117)


2127号【2008年11月17日】
★<公民館への関心・ベトナム>
 「東アジア」との関連で、かねてベトナムの地域開発・社会教育の動きに関心をいだいてきました。歴史的に「安南」「越南」は漢字文化圏、中国との深い関わり。ベトナム研究者の津久井純さんを介して、私たちの定例研究会でも何度かベトナムをテーマに取り上げました。
 故黄宗建先生もかってベトナムからの要請を受け、何度か訪問された経過あり。「…ベトナムは朝鮮とよく似ている、中国文化の影響を受け、植民地支配にあえぎ、深刻な国内分裂戦争に苦しみ、その復興と識字問題に取り組んできた…」などの話を印象深く聞いたことがあります。
 ベトナムは戦後復興とドイモイ(刷新)政策を背景に、とくに1990年代末あたりから、各地に「地域共同学習センター」を設置し始めました。今世紀に入って急速な拡がりをみせ、2006年の統計では、その数約7600館、全コミューン(行政単位)の7割に達しているそうです(「東アジア社会教育研究」第12号、p90)。その過程で日本の公民館への強い関心があり、実際に,「KOUMINKAN」の用語が使われる場合もあるとのことでした。公民館あるいは「寺中構想」についての英文資料の問い合わせを受けたこともありました。
 数日前、ベトナムの津久井さんよりメール来信。「…中央レベル学習振興会の幹部と話をしておりまして、先方から、ぜひ日本の公民館を見たいという申し入れがありました。一週間程度の行程で、公民館を2〜3つ訪問したい、とのことでした。…人数はとりあえず16人ぐらい」だそうです。大きな期待があるようです。早速、日本公民館学会の手打明敏さん(事務局長)にも、このメールを回しておきました。


ベトナム(フックセン村)地域共同学習センター(チュンタム・ホックタップ・コンドン) 津久井純さん提供

2126号【2008年11月15日】
★<妻籠宿と竹富島>
 小田切督剛さん(川崎市高津区市民館)が、韓国富川の市民賞・特別賞を受賞されたそうです(上掲・浅野メール)。海を越えて舞い込んだビッグニュース。さもありなん! 富川と川崎の媒介者であると同時に、川崎でも市民(高校生を含む)と行政のつなぎ目、韓国研究において自治体と学会とのつなぎ目、あるいは2冊の韓国本づくりの貴重な担い手でもあります。何よりの慶事!おめでとうございます。
 昨日はまた信州・妻籠からのニュースも。南木曾町の公民館長・清水醇さんからメールをいただきました。「11月23日(日)妻籠宿・文化文政風俗絵巻之行列」に竹富島の皆さんがお出でになるそうです。これを迎えて前日22日に歓迎・懇親会の予定。「…竹富島からの参加者の中に先生のお知り合いがいるのではないかと密かに期待しています。」
 ご承知のように、妻籠宿と竹富島は、山と海の違いはあれ、町並み保存運動や住民憲章づくりの取り組みを通しての深い仲。どちらにもその背後に公民館活動が独自の役割を果たしてきました。これまでにも相互訪問のお付き合いが重ねられてきています。竹富島から頂いたたFAXによれば、上勢頭芳徳さん(蒐集館長)はじめ十人もの皆さんが妻籠宿訪問とか。一緒に行ってみたいところですが、残念ながら別用あり、双方のさらなる交流を祈っております。
 HPについて。表紙の写真に珍しく人物が登場しました。ふだんは肖像権のことあり、花や風景などが多いのですが、ご本人の了解も得てアップ。先日の訪中の際、華東師範大学のご案内で楽しんだ浙江省・奉化の蒋介石旧居へのエクスカーション、その門前でとった呉遵民さんの画像です。ご覧ください。
木曽谷・妻籠宿「文化文政風俗絵巻之行列」(清水醇氏を通して「妻籠宿観光協会」提供)
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2125号【2008年11月13日】
★<風ようやく復調か>
 TOAFAEC の創立は1995年6月2日(第1回研究会)。あれから十三年余りを経過し、この間にほぼ毎月1回定例の研究会を重ねてきました。今月の研究会で第145回を数えます。今回は私たちの「喜寿を祝う会」として開催されることになりました(上掲・ご案内)。
 というより「祝う会」の日程が先に決まって、定例研究会をこれに合体させようという経過です。なんとも恐縮至極、当の本人としては面映ゆいこと、この上なし。おおげさにならないよう、どうぞよろしくお願いいたします。
 さてこの数日、お騒がわせしてきた「風」の乱調。本号でどうにか落ち着いてきたようです。思わぬ事態で皆様にご迷惑をおかけしました。風を止めることなく、なんとか対応できて、ほっとしています。「風」には載せていませんが、当方の「一手ご指南を」に応えて、とくに近藤恵美子さんからは5通をこえるメールをいただきました。ご指南にしたがい修復作業、昨晩、ほぼ見通しがついたのです。誌面が大きくなりすぎ、あるいは小さく縮小して読みにくい、などの問題も、メール形式の切り替え(初期設定のHTML版からテキスト版へ)で解決されたようです。
 しかし、上掲・圓入メールによれば「ウイルス対策として、HTML方式を受信拒否にしておられる方もいらっしゃいます」とのこと。HTMLで出した2123号・2124号、もし受信不調の方がいらっしゃればご一報ください。もちろん2119号〜2122号欠号の方も、引き続き再送の用意がありますので、ご遠慮なくお申し出ください。
 本号できっと一件落着、ゆっくりワインを飲み始めることにします。

2124号【2008年11月11日】
★<風・乱調、それでも吹き続ける!>
 本号には、掲載が遅れていたTOAFAEC第144回(10月)定例研究会の報告を載せることができました。次回研究会(今月)の予定について、事務局よりご案内をお願いします。
 ところで、この間の「南の風」乱気流の状況、まだ続いています。本号が皆さんのパソコンに無事着信することを願っています。ただし慣れない送信ソフト(Vista・Outlook)を使っていますので、誌面にも変調あり。なかには間延びした(一行間隔の)誌面で届いている模様。お許し下さい。近藤恵美子さんに改善のご指南をお願いしているところ。
 昨日の風2123号から1日が経過しました。上掲の玉那覇メールのように「届いていない」(2119号〜2122号)とのご連絡が十数通。まだ増えそうな予感がありますが、思ったより少数なので、個別に欠号分を再送しています。しかし他方で、「風・順調に届いている」ご連絡もあります。たとえば、中村誠司さん(沖縄・名桜大学、Tue, 11 Nov 2008 14:06):
 「拝復、風は着実に受信しております。私はこのところ発信しておりません。すみません。心落ちつけて、いずれ早い時期に。」
 あるいは、多田豊さん(日本大学・院、Mon, 10 Nov 2008 20:09):
 「南の風、ご連絡ありがとうございます.私は全号,無事平穏に読ませていただいております.この問題の原因について友人などにも伺ってみましたが,わかりませんでした。・・・」とのこと。
 同じ送信(約115通)なのに、なぜ一部の方に届かないのか、そのエラーメッセージがなぜ戻ってこないのか。どこかが壊れているのでしょう。現世の政治をみる思い。まずは経過を見ながら(誌面が間延びしていても)、風としては吹き続けたいと思っています。もしお気づきのことあれば、ご助言下さい。

2123号【2008年11月11日】
★<「風」乱気流、着信状況お知らせ下さい!>
 10月29日より中国へ、11月4日に帰国。その疲れにもめげず?隔日の「風」を配信してきました。しかしその後「風」が届いていない、どうなっていますか、などのメールが舞い込んいます。一方では着信した風に応えて、ご返報もあり。人を見て風を吹いているわけではないのに・・・。
 いま「風」は乱気流状態のようです。皆様のパソコンへの着信状態をお教え下さい。念のため、この間の「風」の配信は次の通り。
・2118号 10月31日 山東省・烟台にて
・2119号 11月04日 上海にて
・2120号 11月05日 新上海本の刊行成る!
・2121号 11月07日 奔流の上海社区教育
・2122号 11月09日 筑紫哲也さんを悼む
・2123号(本号)
 山東省烟台で「風」を送信した折、うまく出せず、Bccをはずして(設定を変えるなど)四苦八苦した経過あり、そのときの後遺症?かと思っています。しかし、メール送信について当方にはエラー・メッセージなどなく、送信した「風」は一つも戻ってこない。すべての方に届いているものとばかり・・・。原因が分からず、立ち往生、です。
 本号は、念のため別の(普段あまり使っていない)パソコンから出しています。いつもの手慣れた
Al-mail から離れて、なんとなく気が合わないOutlook を使用していますので、誌面はいつもと違うかも?
 数人の方の問い合わせには個別に対応、未着の「風」を送りしました。もし皆様に未着信が多ければ、重複を厭わず、一斉送信となるかも知れません。その際は(既配信の方々には)ご容赦を願います。
 なおホームページには、「南の風」送信一覧と(ぶ)日誌・写真を収録したページ(本サイト)があります。風の送信とほぼ同時刻で書き入れますので、ご不審の場合、これでご確認いただくのも一策か。
 いやはや、いろいろあるものだ、と妙に張り切っています。

上海市楊浦区による歓迎会(20081101) *前列右より2人目・葉忠海氏、右端・呉遵民氏


2122号【2008年11月9日】
★<大都市上海の社区(地域)教育研究>
 いま季節の曲がり角、上海から帰国した東京はやや寒く、おそらく疲れもあったのでしょう、風邪気味です。約束の夜の会になんとか出席しましたが、ひどくならないよう、この一両日は神妙にしています。
 今回の上海訪問については、ご報告することがいくつもあります。上掲の呉さんが書いている上海市「生涯教育条例」づくりの動き。思いもかけず、上海市教育委員会・副主任や担当(法規処、生涯教育処)の皆さんから意見を求められる数時間がありました。来年に向けて作業を進め。本格的な条例案が作成される予定だそうです。これからの展開が楽しみです。
 前号に書いた「奔流の上海・社区教育」については、状況を知るだけでなく、議論する機会もありました。ぶんじんは、閘北区訪問(11月2日)の折、中国のかっての業余教育・職業教育(その意味の成人教育)の最近の位置づけ、あるいは地域(社区)活動や生涯学習普及を担っていく固有の職員体制(現状は主に学校教員の派遣体制)の課題などについて、あえて問題提起をしてみました。懐かしい韓民さん(中国教育部)も横に座っていましたから、彼の見解も聞きたかったからです。
 楊浦区や徐匯区への訪問(11月1日)も興味深いものがありました。なかでも徐匯区の徐家匯街道については、私たちの『東アジア社会教育研究』第13号に実践報告を掲載していますし、また新刊『現代終身学習論』(風2120号)にも同街道からの報告(ただし中国語)が収録されています。今回また、直接に頂いた資料も少なからず。
 上海成人教育・社区教育との付き合いは、閘北区との交流や、呉遵民さんの“架け橋”の役割があって、すでに10年を越えました(HPに記載→■)。これまでをステップに、大都市・上海の研究を本格的に始めるときが来たのではないか。日本の大都市社会教育研究とも関連して、中国(韓国も含めて)の大都市研究を継続的に位置づけることはできないか、日本側でも若い世代がきっと登場してくるだろう・・・・などなど、と秋の夜の夢を楽しんでいます。長くなりますので、この辺で。
上海・徐家匯街道(文化活動中心)訪問、左端は同弁事処・社会発展科長の符湘林さん(第13号・執筆者)20081101


2121号【2008年11月7日】
★<奔流の勢い−上海の社区教育・生涯学習>
 11月2日の上海・閘北区(行健職業学院)訪問は、袁允偉(新)院長のお祝いに参上したのですが、結果的には盛大な歓迎をいただき、逆に一同、豪華な昼食をご馳走していただきました。恐縮しています。久しぶりに同学院・図書館内におかれている「小林国際交流閲覧室」へ。この空間が、今後の上海と日本(大都市)の研究交流拠点としてどう活用されていくか、あらためてその可能性・課題を考えました。
 袁さんは、閘北区『社区教育・実践と探索』(2005〜2008、同区社区教育委員会弁公室編)など数冊の最新資料を人数分だけ用意、ご丁寧にも、これを日本に運ぶためのスーツケース2個を添えて。他の訪問先から頂いた文献資料を含めて、この二つのスーツケースにぎっしり詰め込み、小林と内田純一さん、新上海本(風前号に既報)も伊藤長和さんの荷物に入れてもらって、日本に持ち帰ったという次第です。
 いま上海の社区教育は奔流の如き勢いで動いています。15年あまり“定点観測”してきた立場から実感できます。とくにこの数年の躍進には圧倒されるものあり。上海のすべての区に社区学院(コミュニテイ・カレッジ)、230のすべての街道(行政単位)に社区文化活動中心(コミュニテイ・センター)が整備されました。それも5000u規模の本格的な施設。毎年、活発に「学習節」(生涯学習フェスティバル)も催されています。
 そのような胎動が、手に持ちきれないほどの資料・パンフ・ポスター類を生み出し、新しい「社区活動・生涯学習」出版物に結実しているのでしょう。上海市当局(教育委員会)も今年、これまでになく重い実践記録集や「(改革開放30周年記念)改革発展中的上海成人教育」写真集を公刊。これら頂いたものはすべて、エンヤコラサと持ち運んできたという経過です。次回の定例研究会(12月12日予定)でご報告することにいたしましょう。
上海行健職業学院・図書館「小林国際交流閲覧室」前にて(20081102)
後列左より鄭栄根(図書館長)、韓民(教育部)、小林(名誉館長)、袁允偉(院長)羅李争、呉遵民(華東師範大学)
前列左より内田純一(高知大学)、名城ふじ子(那覇市)、当間奈奈子(同済大学)、伊藤長和(川崎市教育委員会)


2120号【2008年11月5日】
★<待望の新上海本『現代生涯学習論』刊行!>

 予定の便で無事帰国・帰宅しました。お世話になった烟台・張林新さん、上海ではとくに呉遵民さん、まことにありがとうございました。今回は北京の韓民さん、韓国から魯在化さん、そして沖縄から名城ふじ子さんたちが参加され、これまでにない顔ぶれ。皆様、お疲れさまでした。想像以上の充実した旅となり、喜んでいます。
 この間「風」は烟台と上海からそれぞれ1通づつ送信しましたが、若干の混乱があったようで、上海発2119号は、念のため(帰国して)再送。お騒がせしました。連日、卓上に並ぶ歓迎の料理を堪能し、かなり酔っての送信、きっと手もとが狂ったのでしょう。努力だけ認めてやってください。もしなお未着の号あれば、ご一報を。
 今回の旅の最大の話題は、なんといっても待ちに待った新上海本『現代生涯学習論』(上海教育出版社)が誕生したことです。呉遵民・末本誠・小林文人(三世代)共編、日本からの執筆は十人あまり。
 前著『現代社区教育の展望』(同編、同出版社、2003年刊)に続く快挙というべき。企画が始まったのは2005年ですから、実質4年かかったことになります。原稿執筆の遅れがあり、その後の出版社の事情が重なって、この間、正直のところ出版できるかどうか危ぶむ気持もあったほど。喜びも特別なものがあります。
 主編者の呉遵民さんからきっと正式のご報告・紹介があると思います。
 3日の夜の晩餐会は、編者3人が揃い、出版社編集局長(いま退任)袁正守さんもお見えになって、華東師範大学・杜成憲学部長(教育学系)の音頭で、一同で出版を祝い、お互いの労をねぎらいつつ、高らかに乾杯しました。200冊ほど送本をお願いしてきましたので、そのうちに日本の皆様にもお頒けできると思います。B5版258頁、定価(なんと!)19元、著者割引もあり日本での頒布は1冊220円ほどか。執筆者及び訳者の皆様には(中国元・原稿料を添えて)近くお送りできる見込み。もっとも送料の方が高くなりそうです。
新上海本・刊行祝い乾杯!(左より末本、小林、杜、袁、呉の皆さん、ー20081103-上海)


2119号【2008年11月4日】
★<上海の同窓会>
 いま上海・華東師範大学の学術交流センター(ゲストハウス)で書いています。川が流れている大学キャンパス、遠くに騒然たる上海市内を見下ろす10階の快適な部屋。上海でのスケジュール(10月31日〜11月4日)づくり、宿泊の手配、諸連絡など、呉遵民さん(華東師範大学教授)にお世話になっています。どうも有り難う!
 ほぼ予定通りのスケジュールで動いています。上海訪問団参加メンバーは、すでに前号にご紹介した伊藤長和(川崎市教委)、30日に上海着の内田純一(高知大学)、黄新天(浙江省・紹興市)、名城ふじ子(那覇、おきなわ社会教育研究会)、当間奈奈子(同)、11月1日到着の末本誠(神戸大学)の皆さん。加えて11月2日は北京から韓民(中国政府教育部)さんが合流、同夜には韓国から魯在化(聖潔大学校)さんが駆けつけてくれました。ぶんじんを加えて合計9名。ただし、忙しい韓民さんは2日夜に北京へ帰り、魯在化さんとは会えませんでしたが・・・。
 上海の旧知の皆さんとの再会、また新しい出会いあり、連日の歓迎会、書くことがたくさん。追々と参加の皆さんから上海訪問記録や感想等が届くことと思います。
 昨日(2日)の閘北区(行健職業学院)訪問では、迎えてくれた院長・袁允偉さん、その友人の羅李争さんともに東京学芸大学に留学していた人たち。在籍の年度は異なりますが、上記の内田、名城、韓民、魯在化などの皆さんも学大(院)卒。袁允偉さん院長就任お祝いの乾杯の席は、思わぬ同窓会となりました。
閘北区・行健職業学院、左より4人目・袁允偉院長 右より4人目・韓民(中国教育部) ー20081102ー


2118号【2008年10月31日】
★<山東省・烟台にて>
 ちょうど1年ぶりの烟台。今回は伊藤長和さん(川崎)がご一緒です。はじめて烟台を訪問して十年ちかく、「烟台日本語学校」が正式に開校したのがたしか2003年の夏でした。あれから、もう5年が経ったことになります。来るたびに、街は見違えるるほどの変化です。大きなビルが数を増し、かっての古い街並みは変貌してしまいました。
 烟台については、「日本語学校・日本人教師ご紹介お願い」(時永芳さん)を載せた号(風2089号、9月7日)に、珍しく、経済記事「日中合弁」を書いたことがあります。留学生の支援と住居建設等をめぐって日本側企業(住友林業)と中国=烟台側の企業(社長・張林新)が協力し合う動き。今回の烟台訪問では、住友林業の皆さんと烟台市の政府・行政関係者と2日にわたって同席・懇談する機会となり、「社会的企業」について考える機会となりました。
 重い「東アジア社会教育研究」第13号の包みを抱えています。明日(31日)午前には上海に向かいます。日本出発直前に、韓国・魯在化さんより電話があり、11月2日、上海訪問団に合流するとのこと。沖縄からの2人を加え、合計7〜8人の賑やかなメンバーとなる見込みです。呉遵民さんはじめ、上海の皆さまにお世話になることと思います。
 もちろん今日(30日)は、烟台日本語学校も訪問しました。各クラスをまわって、名誉校長として挨拶。夜は先生方と会食し、ともに歌をうたいあいました。ぶんじんは酔って沖縄の「花」(喜納昌吉)を熱唱? 張淋新さんはじめ烟台の皆さま、熱烈!歓迎、有り難うございました。
烟台日本語学校の生徒たちと(20081030)


2117号【2008年10月29日】
★<まちづくりと図書館>
 公民館の守備範囲と思われがちの「まちづくり」、図書館の果たす独自の役割にも「まちづくり」の視点があり、興味深い事例を渡部幹雄さん(滋賀県・愛知川図書館長を経て、現在は愛荘町教委・教育長)が書いています。この9月に刊行された『図書館の活動と経営』(大串夏身編著、青弓社)に収録されている一章。2週間ほど前の「風」にも、石川敬史さんが触れていました。教育長はさすがに忙しいらしく、最近は、「風」常連寄稿者の席をおりた感じなので、かわりに本欄で紹介しておきましょう。
 愛知川図書館は、開設準備過程から「まちづくり」を意識した運営の方向性があり、自治体のなかで“認知”されてきたそうです。「まちづくりに積極的に関わる」「地域の情報庫をめざす」といった文言が計画書に盛り込まれ、建設「委員会」や教委レベルだけでなく、議会にも報告されたことが後盾になってきたとのこと。
 図書館が結ぶ地域的な関係。役場はもちろん、自治会、商工会、地域出版活動、地域資料収集、あるいは地域マップづくり・町のこしカード・ピアノ演奏などの住民参加活動の事例が生き生きと綴られています。
 集落・自治会との関係では、「自治会だより」を図書館入口に掲示したことがきかっけ、その縮刷版づくりや、他の集落へ波及して地域史づくりへ展開していく動きが面白い。そういえば「風」でも紹介したことがあるぞ、と想い出しながら読み進んでいくと、日本公民館学会のこと、「当時の会長の小林文人氏・・・」など登場していて、恐縮してしまいました。
 全国集会で取り組んできた「小地域活動・自治公民館」分科会はもちろんのこと、あらためて公立公民館の「まちづくり」論として、大いに刺激されるところがあります。
 29日早朝から中国(烟台・上海)へ出かけます。

2116号【2008年10月27日】
★<合評会の夜>
 本号所収の各メールは、いずれも数日(24日研究会)前のもの、研究会の欠席通知に近況等が添えられているので、ご紹介しておきます。当日の記録を待っていましたが(どなたか作成している?)、すでに3日を過ぎましたので、記録は次号にまわし、本号を配信することに。
 当夜の第13号合評会は、雨模様でもあり、少ない人数でしたが、本格的な論議が出来ました。年報発行の経過、第13号の出来映え、収録論文の内容、これからの編集体制など。課題をつめながら、第14号に向けて新しい一歩を踏み出すときであることが確認された夜でした。
 論文の内容については、とくに韓国関連の諸報告(7本と訪韓記録)がそれぞれに躍動的、相互関連もあって、充実した特集となったことが参会者の一致した感想でした。
 今年はとくに韓国「平生教育法」が全面改正され施行された年。改正法(施行令を含む)の新旧対照表・日本語訳を付して、李正連さん(名古屋大学)が、「…今日の日本とは正反対に、近年韓国では学習権を保障する平生(=生涯)学習体制づくりが活発となり・・・制度的な支援体制をより強化させる新法として誕生させた」(46頁)と書いている部分が印象的、との共通した感想が出されました。
 ぶんじんは、日本教育学会から李さんの新著(「韓国社会教育の起源と展開」大学教育出版、2008)書評を依頼され、約1ヶ月、この力作をカバンに持ち歩いていました。ようやく、なんとか書きあげて、送稿したところ。中国に出かける直前ですが、いま頭の中は韓国社会教育史でいっぱい。

2115号【2008年10月24日】
★<評論・クリティークの復権を>
 評論とは、もともと批評し論じあうこと。「評論家」という言葉が否定的なイメージで使われる風潮もあり、最近は正しい意味での「評論」が消えてしまったように思います。研究も実践も、本来は批判、論議の積み重ねによって足腰を鍛えられていく。学会・研究会等の論議を聞いていても、今、批判・論争の気風がすくない、むしろクリティークを控える時代となりました。相互批判に応える耐性も弱くなったのではないでしょうか。批判されることはむしろ注目されることの証し。
 厳しい現代を逆反映してか、いま大事なことは、人の心を傷つけることではなく、癒し、いたわり、なぐさめ、などが“美徳”とされる。若い世代は、激しい議論をした時代もあったのに、いまはお互いをやさしく慰め合っている・・・、などと書き始めると、ながくなります。年寄りの冷や水とはこのことか。
 ここで書きたかったことは、論文を書いても、発言をしても、あまり反応が聞こえてこないことが気になるのです。批判的論議など期待できなくなりました。せっかくの問題提起があっても、そのまま月日が経過して、忘却のかなたに棄ておかれるかたち。
 私たちの「東アジア社会教育研究」、ようやく第13号の刊行、これまで多くのエネルギーを集めて、力作が登場しました。韓国、中国、沖縄その他についての、これまでにない論文が収録されています。研究年報の発刊は、作業の終わりのように見えて、実は新しい出発だ。関心を共有する間柄で、遠慮のない評論・クリティークを交わし合いたい。それが、次の確かなステップを刻むことになりましょう。本日(24日)は、「東アジア社会教育研究」第13号の合評会。
第144回研究会、当夜の報告者・左より江頭晃子、黄丹青、瀬川理恵の皆さん(081024)


2114号【2008年10月23日】
★<第14号に向けて>
 韓国「全国平生学習フェスティバル」や「住民自治センター博覧会」等にお出かけの皆さん、お疲れさまでした。「東アジア社会教育研究」第13号を持参、関係の先生方へ献本(上掲)いただき、ありがとうございました。疲れがとれたら、今回の旅の収穫を(その一端でも)「風」にお寄せいただければ幸いです。
 「東アジア社会教育研究」は、昨年(第12号)の「韓国特集」号あたりから、国内外、思いのほか注目をあつめ、喜ばしいことです。とりあげる国・地域、またテーマ・領域など、やや拡がりすぎの感がありますが、「東アジア」という独自の編集視点、関心をもつ方々の話題となり、少し読まれ始めているようです。ご同慶のいたり。この種の(大学・学会等の)研究紀要ほど世に読まれていない出版物はない、との酷評があります。私たちの「東アジア」もその仲間入りをするおそれがありますが、そうならないように(研究論文の単なる寄せ集めにならないよう)編集的な工夫を重ねていきたいもの。
 第13号は、当初の意気込みにもかかわらず、「中国特集」が思い半ばにとどまり、課題を残しました。第14号に向けてどう取り組んでいくか。あるいは、巻末の「東アジアのひろば」(第5部)が、大学・学会等の研究紀要にはない、面白い記録になっているとの評価があります。「研究」と結んで「交流」活動の記録=「ひろば」をむしろ巻頭においてはどうか、などの意見もあり。
 来年度・第14号に向けて、企画編集をはじめる秋(とき)となりました。編集委員会の体制づくりを含めて、24日の定例研究会(風・前号に案内再掲)の活発な話し合いを期待しています。

2113号【2008年10月21日】
★<杉並公民館と安井先生>
 風・前号で書きかけた安井(原水禁運動)資料研究会の午後(10月18日)。安井郁の丹念な記録ノートに挿入されていた1枚のメモ。前後の綴りからみて1964年のものです。安井郁は、原水協運動の厳しい路線対立のなか、創設以来の日本原水協・理事長を辞任(1963年)しますが、ちょうどその翌年ということになります。誰か(おそらく女性)が書いて渡した小さな紙きれ、無署名です。

○杉並公民館と安井先生
   公民館の和室に先生はぴったりしている
   ベージュの壁を背にして
   濃い茶の着物を召して
   すわっていらっしゃる
   そのめがねの奥の
   まろやかな顔
   テーブルの上のあわいバラの花
   先生には公民館の和室がよい…

 当時まだ存続していた女性たちの学習会「杉の子会」の一こまか・・、と想像したくなります。かっての第五福竜丸ビキニ被爆の際、原水爆反対署名運動に立ち上がった公民館グループです。
 国際法学者、反核・平和運動のリーダー、安井郁は 1953年から1959年まで杉並公民館の館長(法政大学教授・兼任)でした。「歴史の大河は流れ続ける」連続教養講座など、刮目すべき公民館の取り組み。私たちは、杉並公民館「安井構想」と呼んできました。「寺中構想」とはまた別のユニークな公民館の展開がありました。
 日本公民館史は、このような各地の公民館構想とそれを担ってきた群像によって創り出された“大河”の流れ。

2112号【2008年10月19日】
★<秋のご案内、いろいろ>
 18日(土)午後は、安井(原水禁運動)資料研究会でした。今まで安井家物置にしまわれていた資料ダンボールを開いていくと、安井郁の生原稿がたくさん。会議等の記録もどっさり。いずれも端正な文字です。間にメモ書きがあったり、興味深い時間でした。すこし書きたいことがありますが・・・。いま秋もたけなわ、いろいろと秋の行事・案内が手もとに届いていますので、いくつかご紹介しておきます。
 いま種子取祭の歓声に包まれている竹富島(上掲)、島のファンクラブともいえる「全国竹富島文化協会」の“星砂の島”文化講演会の案内。11月1日(土)13:30〜 國学院大学(渋谷)、実演と解説「八重山の節歌」狩俣恵一ほか、講演「竹富島の歴史歴をさぐる」小島瓔禮他、入場料無料。終わって懇親会(3000円)。
 海勢頭豊コンサート。11月3日(祝)17:00〜 立川市柴崎学習館(旧公民館)講堂、第1部・月桃の花歌舞団、第2部・コンサート(海勢頭愛、島田路沙他、「喜瀬武原」「月桃」など)、チケット2000円、小中高生・シニヤ1000円(前売り)、前売券は“風の部屋”にも。
 この時期、ぶんじんは上海滞在中、残念ながら行けません。とくに海勢頭豊さんと最近会う機会なく・・久しぶりに海勢頭節を聞きたいのに。
 2年前、「風」でもご紹介したドキュメンタリー映画「三池・終わらない炭坑の物語」DVD版が出来たそうです。監督の熊谷博子さんからの手紙。「授業などで若者にも見せていただければ・・・」「一緒に未来に向けて、人と時代と地域と問題を結ぶ太い坑道を掘り続けたい」と。本編103分、特典55分(三池炭坑近代化遺産、本編に入りきらなかった貴重証言等)、解説リーフレット(24頁)、個人価格4800円。販売(K)シグロ、東京都中野区中野5-24-16-210、03-5343-3101。

2111号【2008年10月17日】
★<TOAFAEC の常任委員と編集委員>
 TOAFAEC 常任委員会、東アジア社会教育研究・編集委員会の内部組織に関することですが、すでに6月総会で確認し、ホームページに載せていますので、この機会に「風」本欄にも書いておくことにします。
 日本国内だけでなく、海を越えて「東アジア」に拡がる組織、つねに体制が形式化していく側面あり。初期のメンバーから少しでも次の世代へ若返りしていく課題もあり・・・。ここ数年、いくつかの交代がありました。代表が交代し、副代表を増やし、顧問制度をつくるなど。とくに今年度から、編集委員会の若返りをはかり、(形式化をさけ)実質化をめざす方向で論議してきました(事務局)。その結果、「東アジア」編集委員会メンバーの異動をお願いすることに。一つは、長老格?の委員(中国−袁允偉、李偉成、韓国−魯在化、台湾−陳東園の各氏)に常任委員会に移っていただいたこと。これまで国内だけの委員構成であったTOAFAEC 常任委員会は多国籍の組織へ。
 加えて、創刊以来の編集委員会と同事務局の区分を見直し一本化、若い世代の事務局メンバーは、すべて編集委員として位置づくことになりました。また新しく編集委員として参加していただいた方(李正連、山城千秋のお二人)があり、世代的に格段の若返り。それでも課題は残りますが・・・。
 今頃、なぜこんなことを書いたかというと、編集委員会から常任委員会へ移られた4人の方に、この経過をきちんとお知らせしていなかった反省からです。先日、新宿で会った魯在化さん(風2109号・本欄)へ第13号を渡した折、このことに気づきました。創刊以来の編集委員が突然に消えたかたち。もちろん当夜、ご本人に経過・理由を説明しておきました。というわけで、近く台湾へ行く内田純一さんにお願い。陳東園さんに第13号を渡す際、合わせて以上のことをお話しおきください。
 ちなみに、現在のTOAFAEC 代表は末本誠、副代表は伊藤長和、島袋正敏、小林平造(3人)、事務局長は遠藤輝喜の皆さん、ついでに顧問としては平良研一、小林ぶんじんの2人です。詳しくはHPをご覧ください。→■

2110号【2008年10月16日】
★<鶏206羽、犬25匹、猫54匹−竹富島最新センサス>
 竹富島の種子取(たねとり、たんどぅい)祭が始まったそうです。小さな島で、なにしろ毎年10日間にわたっての大行事(重要無形民俗文化財、上掲)。20年ほど前、研究室で初めて種子取祭に行ったときの興奮を思い出します。あのときのご案内は、たしか渡慶次賢康さん(竹富小中学校・教頭−当時)でした。
 竹富島の港にあがると、目の前に「ゆがふ館」(NPO法人・たきどぅん運営)。「竹富島の自然と伝統文化・芸能を紹介する施設」として大活躍です。そのHPが充実していて面白い。毎晩、パソコンを閉じる前に、のぞいてみる習わし。→ http://www.takidhun.org/
 10月9日の記事に「秋季清掃検査」のことが報じられていました。
 「竹富島では年に2回、定期的に清掃検査が行われます。島を清掃することは、島に対しての感謝の気持ちと同時に、住んでいる人お互いが快適に過ごせるような配慮があります。… 竹富島では植物の繁殖力がたいへん旺盛です。定期的に清掃を行わないと、病気やハブなどの巣窟となってしまいます。そのため、明治時代末期から疫病の発生を未然に防ぐ為に清掃検査が始められたそうです。… 島はますますきれいになりました。種子取祭まで、あと僅かです。(ta)」。
 翌10日の記事は、秋季清掃検査の「実績集計表」。いわば島の最新センサスです。興味深いので、その一覧(抄録)を紹介させていただきます。カッコ内は春季清掃検査との比較。
○人口345名(+4)、… 戸数169戸(−3)
○牧場牛376頭(−28)、馬2頭、水牛19頭(−5)、山羊35頭(−7)
○鶏206羽(+199)、犬25匹(+1)、猫54匹(+10) 
○乗用車68台(+4)、貨物車71台(−4)、マイクロバス22台(−14)
○バイク50台(+8)、自転車217台(+36)、船舶19台(−2)
○貸バイク0台(0)、貸自転車798台( +17) 
○生ゴミ処理機43台(−5)、貯水タンク 40台(−2)…
 10月14日の記事。「…10月11日(土)に(種子取祭)トゥルッキ、明日14日は幕舎張りが行われます。いよいよ本番です!身体にも自然と気持ちが入ります。… (ta)」とのこと。

2109号【2008年10月14日】
★<上海行き、韓国からも参加?>
 季節はめぐり、ようやく秋も本番。通りに金木犀が香り、東京の街も捨てたもんじゃないと思うときがあります。晴れると月の光さやか、十三夜でもないのに、美しい月夜がありました。そして今晩(13日)は旧九月十五日の満月。いま中天に輝いています。せまいベランダには黄櫨(ハゼ)の幼木がささやかに紅葉。その隅っこに土鳩が卵を二つ産み落しています。
 ホームページの表紙には、これまでいろんな写真を載せてきました。9月の写真は安井家所蔵・旧杉並公民館の版画でしたが、1ヶ月を過ぎましたので、昨日「ベランダの秋」と題して、数葉のハゼの紅葉で飾ってみました。見てやって下さい。
 韓国・魯在化さんから突然の電話あり。11日夜は東京に1泊とのこと、まだ「東アジア社会教育研究」第13号も手にしていないと。この日はあいにく孫たち一家が遊びに来ていましたので、夕食後の遅い時間に新宿「千草」で会いました。3月下旬・上海グループの沖縄訪問の際に会って以来、半年ぶりの再会。来春刊行予定の韓国向け出版のコラム執筆もあらためてお願いしておきました。
 魯在化さんは、10月末から予定しているTOAFAEC ・中国(上海)訪問に参加したい意向あり。もし日程の都合がつけば、呉遵民さんに急ぎ連絡するよう話しておきました。また、その前日には黄丹青さんからも、上海訪問への参加を準備している旨の電話。もし北京から韓民さんが合流すれば、思いがけない同窓会にもなりそうな気配です。
 だんだん賑やかになってきました。

2108号【2008年10月12日】
★<思わぬ“掘出し物”(ぶ)>
 私のパソコン。受信箱の横に、メール整理棚をおき、着信した諸メールをそこで仕分けして、私信や別信を脇に移し、「風」原稿にしぼり次号・編集に組み込んでいく段取り。最近は慣れたもの、ことはすべて順調に運んでいる・・・と思いきや、とんだミスを発見しました。
 7月中旬に拝受していた多田豊さんからの「中村哲雄氏の講演一農民の物語」が、棚の下にそのまま滞留していたのです。ちょうど韓国行きの前後、諸事錯綜し、当メールがやや長文でもあり、「韓国から帰って、そのうちに・・」などとつぶやいて、棚に残していたもの。先日ひょんなことから多田メールに再会。ここにお詫びして掲載させていただきました(上掲)。せっかくのご寄稿、たいへん失礼しました。これに懲りずに、また自由闊達な送信をお待ちしています。
 話題は転じて書籍の話。こちらは思わぬ“掘出し物”のご報告。本や資料の整理には永年悪戦苦闘してきましたが、重複あるいは廃棄してもよさそうなものをダンボールに仕分けして、(棄てるに棄てきれず)東京学芸大学研究室から和光大学に移しておいた経過がありました。15年前のこと。その後、和光・岩本研究室でも保管していただき、数日前に「重複資料」ダンボール4箱として、“風の部屋”に戻ってきました。岩本陽児さん(おそらく古市直子さんにも?)ご面倒をおかけしました。
 久しぶり開いてみると、中になんと!幻の『公民館史資料集成』(横山・小林編、エイデル研究所)1冊を発見! ほとんど新本です。
 玉石混交の他の資料と一緒にセリ市にして、その収益はTOAFAEC 会計に繰り入れようという算段です。書籍(上記・資料集成の姉妹本『社会教育法成立過程資料集成』や日本社会教育学会特別年報『現代社会教育の創造』など)いろいろ、他に社会教育・自治体関係資料など。いずれそのうち・・・お楽しみに。
横山・小林編『公民館史資料集成』(1986、エイデル研究所)


2107号【2008年10月10日】
★<ボローニャ再発見>
 前号本欄の「ボローニャ紀行」(井上ひさし)のわずか1行がお目にとまったらしく、浅野平八さん(日本大学)から折り返しのメールをいただき(上掲)、ありがとうございました。
 私のボローニャへの関心は、松田博さん(立命館大学)の『ボローニャ「人民の家」からの報告』(合同出版)に始まります。当時、カーサ・デル・ポポロは、公民館との関連で興味深いものがあり、初めてイタリアを旅した折、わくわくしてボローニャに寄ったものでした。その後も何度か。ピサだけでなく、ここにも斜塔があるのかと驚いたり、市庁舎壁の大戦犠牲者の一覧に衝撃をうけ、そして感動したり。しかしまずは旅行者の見聞の域を出るものではありません。今回の井上ひさし「紀行」を読み、先日のBSハイビジョン映像もみて、あらためて“ボローニャ再発見”の思いです。
 あの頃(たしか1987年1月)、松田博さんはフィレンツェ滞在中。到着の日に大聖堂近くでお会いし、いろいろ教えてもらって、フィレンツェの「人民の家」を約1週間ほど歩きまわったことがありました。
 井上やすし本は、ページをめくるごとに、面白いテーマが出てきます。
 「…ボローニャの人たちは、自分の得たものを街に返すことで、街そのものになっていくのだ、と。相手が国となるとあんまり大きすぎて愛するのはたしかにむずかしい。しかし、自分の住むところなら、なんとかなるかもしれない。となると、自分が現在、住んでいるところをまず愛するに足る場所にしなければ話にならないのではないか…。」(p80)
 これはまさに社会教育・公民館の課題とも結びつきましょう。
 さきほど竹富島・上勢頭芳徳さんから、先日の研究会の写真(CD)が送られてきました。ありがとうございました。さっそく何枚かをHPへ。→■(143研究会記録)
第143回研究会・終了後の交流会(高井戸「イーストビレッジ」、080926)


2106号【2008年10月8日】
★<新宿「平和の棚」−書店が発するメッセージ>
 新宿の街は、いろんな表情があります。そう好きではないけれど、家からも電車で15分ほど、ときに散歩がわりにうろつくことがあります。その昔、よく飲んだ小さな店もまだ健気に頑張っています。たとえば、「千草」(JR東口から5分)など。その頃、新宿御苑近くに社全協や教科研の事務所がありました。小川利夫さん(社全協委員長、ぶんじんは副委員長)とよく立ち寄って議論の続きをしたものでした。海老原治善さん(当時、東京学芸大学)も馴染みの店、そういえば日本訪問中のEゼルピさんが同席したこともあります。光陰矢の如し、懐かしい方々も今すでに亡く、別の世界で楽しく語らい飲んでおられることでしょう。
 「千草」を横目に新宿三越へ。6〜8Fが書店・ジュンク堂です。竹峯誠一郎さんが紹介(本号上掲、また風2096号−9月19 日)した書店「平和の棚」をのぞいてきました。朝日新聞・東京欄(10月5日)も「平和の書棚・発進」記事を載せています。「平和の棚」は約600冊のコーナー。心ある出版者たちが発案・協力したそうです。あらためて書店が発するメッセージ、書店スタッフの心意気、本屋がもつ独自の文化的役割など考える機会になりました。
 ぶんじんの叔父も、かって京王線・烏山駅ちかくで本屋を開業。「京王新聞」という地域新聞を発行し、2階は地域の文化的たまり場となっていた思い出があります。色川大吉さんの戦後史(『カチューシャの青春−昭和自分史1950〜55』小学館)で何ヵ所か叔父の名が出てきます。
 本屋の想い出はいろいろ。大学を出たばかりの頃、故郷・久留米の街の「江頭書店」、その2階で激しい研究会が数年開かれたこともありました。
 ジュンク堂では、買わないはずの本数冊(井上ひさし『ボローニヤ紀行』文芸春秋など)を買う羽目に。これがなかなか面白い。 

2105号【2008年10月6日】
★<韓国向け出版−秋の夜の美酒>
 最近は、全国集会はもちろん、大学間でも個別の研究旅行でも、韓国・平生学習との相互交流が盛んになりました。年々の賑わい、ご同慶の至り。私たちの共同編著『韓国の社会教育・生涯学習』(2007年、エイデル研究所)や、『東アジア社会教育研究』“韓国特集”(第12号、新刊・第13号)も一役買っている(らしい)ことも嬉しい限りです。
 5日午後は川崎で韓国平生学習研究フォーラム、鋭意作業中の韓国向け近刊『日本の社会教育・生涯学習』編集会議でした。ソウルで開いた7月下旬・編集会議を含めると、数えて第18回フォーラム。日本文原稿による検討から、いよいよハングルへの翻訳作業の話へとウエイトが移り、編集作業も最終段階に入った実感。次回(11月)は翻訳チームによる合宿の予定です。
 執筆参加者はコラム企画まで含めると35人前後、翻訳グループは7人の有力メンバー。今年中に主要部分の訳出・調整作業を終え、来春には出版にこぎつけようというスケジュールです。日韓双方をつなぐ初めての試み、「南の風」の皆さま、ご声援お願いします。
 韓国では、10月17日〜20日に順天で「全国平生学習フェスティバル」、相前後して始興では「住民自治センター博覧会」が開催されるそうです。私たちの韓国研究フォーラム・メンバーも訪韓の予定。第13号の韓国側執筆者や関係機関への配布・贈呈も(ソウルの肥後耕生さん以外に)思いのほか複数の幸便があるようです。分担して、どうぞよろしくお願いします。
 川崎・編集会議が終わった後のひととき、食事と語らい。いつもに増して美酒でした。名古屋・福島から毎回のご参加、お疲れさま!

2104号【2008年10月4日】
★<中国(烟台・上海)訪問>
 風2099号(9月25日)に11月初旬の中国訪問「お誘い」を書きました。この1週間で訪問メンバーと出発・帰国の日程がほぼ決まりました。この欄をかりて、烟台(張林新さん)、上海(呉遵民さん・羅李争さん→袁允偉さん)の各位にあらためてお願いを申しあげます。
 まだ迷っている方もいるようですが、確定したメンバーは、TOAFAEC 代表(末本誠)、同副代表(伊藤長和)、編集長(内田純一)、同顧問(小林ぶ)、沖縄代表(名城ふじ子)の皆さん、願ってもない陣容となりました。それぞれの都合により、上海到着日はバラバラです。10月30日(名城、内田)、31日(伊藤、小林)、11月1日(末本)。集合場所と連絡方法(たとえば連絡先を呉遵民さん電話とする)などを決めておく必要がありますね。帰国はいずれも11月4日の予定。
 伊藤・小林の二人は、上海訪問に先だって、10月29日から烟台(日本語学校)を訪問、2泊滞在の計画。10月31日午後に上海(紅橋)へ移動、前日に到着している名城・内田のお二人と合流することになります。もしかすると烟台から張林新さんが同行するかもしれません。
 いくつかのお願い、どうぞよろしくご配意ください。
1,内田メール(上掲)にあるように、華東師範大学・賓館に、30日の前泊(2室)をお願いします。
2,31日から11月3日までの4泊は(8室ではなく)5室で結構です。 
3,1日〜3日の上海スケジュールについて、呉さんと羅さん→袁さんで調整して決めて下さいません
 か。お任せします。あまり無理にならないよう、受け入れの上海側にご負担がかからないように、ス
 リムな案でお願いします。
 現在はそれぞれ(日本各地からの)飛行機等の手配をしています。細かなことはまたご連絡します。呉さんに上海滞在中のホテルを確保していただき、助かりました。呉さんとは3ヶ月ぶり、羅さん・袁さんとは1年ぶり、再会を楽しみにしています。
 なお、烟台・上海行きの追加希望があれば、ぶんじん宛に急ぎ一報を。

2103号【2008年10月2日】
★<“顔の見える”交流ネット・風>
 本号から新アドレス帳で送信しています。100号おきの更新にあたって、皆さんからそれぞれメールをいただき、ありがとうございました。「継続しますか?」の問い合わせにも反応のなかった10人ちかくのアドレスを削除し、この間、新しく参加された5人の方を加えて、今期は109名のメンバーです。どうぞよろしくお付き合いください。
 お互い“顔の見える”交流ネットを・・・という意味で、数年前までは風アドレス帳一覧を配信していました。しかし個人情報のこともあり、今は控えています。約3分の1が海外(ソウル、北京、上海、広州、台湾、ベトナム、カイロなど)または留学生。日本は北海道から南の沖縄まで。研究者、行政・施設関係者、教員、NPO・市民などいろんな立場の方々が参加されています。最近の新しい方には、当面“顔の見えない”感じでしょうが、毎号のメール寄稿者の所属・肩書等を(差障りのない範囲で)記していきますので、追い追い「ひろば」の風景が見えてくることになりましょう。皆様の自由闊達な「風」をお待ちしています。
 「東アジア社会教育研究」第13号は、好評のようです。その注文に関連して、いま福岡・社会教育研究会の西恵美子さんから届いたメール。
 「…今年は台風もそれていき、少し寂しいような感じです。やっと福岡も秋らしくなってきました。私の今年の夏は、釜山に始まり、札幌で終わりました。これから、釜山とどうつながっていけるのか楽しみです。また、ご一緒に、盃を交わし、歌を歌いたいです。先生のHPをみると、これじゃ、病気する暇もないよね・・・と思ったりします。朝夕は涼しくなりましたので、お気をつけください。」(Wed, 1 Oct 2008 22:15)

2102号【2008年9月30日】
★<10月研究会への提案>
 9月26日に開かれた定例研究会は、いつもになく多彩な参加と盛り上がり(上掲・記録)、楽しい夜となりましたが、次回(10月)第144回研究会の企画を相談できませんでした。本欄で次のように提案してみます。事務局を含め皆さんのご意見をお寄せ下さい。
1,日時:10月24日(金) *最終金曜日(31日)は上海へ出発予定
2,内容:第13号の合評(9月研究会での積み残し)
3,報告:第13号の編集委員会(在京)メンバーで分担する
  ・中国−黄丹青さん  
  ・韓国−金侖貞さん
  ・沖縄その他−小林ぶんじん
  ・全般的に−江頭晃子さん
 勝手な提案ですから、報告者のご都合がうまくつくかどうか。他の出席予定の皆さんも第13号を(少しでも)読んできていただき、可能な範囲で自由闊達に意見を出し合う。第14号に向けてのスタートとなる論議を期待しての提案です。如何でしょう?
 期日にとくに異論がなければ、会場の手配もよろしくお願いします。 
 本号は長くなりました。掲載予定のメールも別に何通かあり、連日の「風」発行、お許しを。アドレス帳の更新についても、まだ一部の方からの応答なく、本号も旧アドレス帳による配信です。ご了承ください。

2101号【2008年9月29日】
★<連夜の集いとビール>
 上海の呉遵民さん、早速の上海・宿泊の手配(上掲)、有り難うございました。11月初旬の訪中(風・前々号)参加の人数はそんなに多くならないようです。あと少し待って、確定の人数をお知らせします。問い合わせを含めて、上海訪問に関心ある方は急ぎご一報ください。神戸の末本誠さん(TOAFAEC代表)も参加とのことです。
 ところで9月26日(9月定例)研究会には失敗一つ。竹富島からの特別参加・上勢頭芳徳さんなど、この日はじめてご参加の方が大半だったのにカメラを忘れたのです。残念無念! これまですべての研究会記録を画像としてHPに収録してきたのに・・・。芳徳さんのカメラが当夜の顔ぶれを少し収めていたようなので、それが救い。なお、研究会記録は井口啓太郎さんから送られてきました(感謝!)が、長文なので次号に。→■(143研究会記録)
 翌27日は、川崎「ふれあい館」20周年の盛大な記念式典・記念イベントが開催されました(会場・桜本小学校体育館)。大勢の参加者による思いのこもった集い。この日はカメラを忘れずに・・・たくさん写真を撮りました。ただ広い会場なので、フラッシュがとどかず、画像は多少ピントが甘くなっています。素人写真、お許し下さい。
 集いが終わって、「ふれあい館」20年に関わってきた方々のお誘いに甘え、二次会にも参加しました。20年を振り返ってのそれぞれのお話しは、胸にジンとくるものもあり、忘れがたい一夜。連日、ややお酒(ビール)の飲み過ぎ、幸せでもあり、疲れもあり。
 今日(28日)のニュースでは、南の海にまたまた強烈な台風が発生し、今ごろは石垣・竹富・与那国の島々は暴風雨圏に入った模様。上勢頭芳徳さんの帰路は、どこかで足留めをくらっているのではと心配しています。
ふれあい館20年・記念アトラクション(パンソリ、唄・「芳江、鼓手・高賢姫、080927)




★南の風2051号〜2100号


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二度咲きの胡蝶蘭(永福、080530)